<ビジネスでもスポーツでも、チームが常に高いパフォーマンスを示し、成果を上げ続けるのは至難の業。たいていのチームは潜在力を生かしきれていない。それはチームの「カルチャー」と、外部環境の変化やチームメンバーの意識との間に「ズレ」が生じるからだ>
全米プロバスケットボール協会(NBA)の2015‐16レギュラーシーズンも終盤となった2016年4月5日、ゴールデンステイト・ウォリアーズはミネソタ・ティンバーウルブズに敗北を喫した。
この試合は、通常ならばそれほど話題にもならなかったはずだ。なぜならば、無敵の強さを誇るウォリアーズはすでにほぼトップシードをつかみとろうとしており、一方のティンバーウルブズは底辺をうろうろしている弱小チームだったからだ。どちらのチームにしても、この1試合の勝敗がシーズンの順位を大きく左右するわけでもなかった。しかし新聞は「まさかの敗北」「ウォリアーズ無敗神話崩れる」などと書きたてた。
どうしてこんな騒ぎになったのか。実はウォリアーズには、シカゴ・ブルズがもっていた72勝10敗というこれまでのシーズン年間最多勝記録を更新する可能性があった。しかし、ほんの先に記録達成のゴールが見えていたにもかかわらず、ホーム試合3連戦のうち2試合を落としてしまったのだ。
それまでESPN(スポーツ専門のケーブルテレビ局)は73勝9敗達成の見込みを90%と分析していたが、4月5日の試合以後は10%強まで下方修正した。
これほどあからさまに期待と名声が剥がれ落ちたのは、どういうことなのだろう? ウォリアーズの選手たちは、シーズン終盤になって集中が切れていたことを理由に挙げた。それが杜撰なプレーや反則につながったのだという。
この例を一般化すると、文句なしに勢いのある優秀なチームに、最悪のタイミングで何かしらの「ズレ」が生じたということだ。
ビジネスの世界でも同じような現象は起こる。たとえばフォルクスワーゲンの排ガス不正。超一流企業で優れたリーダーシップを発揮していたチームが注意力を失い、倫理上の過失に気づかなかった。
そんな例は他にもたくさんある。私たちは、ペンシルベニア大学ウォートンスクールでチームワークとコラボレーションの研究を行っている。そこで明らかになったのは、優秀な選抜チームを含むほとんどのチームが、彼ら自身の潜在力を生かしきっていないということだ。
この研究では、同スクールのエグゼクティブ養成プログラム(EDP)において、100以上のチームが行う市場環境のシミュレーションを観察した。
私たちはそこで、あらゆるチームに「ギャップ」が生じていることを発見した。それはたとえば協力関係を結びたいと口では言うものの、実際にはコラボレーションを行わない、といった言行不一致のギャップだ。
世界的な会計事務所であるプライスウォーターハウスクーパースが世界中のCEOを対象に調査したところ、多くのCEOが、これと同じような「実行ギャップ」を組織の問題と捉えていた。
【参考記事】リーダーは「データ」より「目的意識」を重視せよ
カルチャーの代償としての2種類の「ズレ」
こうしたことが起こる原因を探るためには、私たちがこれまで携わってきた社会科学研究の成果を持ち出さねばなるまい。具体的には、最近まで埃をかぶっていた古い概念、「カルチャー」だ。この概念は、ビジネスの世界に有用なものとして息を吹き返しつつあるのだ。
チームのカルチャーというのは、何かを成し遂げたり、問題を解決するためのルールが集まってできている。人類学者によれば「ヒトを他の種と分けるのは、カルチャー(文化)をつくり出す能力があるかどうかである」そうだ。
カルチャーがあることで、私たちは他者と協力関係を結んで複雑なタスクをスピーディーかつ効率的に片づけることができる。集団にカルチャーができれば、場面場面でいちいちどうするかを話し合わずに済む。「こういうときにはこうすればいい」といった暗黙のルールが共有されるからだ。
このように、カルチャーは物事の処理コストを下げる働きをする。しかし、効率が上がるということには代償がつきまとう。すなわち、ルールそのものを自明のものとして誰も注意を払わなくなる。そうすると、次に挙げる2種類の「ズレ」が生じがちなのだ。
(1)チームと外部環境の「ズレ」
環境が変化すると、それまでうまくいっていたやり方が通用しなくなることがある。フォルクスワーゲンは以前から閉鎖的な組織カルチャーで知られていた。平常時には、そのカルチャーは迅速な意思決定を助ける働きをした。その結果、会社は成長していった。だが、社会全体がオープンな相互のつながりを重視するようになると、この閉鎖的なカルチャーは大きな弱点になる。
