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南アフリカの取引合法化はサイを救うか

ニューズウィーク日本版 2016年12月17日 11時0分

<これまで禁止されてきたサイの角の取引が南アフリカで解禁される動きが。ヤミ市場の根絶が期待されるが、逆に重要を刺激する懸念もある>(写真:昨年南アフリカで死んだサイは1175頭。09年以降では6000頭を上回る)

 左へ、そして右へとよろめいて、体重2トンの体が崩れ落ちる。すると、青い作業服の男が近寄って手際よく目隠しをし、別の男が耳に巨大な耳栓を差し込む。そして、1人の作業員が電動ノコギリの刃を、眠っている動物の角の根元に当てる。白い削りくずが辺りに飛び散り、ほんの数分で角が切り落とされる。

 すべて終わると、獣医師が注射を打つ。10分前に矢で撃ち込んだ鎮静剤の効果を打ち消す薬だ。この後、チームの面々が慌ててトラックに飛び乗り、サイはどこかへ走り去った。

 不思議な光景だと感じるかもしれないが、作業員たちにとっては日常的な仕事だ。ここは、南アフリカのヨハネスブルク郊外にある世界最大のサイ牧場。この「バッファロー・ドリーム牧場」では、約80平方キロの土地で、ほかの多くの動物と共に1100頭以上のサイが放牧されている。

 ここにいるサイは1年半に1回、角を切断される。その際は鎮静剤を打たれるので、痛みは感じない(1年半たつと、また角が伸びてくる)。

 切断された角は、直ちにマイクロチップを埋め込まれ、武装した護衛に守られて秘密の保管場所に運ばれる。蓄えられている角の量は約5トン。さらに毎年1トンずつ増えていく。近い将来、これをすべて売れる日が来ると、オーナーのジョン・ヒュームは期待している。

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禁制品化が密猟に拍車?

 南アフリカには、世界全体のサイの約80%、数にして約2万頭が生息している。その3頭に1頭は、ヒュームのような民間人が所有するものだ。

 南アフリカのすべてのサイが密猟の脅威にさらされている。密猟者たちはますます高度な装備を擁し、強力に武装するようになった。

 183カ国・地域が参加しているワシントン条約(絶滅の恐れのある野生動植物の種の国際取引に関する条約)は、サイの角の国際取引を禁じているが、ベトナムや中国への密輸はなくならない。富裕層がアクセサリーにしたり、家に飾ったり、病気の治療効果を信じて服用したりしているのだ。



 密猟で殺された南アフリカのサイは、昨年1年間で1157頭。09年以降では合計6000頭を上回っている。密猟からサイを守るための負担は、ほぼヒュームのような飼育家の肩にのし掛かっているのが現状だ。

 ヒュームが最初の1頭を購入したのは、93年。「サイの性格のよさを知り、同時に絶滅に瀕していることも知った」と、ヒュームは言う。「私が貢献する最善の方法は、繁殖させることだと思った」

 ヒュームは、毎月約17万5000ドル以上を密猟対策に費やしている。そのかいあってこの9カ月は1頭もサイを失っていないが、これだけの支出を続けるのは難しい。それに危険もある。サイ飼育家とそのスタッフは、保管している角を狙う者たちに襲撃されることも。南アフリカでは今も330人がサイを飼育しているが、この2年間で廃業した人は70人に上る。

 こうした状況下で、サイ飼育家の85%は、角の取引を合法化することこそ、サイの絶滅を防ぐ唯一の方法だと考えている。取引を解禁して需要を満たせば、ヤミ市場を壊滅させられるし、密猟対策と保護に必要な資金も得られるというのだ。

 南アフリカでサイの角の国内取引が禁止されたのは、09年。保護を目的とした措置だったが、それが逆にサイを危険にさらしていると主張する人たちもいる。

「需要が増えているときに、それを満たせるだけの供給を行わなければ、代わりに供給しようとする人が出てくるのは当然だ」と、オックスフォード大学の博士候補生マイケル・トサスロルフス(保全経済学)は言う。

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象牙「解禁」の苦い教訓

 この国内取引禁止措置は、近く解除されるかもしれない。多くのサイ飼育家は、この措置が南アフリカ憲法に違反していると主張。ヒュームともう1人のサイ飼育家は政府を相手取って裁判を起こし、既に第2審まで訴えが認められている。政府が上訴しているが、解禁の最終判断が示されても不思議はない。

 しかし、国内取引を解禁することには強硬な反対論もある。合法化すれば、市場を制御し切れなくなるというのだ。

 特に懸念されている点の1つは、市場が拡大することだ。取引を合法化すると、サイの角が社会的に許容される商品だというメッセージを発しかねない。その結果、これまで法律を尊重して思いとどまっていた人たちが、堂々とサイの角を買うようになる恐れがある。

 自然保護団体の天然資源保護協議会(NRDC)が14年に中国の消費者の意識を調べた結果も、その懸念を裏付けている。「中国におけるサイの角に対する潜在的な需要は、サイ牧場などによる供給で満たせるよりずっと多い」と、調査責任者のアレキサンドラ・ケノーは言う。



ヨハネスブルク郊外で世界最大のサイ牧場を営むヒューム Deon Raath-Foto24-Gallo Images/GETTY IMAGEES

 取引が合法化された場合、どんな結果になるか確かなことは分からない。しかし、象牙の例でみれば不吉なデータがある。

 ワシントン条約締約国会議は、アフリカのいくつかの国に対し、08年に100トンの象牙の1回限りの取引を認めた(売却先は中国と日本)。象牙はサイの角と同様に、同条約で国際取引が禁じられている。

 これがどのような結果を招いたか。個別のエピソード以上のデータはないが、取引許可を機にゾウの密猟がエスカレートしたといわれている。需要が刺激された上、違法な象牙を合法と装って取引しやすくなったためだという。象牙の売却許可が発表された直後、密猟は66%、密売は71%増加したとされる。

 サイの場合は、これに輪を掛けて悲惨な結果が待っている可能性がある。サイの角は象牙と違って、(実際の効果はともかく)「薬」として消費される場合が多く、需要を満たすためには生産(採取)を続けなくてはならないからだ。

「貯蔵されている角の在庫が底を突いた後、大量生産ができなければ、密猟業者が参入してくる」と、カリフォルニア大学バークレー校のソロモン・ショーン准教授(公共政策)は言う。

 南アフリカのサイを取り巻くジレンマはあまりに大きい。

[2016.12.13号掲載]
レイチェル・ヌワー(科学ジャーナリスト)

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