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トランプ襲来で今年もオスカーは大揺れ?

ニューズウィーク日本版 2017年1月11日 11時0分

<人種問題で批判された汚名を返上するはずが、トランプという新たな火ダネで次の受賞式も混乱するかもしれない>

 ドナルド・トランプが次期米大統領に選ばれた事実は、政治からビジネス、環境、教育までさまざまな分野に衝撃を与えた。しかし実は、思いがけない領域にも波紋が及んでいる。その1つが米アカデミー賞だ。

 トランプの勝利が決まると、17年2月の授賞式が16年以上に波乱含みになるのではないかという声が上がり始めた。もとよりアカデミー賞の授賞式は、ハリウッドがリベラル色を存分に発揮する舞台。移民やマイノリティー(少数派)への差別的発言をまき散らしてきたトランプに、矛先が向かないはずがない。

 まだトランプが共和党候補に選ばれるか定かではなかった頃の16年の授賞式でさえ、批判のオンパレードだった。リーマン・ショックが題材の『マネー・ショート 華麗なる大逆転』で脚色賞を受賞したアダム・マッケイは、「巨大な銀行、石油会社、そして変人の大富豪から金を受け取る候補者」には投票するなと、受賞スピーチで呼び掛けた。

 視覚効果賞のプレゼンターを務めた俳優アンディ・サーキスは、トランプを「地球を脅かす誇大妄想の怪物」になぞらえた。その「怪物」が、17年の授賞式が開催される頃には大統領執務室に座っているわけだ。

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 アカデミー賞を主催する映画芸術科学アカデミーにとっては、頭の痛い状況だろう。そもそも次の授賞式は、映画よりも人種問題に注目が集まった前回の失態を返上する大事な舞台だ。

 ノミネートされた俳優陣が15年に引き続き全員白人だったことに激しい批判が集中し、スパイク・リーやウィル・スミスなど大物業界人が次々と出席をボイコット――そんな事態を二度と繰り返さないため、アカデミーは一連の改革案を発表。20年までにマイノリティーや女性の会員を倍増させ、メンバーの多様性向上と若返りを図る方針を打ち出した。

 そして幸運にも、この1年は黒人俳優が力を発揮する場に恵まれた年だった。マハーシャラ・アリは『ムーンライト』での善意あるドラッグディーラー役で、助演男優賞の有力候補と目されている。『ラビング 愛という名前のふたり』で、バージニア州の異人種間結婚禁止法と闘った女性を演じたルース・ネッガも高く評価されている。

 ベテラン勢で主演男優・女優賞へのノミネートを有力視されているのは、『フェンス』での演技が好評のデンゼル・ワシントンとビオラ・デービス。50年代アメリカの中年黒人夫婦の苦悩を描いたオーガスト・ウィルソンの戯曲を映画化した作品だ。

観客の受け止め方も変化

 このままいけば大丈夫――そんな楽観ムードが漂い始めた矢先、トランプの出現で状況は一転した。候補者や受賞者の人種のバランスが過剰に注目されるだろうし、新大統領への辛辣なジョークが物議を醸す可能性も高い。



『フェンス』でワシントンが演じる中年男性トロイはこう語る。「人を寄せ付けないためにフェンスを建てる者がいる。その一方で、人をとどめておくためにフェンスを建てる者もいる」。メキシコとの国境に壁を建てると豪語するトランプを思わせるこのせりふが、授賞式で引用されないはずがない。

 トランプが大統領に選出されたことで、人々の受け止め方が変わった作品もある。例えば、ジョン・F・ケネディ大統領暗殺後の妻ジャクリーンを描いた『ジャッキー/ファーストレディ 最後の使命』(主演のナタリー・ポートマンはノミネート有力候補の1人)。これほどまでにリベラル派の喪失と苦悩を感じさせる作品になるとは、誰が予想しただろうか。

 地球外生命体との接触を描いたエイミー・アダムス主演の『メッセージ』も、思った以上に観客の共感を呼ぶようになった。作品で描かれている宇宙船の外では「世界が恐怖とパニックに陥っている」と、ニューヨーカー誌のジア・トレンティーノは評している。そして宇宙船の内側には「寂しさ、言葉では説明できない感覚、そして強さがある」。

 これはまさにいま多くのアメリカ国民が感じていることだ。まるで惑星間軌道から外れてしまい、目覚めたらどういうわけか火星にいたような感覚だ。

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 授賞式は大統領就任式のおよそ1カ月後に行われる。当日、どんなに自分が笑いのネタにされても、トランプはおとなしくしていられるだろうか。

 司会を務めるのはコメディアンのジミー・キンメル。9月にエミー賞授賞式の司会をした際には、トランプを皮肉るネタを連発して会場を大いに沸かせた。アカデミー賞でも容赦はしないだろう。

 16年の授賞式当日、トランプはツイッターも使わず、らしくないほど沈黙していた。しかし翌日にはFOXニュースに電話出演し、『レヴェナント:蘇えりし者』で監督賞を受賞したメキシコ人監督のアレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥに言及。「メキシコにとっては素晴らしい一夜だっただろうさ。思わず『彼は何なんだ? お宝を全部持ち去ろうとしてるじゃないか』って言ったよ」と不満をぶちまけた。

 もっともハリウッドのリベラル派にとって、自分たちの動向を気に掛ける共和党の大統領が誕生することは、そう悪いことではないかもしれないが。

[2017.1.10号掲載]
トム・ショーン、佐伯直美(本誌記者)

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