<トヨタのメキシコ新工場建設に反対するトランプの「脅迫」は、パフォーマンスに過ぎない。企業だけでなく日本政府や自治体までが振り回されるのは良くない>(写真:アメリカ市場でのトヨタの主力車種はプリウスだが)
大統領就任前にもかかわらず、トランプ氏は自動車産業の「空洞化阻止パフォーマンス」に必死になっています。まずターゲットになったのはフォード社で、メキシコ工場建設計画を批判されると、年明け早々の今月3日に、この工場の建設計画をキャンセルすると発表しました。その代わりにミシガンで新工場を建設するというのです。
フォードに続いて、トヨタとGMに対しても同様の圧力がかかっています。いずれも、メキシコに新工場を建設する計画を厳しく批判して「強行したら高い関税をかける」と、まるで脅迫するような内容です。
日本では「トランプ砲」というような言い方で波紋が広がっていますが、冷静に考えてみれば、そもそもおかしな話です。アメリカとメキシコは、カナダを含めた3カ国で「北米自由貿易協定(NAFTA)」を構成しています。これは、EUやTPP(環太平洋戦略的経済連携協定、未成立)のような自由貿易圏で、域内の貿易は基本的に関税がかかりません。
ですから、この「高関税をかける」という「トランプ砲」は、NAFTAから脱退しないと「炸裂」することはありません。仮にNAFTAが存続しているうちに、勝手に関税をかけると参加3カ国中の2カ国による審議によって懲罰的な措置が加えられることになっています。
【参考記事】トランプTweetをチェックせよ! 韓国外交部、監視専門職を配置
ちなみにトランプ氏はNAFTAについては大幅改訂すると公約に掲げて当選しています。改訂はもちろん可能ですが、相手のある交渉ごとであり、そう簡単には行きません。また、脱退でなく改訂を模索するのであれば、改訂の合意を見るまでは現行制度が継続するのが自然です。ということは、今回の「トランプ砲」は、法的な根拠はまったくない「劇場型パフォーマンス」に過ぎないということになります。
肝心のトヨタですが、フォードのように「建設中止」という発表はしていません。その代わりに、まず「メキシコ新工場は、新規建設であって北米の工場を移転するものではない」こと、そして「小型車の供給により、北米販社での雇用増にプラスになる」という声明を出しています。
さらには豊田章男社長が、「これとは別に100億ドル(1兆1000億円以上)の投資を北米で行う」ということを言明しています。GMも依然として「メキシコ工場の建設中止はしない」という構えです。
この問題、背景には「コンパクト・カー」というカテゴリにおける熾烈な競争があります。つまりトヨタで言えば「カローラ」、本田では「シビック」など小型車のマーケットです。
アメリカでは、景気回復の継続により若者の雇用が回復しています。アメリカ社会では、NYやシカゴなどの大都市圏を別にすれば、就職と同時に自動車が必要になります。ですが、必ずしも「雇用の質」が確保できない状況では、若者が中型車を買うのは難しいわけです。ですから、思いきって新車をローンまたはリースで手に入れるにしても「コンパクト」になります。
そこで台数の需要はあるわけですが、問題は価格です。若者市場の場合は、アメリカの場合もデフレ要因はあるわけで、価格は非常に重要になります。ですから、少しでもコストダウンをして同じ値段でも付加価値を高めるとか、あるいは思い切って値下げするということが、ビジネス戦略上重要になります。この点については、妥協は難しいと思います。
これに加えてトヨタの場合、100%トランプ氏の意向に沿うことがマーケティング上で得策であるかは分かりません。例えばドル箱の「プリウス」はハイブリッドですし、水素自動車やEVの推進ということで言えば、温暖化否定論のトランプ陣営との相性は悪いわけです。
もっと言えば、北米のトヨタファンの中には、環境問題に熱心な層が多いわけですし、その多くはトランプ氏を支持しないどころか、敵視しているとも言えます。そんな中で、特に北米の本社、そして販社にとっての最善手は「トランプ氏への屈服」とは限らないとも言えます。
【参考記事】トランプ政権誕生で2017年は貿易摩擦再来の年になる?
