<これまで日本の宇宙開発は、ロケット・衛星の技術開発の「二次産業中心型」の宇宙開発だが、今後はさらに衛星を使った「三次産業中心型」のサービスを提供する段階まで行き、「宇宙の六次産業化」する必要がある>
農業で言われる「六次産業化」を宇宙産業に
先日、ある取材を受けている最中に出てきたアイディアだが、なかなか面白い思いつきだと思ったので、少しここにメモを残しておきたい。このアイディアは北海道における宇宙開発についての取材の中で思いついたものだが、日本全体にも敷衍出来る話だと考えている。
そのアイディアとは「宇宙の六次産業化」である。「六次産業化」という言葉はよく農業の付加価値を高めるための施策として使われる言葉である。とりわけ北海道ではこれまで広大な土地を活用して農産物を作ってきたが、「一次産業」としての農業でとどまっており、付加価値が低い状態で農産物を出荷するだけでは北海道経済に貢献しない、これからは農産物の加工(二次産業)と、レストランなどを通じた販売(三次産業)を展開し、一次産業+二次産業+三次産業で六次産業化していくべきだ、という議論がよくなされる。
これを宇宙産業に置き換えると、打上げ射場や地上局などのインフラは不可欠ではあるが、それ自体が生む付加価値は小さい「一次産業」であり、次いでロケットや衛星の開発・製造という「二次産業」があり、さらには衛星を使った様々なサービスの提供という「三次産業」がある。これらがバラバラで存立していれば、互いに付加価値を高めることはできず、例えば北海道の大樹町で進められているロケット射場の整備だけでは、町の発展に充分寄与することはできず、二次産業であるロケットの製造(現在は小型ロケットの開発拠点がある)に加え、三次産業である衛星を使ったサービスの提供というところまで行かなければならない、ということになる。
これは現在の日本の宇宙産業全体にも当てはまる問題設定と言えるかもしれない。これまで日本の宇宙開発は、ロケット・衛星の技術開発を中心に進められており、ある意味では「二次産業中心型」の宇宙開発を行ってきた(詳細は拙著『宇宙開発と国際政治』第六章などを参考にしてください)。そのため一次産業の射場は整備はするものの、あくまでも「二次産業のおまけ」のような扱いであり、三次産業となるサービス部門はスカパーJSATのような衛星放送サービスなどが育ったとはいえ、様々な理由から二次産業と三次産業が連携した開発を進めてきたわけではなかった。その点では日本の宇宙開発は「二次産業中心型」であり、「六次産業化」に向かうポテンシャルは低かったように思える。
しかし、現在の世界の宇宙開発は大きく変わりつつある。リチャード・ブランソン率いるヴァージン・ギャラクティックは弾道飛行による無重力体験が出来るという「三次産業中心型」の開発を進めているし、GoogleはSkybox(現Terra Bella)という会社を買収してリアルタイムでGoogle Earthのサービスを展開するという「三次産業中心型」の宇宙産業を目指している。この中でカギとなるのは小型衛星の開発とそれらを結びつけるコンステレーションという概念だ。コンステレーションとは、複数の衛星を同時に制御し、それらを結びつけて運用することで全地球的なサービスを展開するという技術である。しかも小型衛星の技術が普及することでそのコストが下がっており、こうした民間主導の「三次産業中心型」の宇宙開発が進むようになってきた。
北海道大樹町という「一次産業」を提供する場
こうしたグローバルなトレンドの中、北海道における宇宙開発を考える際に重要なのは、北海道には大樹町という「一次産業」を提供する場があり、そこでインターステラテクノロジズなどがロケットを作るという「二次産業」を誘致するところまでは来たが、そこから「三次産業中心型」となる、衛星を活用したサービスを提供する企業を集めるところにある。インターステラテクノロジズは小型衛星を打ち上げるための小型ロケットの開発を進めており、その小型衛星を複数機結び付け、コンステレーションとして運用することでサービスを展開する企業にとっては大変ありがたいロケットである。
というのも、小型衛星はこれまで大型ロケットに相乗りさせてもらうか、無理やり国際宇宙ステーションから放出するといった方法でしか軌道に投入することが出来ず、望んだ軌道に投入したり、望んだ時期に打ち上げることが難しかったりする。ロシアなどの小型ロケットを使う場合もあるが、それらを利用できる機会は限られている。そのため、小型衛星打ち上げに特化したインターステラテクノロジズのロケットなどは、「三次産業中心型」のサービスを提供する企業にも有益なものである。
それらの企業を集め、大樹町の射場を軸に、小型ロケットと小型衛星の開発を進め、その衛星を使ってサービスを提供することで「六次産業化」していくことが可能となり、北海道が「六次産業化」した宇宙開発の一大拠点になるという可能性すら秘めていると考えている。
新しい時代の流れの中で、これまでの「二次産業中心型」の宇宙開発から「六次産業化」していくことは、ちょうど農業が「一次産業」から「六次産業化」していくこととパラレルな現象だと思う。この流れをつかめるかどうかは、大樹町を始め、関係者が「六次産業化」を目標とし、一次産業としての射場の整備を進め、二次産業に必要な電力や設備を整備し、三次産業が求めるインフラを整えていくことであろう。それが北海道の次世代の経済を担っていくことを期待したい。
[プロフィール]
鈴木一人
北海道大学公共政策大学院教授。専門は国際政治経済学、ヨーロッパ研究、科学技術政策、宇宙政策など。2011年3月に『宇宙開発と国際政治』(岩波書店)を上梓。Twitter:@KS_1013 ウェブサイト:Kazuto Suzuki's Virtual Office
