<米軍の核のアップグレードには1兆ドルが必要だが、トランプはどうやってそのコストを捻出する気なのか>(写真:アメリカが保有する大陸間弾道ミサイルの補修作業)
ドナルド・トランプ次期米大統領はクリスマス前にアメリカの核戦略の見直しについてツイート。「世界が核に関して理性を取り戻すまでアメリカは核戦力を大幅に強化、拡大すべきだ」と宣言した。
ツイッターの文字制限140文字を使い切り、句読点を入れる余地さえなかったこのツイート。残念ながら絵文字もなかった。おバカな絵文字1つでざっくり内容を伝えられたはずだが。
ツイートの背景には軍高官の入れ知恵がありそうだ。トランプはフロリダ州での休暇中に自身が所有する高級リゾート施設に軍の要人を招いて会談。「今日は実に偉大な空軍と海軍の将官と会った。とても立派な人たちだ」とツイートした。
それまでトランプは国防費の無駄を削る姿勢をアピールしてきた。最新鋭の戦闘機F35の調達を中止して戦闘攻撃機F/A18スーパーホーネットで代替する考えも示した。
その一方で、核軍拡をぶち上げるとはどういうことなのか。
【参考記事】中国が笑えない強気で短気なトランプ流外交
爆弾発言でメディアを騒がせ、批判を浴びれば、さらに強気の発言をするのがトランプ流だ。今回もニュース番組の司会者に軍拡競争を始める気かと聞かれ、「軍拡競争、大いに結構。やろうじゃないか」と開き直った。
トランプは核戦力でロシアのプーチン大統領を羨んでいる節がある。核では今、ロシアが「断然トップ」だとツイートして物議を醸したこともある。
トランプにとってアメリカ大統領の最高の特権の1つは核のボタンを押せること。核のボタンもトランプ・タワーやゴージャスな妻と同様、自尊心を満たしてくれる。わずか数分で人類を滅亡させる力を持つことは究極のステータスシンボルだ。ボーイング社に大統領専用機を値切り、F35の調達費をケチるトランプも優越感を味わうためなら惜しみなく散財する。
無謀な指揮官の危うさ
だがトランプの言う核の大幅増強は現実的な選択肢なのか。
アメリカの核戦略を支える3本柱――戦略爆撃機、大陸間弾道ミサイル、ミサイル潜水艦をすべて入れ替える計画は既に進んでいる。新型爆撃機B21や巡航ミサイルLRSO(長距離スタンドオフ)の開発などはその一環だ。トランプがコストカットの標的にしているF35もそう。将来的には戦術核が搭載される予定だ。
筆者は同僚の研究者と共に公式発表に基づいて核の3本柱のアップグレード費用を試算してみた。結果はおよそ1兆ドル。軍高官は核の3本柱の更新を目の前に立ちはだかる「高山」に例える。この場合、登頂を阻む最大の障壁はコストだ。
トランプは核兵器の更新を老朽化したホテルの改築やカジノ建設と同列に考えているようだ。だが、核の更新は想像を絶するほど複雑で、数十年にわたり複数の開発事業に同時に目配りしてスケジュールとコストを管理しなければならない。3本柱の入れ替えが同時に滞りなく進まなければ、アメリカの核戦略にほころびが出る危険性がある。
【参考記事】中国空母が太平洋に──トランプ大統領の誕生と中国海軍の行動の活発化
実際、オバマ政権のスタッフは更新計画の費用をどう捻出するかまったく知恵が浮かばず、自分たちの代にやらずに済んでホッとしているという。
登山なら、天候が荒れ模様で登頂が困難な場合、有能な登山隊長は下山の判断を下す。
筆者は半年前のコラムに「オバマ政権は請求を免れても、誰かが支払うことになる」と書いた。そのときはヒラリー・クリントンが登山隊を率いることになると考えていた。
だが予想は外れた。無謀な登山隊長トランプは、何が何でも頂上を目指す構えだ。
From Foreign Policy Magazine
[2017.1.10号掲載]
