<自分でも忘れていた贈り物候補を思い出させてくれたり、数千数万のブランドから好みのデザインを選んでくれたり、買い物の満足度はアップしそう>
イギリスの消費者がクリスマスプレゼントの購入に費やす予算は平均で280ポンド。その半分以上がオンラインで使われる。昔も今も友人や家族からの「おススメ」が購入の主な決め手になるとはいえ、ほぼ3人に1人はネット上の評価に頼っている。
試算によると、16年末までにオンラインショッピングの市場規模は前年比で24%増加する見込みだ。ところが、買い物を通じてもっと五感に訴える感覚を味わいたいという消費者が増えるにつれ、ネットの小売店はプレッシャーを感じている。消費者を楽しませる方法を次々に見つけ出し、顧客を満足させなければならないからだ。
そこで彼らが活用し始めた新技術が人工知能(AI)だ。AIを利用すれば、顧客の行動を分析し、欲しい商品を予測し、一人ひとりに差別化した顧客体験を提供できるようになる。つまりAIには、オンライン上の個別の体験を一層カスタマイズできると期待がかかっている。
顧客に合わせて差別化
小売店が顧客とのやり取りでAIを活用する事例は、すでに多数存在する。そもそもこうしたAIは、顧客の好みや行動を学習し、顧客のニーズなどを分析してある程度カスタマイズした商品を大量生産するのが基本だ。マーケティングの世界ではマス・カスタマイゼーションという。
ファッション小売サービスの米スティッチ・フィックスは、スタイリストが顧客のために選んだ服やアクセサリーを毎月5点届けるサービスを提供する。届いたアイテムを購入するかどうかは顧客が自由に決められる仕組みだ。同社がアイテムを選定する基準は、顧客が入力したアンケートや、画像共有サービス「ピンタレスト」登録された画像、居住地の天候パターンや、スタイリストに対する個人的なメモなど。これらのデータから開発した独自のアルゴリズムによって、スタイリストは顧客が最も好みそうなアイテムを厳選して自宅へ届ける。
オンラインでの選択肢が広がるなか、小売店は購入プロセスの簡素化にも取り組んでいる。リアルのお店なら、商品を見て回るのも容易だ。おもちゃ売り場に途中にあった上着をチェックしてもいいし、それとなくスター・ウォーズのフィギュアを見ていたら、通路の向かいに欲しかった紅茶用のティータオルを偶然発見した、なんてこともあるだろう。
ところがインターネットだとそうはいかない。従ってネット商売でAIを活用する場合重要になる目的の一つは、顧客自身が気づいていない場合でも、選択肢を絞り込み、探し物を見つけるのをアシストすることだ。最近の研究では、顧客はどの商品カテゴリーのものを購入するかを決めてしまえば、あとはその中で候補に挙がる商品の幅が少ないほど、選択にかかる負担が軽くなることが明らかになった。
ショッピングで色やデザインなどビジュアルを重視するタイプの人は、イギリス発のファッションサイト「スナップ・ファッション」を参考にするとよさそうだ。ユーザーがネットで見つけた写真や欲しい服をスマホで撮った画像をもとに、視覚を用いた検索エンジンを使って1万6000種類以上のブランドからユーザーの好みに合いそうな商品を提案してくれるサービスだ。17年8月以降は街中にある実際の店舗の試着室でも、試着した商品から顧客が気に入りそうな商品リストを表示してくれる「スナップファッション・インストア」というサービスも開始する予定だ。
チャットボット
小売業界における次世代のAIは、顧客一人ひとりに合った商品を提案するという領域を卓越して、顧客と会話ができるようになるはずだ。
「会話型コマース」という用語が生まれたのは2015年、米配車サービス会社ウーバーのエコシステム開発を手掛けるクリス・メッシーナが初めて提唱した。会話型コマースが注目を集めるようになったのは、メッセージアプリや自然言語処理、ブランドなどの力が集結したのがきっかけだ。それにより、AIを使って人に対応するチャットボットの助けを借りれば、顧客は人を介さずにブランドやサービスと直接、チャットやメッセージ、会話のやり取りをすることが可能になった。
