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ロンドン直通の「一帯一路」鉄道で中国が得るもの

ニューズウィーク日本版 2017年1月5日 15時40分

<一帯一路の最終目的地、ロンドンと中国を結ぶ新たな貨物列車が運行を開始した。カザフスタン、ロシア、ドイツ、フランスなどを経由し、18日間で約1万2000キロを走る。中国にとって経済的・地政学的見返りは大きい>

 中国の「現代版シルクロード」構想の一環である新たな貨物列車が走り始めた。中国当局は2日、中国東部の浙江省の都市・義烏(イーウー)とイギリスの首都ロンドンを結ぶ直通列車が運行を開始したと発表した。義烏は上海の南東に位置する人口100万人の都市。貨物列車はカザフスタン、ロシア、ドイツ、フランスなどを経由し、18日間かけて約1万2000キロを走り、ロンドンに到着する。

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 義烏・ロンドン路線は、中国が大きな地政学的野望を託す「一帯一路」構想の一環だ。中国と中央アジア、中東、ヨーロッパを結ぶ古代の交易路「シルクロード」を現代によみがえらせ、中国を中心とする一大経済圏を構築する──中国の習近平(シー・チンピン)国家主席が2013年に発表したこの構想は、アメリカのドナルド・トランプ次期米大統領とそのチームが対中強硬路線を強調し、米中間の緊張の高まりが懸念される今、いっそう重要性を増している。

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「一帯一路」構想は、世界の人口の6割を占める65カ国でインフラ整備を進め、貿易を拡大する構想だ。中国は鉄鋼、セメントなど基幹部門の多くで、生産能力の過剰にたたられ、健全な経済成長を維持するには、新市場の開発が急務となっている。

「中国の狙いは労働力と建設機材を輸出することだ」と、ブルガリアの元財務相で、世界銀行幹部のシメオン・ジャンコフは言う。

トランプ登場で欧州開拓が急務に

 これまでに中国は「一帯一路」のインフラ整備事業に2500億ドルを投じてきた。最終的に投資額は4兆ドルに達すると、ピーターソン国際経済研究所の報告書は予測している。

 狙いは経済的な利益だけではない。現代版シルクロード構想は、外交上の狙いも組み合わせたものだと、オランダ国際関係研究所のフランポール・ファンデルプッテンはみる。中国がヨーロッパとインド洋沿岸で進めるエネルギー開発、鉄道、港湾整備事業への投資は地政学的に大きな見返りをもたらす可能性があるというのだ。

「中国はアジア、アフリカ、ヨーロッパで外交上の影響を強化できる」と、ファンデルプッテンは言う。それによって「東アジアで直面しているアメリカと日本の地政学的な圧力に対抗できる」

【参考記事】インドネシア高速鉄道、中国の計算

 とはいえ、習政権にとって、新たな輸出市場の開拓は今や待ったなしの課題になっている。産業構造の転換を目指してきたものの、今も中国経済は輸出に大きく依存している。トランプは自由貿易協定を声高に批判。中国を悪玉に仕立てる対中強硬派のエコノミストや通商顧問でまわりを固めている。こうした動きに習政権は警戒感を募らせているはずだ。米通商代表部(USTR)によると、2015年の米中貿易額は6594億ドル。アメリカというお得意様を失ったら、中国経済はどうなるか。



 関税引き上げや通貨戦争などで、米中貿易が減少した場合、中国は「一帯一路」を利用してヨーロッパ市場に緊急避難するつもりだろう。

「アメリカの次期政権が通商問題で強硬姿勢をとるなら」、中国は着々と整備してきたインフラをテコに、「今やヨーロッパがわが国の主要な貿易相手だと胸を張れる」と、ジャンコフは言う。

 中国は既にドイツのハンブルク、イタリアのミラノ、スペインのマドリードなどヨーロッパの他の都市に向かう貨物列車を運行させている。義烏からロンドンに向かう列車は200のコンテナを運べるだけで、2万ものコンテナを輸送する巨大な貨物船に比べると輸送量はわずかだ。しかし、貨物の種類によってはコスト効率で優れている。

 ロンドンへの鉄道輸送は海運に比べ輸送期間が半分で済み、コストは空輸の半分で済むと、英貨物サービス会社ブルネル・プロジェクト・カーゴのマイク・ホワイトは言う。直通列車が走れば「中国はぐっと身近な貿易相手国になる」

 何より「一帯一路」構想の進展を印象づけるシンボル的な意味合いが大きい。「そもそもの初めから、これはヨーロッパの中心、そしてロンドンと中国を結ぶ構想だった」と、ジャンコフはみる。

欧州企業と自治体は大歓迎

 イギリスは世界の経済大国であり、2014年の輸入額は6630億ドル。輸出頼みの中国の産業にとっては、魅力的な市場だ。ここ数年、中国はイギリスに活発に投資。イギリス政府は少なくとも最近までは中国要人の訪問を鳴り物入りで歓迎していた。EU離脱で対EU貿易の減少が予測されるなか、イギリスはこれまで以上に中国と通商関係を深化させようとするだろう。

「一帯一路」の「帯」は道路や中央アジアを横断するパイプラインなど陸上輸送を指し、「路」は海のシルクロード――かつて中国の絹をローマの市場に運んだインド洋を渡る古い交易路を意味する。

 そのなかでも、習政権は鉄道への投資を優先し、2020年までに5030億ドルを投じて貨物輸送網を整備する計画だと、ブルームバーグは伝えている。「鉄道は現代版シルクロードの最も重要な要素だ」と、ジャンコフは言う。

 貨物列車を受け入れる都市、特に今も景気が冷え込み、インフラ投資を待望しているヨーロッパ各地の都市は新路線の開通がもたらす経済効果に大いに期待している。

 中国の構想を「最も熱狂的に歓迎しているのは、今のところヨーロッパの地方自治体と企業だ」と、ファンデルプッテンは言う。かつてヨーロッパに東方の贅沢品をもたらしたシルクロード。現代のシルクロードも富をもたらしてくれるだろうか。

From Foreign Policy Magazine


ロビー・グレイマー

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