<台湾独立に反発する中国の国民感情は根が深い。「1つの中国」問題に稚拙な外交は禁物>(写真:「台湾の解放」と「日本製品の不買」を訴えるプラカード。中国市民の抗議活動は暴動に発展することも)
トランプ次期米大統領と台湾の蔡英文(ツァイ・インウェン)総統の電話会談に、外交政策の専門家が頭を抱えるのも無理はない。トランプが軽視したのは、形式的な外交儀礼だけではない。台湾をめぐる中国人の感情を刺激しないように練り上げてきた綿密な戦略も、ないがしろにしたのだ。
中国の反応は、今のところ意外にもおとなしい。ただし、中国の政治家と国民にとって、台湾は何よりも繊細な問題だ。
私が以前に働いていた中国国営の英語メディアは、台湾に関する「正しい」表現の重要性をスタッフにたたき込んでいた。もっとも、数十年前に作成された指針は、「中国本土」は不可だが「中国の本土」は可、「台湾の課題」ではなく「台湾の問題」という具合だった。
【参考記事】トランプは「台湾カード」を使うのか?
別の新聞社では、「中国最大、世界第2位の製紙工場」という表現がやり玉に挙げられたことがある。2日にわたる調査の結果、責任者の中国人記者は月給の約3割の罰金を科され、反省文を書かされた。世界第1位の工場は台湾にあるので「中国第2位」と書くべきだったのだ。
皮肉なことに、中国が台湾の地位を軽んじることに執着するほど、問題が注目されるという結果をもたらしている。
執着はメディアにとどまらない。中国の税関は、台湾と本土を異なる色で塗り分けた地球儀や地図を没収する。教育当局は、国際会議の冊子から台湾に関する広告を破り取る。模擬国連のイベントで台湾が参加「国」と表記されていれば、修正しろと学生が詰め寄る。
不幸で苦々しい国家主義
ここに問題の本質がある。言葉を統制してねじ曲げることに余念がない中国共産党だが、台湾の場合は、政治的な制約だけが影響しているわけではない。本土の中国人は幼い頃から、台湾に関する言語感覚を骨の髄までたたき込まれているのだ。
私は中国で暮らして13年になるが、台湾には自分の未来を決める権利があると考えている本土の中国人には、3人くらいしか会ったことがない。
情熱的なリベラルも、筋金入りのマルクス主義者も、政治に無関心な人も、台湾を国家と見なすという考えに猛然と反発する。そのような考えは中国人の大多数にとって異様であり、タブーであり、侮辱的でさえある。アメリカ人に奴隷制の復活を提案するようなものだ。
中国政府が「13億人の中国人の感情を傷つけた」と怒るのはいつものポーズだが、台湾に関する場合は事実に近い。アメリカの大学に留学した10代の女子学生は、寮の壁に掲げられた台湾の旗に憤慨。中国版ツイッターの微信(ウェイシン、WeChat)に「国じゃないのに!」と投稿すると、学内の中国人学生たちが賛同し怒りのコメントを付けた。
【参考記事】「トランプ劇場」に振り回される習近平
これは、中国が外国勢力から屈辱を受けてきた(事実だが過去の話だ)というプロパガンダの産物だ。台湾の過去の富と成功に対する執着と恨みが絡み合い、本土が手にした力へのうぬぼれが輪を掛けている。
台湾の存在という長年の現実を否定することは、中国の国家主義の不幸で苦々しい側面でもある。一夜で変わるものでもない。仮に中国共産党が今すぐ消滅しても、中国人は台湾の独立の願いを軽蔑し続けるだろう。
アメリカはこの問題を、敬意を持って慎重に扱うべきだ。外交上の嘘にも一定の理解を示す必要がある。中国政府だけでなく、国民の真の怒りを刺激しかねないのだ。時には彼らの怒りを操作する政府ですら、完全にはコントロールできなくなるかもしれない。
From Foreign Policy Magazine
[2016.12.20号掲載]
ジェームズ・パーマー(フォーリン・ポリシー誌エディター)
トランプ次期米大統領と台湾の蔡英文(ツァイ・インウェン)総統の電話会談に、外交政策の専門家が頭を抱えるのも無理はない。トランプが軽視したのは、形式的な外交儀礼だけではない。台湾をめぐる中国人の感情を刺激しないように練り上げてきた綿密な戦略も、ないがしろにしたのだ。
中国の反応は、今のところ意外にもおとなしい。ただし、中国の政治家と国民にとって、台湾は何よりも繊細な問題だ。
私が以前に働いていた中国国営の英語メディアは、台湾に関する「正しい」表現の重要性をスタッフにたたき込んでいた。もっとも、数十年前に作成された指針は、「中国本土」は不可だが「中国の本土」は可、「台湾の課題」ではなく「台湾の問題」という具合だった。
【参考記事】トランプは「台湾カード」を使うのか?
