<退任直前のオバマ政権が、服役囚を減刑する恩赦の数を急増させている。その背景には、在任中に司法制度改革を進められなかったところに、次期トランプ政権が犯罪の厳罰化を主張していることがある>(写真:オバマの任期も残りわずかとなった)
バラク・オバマ米大統領の任期終了が迫っている。年明けの1月20日に、不動産王のドナルド・トランプが次期大統領に就任すれば、ホワイトハウスを明け渡さなければならない。
退任を間近に控えたオバマによる駆け込み「恩赦」が今、注目されている。もともと人権派弁護士だったオバマは最後の大仕事に乗り出しているかのようだ。その背景には何があるのか?
【参考記事】遅刻魔プーチンの本当の「思惑」とは
そもそも、アメリカでは大統領が犯罪者に対して恩赦を与えることが伝統になっている。大統領は、憲法によって、弾劾のケースを除いて、刑の執行猶予や恩赦を与える権限を持っている。刑を減刑する恩赦や、囚人を完全に無罪放免する恩赦もある。
最近では、感謝祭(11月24日)直前の22日に、連邦刑務所に投獄されている麻薬犯罪者79人に、オバマが減刑措置の恩赦を与えたことが大きく報じられた。この79人への恩赦が特に注目された理由は、これによってオバマがこれまでに与えた減刑措置の総数が1000件を超えたからだ。この数は、リンドン・ジョンソン大統領(第36代、1963〜69年)以降最多で、過去11人の大統領が行なった減刑措置を足した合計よりも多い。
現在、オバマの減刑措置は合計で1023件に達し、囚人を無罪放免にして釈放できる完全な恩赦などは70件行っている。そして恩赦の数はオバマが退任するまでにさらに伸びると見られている。事実、現在オバマのデスクには、2000件ほどの完全な恩赦の嘆願書と、1万2000件以上の減刑要請が届いているという。
オバマが多くの恩赦を与えている背景には、2014年に発表された「恩赦戦略」がある。この戦略は、非暴力的な麻薬犯罪などで、少なくともすでに10年以上服役している囚人からの恩赦の嘆願を受けつけるもの。というのも、時代の変化で量刑は変わっているので、同じ犯罪でも今なら昔よりももっと短い刑期を言い渡される犯罪がある。非暴力的な麻薬犯罪はその典型例だ。そのようなケースに該当し、さらに刑務所内で暴力歴がない模範囚に救済を与えるという。
人権派弁護士だったオバマは、これまで量刑の調整を含む司法制度改革を主張してきた。「私たちの国家は、セカンドチャンスの国であり、過去の過ちによって、資格のある個人が社会復帰して自分たちの家族や地域に貢献する機会を奪うことはしないだろう」と、かつて発言している。
だが、連邦議会はオバマに抵抗する共和党が優勢で、刑事司法改革は進まなかった。そこでオバマ政権は、大統領の恩赦というシステムで対処している。これが、恩赦件数が増えている理由だ。
ちなみに、オバマが行なった無罪放免などの完全な恩赦は2009年から現時点まで70件だが、これはジョージ・ワシントン米初代大統領の時代から見ても、最もスローペースだ。
実はオバマ政権は司法制度改革の支持者から、減刑措置が停滞していると批判されていた。そこで政権側はラストスパートをかけ、今年だけで839人に減刑措置の恩赦を与えた。それでも司法制度改革の支持者は、オバマ政権の任期が終わるまでにもっと恩赦を増やすよう望んでいると、報じられている。
【参考記事】朴槿恵にも負けないほど不人気なのは、あの国の大統領
過去を見ると、歴代の米大統領は、特に政権末期に物議をかもすような完全な恩赦を行っている。ロナルド・レーガン大統領は、ニューヨーク・ヤンキースのオーナーで違法な選挙資金を提供したとして起訴されたジョージ・スタインブレナーに恩赦を与えた。ジョージ・H・W・ブッシュ大統領(父ブッシュ)はイラン・コントラ事件に関与した国防長官などに恩赦を与えている。もっとひどいのはビル・クリントン大統領で、クリントンは違法薬物で1年服役していた自分の実弟に恩赦を与え、またクリントン夫妻の汚職疑惑であるホワイトウォーター問題で有罪になった人たちも赦免し、公私混同と批判された。
司法制度改革を主張するクリーンなイメージのオバマが、公私混同と言われるような動きに出るとは考えにくいが、この「恩赦ラッシュ」は退任まで続くことになりそうだ。
次期大統領のトランプは、犯罪に対してもっと厳しく臨む姿勢を見せて、オバマの司法制度改革を激しく批判している。オバマと人権派にしてみれば、今のうちにどんどん恩赦を与えておこうということなのだろう。
【執筆者】
山田敏弘
国際ジャーナリスト。講談社、ロイター通信社、ニューズウィーク日本版などで勤務後、米マサチューセッツ工科大学(MIT)で国際情勢の研究・取材活動に従事。訳書に『黒いワールドカップ』(講談社)など、著書に『モンスター 暗躍する次のアルカイダ』(中央公論新社)、『ハリウッド検視ファイル トーマス野口の遺言』(新潮社)。現在、「クーリエ・ジャポン」や「ITメディア・ビジネスオンライン」などで国際情勢の連載をもち、月刊誌や週刊誌などでも取材・執筆活動を行っている。フジテレビ「ホウドウキョク」で国際ニュース解説を担当。
山田敏弘(ジャーナリスト)
バラク・オバマ米大統領の任期終了が迫っている。年明けの1月20日に、不動産王のドナルド・トランプが次期大統領に就任すれば、ホワイトハウスを明け渡さなければならない。
退任を間近に控えたオバマによる駆け込み「恩赦」が今、注目されている。もともと人権派弁護士だったオバマは最後の大仕事に乗り出しているかのようだ。その背景には何があるのか?
