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次期米国防長官の異名を「狂犬」にした日本メディアの誤訳

ニューズウィーク日本版 2016年12月20日 11時0分

<マティスの人柄を調べれば「荒くれ者」あたりが正解。トランプの閣僚だからといって色眼鏡で見るべきではない>(写真:マティス〔右〕の素顔は「狂犬」のイメージとは懸け離れている)

 トランプ次期米大統領が、閣僚の顔触れを固めつつある。一見して強硬派ぞろいに見える。なかでも報道に触れて多くの人が不安に感じたのは、国防長官の人事ではないか。

 トランプがこのポストに起用するのは、ジェームズ・マティス元中央軍司令官。ニックネームは「狂犬」だという。そんな人物を国防長官に据えて大丈夫なのか......と思ってしまう。

 だがマティスの場合、英語の「mad dog」を「狂犬」と訳したのは日本メディアの誤訳と言っていい。ここは「荒くれ者」あたりが正解だろう。「狂犬」には「理性のかけらもない」というイメージがあるが、実際のマティスはほぼ対極の人物のようだからだ。いかにトランプに問題があろうと、彼が起用する閣僚までひとくくりにして問題視すべきではない。

「米国防長官にマティス氏 元海兵隊大将 『狂犬』異名」

 マティスの国防長官起用を伝える日本の記事には、そんな見出しが付けられた。「狂犬」という強い言葉が嫌でも目を引く。

 もう1つ、大半の記事が引用したのが05年のマティスの発言だ。「アフガニスタンで、ベールを着けないという理由から女性を殴る男たちを撃ち殺すのは実に愉快だ」。こうして、何をしでかすか分からない理性なき人物という印象が出来上がる。

【参考記事】オバマが報復表明、米大統領選でトランプを有利にした露サイバー攻撃

学究肌の戦略家なのに

 しかしアメリカの新聞を読むと、かなり違ったマティス像が浮かび上がる。反トランプ色を鮮明にしているニューヨーク・タイムズは、マティス起用に関する社説に「国防総省に『経験』という選択」という見出しを付けた。その中で「反対意見にほとんど関心を示さない、危険なほど無知な大統領が率いるホワイトハウスに、マティス将軍は理性ある声をもたらすかもしれない」と書いている。

 ワシントン・ポストも同様の評価をしている。「期待されるのは、トランプ氏が『将軍の中の将軍』と呼ぶ人物が次期大統領を支えることだ。既にマティス氏は(トランプが復活を唱える)拷問の有効性を慎重に検討するよう進言したようだ」

 両紙はマティスに、政権の「重し」のような役割を期待できると指摘する。さらにアメリカのメディアは、マティスが知的な戦略家であり、戦史研究のために7000冊以上の蔵書を持っていたなどと伝えている。学究肌の上に、生涯独身であることから「戦う修道士」という異名もあるという。

「女性を殴る男たちを撃ち殺すのは実に愉快だ」という引用も、強烈なだけに注意が必要だ。この発言は海兵隊総司令官に注意を受けた。だがワシントン・ポストによれば、総司令官は後にマティスを擁護し、彼は戦場の恐ろしさが伝わるような率直な物の言い方をすることがあると語っている。周辺の関係者によれば、マティスは戦場での民間人の扱いには慎重であれと常に言っているという。



 こうしたエピソードを考えると、「mad dog」というマティスの異名を「狂犬」と訳すのは適切ではないことが分かる。そもそも米軍のエリート司令官に、理性に欠ける「狂犬」のような人物がいたら、それだけで尋常ではない。ここは「勇猛果敢」や「荒くれ者」といったニュアンスが正しいのだろう。

 ところが日本の多くの新聞は、「狂犬」という直訳を見出しにまで入れてしまった。そこにはトランプが「狂犬」の異名を持つ元軍人を国防長官に起用するのは、据わりがいいという感覚がなかったか。あったとすれば印象操作につながり、メディアが守るべき公平さを欠いていた。

【参考記事】ファーストレディーは才女イヴァンカ?

 トランプが問題の多い大統領になることは、今までの言動から覚悟しなくてはならない。だが、彼の起用する閣僚候補まで一様に色眼鏡で見るのはおかしい。個別にチェックして、問題があれば報じるべきだ。

 メディアの役割は、フェアな批判精神を持って権力を監視する「watchdog(番犬)」であることだ。見境なくほえ立てる「狂犬」になることではない。

[2016.12.20号掲載]
森田浩之(ジャーナリスト)

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