【参考記事】AIの新たな主戦場、チャットボットの破壊力
ネット上で保険商品を仲介するPtoPブローカーの米レモネード社では、顧客は「マヤ」というAIボットを利用して、自分に合った保険契約をデザインする。レモネードの会話型アプリを使えば、ほんの数分で完了する。アプリには事故の状況を説明する専用のビデオ録画機能が組み込まれており、顧客はマヤに話すことで保険金を請求できる。
会話型コマースが発達すれば、何かを購入する過程で人間がAIの恩恵に預かるばかりで自分では何もできないという受け身の状態から抜け出し、AIと会話を重ねて相互に積極的なパートナー関係を築くことができる。将来は、自分がAIボットと話しているのか人間と対話しているのかすら分からなくなるかもしれない。
母親へのクリスマスプレゼントに冬用の新しいジャケットを買ってあげたいと思っている人は、アウトドアブランドの米ノースフェイスが答えてくれそうだ。同社はIBMが開発した人工知能「ワトソン」を搭載し、自然言語での質疑応答が可能なモバイルアプリを開発。顧客にぴったりの商品を特定する手助けをしてくれる。顧客が答える質問内容は、購入したい商品の用途や時期、使用場所、そして特に重視するポイントなど。たとえば新しいスマホがぴったり収まるポケットが欲しいといった具合だ。一連の情報や天気予報、配送に関する必要事項などに基づいて、選択肢がズラリと表示される仕組みだ。
AI主導のこの種の買い物形態は、店舗で働く店員の接客業の存在意義を揺るがし、場合によっては取って替わる可能性がある。AIは知識が豊富で、迅速な対応も可能、おまけにいくつものデータを駆使して顧客に適したアドバイスを素早く効率的に提供できる。AIアシスタントは二日酔いの心配もないし、だるそうな態度をしたり、聞こえよがしに舌打ちすることもない。
【参考記事】AIに奪われない天職の見つけ方 「本当の仕事 自分に嘘をつかない生き方、働き方」(榎本英剛著)
マスでカスタマイズ
小売業でAIを導入すれば、マス・カスタマイゼーション(いわば受注大量生産)を実現し、顧客がより短時間で選択肢を絞るのにも役立つ。企業は顧客が「やみつき」になるようなオンラインショッピングの場を、一貫したサービスとして提供できる。小売業界が熾烈な競争に直面するなか、この技術は極めて重要だ。
【参考記事】オーダーメイドのスーツを手頃な価格で――「マス・カスタマイゼーション」で伸びる中国のアパレルメーカー
問題は、とりわけクリスマスなどのイベントがある季節に、買い物を通じて得られる発見や探求心など、顧客の側が楽しめる要素が減ってしまうことだ。AIの導入は、機械の学習能力と予測分析を利用して顧客がある特定のものを買うよう後押しすることで、購入プロセスを簡素化するからだ。
会話型コマースが小売業界を牽引すれば、顧客のブランドとの関わり方は高度に差別化される。それらのAIシステムは、保険商品を購入したり商品に関する技術的なアドバイスを受けたりといった、簡単で具体的なタスクを完了したい人にとっては、大きな助け舟になり得る。一方で愛する人へのプレゼントなど、より複雑で想い入れのある主観的な買い物を決断するときには、人々はやっぱり人間特有の才覚や、友人や家族や店員の個人的な意見を求めるのかもしれない。
Rikke Duus, Senior Teaching Fellow in Marketing, UCL and Mike Cooray, Professor of Practice, Hult International Business School
This article was originally published on The Conversation. Read the original article.
