<民族間の対立激化で全国的な戦乱拡大は必至。PKO増派も武器禁輸もやるだけ無駄なのか>(写真:南スーダン独立の立役者となったスーダン人民解放軍〔SPLA〕は今や新たな戦闘に忙しい)
南スーダンの政治・治安情勢は著しく悪化しており、組織的なジェノサイド(大量虐殺)の危険性が高まっている――。国連安全保障理事会の専門家パネルがそう警告したのは、先月半ばのこと。これを受け、ついにアメリカは南スーダンへの武器禁輸決議に向けて動き出した。
だがそれも、もはや手遅れかもしれない。11年に誕生した南スーダンでは、3年前に内戦が勃発。国外から入ってきた大量の武器や弾薬が、政府軍はもとより反政府組織や市民の間にも行き渡り、12月の乾季を前に戦乱拡大は必至の状況になっているのだ。
これに対してアメリカのオバマ政権の対応は迷走している。ジュネーブの国連人権理事会に派遣されているキース・ハーパー大使は先月末、「南スーダン政府は、(首都ジュバのある)中央エクアトリア州で一般市民を虐殺しているほか、向こう数日または数週間で、大規模な攻撃を計画しているという信頼に足る情報がある」として、国際社会の行動を訴えた。
ところがニューヨークでは、サマンサ・パワー米国連大使が、武器禁輸決議案の提出棚上げを余儀なくされた。採択に必要な9カ国の同意を得られそうにないことが分かったためだ。
しかも反対に回りそうなのは中国やロシア、ベネズエラなど伝統的に反米の理事国だけではない。日本などアメリカに近い同盟国も反対を表明している。日本は南スーダンでの国連平和維持活動(PKO)に数百人を派遣しており、南スーダン政府の不興を買いたくないと考えている。
【参考記事】民族大虐殺迫る南スーダン。国連安保理の武器禁輸措置決議になぜ日本は消極的なのか
「13年に武力衝突が始まったとき、アメリカがすぐに(武器禁輸決議を)推進したらよかったのだが」と、ジュバの市民団体「進歩のための地域エンパワメント機関(CEPO)」のエドマンド・ヤカニ事務局長は語る。「今やジェノサイドが起きる可能性は高まっている」
南スーダン政府は先月末、新たに4000人規模のPKO部隊を受け入れることを決めた。だが、本来なら大規模な貢献が期待されたはずのケニア軍の参加は見込めない。今年7月にジュバで大規模な衝突が起きたとき、PKO部隊が適切な対応をしなかったとして、潘基文(バン・キムン)国連事務総長がケニア人司令官の解任を発表。これに激怒したケニア政府が、軍を引き揚げてしまったのだ。
「安保理は方向を見失ってしまった」と、ヨーロッパ外交評議会の研究員リチャード・ゴワンは語る。もはやアメリカと安保理の努力は「現実味に乏しい」。ジュバへの増派も無駄に終わる恐れがある。「既に武力衝突はジュバ以外の地域に移っている。ジュバのPKOを増強しても、南スーダン全体への混乱拡大は防げないだろう」
米外交団の致命的ミス
アメリカの決議案提出棚上げは、末期を迎えたオバマ政権の影響力低下を浮き彫りにした。と同時に、もっと早い段階で地道な根回しに力を入れなかったのは、米外交団の「戦略ミス」だという指摘がある。
決議案の内容を問題視する声もある。今回の決議案には、武器の流入阻止だけでなく、特定の南スーダンの政府指導者の資産凍結や渡航制限といった「ターゲット制裁」が多く含まれており、これが日本などのPKO参加国に二の足を踏ませる結果をもたらしたというのだ。
アメリカはタイミングを逸したと語る外交官(匿名を希望)もいる。ジュバで政府軍と反政府勢力が衝突し、PKO部隊や国際援助機関に犠牲者が出た今年の夏だったら、武器禁輸決議の採択はさほど難しくなかったはずだという。「アメリカはあのとき躊躇した代償を払うことになるだろう」
そもそもアメリカが2年以上も決議案の提出を遅らせてきたのは、民主的に選ばれた政府が反政府武装勢力に対抗する能力を奪うことになるとして、スーザン・ライス大統領補佐官(国家安全保障問題担当)が消極的な姿勢を示してきたから。ライスは、ウガンダなどの近隣諸国が武器の供給を続けて、決議の効果がなくなることも懸念した。
南スーダンは11年に住民投票によって独立を決めたが、13年にサルバ・キール大統領(ディンカ族)がリエク・マチャル副大統領(ヌエル族)を解任して、両者の確執が表面化した。やがてキール支持派がヌエル族の市民を虐殺し始めたため、マチャルは反政府武装勢力を組織。権力闘争は、多数派のディンカ族対それ以外の少数部族、という民族紛争に発展していった。