(2)個人とチームの「ズレ」
私たちは皆、カルチャーが異なる複数の集団に属している。それはたとえば異なる組織のチームであったり、家族という名のチームであったりする。これらの別々のカルチャーをもつ複数の集団は、個人を違う方向にバラバラに引っ張る。しかも私たちはそのことに気づいていないことが多い。
冒頭のウォリアーズのケースでは、もしかしたら一部の選手たちは、レギュラーシーズンのチームの目標よりも、何か別のことが気にかかっていたのかもしれない。たとえば先々のことを考えて自らの健康状態をキープすることなど。ビジネスでいうと、家庭や、同時に行っている他の仕事、もしくは将来のキャリアチェンジなどが気になって、主チームへの参加意欲が薄れる、といったケースだ。
(1)(2)いずれのタイプの「ズレ」が生じても、チームのパフォーマンスは低下する。時には、低下の理由をチームが把握できないこともある。これは良くないことではあるが、そんな状態を逆手にとることも可能だ。そうなった理由を注意深く反省し、チームのカルチャーを目標達成に役立つものに変えていくことができるのだ。
【参考記事】成長するには「失敗」に必要以上の注意を向けないこと
最大の成果を引き出す「3×3フレームワーク」
私たちは、これまでの研究や経験から、どんな集団からも最大の成果を引き出す方法について、幅広い知見を得ることができた。それを煮詰めたものが「3×3フレームワーク」だ。
「3×3フレームワーク」は3つの土台と3つのステップで構成されている。
土台となる3つの最重要ルールは「目標」「役割」「規範」だ。優秀なチームのメンバーは皆、集団としての「目標」を個人の目標に結びつけている。また、メンバー同士が互いに依存しあえる、明確な「役割」を決めておくことも大事だ。さらに、チームを成功させるには、どのように情報を共有し、どう決定し、対立の処理をどうするか、などいくつかの重要な点に絞った「規範」を設けるべきだ。
3つのステップは「コミット」「チェック」「クローズ」。「コミット」とは定めたルールに積極的に関わっていくことだ。目標、役割、規範を明示した「憲章」のようなものを作成することをお勧めする。「チェック」は「ズレ」が生じていないかをしっかりと確認すること、「クローズ」は、チームメンバーが陥りがちな「言行不一致」をクローズ、すなわちやめることだ。
「3×3フレームワーク」はシンプルであるがゆえに、簡単に実行できそうに思えるかもしれないが、実際には難しい。だが、その難しさを克服したチームは、確実に結果を出すことができるだろう。
ウォリアーズのヘッドコーチ、スティーブ・カーは、4月5日の屈辱的な敗北の後、選手全員に確認した。引き続き記録更新をめざすか、それともプレーオフに備えて体を休めるか。チームは前者を選び、73勝9敗でシーズンを終えた。同様に、フォルクスワーゲンのリーダーたちも、今回の危機を社内カルチャーを見直す機会と捉えているようだ。
[執筆者]
デレク・ニューベリー Dr. Derek Newberry
マリオ・ムサ Dr. Mario Moussa
マデリン・ボイヤー Dr.Madeline Boyer
スダンシュ・パルスル Sudhanshu Palsule
3人は『Commited Teams』(Wiley, 2016)の共著者。ムサ氏はペンシルベニア大学ウォートンスクールのエグゼクティブ教育プログラムで教鞭をとる。ニューベリー氏とボイヤー氏はウォートンスクールの学士課程で教えている。
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※当記事は「Dialogue Q4 2016」からの転載記事です
情報工場
2005年創業。厳選した書籍のハイライトを3000字にまとめて配信する書籍ダイジェストサービス「SERENDIP(セレンディップ)」を提供。国内の書籍だけではなく、エグゼクティブ向け教育機関で世界一と評されるDuke Corporate Educationが発行するビジネス誌『Dialogue Review』や、まだ日本で出版されていない欧米・アジアなどの海外で話題の書籍もいち早く日本語のダイジェストにして配信。上場企業の経営層・管理職を中心に約6万人のビジネスパーソンが利用中。 http://www.joho-kojo.com/top
