<女性の性にまつわる忌まわしい慣習は性器切除だけではない。被害者が本誌に語った「胸アイロン」という残忍なレイプ回避法>
日曜の教会の帰り、叔母に「お前の胸をどうにかしなくては」と言われたとき、ビクトリン(ビッキー)・ンガムシャは12歳だった。43歳になった今でも、ビッキーは叔母の次の言葉を覚えている。「大きくなりすぎたんだよ。こっちにきなさい」
帰宅すると、叔母はビッキーのシャツを脱がせて座らせた。「あの時は家にいるのは女ばかりだったから、裸になるのは大して気にならなかった」と、西アフリカのカメルーン北西の町、キアン出身のビッキーは振り返る。「叔母は大きなコーヒーの葉っぱを数枚、焼石の上に置いた。そして熱々になった葉っぱを私の胸に押し当てた」
イギリスのバーミンガムに移住して12年になるビッキーは、人生初となったあの日の経験が「ブレスト・アイロン(胸アイロン)」と呼ばれる処置だったことを、今でこそ知っている。熱した石やハンマーなどを、少女の胸に押し当てたりマッサージに使ったりして、胸の成長を止めるのだ。
忌まわしい慣習
カメルーンの女性人権団体RENATAの2006年度の報告書やドイツ国際協力公社(GIZ)の調査によると、カメルーンで胸アイロンの犠牲者になる少女は4人に1人に上る。米タフツ大学のファインスタイン国際センターは2012年、同様の慣習は、ベニン、チャド、コートジボワール、ギニアビサウ、ギニア、ケニヤ、トーゴ、ジンバブエを含む西アフリカや中央アフリカ諸国の広い範囲で行われているとする調査報告書を発表した。その中でもカメルーンは断トツに被害が多い。
【参考記事】レイプ事件を隠ぺいした大学町が問いかけるアメリカの良心
英下院議員のジェイク・ベリーは、胸アイロンは移民を通じてイギリス国内でも広がっているが、公式な記録やデータがないために問題の実態が覆い隠されていると指摘する。
【参考記事】中国で性奴隷にされる脱北女性
3月8日の国際女性デーを記念して下院で演説をしたベリーは、バーミンガムやロンドンなどイギリスの都市圏に広がる西アフリカ出身者のコミュニティーでは、何千人もの少女が胸アイロンという「忌まわしい」慣習の犠牲になっていると訴えた。ベリーが全国のあらゆる警察署や行政機関に文書を送り、この問題にどのような対策を講じているか問い合わせた結果、警察署の72%が「胸アイロンの件については未回答、もしくはその言葉自体を聞いたことがない」と回答した。
【参考記事】夫が家事を分担しない日本では、働く女性の不満は高まるばかり
昨年、本誌に体験を語ったビクトリン・ンガムシャ VICKY NGAMSHA/NEWSWEEK
ビッキーは、イギリスの警察が胸アイロンについて知らなくても驚かない。カメルーンでは、「女性に関する問題」に当局が口出ししないのは当たり前だ。彼女は10歳の時、近所の男にレイプされた。犯人は逮捕されず、何のお咎めも受けなかった。
「コーヒー畑で遊んでいたら、身なりの良い男が近づいてきて、もし言うことをきかなければ妹のように死ぬぞと脅した」。実際、ビッキーは兄弟姉妹のうち6人を栄養失調で失くしていた。「当時は10歳だったから、何も知らなかった。男は私を地面に倒してレイプした」
「その後、脚の間から血を流しながら母のところへ行くと、母は『おてんば娘ね、オレンジの木に登って怪我をしたのだろう』と言った。何が起きたか母に打ち明けると、母の目に涙が溢れた」
ビッキーが子どもの頃に性的暴行の犠牲になったのは、この時だけではない。だがこの時初めて、女性でいる限り安全ではないのだと悟った。そして少女から大人の女性へと体が成長するにつれ、不安に苛まれるようになった。
思春期の少女に対して胸アイロンが行われるのは、多くの場合、男たちの性的対象から遠ざけるためだ。目的は、結婚前の望まない妊娠やレイプ、性的被害に遭わないようにすること。思春期の少女が性的虐待の標的になりつつあるという恐れが生じた段階で、母親か祖母や叔母など女性の親類が処置をする。
性器切除は知られているのに
叔母が教会からビッキーを家に連れて帰り、初めて胸アイロンを押し当てたのは、ビッキーが12歳でちょうど思春期に差し掛かった頃だった。泣いた記憶はないが、熱した葉っぱが素肌に当たり、焼けるように痛かったのを覚えている。「すごく熱かった。でも叔母はこうすれば美しくなれると言った」
ビッキーは自分のレイプ被害が胸アイロンの直接の引き金になったとは言わないが、少なくともその慣習を自己防衛の一種として認めていた。処置は繰り返され、何回だったかは記憶にないという。
「苦労が多くみすぼらしかった」という子ども時代を過ごしたベッキーは、その後結婚し、夫の仕事の都合で12年前にイギリスへ移住した。
