<近年のアメリカでは「メリークリスマス」の代わりに「ハッピーホリデー」と言うのが主流。だがそれも今年で終わるかもしれない。トランプ次期大統領が「メリークリスマス」のタブー化に異を唱えているからだ>
ニューヨークの冬と言えば、クリスマス。11月末の感謝祭を過ぎると街の至るところにクリスマスツリーが飾られ、サンタクロースやクリスマスソングが溢れかえる。そんなクリスマスムード一色のこの街で、日本にいた時よりも耳にしない言葉がある。「メリークリスマス(Merry Christmas)」だ。
どうやら近年のアメリカでは、「メリークリスマス」は気軽に使ってはいけない言葉のようだ。理由は、クリスマスが宗教的な行事である以上、キリスト教徒でない相手に対してキリスト教の祝い事を押し付けるのはよろしくないという考え方が広まったから。
キリスト教徒に対して言う分には問題ないので、相手がキリスト教徒だとあらかじめ分かっている家族間や親しい間柄同士では今も普通に使われる。一方でさまざまな宗教の人が混在するような公の場では、「メリークリスマス」の代わりに「ハッピーホリデー(Happy Holidays)」と言うのが主流化してきた。
特に多民族の街ニューヨークでは、この時期になると店のスタッフや会社の同僚と交わす挨拶として「ハッピーホリデー」は決まり文句だ。先日も会社で「クリスマスパーティー」ならぬ「ホリデーパーティー」が開催されたし、仕事相手から届くのは「メリークリスマス」ではなく「ハッピーホリデー」と書かれたカード。「祝・クリスマス」に沸くニューヨークからは、「クリスマス」という言葉だけが奇妙に消し去られている。
だが、この風潮も今年を機に変わるかもしれない。ドナルド・トランプ次期大統領が「メリークリスマス」のタブー化を終わらせると宣言しているからだ。
そもそも「ハッピーホリデー」は、「ポリティカル・コレクトネス」を推進しようという流れの中から出てきた言葉だ。ポリティカル・コレクトネスとは、差別や偏見に基づいた表現を「政治的に公正」なものに是正すべきという考え方のこと。主に人種や性別、性的嗜好、身体障害に関わる用語や認識から差別をなくそうという動きで、20世紀後半のアメリカでは「インディアン」を「ネイティブアメリカン」、「黒人」を「アフリカ系アメリカ人」、「ビジネスマン」を「ビジネスパーソン」に変えるなど、用語上の差別が撤廃されてきた。
【参考記事】あの男が広めた流行語「PC」って何のこと?
しかしトランプは、ポリティカル・コレクトネスに縛られて言いたいことが言えなくなったアメリカに真っ向から異を唱えて当選した。彼のスローガン「アメリカを再び偉大に」には、「アメリカが再び『メリークリスマス』と言える国に」という意味も込められている。
先週もウィスコンシン州での遊説で、トランプはこう語った。「18カ月前、私はウィスコンシンの聴衆にこう言った。いつかここに戻って来たときに、我々は再び『メリークリスマス』と口にするのだと。......だからみんな、メリークリスマス!」
そもそも「メリークリスマス」と言いたい・言われたいのか
もっとも、アメリカにクリスマスを取り戻そうという主張はトランプのオリジナルではない。ハーバード・ビジネス・レビュー誌によれば、「メリークリスマスと言って良いか否か」という論争は、2005年に保守派のラジオパーソナリティーであるジョン・ギブソンが発表した著書『対クリスマス戦争』と、それを取り上げたFOXニュースの番組をきっかけに勃発した。それ以来この論争は、アメリカで例年の季節行事となっている。
ギブソンが主張したのは、政府や大企業は「メリークリスマス」と言うことを政治行為とみなして排除することで、反クリスマス運動を推進しているというもの。例として挙げたのは、04年にアマゾンが顧客に対して「メリークリスマス」の代わりに「ハッピーホリデー」と発信するようになったり、学校が「クリスマス休暇」ではなく「冬休み」と言うようになったことなどだ。