リッケ・デゥース(英ユニバーシティ・カレッジ・ロンドンのシニア・ティーチングフェロー)、マイク・クーレイ(米ハルト・インターナショナル・ビジネススクール教授)
イギリスの消費者がクリスマスプレゼントの購入に費やす予算は平均で280ポンド。その半分以上がオンラインで使われる。昔も今も友人や家族からの「おススメ」が購入の主な決め手になるとはいえ、ほぼ3人に1人はネット上の評価に頼っている。
試算によると、16年末までにオンラインショッピングの市場規模は前年比で24%増加する見込みだ。ところが、買い物を通じてもっと五感に訴える感覚を味わいたいという消費者が増えるにつれ、ネットの小売店はプレッシャーを感じている。消費者を楽しませる方法を次々に見つけ出し、顧客を満足させなければならないからだ。
そこで彼らが活用し始めた新技術が人工知能(AI)だ。AIを利用すれば、顧客の行動を分析し、欲しい商品を予測し、一人ひとりに差別化した顧客体験を提供できるようになる。つまりAIには、オンライン上の個別の体験を一層カスタマイズできると期待がかかっている。
顧客に合わせて差別化
小売店が顧客とのやり取りでAIを活用する事例は、すでに多数存在する。そもそもこうしたAIは、顧客の好みや行動を学習し、顧客のニーズなどを分析してある程度カスタマイズした商品を大量生産するのが基本だ。マーケティングの世界ではマス・カスタマイゼーションという。
ファッション小売サービスの米スティッチ・フィックスは、スタイリストが顧客のために選んだ服やアクセサリーを毎月5点届けるサービスを提供する。届いたアイテムを購入するかどうかは顧客が自由に決められる仕組みだ。同社がアイテムを選定する基準は、顧客が入力したアンケートや、画像共有サービス「ピンタレスト」登録された画像、居住地の天候パターンや、スタイリストに対する個人的なメモなど。これらのデータから開発した独自のアルゴリズムによって、スタイリストは顧客が最も好みそうなアイテムを厳選して自宅へ届ける。
オンラインでの選択肢が広がるなか、小売店は購入プロセスの簡素化にも取り組んでいる。リアルのお店なら、商品を見て回るのも容易だ。おもちゃ売り場に途中にあった上着をチェックしてもいいし、それとなくスター・ウォーズのフィギュアを見ていたら、通路の向かいに欲しかった紅茶用のティータオルを偶然発見した、なんてこともあるだろう。
ところがインターネットだとそうはいかない。従ってネット商売でAIを活用する場合重要になる目的の一つは、顧客自身が気づいていない場合でも、選択肢を絞り込み、探し物を見つけるのをアシストすることだ。最近の研究では、顧客はどの商品カテゴリーのものを購入するかを決めてしまえば、あとはその中で候補に挙がる商品の幅が少ないほど、選択にかかる負担が軽くなることが明らかになった。
ショッピングで色やデザインなどビジュアルを重視するタイプの人は、イギリス発のファッションサイト「スナップ・ファッション」を参考にするとよさそうだ。ユーザーがネットで見つけた写真や欲しい服をスマホで撮った画像をもとに、視覚を用いた検索エンジンを使って1万6000種類以上のブランドからユーザーの好みに合いそうな商品を提案してくれるサービスだ。17年8月以降は街中にある実際の店舗の試着室でも、試着した商品から顧客が気に入りそうな商品リストを表示してくれる「スナップファッション・インストア」というサービスも開始する予定だ。
チャットボット
小売業界における次世代のAIは、顧客一人ひとりに合った商品を提案するという領域を卓越して、顧客と会話ができるようになるはずだ。
「会話型コマース」という用語が生まれたのは2015年、米配車サービス会社ウーバーのエコシステム開発を手掛けるクリス・メッシーナが初めて提唱した。会話型コマースが注目を集めるようになったのは、メッセージアプリや自然言語処理、ブランドなどの力が集結したのがきっかけだ。それにより、AIを使って人に対応するチャットボットの助けを借りれば、顧客は人を介さずにブランドやサービスと直接、チャットやメッセージ、会話のやり取りをすることが可能になった。
