<最新医学の常識では、老化はもはや自然現象ではない。老化防止のための「ミトコンドリア治療」などの発達で、老化は「治療可能な病気」になりつつある>
現在最高齢の人間は、11月29日に117歳の誕生日を迎えたイタリア人女性のエマ・モラノ。19世紀生まれの最後の存命者だ。長寿の秘訣は、1日3つの生卵と、1938年以来ずっと独身でいることだという。
これまで最も長生きしたのは、フランス人女性のジャンヌ・カルマン。1997年に122歳で亡くなった。
英科学誌ネイチャーは10月、米アルベルト・アインシュタイン医学校の3人の研究者による「人間の寿命の限界を示す科学的根拠(Evidence for a limit to human lifespan)」という論文を掲載した。研究チームは1990年代以降最高齢者の年齢が延びていないとしたうえで、人の寿命にはそもそも限界があると結論付けた。稀な例外を除けば、どんなに延びても115歳が限度だという。
老化は病気という新常識
だが、本当にそうだろうか。21世紀になると、事故や災害などの場合を除き、人を死に至らしめるほぼすべての原因は「病気」として扱われるようになった。この流れでいくと、これからは人を殺す「老い」も病気とみなして治療を求める時代だ。
2015年にはヨーロッパの老年学者の研究チームが、老いを病気に分類せよと提唱する論文を発表した。老化は「自然かつ人類共通の(正常な)プロセスであって病気ではない」という従来の常識に異議を唱えたのだ。
【参考記事】女性は妊娠で脳の構造を変え、「子育て力」を高める:神経科学の最新研究
100年前なら、骨粗しょう症や関節リウマチ、高血圧、心身の衰えなどは、ただの老化現象とみなされた。ところが今、そうした症状は立派な病気として治療が施される。「老いが人体の構造や機能にとって有害で異常な状態だという事実には、疑いの余地がない」と彼らは論文で述べた。「老化には特定の原因があることが明らかになってきている。それらの原因一つひとつを細胞や分子レベルまで分析すれば、老いの兆候や症状を見つけ出すことも可能だ」
ヨーロッパの別の研究グループが2015年に発表した論文によると、老化関連疾患が表れる前には、体の組織や細胞内で加齢性の変動が起きる。それを突き止めることで老化状態を予測する「バイオマーカー」が多数特定されていると指摘した。製薬会社や医師がそうしたバイオマーカーを活用すれば、細胞や分子の機能不全を正常に戻す治療を解明して患者に施し、体内の化学反応が最適に機能する状態に戻せるという。
【参考記事】抗酸化物質は癌に逆効果?
大抵の人にとって、体内の化学反応が最も良い状態なのは20代のときだ。事実、15~24歳のアメリカ人の若者と65歳以上の高齢者を比較すると、心臓疾患で死亡する確率は500分の1、インフルエンザや肺炎は230分の1、癌は100分の1など、若者の方が遥かに低い。
【参考記事】カーターの癌は消滅したが、寿命を1年延ばすのに2000万円かかるとしたら?
加齢とともに進行する様々な病気の治療法は、目覚ましい進歩が続いている。例えば癌患者の5年生存率を見ると、1975年は50%だったのが、今日は68%まで上昇した。アメリカにおける心臓疾患や脳卒中の割合も、1975年は年間で10万人当たり130~500人だったが、今では35~175人まで減少した。
インフルエンザや肺炎による死亡率も、1999年には10万人当たり24人だったが、2013年には16人まで低下した。さらに1980年代後半から2000年代前半にかけて、インフルエンザや肺炎による65歳以上の死亡率はほぼ半減した。
もし体が若い状態を保てるなら、病気の犠牲者はもっと抑えられるだろう。研究者らは老化を引き起こす化学反応の誤作動を次々に特定しており、老化を遅らせ、若返りすら可能にする治療の開発にも取り組んでいる。
なかでも期待が集まるのが、ミトコンドリアの修復と置き換えに焦点を絞った研究だ。ミトコンドリアは細胞の中に数千単位で存在し、エネルギーを生み出す器官だ。加齢とともに異常を生じ、機能が低下すると細胞内部に有害な化学物質を吐き出す。
カリフォルニア工科大学とカリフォルニア大学ロサンゼルス校の研究チームは11月、ショウジョウバエの遺伝子の活動を人工的に増加させることで、筋肉組織内にあるミトコンドリアのDNAの変異を見つけて破壊することに成功した。この技術により、老化現象を引き起こすとされる変異型ミトコンドリアDNA(mtDNA)の細胞内の割合は、75%から5%に低下した。
幹細胞を活性化
「細胞内で変異型mtDNAの割合が増えると、早期の老化現象を引き起こすことは分かっていた」とカリフォルニア工科大学の生物学教授であるブルース・ヘイは説明した。「今回の研究成果に、加齢で機能が衰える神経や筋肉といった重要な組織には変異型mtDNAが蓄積しているという事実を照らし合わせると、もし変異型mtDNAを減らすことができれば、老化を遅らせ若返りを実現できることになる」
