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メルケルの寛容にテロがとどめ?

ニューズウィーク日本版 2016年12月21日 17時45分

<恐れていたことが現実になった。難民保護の理想を掲げ続けるメルケルのドイツをテロが襲った。これでドイツも極右の餌食になるのか>

 月曜日にドイツの首都ベルリンでクリスマスマーケットにトラックが突入する事件が起きる前から、難民流入とそれに伴う治安上の危険性は、すでにドイツ政治の大きな争点になっていた。アンゲラ・メルケル首相も出馬表明した来年秋の独連邦議会選挙へ向け、メルケルの弱点である難民問題のことしかしゃべらない政治家も出てきそうだ。

 事件翌日の火曜日、トラック突入事件に関する記者会見に臨んだメルケルは、慎重な対応を促した。「おそらくテロ攻撃だろう」と語る一方、「確かなことは分かっていない」とも強調した。

 逃亡中の運転手が難民としてドイツに入国したという報道に話が及ぶと、メルケルは難民を温かく受け入れるドイツ人に寄り添う姿勢を見せた。「難民認定や亡命を希望してドイツにきた人間がこんな行為に及んだとすれば、断腸の思いだ」「(容疑者が難民と確認されれば)日々亡命者や難民を懸命に支援しているドイツ国民にとって痛ましいことだ」

難民受け入れが攻撃対象に

 だが政敵たちは、メルケルの記者会見を待たずして、彼女とトラック突入事件を難民危機に結びつけている。

【参考記事】アメリカは孤立無援のメルケルを救え

 極右政党「ドイツのための選択肢(AfD)」のフラウケ・ペトリ党首は、2015年後半に始まったドイツへの大量の難民流入を非難した。「もう思い違いをしている場合ではない。こんな犯罪行為が、ここ1年半で体系的にドイツに持ち込まれたということだ」

 最近の世論調査でAfDの支持率は10%程度。メルケルの35%には及ばないとはいえ、彼女が率いる与党・キリスト教民主同盟(CDU)の悩みの種になるには十分な数字だ。今年相次いで実施された地方選挙で、13年に結党したばかりのAfDが大きく躍進した。要因の一つは、メルケルの寛大な難民受け入れ政策を痛烈に批判したことだ。

【参考記事】メルケルを脅かす反移民政党が選挙で大躍進

 コンサルティング会社テネオ・インテリジェンスのカーステン・ニッケル副所長は、AfDが今回の事件についても従来の手法で臨むと見込む。「すでにツイッターで『メルケルが残した負債』という内容のコメントを矢継ぎ早に投稿している。彼らが事件を追い風にしていくやり方だ」

 メルケルは、与党CDU内でも批判にさらされている。CDUは長年、保守的なキリスト教社会同盟(CSU)と姉妹政党の関係を結んできた。

 CSU所属でバイエルン州内相のジョアヒム・ヘルマンは、今回のテロによって、政府の難民政策の持続可能性に疑問符が付いたと言った。「我々は今すぐ、大勢の難民が押し寄せたことによる危険に対処しなければならない」

【参考記事】ドイツを分断する難民の大波



 かねてCSUは難民の受け入れ人数に上限を設けるよう訴えてきたが、メルケルは強硬に拒んできた。彼女に批判的な勢力は同じ主張を再び持ち出してきそうだと、ニッケルは言う。

 すでにメルケルは、右派に譲歩する姿勢を見せている。今年1年を通じて、ドイツに入国する移民の数を抑制するよう取り組んできた。トルコ経由でEUに入ってきた難民や移民をトルコに送還するという合意を取り付けたのも難民減らしの一環だ。今月6日にエッセンで開かれたCDUの党大会では、ドイツ国内でイスラム教徒の女性が身に着けるニカブやブルカなど顔を覆うベールを着用禁止にすることも支持した。

極右に政権はとれない

 メルケルの強みは、異なる立場の間で上手くバランスを取れることだ。折に触れて難民保護や治安強化を図りつつ、他方では広範な支持を確保する「実利主義に基づく中道」の手法だ。その点AfDには与党として国を率いる可能性がないし、極右に近い有権者から人気を取ることしか眼中にない。

 事件を受けてテロや治安対策に注目が集まるなか、メルケルが極右に支持を奪われている可能性はある。だが重要なのは、メルケルはまだ終わっていないということだ。AfDには連立を組める政党が一つもなく、来年の総選挙で大きく躍進したところで政権を取ることはできないからだ。

「我々は恐怖によって無力になりたくない」とメルケルは火曜の記者会見で語った。それはドイツの文化でもある。ベルリンの人々は事件による恐怖をやり過ごし、クリスマスシーズンは続いていくだろう。だがメルケルは、今後のドイツ政治が「恐怖で骨抜きにされる」可能性があるということも、知っておかなければならない。


ジョシュ・ロウ

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