確かに、今ではアメリカの大企業はこぞって「ホリデー」派に転換している。「ホリデーセール」や「ホリデーコンサート」など、市場では「クリスマス」という言葉がタブー化されているようにさえ見える。
トランプが異を唱えているのは、「クリスマス」という言葉がさながら「禁句」となりつつある状況だ。彼は昨年のこの時期、スターバックスが恒例のクリスマス仕様の紙カップを廃止すると発表した際に「我々はスターバックスの不買運動をすべきかもしれない」と発言して物議を醸した(この騒動との因果関係は不明だが、今年のスタバのホリデーカップにはクリスマスらしさが復活している)。
では、トランプが解釈するようにアメリカ人は本音では今も「メリークリスマス」と言いたいのだろうか。調査機関「Public Religion Research Institute(PRRI)」が今月行った世論調査によれば、「店や企業は顧客に対して『メリークリスマス』の代わりに『ハッピーホリデー』」と言うべきかという問いに対して、「言うべき」と答えたのは回答者の47%、「言うべきではない」は46%と、意見が真っ二つに分かれた。回答の相違には党派的な要素が色濃く、「メリークリスマスと言うべき」と答えた共和党員は67%に上った一方で、民主党員はわずか30%だった。
一方で、キリスト教徒以外の人が「メリークリスマス」と言われて気分を害するかどうかは人によるだろう。リベラル紙のニューヨーク・タイムズでさえ今月、「クリスマスを祝わないユダヤ教徒やイスラム教徒も、心のこもった『メリークリスマス』を不快に思わないと言うことが多い」と記事で指摘した。
イギリスでは今も「メリークリスマス」が主流だというし、公的な場や市場での名称を「クリスマス」に戻すべきかどうかは別として、トランプ政権誕生をきっかけに対人間コミュニケーションにおける「対クリスマス戦争」は意外と平和な結末を迎えられるかも?
【参考記事】スパコン「ワトソン」まで参入!AIで激変するクリスマス・ショッピング事情
小暮聡子(ニューヨーク支局)
ニューヨークの冬と言えば、クリスマス。11月末の感謝祭を過ぎると街の至るところにクリスマスツリーが飾られ、サンタクロースやクリスマスソングが溢れかえる。そんなクリスマスムード一色のこの街で、日本にいた時よりも耳にしない言葉がある。「メリークリスマス(Merry Christmas)」だ。
どうやら近年のアメリカでは、「メリークリスマス」は気軽に使ってはいけない言葉のようだ。理由は、クリスマスが宗教的な行事である以上、キリスト教徒でない相手に対してキリスト教の祝い事を押し付けるのはよろしくないという考え方が広まったから。
キリスト教徒に対して言う分には問題ないので、相手がキリスト教徒だとあらかじめ分かっている家族間や親しい間柄同士では今も普通に使われる。一方でさまざまな宗教の人が混在するような公の場では、「メリークリスマス」の代わりに「ハッピーホリデー(Happy Holidays)」と言うのが主流化してきた。
特に多民族の街ニューヨークでは、この時期になると店のスタッフや会社の同僚と交わす挨拶として「ハッピーホリデー」は決まり文句だ。先日も会社で「クリスマスパーティー」ならぬ「ホリデーパーティー」が開催されたし、仕事相手から届くのは「メリークリスマス」ではなく「ハッピーホリデー」と書かれたカード。「祝・クリスマス」に沸くニューヨークからは、「クリスマス」という言葉だけが奇妙に消し去られている。
だが、この風潮も今年を機に変わるかもしれない。ドナルド・トランプ次期大統領が「メリークリスマス」のタブー化を終わらせると宣言しているからだ。
そもそも「ハッピーホリデー」は、「ポリティカル・コレクトネス」を推進しようという流れの中から出てきた言葉だ。ポリティカル・コレクトネスとは、差別や偏見に基づいた表現を「政治的に公正」なものに是正すべきという考え方のこと。主に人種や性別、性的嗜好、身体障害に関わる用語や認識から差別をなくそうという動きで、20世紀後半のアメリカでは「インディアン」を「ネイティブアメリカン」、「黒人」を「アフリカ系アメリカ人」、「ビジネスマン」を「ビジネスパーソン」に変えるなど、用語上の差別が撤廃されてきた。