【参考記事】AIの新たな主戦場、チャットボットの破壊力
ネット上で保険商品を仲介するPtoPブローカーの米レモネード社では、顧客は「マヤ」というAIボットを利用して、自分に合った保険契約をデザインする。レモネードの会話型アプリを使えば、ほんの数分で完了する。アプリには事故の状況を説明する専用のビデオ録画機能が組み込まれており、顧客はマヤに話すことで保険金を請求できる。
会話型コマースが発達すれば、何かを購入する過程で人間がAIの恩恵に預かるばかりで自分では何もできないという受け身の状態から抜け出し、AIと会話を重ねて相互に積極的なパートナー関係を築くことができる。将来は、自分がAIボットと話しているのか人間と対話しているのかすら分からなくなるかもしれない。
母親へのクリスマスプレゼントに冬用の新しいジャケットを買ってあげたいと思っている人は、アウトドアブランドの米ノースフェイスが答えてくれそうだ。同社はIBMが開発した人工知能「ワトソン」を搭載し、自然言語での質疑応答が可能なモバイルアプリを開発。顧客にぴったりの商品を特定する手助けをしてくれる。顧客が答える質問内容は、購入したい商品の用途や時期、使用場所、そして特に重視するポイントなど。たとえば新しいスマホがぴったり収まるポケットが欲しいといった具合だ。一連の情報や天気予報、配送に関する必要事項などに基づいて、選択肢がズラリと表示される仕組みだ。
AI主導のこの種の買い物形態は、店舗で働く店員の接客業の存在意義を揺るがし、場合によっては取って替わる可能性がある。AIは知識が豊富で、迅速な対応も可能、おまけにいくつものデータを駆使して顧客に適したアドバイスを素早く効率的に提供できる。AIアシスタントは二日酔いの心配もないし、だるそうな態度をしたり、聞こえよがしに舌打ちすることもない。
【参考記事】AIに奪われない天職の見つけ方 「本当の仕事 自分に嘘をつかない生き方、働き方」(榎本英剛著)
マスでカスタマイズ
小売業でAIを導入すれば、マス・カスタマイゼーション(いわば受注大量生産)を実現し、顧客がより短時間で選択肢を絞るのにも役立つ。企業は顧客が「やみつき」になるようなオンラインショッピングの場を、一貫したサービスとして提供できる。小売業界が熾烈な競争に直面するなか、この技術は極めて重要だ。
【参考記事】オーダーメイドのスーツを手頃な価格で――「マス・カスタマイゼーション」で伸びる中国のアパレルメーカー
問題は、とりわけクリスマスなどのイベントがある季節に、買い物を通じて得られる発見や探求心など、顧客の側が楽しめる要素が減ってしまうことだ。AIの導入は、機械の学習能力と予測分析を利用して顧客がある特定のものを買うよう後押しすることで、購入プロセスを簡素化するからだ。
会話型コマースが小売業界を牽引すれば、顧客のブランドとの関わり方は高度に差別化される。それらのAIシステムは、保険商品を購入したり商品に関する技術的なアドバイスを受けたりといった、簡単で具体的なタスクを完了したい人にとっては、大きな助け舟になり得る。一方で愛する人へのプレゼントなど、より複雑で想い入れのある主観的な買い物を決断するときには、人々はやっぱり人間特有の才覚や、友人や家族や店員の個人的な意見を求めるのかもしれない。
Rikke Duus, Senior Teaching Fellow in Marketing, UCL and Mike Cooray, Professor of Practice, Hult International Business School
This article was originally published on The Conversation. Read the original article.
リッケ・デゥース(英ユニバーシティ・カレッジ・ロンドンのシニア・ティーチングフェロー)、マイク・クーレイ(米ハルト・インターナショナル・ビジネススクール教授)