また老化が進むと、古い細胞に替わって新しく健康な細胞を増殖する「幹細胞」の数が減少する。最近の研究で、体内のエネルギー代謝に欠かせない「ニコチンアミド・アデニンジヌクレオチド(NAD+)」を人工的に増やせば、幹細胞を活性化できることが分かった。
NAD+の前身である「ニコチンアミドリボシド」を使ったサプリメントを老化したマウスに投与すると、筋肉の回復や、新しい脳細胞の生成を促す効果があった。米科学誌サイエンスは2月16日に掲載した論説で、NAD+に着目した一連の研究について、「病気の予防や寿命を延ばすための治療法を確立するうえで、NAD+を人工的に増やす手法に期待が集まっている」と評価した。
ニコチンアミドリボシドを人に投与する臨床実験で、人体に有害な影響は確認されず、NAD+が増加したという研究結果も明らかになった。
免疫機能を強化する方法もある。免疫機能は加齢とともに使い古されるため、体を細菌の侵入から守り癌細胞などを破壊することが徐々にできなくなる。寿命を延ばす効果があるとされる「ラパマイシン」を使った2014年の研究では、65歳以上の人の免疫機能が著しく強まることが分かった。
「老化防止に特化してラパマイシンを活用すれば、加齢に伴うあらゆる問題を根本で改善できる」と、論文の発表当時、アルベルト・アインシュタイン医学校の加齢研究所長ニール・バルジライはコメントを寄せた。
老化学者のアレックス・ザヴォロンコフとブピンデル・ブラーは、2015年に発表した論文でこう述べた。「老いを病気に分類すれば、老化は治療可能だとする新たなアプローチやビジネスモデルが生まれ、経済と医療の両面であらゆる当事者にとって有益な結果をもたらす」。
それなら、もっと前から研究を進めておいてほしかった。こうしている間にも、みんな年を取り続けているのだから。
This article first appeared on Reason.com
Ronald Bailey is a science correspondent at Reason magazine and author of The End of Doom (July 2015).
ロナルド・ベイリー(米リーズン誌サイエンス担当)
現在最高齢の人間は、11月29日に117歳の誕生日を迎えたイタリア人女性のエマ・モラノ。19世紀生まれの最後の存命者だ。長寿の秘訣は、1日3つの生卵と、1938年以来ずっと独身でいることだという。
これまで最も長生きしたのは、フランス人女性のジャンヌ・カルマン。1997年に122歳で亡くなった。
英科学誌ネイチャーは10月、米アルベルト・アインシュタイン医学校の3人の研究者による「人間の寿命の限界を示す科学的根拠(Evidence for a limit to human lifespan)」という論文を掲載した。研究チームは1990年代以降最高齢者の年齢が延びていないとしたうえで、人の寿命にはそもそも限界があると結論付けた。稀な例外を除けば、どんなに延びても115歳が限度だという。
老化は病気という新常識
だが、本当にそうだろうか。21世紀になると、事故や災害などの場合を除き、人を死に至らしめるほぼすべての原因は「病気」として扱われるようになった。この流れでいくと、これからは人を殺す「老い」も病気とみなして治療を求める時代だ。
2015年にはヨーロッパの老年学者の研究チームが、老いを病気に分類せよと提唱する論文を発表した。老化は「自然かつ人類共通の(正常な)プロセスであって病気ではない」という従来の常識に異議を唱えたのだ。
【参考記事】女性は妊娠で脳の構造を変え、「子育て力」を高める:神経科学の最新研究
100年前なら、骨粗しょう症や関節リウマチ、高血圧、心身の衰えなどは、ただの老化現象とみなされた。ところが今、そうした症状は立派な病気として治療が施される。「老いが人体の構造や機能にとって有害で異常な状態だという事実には、疑いの余地がない」と彼らは論文で述べた。「老化には特定の原因があることが明らかになってきている。それらの原因一つひとつを細胞や分子レベルまで分析すれば、老いの兆候や症状を見つけ出すことも可能だ」
ヨーロッパの別の研究グループが2015年に発表した論文によると、老化関連疾患が表れる前には、体の組織や細胞内で加齢性の変動が起きる。それを突き止めることで老化状態を予測する「バイオマーカー」が多数特定されていると指摘した。製薬会社や医師がそうしたバイオマーカーを活用すれば、細胞や分子の機能不全を正常に戻す治療を解明して患者に施し、体内の化学反応が最適に機能する状態に戻せるという。
【参考記事】抗酸化物質は癌に逆効果?