それでも昨年8月にはいったん和平合意が結ばれ、今年4月にはマチャルが副大統領に復帰。南スーダンは危ういながらも安定を取り戻したかに見えた。ところが7月にジュバで戦闘が再燃し、数百人の市民が虐殺され、マチャルは国外に逃亡。南スーダンは内戦状態に逆戻りした。
【参考記事】南スーダンPKOは「機能不全」、ケニアが国連批判で部隊撤退
アメリカはこのときマチャル支援を打ち切り、露骨なディンカ族優遇政策を取るキール政権を支持した。するとマチャルは、自分を支持する武装勢力に戦闘再開を呼び掛け、いずれ自らも南スーダンに戻ると約束した。
新たな民族浄化が始まる
7月から10月までに、ジュバから東エクアトリア州、西エクアトリア州に避難した住民は20万人以上。それとともに戦闘もジュバから東西エクアトリア州、西バハル・アル・ガザル州、上ナイル州、ユニティ州へと拡大した。
国連の専門家パネルによると、南西部の町イェイでは、主にディンカ族で構成される政府系武装勢力がレイプ、裁判なしの処刑、拉致、拷問、略奪、家屋の焼き討ちを行っている。
「(ジェノサイドの)兆候は確かに存在する」と、南スーダンから帰国したアダマ・ディエン国連事務総長特別顧問(ジェノサイド防止担当)は先月、国連安保理で報告した。「私が南スーダンで話を聞いた人々は皆、権力闘争が明らかな民族紛争に変貌しつつあると認めた」
「今ならまだジェノサイドの引き金となる要因の一部に対処できるし、対処しなければならない」と、ディエンは訴えた。
最近、南スーダンを訪問したスイスの銃器調査NGO、スモール・アームズ・サーベイのアラン・ボズウェルも、中央エクアトリア州から逃げてきた人々の悲痛な声を聞いた。「反政府勢力が入ってきた」村落を、ディンカ族の民兵が手当たり次第に破壊しているというのだ。
「この内戦の特徴は民族浄化だ」とボズウェルは語る。「村落は略奪され、住民は追い立てられ、民族を理由に殺される」
CEPOのヤカニは、地方の村落では戦闘のせいで住民は農場に働きに出ることさえままならず、「人道的な状況は日々悪化している」と語る。武装集団による強盗の増加など、治安も目に見えて悪化しているという。
住民たちが何より恐れているのは「大規模な軍事衝突だ」と語る。それだけにヤカニは、武器禁輸決議に望みを託す。たとえ手遅れでも、長期的には武力抗争の規模を縮小できるかもしれない、と。
From Foreign Policy Magazine
[2016.12.13号掲載]
コラム・リンチ
南スーダンの政治・治安情勢は著しく悪化しており、組織的なジェノサイド(大量虐殺)の危険性が高まっている――。国連安全保障理事会の専門家パネルがそう警告したのは、先月半ばのこと。これを受け、ついにアメリカは南スーダンへの武器禁輸決議に向けて動き出した。
だがそれも、もはや手遅れかもしれない。11年に誕生した南スーダンでは、3年前に内戦が勃発。国外から入ってきた大量の武器や弾薬が、政府軍はもとより反政府組織や市民の間にも行き渡り、12月の乾季を前に戦乱拡大は必至の状況になっているのだ。
これに対してアメリカのオバマ政権の対応は迷走している。ジュネーブの国連人権理事会に派遣されているキース・ハーパー大使は先月末、「南スーダン政府は、(首都ジュバのある)中央エクアトリア州で一般市民を虐殺しているほか、向こう数日または数週間で、大規模な攻撃を計画しているという信頼に足る情報がある」として、国際社会の行動を訴えた。
ところがニューヨークでは、サマンサ・パワー米国連大使が、武器禁輸決議案の提出棚上げを余儀なくされた。採択に必要な9カ国の同意を得られそうにないことが分かったためだ。
しかも反対に回りそうなのは中国やロシア、ベネズエラなど伝統的に反米の理事国だけではない。日本などアメリカに近い同盟国も反対を表明している。日本は南スーダンでの国連平和維持活動(PKO)に数百人を派遣しており、南スーダン政府の不興を買いたくないと考えている。
【参考記事】民族大虐殺迫る南スーダン。国連安保理の武器禁輸措置決議になぜ日本は消極的なのか
「13年に武力衝突が始まったとき、アメリカがすぐに(武器禁輸決議を)推進したらよかったのだが」と、ジュバの市民団体「進歩のための地域エンパワメント機関(CEPO)」のエドマンド・ヤカニ事務局長は語る。「今やジェノサイドが起きる可能性は高まっている」
南スーダン政府は先月末、新たに4000人規模のPKO部隊を受け入れることを決めた。だが、本来なら大規模な貢献が期待されたはずのケニア軍の参加は見込めない。今年7月にジュバで大規模な衝突が起きたとき、PKO部隊が適切な対応をしなかったとして、潘基文(バン・キムン)国連事務総長がケニア人司令官の解任を発表。これに激怒したケニア政府が、軍を引き揚げてしまったのだ。
