<カリスマ性の源は思想から暴言に代わった。既存体制への反発が生んだ混乱の行方は>(写真:カストロをしのぶキューバ国民〔首都ハバナ〕)
11月25日、キューバのカストロ前国家評議会議長が死去した。くしくも60年前に亡命先のメキシコから82人の同志と祖国に向かい、ヨット「グランマ」号に乗り込んだ節目の日。盟友エルネスト・チェ・ゲバラらと武力で政権を奪取して世界を驚かせたカストロは、社会主義の指導者らしく、長期にわたる独裁政権を樹立して、今日に至った。
カストロの逝去をもって、20世紀の共産主義独裁政治家の総退陣とみていいだろう。地球の約半分が真っ赤に染まっていた時代、社会主義の創始者の1人だったソ連のヨシフ・スターリンの死後は、中国の毛沢東が国際共産主義陣営のボスを自任。世界に革命を輸出して、内政干渉を行った。毛の周りにはアルバニアのエンベル・ホッジャや北朝鮮の金日成(キム・イルソン)、それにアラブ社会主義の指導者たちが走馬灯のように訪れては消えていった。
今でこそ「イスラム過激主義」などと言って中東が語られるが、忘れてはならないのはこうした過激思想が同じく反西洋思想を持つアラブ社会主義の陰に隠されていたことだ。50年代以降、エジプトのナセル大統領はソ連をモデルに「非資本主義の道」を歩むと宣言。彼と権力を争った同じくアラブ社会主義のバース党は60年代にイラクとシリアで政権掌握に成功。サダム・フセインとハフェズ・アサドという二大独裁者を生んだ。
【参考記事】カストロの功罪は、死してなおキューバの人々を翻弄する
アルジェリアは62年に独立してから極端な集団化経済政策を打ち出し、リビアのカダフィ大佐は「イスラムに社会主義の改革」をもたらそうと奮闘した。
そんな独裁者らの空想に反して、社会主義経済は疲弊し切っていた。特に毛が天国のマルクスに会いに行った76年以降、弱体化が加速。それから15年でソ連が崩壊した。
さらにとどめを刺すかのようにアメリカがフセインの「大量破壊兵器」を見つけると称して03年に派兵し、中東の暴力の「パンドラの箱」を開けた。殺害された独裁者らが社会主義の看板の下で隠してきた反西洋・反キリスト教の思想はテロという形で噴火して今日に至る。そして、歴史の皮肉を味わう暇もなく、ポピュリスト政治家らが台頭した。
ポピュリスト政治家の筆頭はドナルド・トランプ次期米大統領だろう。同様に大衆扇動の手法にたけているのはフィリピンのドゥテルテ大統領と中国の習近平(シー・チンピン)国家主席だ。非論理的な暴言が人々の心の奥に潜む反知性の琴線に触れて混乱を呼ぶ。そうした反知性の姿勢もまた、既存の体制やイデオロギーに対する反発だろう。ポピュリスト政治家の誕生を促したのは、ほかでもないわれわれ全体だ。
暗殺計画を招く名演説?
カストロのような独裁者と今のポピュリスト政治家とには大きな違いがある。過去の独裁者らは自らの思想を体系化し、それなりに自由主義世界と論陣を張ったが、現在のポピュリスト政治家には思想が見られない。
スターリンには膨大な量に上る全集があり、世界各国で翻訳されている。毛も負けずに全集を出し、庶民層にも広げようとする。分かりやすい『毛沢東語録』を訳して「革命思想」として24カ国に輸出した。カダフィ大佐も『緑の書』で自らのカリスマ性を演出。彼の女性親衛隊員らがその著作を愛読するシーンはセンセーショナルだった。
【参考記事】バレンタイン監督が駐日大使に? トランプ政権人事の発想はまるで野球映画
カストロは毛たちほど筆まめではなかったらしいが、長時間の演説がそのカリスマ性を支えてきた側面がある。「今日は短めに終わる」と毎回のように冒頭で述べて笑いを誘い、そして聴衆を引き付けていく名演説は宿敵のアメリカの大統領ですら正面から反論できず、CIAの暗殺計画を黙認するしかなかったと言われるほどだ。
「親愛なる兄弟に哀悼の意を表する」とローマ法王(教皇)フランシスコは語り、「中国人民は親密な同志を失った」と習は弔電を送った。日本の安倍晋三首相も「革命後の卓越した指導者」だったと高く評価。果たして今後、ポピュリスト政治家らはカストロ亡き後の世界をどこへ導いていくのだろうか。