ジェフリー・ルイス(ミドルベリー国際大学院東アジア不拡散プログラム・ディレクター)
ドナルド・トランプ次期米大統領はクリスマス前にアメリカの核戦略の見直しについてツイート。「世界が核に関して理性を取り戻すまでアメリカは核戦力を大幅に強化、拡大すべきだ」と宣言した。
ツイッターの文字制限140文字を使い切り、句読点を入れる余地さえなかったこのツイート。残念ながら絵文字もなかった。おバカな絵文字1つでざっくり内容を伝えられたはずだが。
ツイートの背景には軍高官の入れ知恵がありそうだ。トランプはフロリダ州での休暇中に自身が所有する高級リゾート施設に軍の要人を招いて会談。「今日は実に偉大な空軍と海軍の将官と会った。とても立派な人たちだ」とツイートした。
それまでトランプは国防費の無駄を削る姿勢をアピールしてきた。最新鋭の戦闘機F35の調達を中止して戦闘攻撃機F/A18スーパーホーネットで代替する考えも示した。
その一方で、核軍拡をぶち上げるとはどういうことなのか。
【参考記事】中国が笑えない強気で短気なトランプ流外交
爆弾発言でメディアを騒がせ、批判を浴びれば、さらに強気の発言をするのがトランプ流だ。今回もニュース番組の司会者に軍拡競争を始める気かと聞かれ、「軍拡競争、大いに結構。やろうじゃないか」と開き直った。
トランプは核戦力でロシアのプーチン大統領を羨んでいる節がある。核では今、ロシアが「断然トップ」だとツイートして物議を醸したこともある。
トランプにとってアメリカ大統領の最高の特権の1つは核のボタンを押せること。核のボタンもトランプ・タワーやゴージャスな妻と同様、自尊心を満たしてくれる。わずか数分で人類を滅亡させる力を持つことは究極のステータスシンボルだ。ボーイング社に大統領専用機を値切り、F35の調達費をケチるトランプも優越感を味わうためなら惜しみなく散財する。
無謀な指揮官の危うさ
だがトランプの言う核の大幅増強は現実的な選択肢なのか。
アメリカの核戦略を支える3本柱――戦略爆撃機、大陸間弾道ミサイル、ミサイル潜水艦をすべて入れ替える計画は既に進んでいる。新型爆撃機B21や巡航ミサイルLRSO(長距離スタンドオフ)の開発などはその一環だ。トランプがコストカットの標的にしているF35もそう。将来的には戦術核が搭載される予定だ。
筆者は同僚の研究者と共に公式発表に基づいて核の3本柱のアップグレード費用を試算してみた。結果はおよそ1兆ドル。軍高官は核の3本柱の更新を目の前に立ちはだかる「高山」に例える。この場合、登頂を阻む最大の障壁はコストだ。
トランプは核兵器の更新を老朽化したホテルの改築やカジノ建設と同列に考えているようだ。だが、核の更新は想像を絶するほど複雑で、数十年にわたり複数の開発事業に同時に目配りしてスケジュールとコストを管理しなければならない。3本柱の入れ替えが同時に滞りなく進まなければ、アメリカの核戦略にほころびが出る危険性がある。
【参考記事】中国空母が太平洋に──トランプ大統領の誕生と中国海軍の行動の活発化
実際、オバマ政権のスタッフは更新計画の費用をどう捻出するかまったく知恵が浮かばず、自分たちの代にやらずに済んでホッとしているという。
登山なら、天候が荒れ模様で登頂が困難な場合、有能な登山隊長は下山の判断を下す。
筆者は半年前のコラムに「オバマ政権は請求を免れても、誰かが支払うことになる」と書いた。そのときはヒラリー・クリントンが登山隊を率いることになると考えていた。
だが予想は外れた。無謀な登山隊長トランプは、何が何でも頂上を目指す構えだ。
From Foreign Policy Magazine
[2017.1.10号掲載]
ジェフリー・ルイス(ミドルベリー国際大学院東アジア不拡散プログラム・ディレクター)