「安保理は方向を見失ってしまった」と、ヨーロッパ外交評議会の研究員リチャード・ゴワンは語る。もはやアメリカと安保理の努力は「現実味に乏しい」。ジュバへの増派も無駄に終わる恐れがある。「既に武力衝突はジュバ以外の地域に移っている。ジュバのPKOを増強しても、南スーダン全体への混乱拡大は防げないだろう」
米外交団の致命的ミス
アメリカの決議案提出棚上げは、末期を迎えたオバマ政権の影響力低下を浮き彫りにした。と同時に、もっと早い段階で地道な根回しに力を入れなかったのは、米外交団の「戦略ミス」だという指摘がある。
決議案の内容を問題視する声もある。今回の決議案には、武器の流入阻止だけでなく、特定の南スーダンの政府指導者の資産凍結や渡航制限といった「ターゲット制裁」が多く含まれており、これが日本などのPKO参加国に二の足を踏ませる結果をもたらしたというのだ。
アメリカはタイミングを逸したと語る外交官(匿名を希望)もいる。ジュバで政府軍と反政府勢力が衝突し、PKO部隊や国際援助機関に犠牲者が出た今年の夏だったら、武器禁輸決議の採択はさほど難しくなかったはずだという。「アメリカはあのとき躊躇した代償を払うことになるだろう」
そもそもアメリカが2年以上も決議案の提出を遅らせてきたのは、民主的に選ばれた政府が反政府武装勢力に対抗する能力を奪うことになるとして、スーザン・ライス大統領補佐官(国家安全保障問題担当)が消極的な姿勢を示してきたから。ライスは、ウガンダなどの近隣諸国が武器の供給を続けて、決議の効果がなくなることも懸念した。
南スーダンは11年に住民投票によって独立を決めたが、13年にサルバ・キール大統領(ディンカ族)がリエク・マチャル副大統領(ヌエル族)を解任して、両者の確執が表面化した。やがてキール支持派がヌエル族の市民を虐殺し始めたため、マチャルは反政府武装勢力を組織。権力闘争は、多数派のディンカ族対それ以外の少数部族、という民族紛争に発展していった。
それでも昨年8月にはいったん和平合意が結ばれ、今年4月にはマチャルが副大統領に復帰。南スーダンは危ういながらも安定を取り戻したかに見えた。ところが7月にジュバで戦闘が再燃し、数百人の市民が虐殺され、マチャルは国外に逃亡。南スーダンは内戦状態に逆戻りした。
【参考記事】南スーダンPKOは「機能不全」、ケニアが国連批判で部隊撤退
アメリカはこのときマチャル支援を打ち切り、露骨なディンカ族優遇政策を取るキール政権を支持した。するとマチャルは、自分を支持する武装勢力に戦闘再開を呼び掛け、いずれ自らも南スーダンに戻ると約束した。
新たな民族浄化が始まる
7月から10月までに、ジュバから東エクアトリア州、西エクアトリア州に避難した住民は20万人以上。それとともに戦闘もジュバから東西エクアトリア州、西バハル・アル・ガザル州、上ナイル州、ユニティ州へと拡大した。
国連の専門家パネルによると、南西部の町イェイでは、主にディンカ族で構成される政府系武装勢力がレイプ、裁判なしの処刑、拉致、拷問、略奪、家屋の焼き討ちを行っている。
「(ジェノサイドの)兆候は確かに存在する」と、南スーダンから帰国したアダマ・ディエン国連事務総長特別顧問(ジェノサイド防止担当)は先月、国連安保理で報告した。「私が南スーダンで話を聞いた人々は皆、権力闘争が明らかな民族紛争に変貌しつつあると認めた」
「今ならまだジェノサイドの引き金となる要因の一部に対処できるし、対処しなければならない」と、ディエンは訴えた。
最近、南スーダンを訪問したスイスの銃器調査NGO、スモール・アームズ・サーベイのアラン・ボズウェルも、中央エクアトリア州から逃げてきた人々の悲痛な声を聞いた。「反政府勢力が入ってきた」村落を、ディンカ族の民兵が手当たり次第に破壊しているというのだ。
「この内戦の特徴は民族浄化だ」とボズウェルは語る。「村落は略奪され、住民は追い立てられ、民族を理由に殺される」
CEPOのヤカニは、地方の村落では戦闘のせいで住民は農場に働きに出ることさえままならず、「人道的な状況は日々悪化している」と語る。武装集団による強盗の増加など、治安も目に見えて悪化しているという。
住民たちが何より恐れているのは「大規模な軍事衝突だ」と語る。それだけにヤカニは、武器禁輸決議に望みを託す。たとえ手遅れでも、長期的には武力抗争の規模を縮小できるかもしれない、と。
From Foreign Policy Magazine
[2016.12.13号掲載]
コラム・リンチ