別の新聞社では、「中国最大、世界第2位の製紙工場」という表現がやり玉に挙げられたことがある。2日にわたる調査の結果、責任者の中国人記者は月給の約3割の罰金を科され、反省文を書かされた。世界第1位の工場は台湾にあるので「中国第2位」と書くべきだったのだ。
皮肉なことに、中国が台湾の地位を軽んじることに執着するほど、問題が注目されるという結果をもたらしている。
執着はメディアにとどまらない。中国の税関は、台湾と本土を異なる色で塗り分けた地球儀や地図を没収する。教育当局は、国際会議の冊子から台湾に関する広告を破り取る。模擬国連のイベントで台湾が参加「国」と表記されていれば、修正しろと学生が詰め寄る。
不幸で苦々しい国家主義
ここに問題の本質がある。言葉を統制してねじ曲げることに余念がない中国共産党だが、台湾の場合は、政治的な制約だけが影響しているわけではない。本土の中国人は幼い頃から、台湾に関する言語感覚を骨の髄までたたき込まれているのだ。
私は中国で暮らして13年になるが、台湾には自分の未来を決める権利があると考えている本土の中国人には、3人くらいしか会ったことがない。
情熱的なリベラルも、筋金入りのマルクス主義者も、政治に無関心な人も、台湾を国家と見なすという考えに猛然と反発する。そのような考えは中国人の大多数にとって異様であり、タブーであり、侮辱的でさえある。アメリカ人に奴隷制の復活を提案するようなものだ。
中国政府が「13億人の中国人の感情を傷つけた」と怒るのはいつものポーズだが、台湾に関する場合は事実に近い。アメリカの大学に留学した10代の女子学生は、寮の壁に掲げられた台湾の旗に憤慨。中国版ツイッターの微信(ウェイシン、WeChat)に「国じゃないのに!」と投稿すると、学内の中国人学生たちが賛同し怒りのコメントを付けた。
【参考記事】「トランプ劇場」に振り回される習近平
これは、中国が外国勢力から屈辱を受けてきた(事実だが過去の話だ)というプロパガンダの産物だ。台湾の過去の富と成功に対する執着と恨みが絡み合い、本土が手にした力へのうぬぼれが輪を掛けている。
台湾の存在という長年の現実を否定することは、中国の国家主義の不幸で苦々しい側面でもある。一夜で変わるものでもない。仮に中国共産党が今すぐ消滅しても、中国人は台湾の独立の願いを軽蔑し続けるだろう。
アメリカはこの問題を、敬意を持って慎重に扱うべきだ。外交上の嘘にも一定の理解を示す必要がある。中国政府だけでなく、国民の真の怒りを刺激しかねないのだ。時には彼らの怒りを操作する政府ですら、完全にはコントロールできなくなるかもしれない。
From Foreign Policy Magazine
[2016.12.20号掲載]
ジェームズ・パーマー(フォーリン・ポリシー誌エディター)