大抵の人にとって、体内の化学反応が最も良い状態なのは20代のときだ。事実、15~24歳のアメリカ人の若者と65歳以上の高齢者を比較すると、心臓疾患で死亡する確率は500分の1、インフルエンザや肺炎は230分の1、癌は100分の1など、若者の方が遥かに低い。
【参考記事】カーターの癌は消滅したが、寿命を1年延ばすのに2000万円かかるとしたら?
加齢とともに進行する様々な病気の治療法は、目覚ましい進歩が続いている。例えば癌患者の5年生存率を見ると、1975年は50%だったのが、今日は68%まで上昇した。アメリカにおける心臓疾患や脳卒中の割合も、1975年は年間で10万人当たり130~500人だったが、今では35~175人まで減少した。
インフルエンザや肺炎による死亡率も、1999年には10万人当たり24人だったが、2013年には16人まで低下した。さらに1980年代後半から2000年代前半にかけて、インフルエンザや肺炎による65歳以上の死亡率はほぼ半減した。
もし体が若い状態を保てるなら、病気の犠牲者はもっと抑えられるだろう。研究者らは老化を引き起こす化学反応の誤作動を次々に特定しており、老化を遅らせ、若返りすら可能にする治療の開発にも取り組んでいる。
なかでも期待が集まるのが、ミトコンドリアの修復と置き換えに焦点を絞った研究だ。ミトコンドリアは細胞の中に数千単位で存在し、エネルギーを生み出す器官だ。加齢とともに異常を生じ、機能が低下すると細胞内部に有害な化学物質を吐き出す。
カリフォルニア工科大学とカリフォルニア大学ロサンゼルス校の研究チームは11月、ショウジョウバエの遺伝子の活動を人工的に増加させることで、筋肉組織内にあるミトコンドリアのDNAの変異を見つけて破壊することに成功した。この技術により、老化現象を引き起こすとされる変異型ミトコンドリアDNA(mtDNA)の細胞内の割合は、75%から5%に低下した。
幹細胞を活性化
「細胞内で変異型mtDNAの割合が増えると、早期の老化現象を引き起こすことは分かっていた」とカリフォルニア工科大学の生物学教授であるブルース・ヘイは説明した。「今回の研究成果に、加齢で機能が衰える神経や筋肉といった重要な組織には変異型mtDNAが蓄積しているという事実を照らし合わせると、もし変異型mtDNAを減らすことができれば、老化を遅らせ若返りを実現できることになる」
また老化が進むと、古い細胞に替わって新しく健康な細胞を増殖する「幹細胞」の数が減少する。最近の研究で、体内のエネルギー代謝に欠かせない「ニコチンアミド・アデニンジヌクレオチド(NAD+)」を人工的に増やせば、幹細胞を活性化できることが分かった。
NAD+の前身である「ニコチンアミドリボシド」を使ったサプリメントを老化したマウスに投与すると、筋肉の回復や、新しい脳細胞の生成を促す効果があった。米科学誌サイエンスは2月16日に掲載した論説で、NAD+に着目した一連の研究について、「病気の予防や寿命を延ばすための治療法を確立するうえで、NAD+を人工的に増やす手法に期待が集まっている」と評価した。
ニコチンアミドリボシドを人に投与する臨床実験で、人体に有害な影響は確認されず、NAD+が増加したという研究結果も明らかになった。
免疫機能を強化する方法もある。免疫機能は加齢とともに使い古されるため、体を細菌の侵入から守り癌細胞などを破壊することが徐々にできなくなる。寿命を延ばす効果があるとされる「ラパマイシン」を使った2014年の研究では、65歳以上の人の免疫機能が著しく強まることが分かった。
「老化防止に特化してラパマイシンを活用すれば、加齢に伴うあらゆる問題を根本で改善できる」と、論文の発表当時、アルベルト・アインシュタイン医学校の加齢研究所長ニール・バルジライはコメントを寄せた。
老化学者のアレックス・ザヴォロンコフとブピンデル・ブラーは、2015年に発表した論文でこう述べた。「老いを病気に分類すれば、老化は治療可能だとする新たなアプローチやビジネスモデルが生まれ、経済と医療の両面であらゆる当事者にとって有益な結果をもたらす」。
それなら、もっと前から研究を進めておいてほしかった。こうしている間にも、みんな年を取り続けているのだから。
This article first appeared on Reason.com
Ronald Bailey is a science correspondent at Reason magazine and author of The End of Doom (July 2015).
ロナルド・ベイリー(米リーズン誌サイエンス担当)