だがイギリスでは胸アイロンはいまだ認知されておらず、政府や行政機関による見解はないに等しい。女性器切除(FGM)については昨年7月、初の年次統計が発表され、イングランドで年間5700件のFGM被害が報告されたのとは大きな違いだ。
そうした行為を、単に宗教や文化的な動機に基づく女性への暴力行為として記録する警察当局のやり方は生ぬるいと、ベリーは主張する。イギリスでは1985年以降、FGMには特定の刑事罰を科し、2015年に厳罰化もした。
「下院で演説してからは、主要都市の警察と緊密に連携し問題に取り組んでいる」とベリーは言う。「警察側はその慣習がイギリス国内で行われていることに、手探りながら気づいている」
英内務省は本誌の取材に対し、胸アイロンは児童虐待に該当するため「違法」だと回答した。同省のサラ・ニュートン政務次官は、政治的もしくは文化的な配慮が、この慣習を未然に防ぎ実情を暴くうえでの「妨げになってはいけない」と言った。
女性と少女のための英チャリティ組織で胸アイロンの被害者を支援するCAMEの共同創設者マーガレット・ニューディワラは、主にロンドンやバーミンガムといった都市部で西アフリカ出身者のコミュニティーが拡大していることから、イギリスにおける被害件数が今後も増えそうだとみている。内務省のデータによると、2001~2015年の間に6972人のカメルーン出身者が、亡命もしくは市民権を得てイギリスへ移住した。
光を当てよ
「痛みとトラウマの両方を一度にもたらす手順は残忍で、大人になっても被害者の人生に悪影響を及ぼす」とニューディワラは言う。「当事者は娘を守るつもりで、良かれと思ってやっている。だがその行為は有害だ。子どもは数カ月にわたり日々の虐待を耐え忍び、英当局は見知らぬ文化に介入するのに及び腰だ。CAMEは英国内で胸アイロンの被害に遭っている少女が1000人規模に上ると推計している」
処置の方法は様々だ。ビッキーが経験したように熱した葉っぱを胸に押し当てたりマッサージに使ったりする場合もあれば、焼いた砥石を使って発育期にある乳腺を潰すケースもある。少女の心理的な傷痕は深く、長い時間を経ても消えない。性に関するコンサルタントでカメルーン人のアワ・マグダレンによると、そうした慣習は「少女がその後の人生で、社会で自己主張するのに必要な自信を奪い去ってしまう」
胸アイロンを失くすための第一歩は、FGMの場合と同様、できるだけ広くその存在を世に知らしめ、理解を広めることだと、ベリーは言う。声に出して話し合わなければ、胸アイロンはまた元の闇に葬られてしまうだろう。
ルーシー・クラーク・ビリングズ
日曜の教会の帰り、叔母に「お前の胸をどうにかしなくては」と言われたとき、ビクトリン(ビッキー)・ンガムシャは12歳だった。43歳になった今でも、ビッキーは叔母の次の言葉を覚えている。「大きくなりすぎたんだよ。こっちにきなさい」
帰宅すると、叔母はビッキーのシャツを脱がせて座らせた。「あの時は家にいるのは女ばかりだったから、裸になるのは大して気にならなかった」と、西アフリカのカメルーン北西の町、キアン出身のビッキーは振り返る。「叔母は大きなコーヒーの葉っぱを数枚、焼石の上に置いた。そして熱々になった葉っぱを私の胸に押し当てた」
イギリスのバーミンガムに移住して12年になるビッキーは、人生初となったあの日の経験が「ブレスト・アイロン(胸アイロン)」と呼ばれる処置だったことを、今でこそ知っている。熱した石やハンマーなどを、少女の胸に押し当てたりマッサージに使ったりして、胸の成長を止めるのだ。
忌まわしい慣習
カメルーンの女性人権団体RENATAの2006年度の報告書やドイツ国際協力公社(GIZ)の調査によると、カメルーンで胸アイロンの犠牲者になる少女は4人に1人に上る。米タフツ大学のファインスタイン国際センターは2012年、同様の慣習は、ベニン、チャド、コートジボワール、ギニアビサウ、ギニア、ケニヤ、トーゴ、ジンバブエを含む西アフリカや中央アフリカ諸国の広い範囲で行われているとする調査報告書を発表した。その中でもカメルーンは断トツに被害が多い。
【参考記事】レイプ事件を隠ぺいした大学町が問いかけるアメリカの良心
英下院議員のジェイク・ベリーは、胸アイロンは移民を通じてイギリス国内でも広がっているが、公式な記録やデータがないために問題の実態が覆い隠されていると指摘する。
【参考記事】中国で性奴隷にされる脱北女性
3月8日の国際女性デーを記念して下院で演説をしたベリーは、バーミンガムやロンドンなどイギリスの都市圏に広がる西アフリカ出身者のコミュニティーでは、何千人もの少女が胸アイロンという「忌まわしい」慣習の犠牲になっていると訴えた。ベリーが全国のあらゆる警察署や行政機関に文書を送り、この問題にどのような対策を講じているか問い合わせた結果、警察署の72%が「胸アイロンの件については未回答、もしくはその言葉自体を聞いたことがない」と回答した。