そのような複雑な事情の中で、北米のトヨタはビジネスをしているわけです。ですから、「トランプ砲」に驚いて、日本の首相官邸が反応したり、あるいは、愛知県の大村知事が現地20日の「トランプ大統領就任式」に出席しがてら「共和党関係者らに関係改善を促したい考え」で会談を調整したりしているそうですが、こうした「日本側の援護射撃」というのは、余り効果的ではないと思います。
この問題でトヨタは、あくまで北米の事業者として、フォード、GMと同列に批判されているだけです。そこへ「外国」の官邸や県知事が動くというのは、かえって「外国企業」ということになって、事態を複雑化させる心配もあるからです。
何しろ、トランプ氏の「私的ツイート」で世界中を右往左往させるのは、19日までです。20日の就任式以降、トランプ氏は合衆国大統領になるのですから、憲法と法律の範囲で行政権を行使する「全く別のゲームのルール」に従ってもらわねばなりません。
例えば、通商問題に関しては、国としての通商政策があり、関連法規があって、具体的なアクションがあるという順番を踏んでもらわなくては、民主国家、法治国家の大統領とは言えないと思います。
大統領就任前にもかかわらず、トランプ氏は自動車産業の「空洞化阻止パフォーマンス」に必死になっています。まずターゲットになったのはフォード社で、メキシコ工場建設計画を批判されると、年明け早々の今月3日に、この工場の建設計画をキャンセルすると発表しました。その代わりにミシガンで新工場を建設するというのです。
フォードに続いて、トヨタとGMに対しても同様の圧力がかかっています。いずれも、メキシコに新工場を建設する計画を厳しく批判して「強行したら高い関税をかける」と、まるで脅迫するような内容です。
日本では「トランプ砲」というような言い方で波紋が広がっていますが、冷静に考えてみれば、そもそもおかしな話です。アメリカとメキシコは、カナダを含めた3カ国で「北米自由貿易協定(NAFTA)」を構成しています。これは、EUやTPP(環太平洋戦略的経済連携協定、未成立)のような自由貿易圏で、域内の貿易は基本的に関税がかかりません。
ですから、この「高関税をかける」という「トランプ砲」は、NAFTAから脱退しないと「炸裂」することはありません。仮にNAFTAが存続しているうちに、勝手に関税をかけると参加3カ国中の2カ国による審議によって懲罰的な措置が加えられることになっています。
【参考記事】トランプTweetをチェックせよ! 韓国外交部、監視専門職を配置
ちなみにトランプ氏はNAFTAについては大幅改訂すると公約に掲げて当選しています。改訂はもちろん可能ですが、相手のある交渉ごとであり、そう簡単には行きません。また、脱退でなく改訂を模索するのであれば、改訂の合意を見るまでは現行制度が継続するのが自然です。ということは、今回の「トランプ砲」は、法的な根拠はまったくない「劇場型パフォーマンス」に過ぎないということになります。
肝心のトヨタですが、フォードのように「建設中止」という発表はしていません。その代わりに、まず「メキシコ新工場は、新規建設であって北米の工場を移転するものではない」こと、そして「小型車の供給により、北米販社での雇用増にプラスになる」という声明を出しています。
さらには豊田章男社長が、「これとは別に100億ドル(1兆1000億円以上)の投資を北米で行う」ということを言明しています。GMも依然として「メキシコ工場の建設中止はしない」という構えです。
この問題、背景には「コンパクト・カー」というカテゴリにおける熾烈な競争があります。つまりトヨタで言えば「カローラ」、本田では「シビック」など小型車のマーケットです。
アメリカでは、景気回復の継続により若者の雇用が回復しています。アメリカ社会では、NYやシカゴなどの大都市圏を別にすれば、就職と同時に自動車が必要になります。ですが、必ずしも「雇用の質」が確保できない状況では、若者が中型車を買うのは難しいわけです。ですから、思いきって新車をローンまたはリースで手に入れるにしても「コンパクト」になります。
そこで台数の需要はあるわけですが、問題は価格です。若者市場の場合は、アメリカの場合もデフレ要因はあるわけで、価格は非常に重要になります。ですから、少しでもコストダウンをして同じ値段でも付加価値を高めるとか、あるいは思い切って値下げするということが、ビジネス戦略上重要になります。この点については、妥協は難しいと思います。
これに加えてトヨタの場合、100%トランプ氏の意向に沿うことがマーケティング上で得策であるかは分かりません。例えばドル箱の「プリウス」はハイブリッドですし、水素自動車やEVの推進ということで言えば、温暖化否定論のトランプ陣営との相性は悪いわけです。
もっと言えば、北米のトヨタファンの中には、環境問題に熱心な層が多いわけですし、その多くはトランプ氏を支持しないどころか、敵視しているとも言えます。そんな中で、特に北米の本社、そして販社にとっての最善手は「トランプ氏への屈服」とは限らないとも言えます。
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そのような複雑な事情の中で、北米のトヨタはビジネスをしているわけです。ですから、「トランプ砲」に驚いて、日本の首相官邸が反応したり、あるいは、愛知県の大村知事が現地20日の「トランプ大統領就任式」に出席しがてら「共和党関係者らに関係改善を促したい考え」で会談を調整したりしているそうですが、こうした「日本側の援護射撃」というのは、余り効果的ではないと思います。
この問題でトヨタは、あくまで北米の事業者として、フォード、GMと同列に批判されているだけです。そこへ「外国」の官邸や県知事が動くというのは、かえって「外国企業」ということになって、事態を複雑化させる心配もあるからです。
何しろ、トランプ氏の「私的ツイート」で世界中を右往左往させるのは、19日までです。20日の就任式以降、トランプ氏は合衆国大統領になるのですから、憲法と法律の範囲で行政権を行使する「全く別のゲームのルール」に従ってもらわねばなりません。
例えば、通商問題に関しては、国としての通商政策があり、関連法規があって、具体的なアクションがあるという順番を踏んでもらわなくては、民主国家、法治国家の大統領とは言えないと思います。