【参考記事】遅刻魔プーチンの本当の「思惑」とは
そもそも、アメリカでは大統領が犯罪者に対して恩赦を与えることが伝統になっている。大統領は、憲法によって、弾劾のケースを除いて、刑の執行猶予や恩赦を与える権限を持っている。刑を減刑する恩赦や、囚人を完全に無罪放免する恩赦もある。
最近では、感謝祭(11月24日)直前の22日に、連邦刑務所に投獄されている麻薬犯罪者79人に、オバマが減刑措置の恩赦を与えたことが大きく報じられた。この79人への恩赦が特に注目された理由は、これによってオバマがこれまでに与えた減刑措置の総数が1000件を超えたからだ。この数は、リンドン・ジョンソン大統領(第36代、1963〜69年)以降最多で、過去11人の大統領が行なった減刑措置を足した合計よりも多い。
現在、オバマの減刑措置は合計で1023件に達し、囚人を無罪放免にして釈放できる完全な恩赦などは70件行っている。そして恩赦の数はオバマが退任するまでにさらに伸びると見られている。事実、現在オバマのデスクには、2000件ほどの完全な恩赦の嘆願書と、1万2000件以上の減刑要請が届いているという。
オバマが多くの恩赦を与えている背景には、2014年に発表された「恩赦戦略」がある。この戦略は、非暴力的な麻薬犯罪などで、少なくともすでに10年以上服役している囚人からの恩赦の嘆願を受けつけるもの。というのも、時代の変化で量刑は変わっているので、同じ犯罪でも今なら昔よりももっと短い刑期を言い渡される犯罪がある。非暴力的な麻薬犯罪はその典型例だ。そのようなケースに該当し、さらに刑務所内で暴力歴がない模範囚に救済を与えるという。
人権派弁護士だったオバマは、これまで量刑の調整を含む司法制度改革を主張してきた。「私たちの国家は、セカンドチャンスの国であり、過去の過ちによって、資格のある個人が社会復帰して自分たちの家族や地域に貢献する機会を奪うことはしないだろう」と、かつて発言している。
だが、連邦議会はオバマに抵抗する共和党が優勢で、刑事司法改革は進まなかった。そこでオバマ政権は、大統領の恩赦というシステムで対処している。これが、恩赦件数が増えている理由だ。
ちなみに、オバマが行なった無罪放免などの完全な恩赦は2009年から現時点まで70件だが、これはジョージ・ワシントン米初代大統領の時代から見ても、最もスローペースだ。
実はオバマ政権は司法制度改革の支持者から、減刑措置が停滞していると批判されていた。そこで政権側はラストスパートをかけ、今年だけで839人に減刑措置の恩赦を与えた。それでも司法制度改革の支持者は、オバマ政権の任期が終わるまでにもっと恩赦を増やすよう望んでいると、報じられている。
【参考記事】朴槿恵にも負けないほど不人気なのは、あの国の大統領
過去を見ると、歴代の米大統領は、特に政権末期に物議をかもすような完全な恩赦を行っている。ロナルド・レーガン大統領は、ニューヨーク・ヤンキースのオーナーで違法な選挙資金を提供したとして起訴されたジョージ・スタインブレナーに恩赦を与えた。ジョージ・H・W・ブッシュ大統領(父ブッシュ)はイラン・コントラ事件に関与した国防長官などに恩赦を与えている。もっとひどいのはビル・クリントン大統領で、クリントンは違法薬物で1年服役していた自分の実弟に恩赦を与え、またクリントン夫妻の汚職疑惑であるホワイトウォーター問題で有罪になった人たちも赦免し、公私混同と批判された。
司法制度改革を主張するクリーンなイメージのオバマが、公私混同と言われるような動きに出るとは考えにくいが、この「恩赦ラッシュ」は退任まで続くことになりそうだ。
次期大統領のトランプは、犯罪に対してもっと厳しく臨む姿勢を見せて、オバマの司法制度改革を激しく批判している。オバマと人権派にしてみれば、今のうちにどんどん恩赦を与えておこうということなのだろう。
【執筆者】
山田敏弘
国際ジャーナリスト。講談社、ロイター通信社、ニューズウィーク日本版などで勤務後、米マサチューセッツ工科大学(MIT)で国際情勢の研究・取材活動に従事。訳書に『黒いワールドカップ』(講談社)など、著書に『モンスター 暗躍する次のアルカイダ』(中央公論新社)、『ハリウッド検視ファイル トーマス野口の遺言』(新潮社)。現在、「クーリエ・ジャポン」や「ITメディア・ビジネスオンライン」などで国際情勢の連載をもち、月刊誌や週刊誌などでも取材・執筆活動を行っている。フジテレビ「ホウドウキョク」で国際ニュース解説を担当。
山田敏弘(ジャーナリスト)