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ロシアの駐トルコ大使殺害で懸念される5つの衝突コース

ニューズウィーク日本版 2016年12月20日 18時55分

<歴史的な確執を抱えるトルコとロシアの間に起きた大事件は、両国の運命をどう変えるのか>

 トルコの首都アンカラで開幕した写真展の会場で19日、ロシアのアンドレイ・カルロフ駐トルコ大使が、トルコの特別機動隊に勤めるメブリュト・メルト・アルトゥンタシュに銃殺された。アルトゥンは銃撃の前、「アレッポを忘れるな」と言ったとする情報も伝わるなど、シリア政府軍による北部アレッポでの残忍な包囲攻撃の後ろ盾となってきたロシアへの報復も匂わせている。

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歴史的なライバル同士に何が

 ロシアとトルコは大使の殺害について、目的は両国の関係正常化を阻むものだと声明を発表。アメリカのジョン・ケリー国務長官も19日に声明を出し、捜査に協力する考えを示した。今後の展開は不透明だが、トルコとロシアの関係は昨年から緊張が続き、歴史的にも互いにライバルとして敵対心を抱いてきた経緯があり、泥沼のシリア内戦をめぐる外交政策の衝突も顕著だ。懸念すべき5つのシナリオを見ていこう。

1)ロシアのハッカーがトルコを狙う

 ロシアは、自国に都合のいいタイミングを見計らってサイバー攻撃を仕掛け、相手国の国内政治を混乱させるのが大好きだ。トルコ政府はこれまでも、ハッキングの餌食になってきた。12月7日には、トルコのレジェップ・タイップ・エルドアン大統領の娘婿であるベラト・アルバイラク・エネルギー天然資源相のものとされる私用メール約5万8000通が、ウィキリークスによって公開された。ロシアは過去にもウィキリークスが盗んだメールの公表に手を貸してきた。お抱えのサイバー集団がトルコに狙いを定め、エルドアンを取り巻く関係者に関する不都合な秘密をもっと暴露する可能性もある。

2)脆弱なロシアとトルコの関係が決裂し、トルコに経済的な圧力がかかる

 まさにこれと同じことが、昨年11月にトルコ軍のF-16戦闘機がトルコ・シリアの国境地帯でロシア戦闘爆撃機を撃墜したときに起きた。当時ロシアは報復措置として多数のトルコ産品の輸入を禁止するなど経済制裁を発動し、トルコからロシアへの輸出額の落ち込みは前年比で7億3700万ドルにのぼった。さらにロシアは、両国が「戦略的パートナーシップ」の一環として進めていた、トルコ経由で欧州に天然ガスを輸出するパイプラインの建設計画の交渉を一方的に停止した。今年6月にトルコのレジェップ・タイップ・エルドアン大統領が謝罪して、ようやく両国の関係が上向いてきたばかりだ。

【参考記事】2人殺害、ロシア軍機撃墜でわかった下界の危険
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3)ロシアとトルコの両国で、今回の大使殺害が民主化勢力のさらなる弾圧の口実に使われる

 7月のクーデター未遂事件の後、エルドアンは何万人もの政敵を拘束した。プーチンも権力の座に上り詰める過程でチェチェンの独立派勢力を弾圧した。いずれにせよ、暗殺は両国の市民社会にとって不吉なことだらけだ。

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4)アレッポの停戦が崩壊する

 シリア北部の都市アレッポでの戦闘で、ロシアはアサド政権支持、トルコは打倒アサド政権と逆の立場だったが、現在の停戦は両国の協力によるもの。おかげで生き残ったアレッポ市民と反政府勢力の戦闘員は今、数千人単位で毎日アレッポを脱出している。だがこの暗殺によって停戦は再び崩壊し、シリアのどこか別の場所で戦闘が再燃する可能性もある。ロシア軍はシリアの北東部に待機しており、国境のトルコ側からシリア北部のISIS(自称イスラム国)の拠点を攻撃してきたトルコ軍の位置から遠くない。

5)ロシアがクルド人を利用する

 トルコはNATO(北大西洋条約機構)の加盟国なので、ロシアが正面から戦争を仕掛ける可能性は少ない。NATO全体を敵に回すことになるからだ。だがロシアは、トルコの少数民族クルド人との歴史的つながりをテコに内なる戦争を仕掛けることはできる。トルコからの分離独立を願うクルド人武装勢力に武器を与え、さらなるテロ攻撃を煽動するのだ。先週末にもトルコ中部で車爆弾テロがあり、軍兵士ら13人が死亡、55人が負傷した。一週間前にも、イスタンブールで2つの爆弾が相次いで爆発し、39人が死亡、154人が負傷したばかり。イスタンブールの爆弾テロについては、クルド人武装勢力が犯行声明を出している。

【参考記事】トルコ、アレッポでクルド人勢力を空爆、戦闘員160人が死亡

From Foreign Policy Magazine



ロビー・グラメル、エミリー・タムキン

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