デレク・ニューベリー、マリオ・ムサ、マデリン・ボイヤー ※編集・企画:情報工場
全米プロバスケットボール協会(NBA)の2015‐16レギュラーシーズンも終盤となった2016年4月5日、ゴールデンステイト・ウォリアーズはミネソタ・ティンバーウルブズに敗北を喫した。
この試合は、通常ならばそれほど話題にもならなかったはずだ。なぜならば、無敵の強さを誇るウォリアーズはすでにほぼトップシードをつかみとろうとしており、一方のティンバーウルブズは底辺をうろうろしている弱小チームだったからだ。どちらのチームにしても、この1試合の勝敗がシーズンの順位を大きく左右するわけでもなかった。しかし新聞は「まさかの敗北」「ウォリアーズ無敗神話崩れる」などと書きたてた。
どうしてこんな騒ぎになったのか。実はウォリアーズには、シカゴ・ブルズがもっていた72勝10敗というこれまでのシーズン年間最多勝記録を更新する可能性があった。しかし、ほんの先に記録達成のゴールが見えていたにもかかわらず、ホーム試合3連戦のうち2試合を落としてしまったのだ。
それまでESPN(スポーツ専門のケーブルテレビ局)は73勝9敗達成の見込みを90%と分析していたが、4月5日の試合以後は10%強まで下方修正した。
これほどあからさまに期待と名声が剥がれ落ちたのは、どういうことなのだろう? ウォリアーズの選手たちは、シーズン終盤になって集中が切れていたことを理由に挙げた。それが杜撰なプレーや反則につながったのだという。
この例を一般化すると、文句なしに勢いのある優秀なチームに、最悪のタイミングで何かしらの「ズレ」が生じたということだ。
ビジネスの世界でも同じような現象は起こる。たとえばフォルクスワーゲンの排ガス不正。超一流企業で優れたリーダーシップを発揮していたチームが注意力を失い、倫理上の過失に気づかなかった。
そんな例は他にもたくさんある。私たちは、ペンシルベニア大学ウォートンスクールでチームワークとコラボレーションの研究を行っている。そこで明らかになったのは、優秀な選抜チームを含むほとんどのチームが、彼ら自身の潜在力を生かしきっていないということだ。
この研究では、同スクールのエグゼクティブ養成プログラム(EDP)において、100以上のチームが行う市場環境のシミュレーションを観察した。
私たちはそこで、あらゆるチームに「ギャップ」が生じていることを発見した。それはたとえば協力関係を結びたいと口では言うものの、実際にはコラボレーションを行わない、といった言行不一致のギャップだ。
世界的な会計事務所であるプライスウォーターハウスクーパースが世界中のCEOを対象に調査したところ、多くのCEOが、これと同じような「実行ギャップ」を組織の問題と捉えていた。
【参考記事】リーダーは「データ」より「目的意識」を重視せよ
カルチャーの代償としての2種類の「ズレ」
こうしたことが起こる原因を探るためには、私たちがこれまで携わってきた社会科学研究の成果を持ち出さねばなるまい。具体的には、最近まで埃をかぶっていた古い概念、「カルチャー」だ。この概念は、ビジネスの世界に有用なものとして息を吹き返しつつあるのだ。
チームのカルチャーというのは、何かを成し遂げたり、問題を解決するためのルールが集まってできている。人類学者によれば「ヒトを他の種と分けるのは、カルチャー(文化)をつくり出す能力があるかどうかである」そうだ。
カルチャーがあることで、私たちは他者と協力関係を結んで複雑なタスクをスピーディーかつ効率的に片づけることができる。集団にカルチャーができれば、場面場面でいちいちどうするかを話し合わずに済む。「こういうときにはこうすればいい」といった暗黙のルールが共有されるからだ。
このように、カルチャーは物事の処理コストを下げる働きをする。しかし、効率が上がるということには代償がつきまとう。すなわち、ルールそのものを自明のものとして誰も注意を払わなくなる。そうすると、次に挙げる2種類の「ズレ」が生じがちなのだ。
(1)チームと外部環境の「ズレ」
環境が変化すると、それまでうまくいっていたやり方が通用しなくなることがある。フォルクスワーゲンは以前から閉鎖的な組織カルチャーで知られていた。平常時には、そのカルチャーは迅速な意思決定を助ける働きをした。その結果、会社は成長していった。だが、社会全体がオープンな相互のつながりを重視するようになると、この閉鎖的なカルチャーは大きな弱点になる。