【参考記事】夫が家事を分担しない日本では、働く女性の不満は高まるばかり
昨年、本誌に体験を語ったビクトリン・ンガムシャ VICKY NGAMSHA/NEWSWEEK
ビッキーは、イギリスの警察が胸アイロンについて知らなくても驚かない。カメルーンでは、「女性に関する問題」に当局が口出ししないのは当たり前だ。彼女は10歳の時、近所の男にレイプされた。犯人は逮捕されず、何のお咎めも受けなかった。
「コーヒー畑で遊んでいたら、身なりの良い男が近づいてきて、もし言うことをきかなければ妹のように死ぬぞと脅した」。実際、ビッキーは兄弟姉妹のうち6人を栄養失調で失くしていた。「当時は10歳だったから、何も知らなかった。男は私を地面に倒してレイプした」
「その後、脚の間から血を流しながら母のところへ行くと、母は『おてんば娘ね、オレンジの木に登って怪我をしたのだろう』と言った。何が起きたか母に打ち明けると、母の目に涙が溢れた」
ビッキーが子どもの頃に性的暴行の犠牲になったのは、この時だけではない。だがこの時初めて、女性でいる限り安全ではないのだと悟った。そして少女から大人の女性へと体が成長するにつれ、不安に苛まれるようになった。
思春期の少女に対して胸アイロンが行われるのは、多くの場合、男たちの性的対象から遠ざけるためだ。目的は、結婚前の望まない妊娠やレイプ、性的被害に遭わないようにすること。思春期の少女が性的虐待の標的になりつつあるという恐れが生じた段階で、母親か祖母や叔母など女性の親類が処置をする。
性器切除は知られているのに
叔母が教会からビッキーを家に連れて帰り、初めて胸アイロンを押し当てたのは、ビッキーが12歳でちょうど思春期に差し掛かった頃だった。泣いた記憶はないが、熱した葉っぱが素肌に当たり、焼けるように痛かったのを覚えている。「すごく熱かった。でも叔母はこうすれば美しくなれると言った」
ビッキーは自分のレイプ被害が胸アイロンの直接の引き金になったとは言わないが、少なくともその慣習を自己防衛の一種として認めていた。処置は繰り返され、何回だったかは記憶にないという。
「苦労が多くみすぼらしかった」という子ども時代を過ごしたベッキーは、その後結婚し、夫の仕事の都合で12年前にイギリスへ移住した。
だがイギリスでは胸アイロンはいまだ認知されておらず、政府や行政機関による見解はないに等しい。女性器切除(FGM)については昨年7月、初の年次統計が発表され、イングランドで年間5700件のFGM被害が報告されたのとは大きな違いだ。
そうした行為を、単に宗教や文化的な動機に基づく女性への暴力行為として記録する警察当局のやり方は生ぬるいと、ベリーは主張する。イギリスでは1985年以降、FGMには特定の刑事罰を科し、2015年に厳罰化もした。
「下院で演説してからは、主要都市の警察と緊密に連携し問題に取り組んでいる」とベリーは言う。「警察側はその慣習がイギリス国内で行われていることに、手探りながら気づいている」
英内務省は本誌の取材に対し、胸アイロンは児童虐待に該当するため「違法」だと回答した。同省のサラ・ニュートン政務次官は、政治的もしくは文化的な配慮が、この慣習を未然に防ぎ実情を暴くうえでの「妨げになってはいけない」と言った。
女性と少女のための英チャリティ組織で胸アイロンの被害者を支援するCAMEの共同創設者マーガレット・ニューディワラは、主にロンドンやバーミンガムといった都市部で西アフリカ出身者のコミュニティーが拡大していることから、イギリスにおける被害件数が今後も増えそうだとみている。内務省のデータによると、2001~2015年の間に6972人のカメルーン出身者が、亡命もしくは市民権を得てイギリスへ移住した。
光を当てよ
「痛みとトラウマの両方を一度にもたらす手順は残忍で、大人になっても被害者の人生に悪影響を及ぼす」とニューディワラは言う。「当事者は娘を守るつもりで、良かれと思ってやっている。だがその行為は有害だ。子どもは数カ月にわたり日々の虐待を耐え忍び、英当局は見知らぬ文化に介入するのに及び腰だ。CAMEは英国内で胸アイロンの被害に遭っている少女が1000人規模に上ると推計している」
処置の方法は様々だ。ビッキーが経験したように熱した葉っぱを胸に押し当てたりマッサージに使ったりする場合もあれば、焼いた砥石を使って発育期にある乳腺を潰すケースもある。少女の心理的な傷痕は深く、長い時間を経ても消えない。性に関するコンサルタントでカメルーン人のアワ・マグダレンによると、そうした慣習は「少女がその後の人生で、社会で自己主張するのに必要な自信を奪い去ってしまう」
胸アイロンを失くすための第一歩は、FGMの場合と同様、できるだけ広くその存在を世に知らしめ、理解を広めることだと、ベリーは言う。声に出して話し合わなければ、胸アイロンはまた元の闇に葬られてしまうだろう。
ルーシー・クラーク・ビリングズ