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しかしトランプは、ポリティカル・コレクトネスに縛られて言いたいことが言えなくなったアメリカに真っ向から異を唱えて当選した。彼のスローガン「アメリカを再び偉大に」には、「アメリカが再び『メリークリスマス』と言える国に」という意味も込められている。
先週もウィスコンシン州での遊説で、トランプはこう語った。「18カ月前、私はウィスコンシンの聴衆にこう言った。いつかここに戻って来たときに、我々は再び『メリークリスマス』と口にするのだと。......だからみんな、メリークリスマス!」
そもそも「メリークリスマス」と言いたい・言われたいのか
もっとも、アメリカにクリスマスを取り戻そうという主張はトランプのオリジナルではない。ハーバード・ビジネス・レビュー誌によれば、「メリークリスマスと言って良いか否か」という論争は、2005年に保守派のラジオパーソナリティーであるジョン・ギブソンが発表した著書『対クリスマス戦争』と、それを取り上げたFOXニュースの番組をきっかけに勃発した。それ以来この論争は、アメリカで例年の季節行事となっている。
ギブソンが主張したのは、政府や大企業は「メリークリスマス」と言うことを政治行為とみなして排除することで、反クリスマス運動を推進しているというもの。例として挙げたのは、04年にアマゾンが顧客に対して「メリークリスマス」の代わりに「ハッピーホリデー」と発信するようになったり、学校が「クリスマス休暇」ではなく「冬休み」と言うようになったことなどだ。
確かに、今ではアメリカの大企業はこぞって「ホリデー」派に転換している。「ホリデーセール」や「ホリデーコンサート」など、市場では「クリスマス」という言葉がタブー化されているようにさえ見える。
トランプが異を唱えているのは、「クリスマス」という言葉がさながら「禁句」となりつつある状況だ。彼は昨年のこの時期、スターバックスが恒例のクリスマス仕様の紙カップを廃止すると発表した際に「我々はスターバックスの不買運動をすべきかもしれない」と発言して物議を醸した(この騒動との因果関係は不明だが、今年のスタバのホリデーカップにはクリスマスらしさが復活している)。
では、トランプが解釈するようにアメリカ人は本音では今も「メリークリスマス」と言いたいのだろうか。調査機関「Public Religion Research Institute(PRRI)」が今月行った世論調査によれば、「店や企業は顧客に対して『メリークリスマス』の代わりに『ハッピーホリデー』」と言うべきかという問いに対して、「言うべき」と答えたのは回答者の47%、「言うべきではない」は46%と、意見が真っ二つに分かれた。回答の相違には党派的な要素が色濃く、「メリークリスマスと言うべき」と答えた共和党員は67%に上った一方で、民主党員はわずか30%だった。
一方で、キリスト教徒以外の人が「メリークリスマス」と言われて気分を害するかどうかは人によるだろう。リベラル紙のニューヨーク・タイムズでさえ今月、「クリスマスを祝わないユダヤ教徒やイスラム教徒も、心のこもった『メリークリスマス』を不快に思わないと言うことが多い」と記事で指摘した。
イギリスでは今も「メリークリスマス」が主流だというし、公的な場や市場での名称を「クリスマス」に戻すべきかどうかは別として、トランプ政権誕生をきっかけに対人間コミュニケーションにおける「対クリスマス戦争」は意外と平和な結末を迎えられるかも?
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小暮聡子(ニューヨーク支局)