(2)個人とチームの「ズレ」
私たちは皆、カルチャーが異なる複数の集団に属している。それはたとえば異なる組織のチームであったり、家族という名のチームであったりする。これらの別々のカルチャーをもつ複数の集団は、個人を違う方向にバラバラに引っ張る。しかも私たちはそのことに気づいていないことが多い。
冒頭のウォリアーズのケースでは、もしかしたら一部の選手たちは、レギュラーシーズンのチームの目標よりも、何か別のことが気にかかっていたのかもしれない。たとえば先々のことを考えて自らの健康状態をキープすることなど。ビジネスでいうと、家庭や、同時に行っている他の仕事、もしくは将来のキャリアチェンジなどが気になって、主チームへの参加意欲が薄れる、といったケースだ。
(1)(2)いずれのタイプの「ズレ」が生じても、チームのパフォーマンスは低下する。時には、低下の理由をチームが把握できないこともある。これは良くないことではあるが、そんな状態を逆手にとることも可能だ。そうなった理由を注意深く反省し、チームのカルチャーを目標達成に役立つものに変えていくことができるのだ。
【参考記事】成長するには「失敗」に必要以上の注意を向けないこと
最大の成果を引き出す「3×3フレームワーク」
私たちは、これまでの研究や経験から、どんな集団からも最大の成果を引き出す方法について、幅広い知見を得ることができた。それを煮詰めたものが「3×3フレームワーク」だ。
「3×3フレームワーク」は3つの土台と3つのステップで構成されている。
土台となる3つの最重要ルールは「目標」「役割」「規範」だ。優秀なチームのメンバーは皆、集団としての「目標」を個人の目標に結びつけている。また、メンバー同士が互いに依存しあえる、明確な「役割」を決めておくことも大事だ。さらに、チームを成功させるには、どのように情報を共有し、どう決定し、対立の処理をどうするか、などいくつかの重要な点に絞った「規範」を設けるべきだ。
3つのステップは「コミット」「チェック」「クローズ」。「コミット」とは定めたルールに積極的に関わっていくことだ。目標、役割、規範を明示した「憲章」のようなものを作成することをお勧めする。「チェック」は「ズレ」が生じていないかをしっかりと確認すること、「クローズ」は、チームメンバーが陥りがちな「言行不一致」をクローズ、すなわちやめることだ。
「3×3フレームワーク」はシンプルであるがゆえに、簡単に実行できそうに思えるかもしれないが、実際には難しい。だが、その難しさを克服したチームは、確実に結果を出すことができるだろう。
ウォリアーズのヘッドコーチ、スティーブ・カーは、4月5日の屈辱的な敗北の後、選手全員に確認した。引き続き記録更新をめざすか、それともプレーオフに備えて体を休めるか。チームは前者を選び、73勝9敗でシーズンを終えた。同様に、フォルクスワーゲンのリーダーたちも、今回の危機を社内カルチャーを見直す機会と捉えているようだ。
[執筆者]
デレク・ニューベリー Dr. Derek Newberry
マリオ・ムサ Dr. Mario Moussa
マデリン・ボイヤー Dr.Madeline Boyer
スダンシュ・パルスル Sudhanshu Palsule
3人は『Commited Teams』(Wiley, 2016)の共著者。ムサ氏はペンシルベニア大学ウォートンスクールのエグゼクティブ教育プログラムで教鞭をとる。ニューベリー氏とボイヤー氏はウォートンスクールの学士課程で教えている。
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※当記事は「Dialogue Q4 2016」からの転載記事です
情報工場
2005年創業。厳選した書籍のハイライトを3000字にまとめて配信する書籍ダイジェストサービス「SERENDIP(セレンディップ)」を提供。国内の書籍だけではなく、エグゼクティブ向け教育機関で世界一と評されるDuke Corporate Educationが発行するビジネス誌『Dialogue Review』や、まだ日本で出版されていない欧米・アジアなどの海外で話題の書籍もいち早く日本語のダイジェストにして配信。上場企業の経営層・管理職を中心に約6万人のビジネスパーソンが利用中。 http://www.joho-kojo.com/top
デレク・ニューベリー、マリオ・ムサ、マデリン・ボイヤー ※編集・企画:情報工場