[2016.12.13号掲載]
楊海英(本誌コラムニスト)
11月25日、キューバのカストロ前国家評議会議長が死去した。くしくも60年前に亡命先のメキシコから82人の同志と祖国に向かい、ヨット「グランマ」号に乗り込んだ節目の日。盟友エルネスト・チェ・ゲバラらと武力で政権を奪取して世界を驚かせたカストロは、社会主義の指導者らしく、長期にわたる独裁政権を樹立して、今日に至った。
カストロの逝去をもって、20世紀の共産主義独裁政治家の総退陣とみていいだろう。地球の約半分が真っ赤に染まっていた時代、社会主義の創始者の1人だったソ連のヨシフ・スターリンの死後は、中国の毛沢東が国際共産主義陣営のボスを自任。世界に革命を輸出して、内政干渉を行った。毛の周りにはアルバニアのエンベル・ホッジャや北朝鮮の金日成(キム・イルソン)、それにアラブ社会主義の指導者たちが走馬灯のように訪れては消えていった。
今でこそ「イスラム過激主義」などと言って中東が語られるが、忘れてはならないのはこうした過激思想が同じく反西洋思想を持つアラブ社会主義の陰に隠されていたことだ。50年代以降、エジプトのナセル大統領はソ連をモデルに「非資本主義の道」を歩むと宣言。彼と権力を争った同じくアラブ社会主義のバース党は60年代にイラクとシリアで政権掌握に成功。サダム・フセインとハフェズ・アサドという二大独裁者を生んだ。
【参考記事】カストロの功罪は、死してなおキューバの人々を翻弄する
アルジェリアは62年に独立してから極端な集団化経済政策を打ち出し、リビアのカダフィ大佐は「イスラムに社会主義の改革」をもたらそうと奮闘した。
そんな独裁者らの空想に反して、社会主義経済は疲弊し切っていた。特に毛が天国のマルクスに会いに行った76年以降、弱体化が加速。それから15年でソ連が崩壊した。
さらにとどめを刺すかのようにアメリカがフセインの「大量破壊兵器」を見つけると称して03年に派兵し、中東の暴力の「パンドラの箱」を開けた。殺害された独裁者らが社会主義の看板の下で隠してきた反西洋・反キリスト教の思想はテロという形で噴火して今日に至る。そして、歴史の皮肉を味わう暇もなく、ポピュリスト政治家らが台頭した。
ポピュリスト政治家の筆頭はドナルド・トランプ次期米大統領だろう。同様に大衆扇動の手法にたけているのはフィリピンのドゥテルテ大統領と中国の習近平(シー・チンピン)国家主席だ。非論理的な暴言が人々の心の奥に潜む反知性の琴線に触れて混乱を呼ぶ。そうした反知性の姿勢もまた、既存の体制やイデオロギーに対する反発だろう。ポピュリスト政治家の誕生を促したのは、ほかでもないわれわれ全体だ。
暗殺計画を招く名演説?
カストロのような独裁者と今のポピュリスト政治家とには大きな違いがある。過去の独裁者らは自らの思想を体系化し、それなりに自由主義世界と論陣を張ったが、現在のポピュリスト政治家には思想が見られない。
スターリンには膨大な量に上る全集があり、世界各国で翻訳されている。毛も負けずに全集を出し、庶民層にも広げようとする。分かりやすい『毛沢東語録』を訳して「革命思想」として24カ国に輸出した。カダフィ大佐も『緑の書』で自らのカリスマ性を演出。彼の女性親衛隊員らがその著作を愛読するシーンはセンセーショナルだった。
【参考記事】バレンタイン監督が駐日大使に? トランプ政権人事の発想はまるで野球映画
カストロは毛たちほど筆まめではなかったらしいが、長時間の演説がそのカリスマ性を支えてきた側面がある。「今日は短めに終わる」と毎回のように冒頭で述べて笑いを誘い、そして聴衆を引き付けていく名演説は宿敵のアメリカの大統領ですら正面から反論できず、CIAの暗殺計画を黙認するしかなかったと言われるほどだ。
「親愛なる兄弟に哀悼の意を表する」とローマ法王(教皇)フランシスコは語り、「中国人民は親密な同志を失った」と習は弔電を送った。日本の安倍晋三首相も「革命後の卓越した指導者」だったと高く評価。果たして今後、ポピュリスト政治家らはカストロ亡き後の世界をどこへ導いていくのだろうか。
[2016.12.13号掲載]
楊海英(本誌コラムニスト)