※当記事は鈴木一人さんのブログ「社会科学者として」からの転載です。
鈴木一人(北海道大学公共政策大学院教授)
農業で言われる「六次産業化」を宇宙産業に
先日、ある取材を受けている最中に出てきたアイディアだが、なかなか面白い思いつきだと思ったので、少しここにメモを残しておきたい。このアイディアは北海道における宇宙開発についての取材の中で思いついたものだが、日本全体にも敷衍出来る話だと考えている。
そのアイディアとは「宇宙の六次産業化」である。「六次産業化」という言葉はよく農業の付加価値を高めるための施策として使われる言葉である。とりわけ北海道ではこれまで広大な土地を活用して農産物を作ってきたが、「一次産業」としての農業でとどまっており、付加価値が低い状態で農産物を出荷するだけでは北海道経済に貢献しない、これからは農産物の加工(二次産業)と、レストランなどを通じた販売(三次産業)を展開し、一次産業+二次産業+三次産業で六次産業化していくべきだ、という議論がよくなされる。
これを宇宙産業に置き換えると、打上げ射場や地上局などのインフラは不可欠ではあるが、それ自体が生む付加価値は小さい「一次産業」であり、次いでロケットや衛星の開発・製造という「二次産業」があり、さらには衛星を使った様々なサービスの提供という「三次産業」がある。これらがバラバラで存立していれば、互いに付加価値を高めることはできず、例えば北海道の大樹町で進められているロケット射場の整備だけでは、町の発展に充分寄与することはできず、二次産業であるロケットの製造(現在は小型ロケットの開発拠点がある)に加え、三次産業である衛星を使ったサービスの提供というところまで行かなければならない、ということになる。
これは現在の日本の宇宙産業全体にも当てはまる問題設定と言えるかもしれない。これまで日本の宇宙開発は、ロケット・衛星の技術開発を中心に進められており、ある意味では「二次産業中心型」の宇宙開発を行ってきた(詳細は拙著『宇宙開発と国際政治』第六章などを参考にしてください)。そのため一次産業の射場は整備はするものの、あくまでも「二次産業のおまけ」のような扱いであり、三次産業となるサービス部門はスカパーJSATのような衛星放送サービスなどが育ったとはいえ、様々な理由から二次産業と三次産業が連携した開発を進めてきたわけではなかった。その点では日本の宇宙開発は「二次産業中心型」であり、「六次産業化」に向かうポテンシャルは低かったように思える。
しかし、現在の世界の宇宙開発は大きく変わりつつある。リチャード・ブランソン率いるヴァージン・ギャラクティックは弾道飛行による無重力体験が出来るという「三次産業中心型」の開発を進めているし、GoogleはSkybox(現Terra Bella)という会社を買収してリアルタイムでGoogle Earthのサービスを展開するという「三次産業中心型」の宇宙産業を目指している。この中でカギとなるのは小型衛星の開発とそれらを結びつけるコンステレーションという概念だ。コンステレーションとは、複数の衛星を同時に制御し、それらを結びつけて運用することで全地球的なサービスを展開するという技術である。しかも小型衛星の技術が普及することでそのコストが下がっており、こうした民間主導の「三次産業中心型」の宇宙開発が進むようになってきた。
北海道大樹町という「一次産業」を提供する場
こうしたグローバルなトレンドの中、北海道における宇宙開発を考える際に重要なのは、北海道には大樹町という「一次産業」を提供する場があり、そこでインターステラテクノロジズなどがロケットを作るという「二次産業」を誘致するところまでは来たが、そこから「三次産業中心型」となる、衛星を活用したサービスを提供する企業を集めるところにある。インターステラテクノロジズは小型衛星を打ち上げるための小型ロケットの開発を進めており、その小型衛星を複数機結び付け、コンステレーションとして運用することでサービスを展開する企業にとっては大変ありがたいロケットである。
というのも、小型衛星はこれまで大型ロケットに相乗りさせてもらうか、無理やり国際宇宙ステーションから放出するといった方法でしか軌道に投入することが出来ず、望んだ軌道に投入したり、望んだ時期に打ち上げることが難しかったりする。ロシアなどの小型ロケットを使う場合もあるが、それらを利用できる機会は限られている。そのため、小型衛星打ち上げに特化したインターステラテクノロジズのロケットなどは、「三次産業中心型」のサービスを提供する企業にも有益なものである。
それらの企業を集め、大樹町の射場を軸に、小型ロケットと小型衛星の開発を進め、その衛星を使ってサービスを提供することで「六次産業化」していくことが可能となり、北海道が「六次産業化」した宇宙開発の一大拠点になるという可能性すら秘めていると考えている。
新しい時代の流れの中で、これまでの「二次産業中心型」の宇宙開発から「六次産業化」していくことは、ちょうど農業が「一次産業」から「六次産業化」していくこととパラレルな現象だと思う。この流れをつかめるかどうかは、大樹町を始め、関係者が「六次産業化」を目標とし、一次産業としての射場の整備を進め、二次産業に必要な電力や設備を整備し、三次産業が求めるインフラを整えていくことであろう。それが北海道の次世代の経済を担っていくことを期待したい。
[プロフィール]
鈴木一人
北海道大学公共政策大学院教授。専門は国際政治経済学、ヨーロッパ研究、科学技術政策、宇宙政策など。2011年3月に『宇宙開発と国際政治』(岩波書店)を上梓。Twitter:@KS_1013 ウェブサイト:Kazuto Suzuki's Virtual Office
※当記事は鈴木一人さんのブログ「社会科学者として」からの転載です。
鈴木一人(北海道大学公共政策大学院教授)