<大統領選に介入したロシアのサイバー攻撃について、これまで頑なに否定してきたトランプがようやく認めた。そもそもロシアはこれ以前から大規模なサイバー攻撃を繰り返してきた>(写真:今月トランプタワーで記者からの質問に答えるトランプ)
米民主党全国委員会のコンピューターに何者かが侵入したのは、2015年。
犯行グループはその後1年にわたってサーバーに潜伏、2万通におよぶ内部メールなどを盗み出した。そして2016年7月、大統領選の民主党指名候補にヒラリー・クリントンが指名される民主党全国大会の前日に、内部告発サイトのウィキリークスでメールが暴露された。米政府は、このサイバー攻撃が、共和党のドナルド・トランプ候補を勝たせたかったロシア政府の仕業だと主張してきた。
ロシアのこのサイバー攻撃について、年末年始からアメリカで大きな騒動になった。米報道番組などは、かなりの時間を割いてこのニュースを報じているが、何が起きているのか。
まず12月29日、バラク・オバマ米大統領は、ロシア政府が2016年の米大統領選にサイバー攻撃で介入したとして、駐米ロシア外交官35人の国外退去処分にするなどの制裁措置を発表した。2014年に北朝鮮がソニー・ピクチャーズにハッキングした事件から、米政府はアメリカにサイバー攻撃を実施した国などに制裁を科すようになっている。この動きはその流れに沿ったものだ。
【参考記事】ロシアハッキングの恐るべき真相──プーチンは民主派のクリントンを狙った
これに対してロシアでは、プーチン大統領がロシア外務省からオバマに対抗するために35人の在ロシア米外交官を国外退去処分にすべきだとのアドバイスを受けたが、それを拒否。サイバー攻撃についてロシアの関与を否定しているプーチンは、オバマの動きは挑発行為であり餌には食いつかないと述べた、と報じられている。
年が明けると、問題はさらに展開する。先週5日には、国家情報長官のジェームズ・クラッパーや、NSA(米国家安全保障局)の長官で米サイバー軍の司令官でもあるマイケル・ロジャーズなどそうそうたる面々が、米上院軍事委員会の公聴会に姿を見せ、ロシアのハッキング騒動について証言した。
そして翌6日には、クラッパーやロジャーズらがニューヨークのトランプ・タワーを訪れ、これまでロシアの関与を否定する発言を繰り広げてきたトランプに、2時間に渡ってロシアのサイバー攻撃についてブリーフィングを行った。情報機関のトップが就任間際の次期大統領を諭しに行くなど前代未聞のことだ。
この会談後、国家情報長官室はロシアの攻撃について、25ページにわたる報告書を一般に公表した。ただこの報告書は機密情報が含まれないもので、オバマ大統領やトランプに提出された報告書と比べると、半分以上の情報は削除されているという。
公表された報告書には、「われわれはプーチン大統領が米大統領選に影響を与えるべくキャンペーン(作戦)を命じたと判断している」と書かれ、プーチンの関与を断言している。「さらにプーチンとロシア政府がトランプ次期大統領への明確に支持していると判断する。われわれはこの判断に相当な自信をもっている」
するとそれまでロシアの関与を頑なに否定してきたトランプはトーンダウンし、「ロシアや中国、ほかの国々、国外の集団などが政府系機関やビジネス、民主党全国委員会を含めた組織のサイバーインフラを絶えず打ち破ろうとしている」と、ロシアのサイバー攻撃を認める声明を発表した。
公表された報告書では、ロシアがサイバー攻撃を行ったという根拠が多少示されている。例えば、ロシア軍参謀本部情報総局(GRU)は「グーシファー2.0」と名乗るハッカーなどを使って、内部告発サイトのウィキリークスなどで情報を暴露したと書かれている。米情報機関はこの「グーシファー2.0」はロシア人の可能性が高いと見ている。
ただ報告書以外にも、ロシア犯行説の根拠となる情報はある。米ワシントン・ポスト紙は、ロシア政府高官らがトランプ勝利を讃え合うデジタル通信を傍受し、その中で高官らが関与をほのめかしていたと報じている。また「グーシファー2.0」が暴露したファイルのメタデータ(ファイルなどについている通信記録)にロシアの関与を示すものがあったり、民主党全国委員会に送りつけられた不正メールのデータにロシア政府との繋がりが見られたことが、指摘されている。
【参考記事】インターポールでサイバー犯罪を追う、日本屈指のハッカー
ただ今回の大統領選に限らず、ロシアはこれまでにほかにもサイバー作戦を繰り広げてきたことは専門家らの間ではよく知られている。周辺国のエストニアやジョージア、ウクライナなどへも大規模なサイバー攻撃を仕掛けてきており、米大統領選に介入しようとしても何ら不思議ではない。ロシアは、知的財産や軍備情報などを盗もうとする中国とは違い、サイバー攻撃の裏に政治的な動機が見える。国内外で摩擦が生じた際にサイバー攻撃を駆使する手口はいつものことだ。最近でも、トルコのシリア国境付近でロシア戦闘機がトルコ軍に撃墜される事件があったが、その後トルコが大規模なサイバー攻撃に見舞われている。
最近では、「トロール(荒らし、または釣りの意)」作戦も話題になっている。これは、偽の情報をばらまくキャンペーンで、実際に、米化学工場の爆破事件や、感染症の拡大といった偽ニュースを、手の込んだビデオやSNS、ツイッターなどを駆使して拡散し、さも本当であるかのように見せ、混乱を起こそうというものだ。またネットに親ロシアのコメントやポストをアップするキャンペーンも組織的に行っている。
とにかく、今回の大統領選を見るまでもなく、ロシアは十分にサイバー空間で暗躍している。今後もそれが止むことはないだろう。
トランプ大統領の正式な誕生まで2週間ほどだが、トランプがこうしたサイバー問題にどう取り組むのか、世界のサイバーセキュリティ関係者が注視している。
【執筆者】
山田敏弘
国際ジャーナリスト。講談社、ロイター通信社、ニューズウィーク日本版などで勤務後、米マサチューセッツ工科大学(MIT)で国際情勢の研究・取材活動に従事。訳書に『黒いワールドカップ』(講談社)など、著書に『モンスター 暗躍する次のアルカイダ』(中央公論新社)、『ハリウッド検視ファイル トーマス野口の遺言』(新潮社)。現在、「クーリエ・ジャポン」や「ITメディア・ビジネスオンライン」などで国際情勢の連載をもち、月刊誌や週刊誌などでも取材・執筆活動を行っている。フジテレビ「ホウドウキョク」では国際ニュース解説を担当。
山田敏弘(ジャーナリスト)
米民主党全国委員会のコンピューターに何者かが侵入したのは、2015年。
犯行グループはその後1年にわたってサーバーに潜伏、2万通におよぶ内部メールなどを盗み出した。そして2016年7月、大統領選の民主党指名候補にヒラリー・クリントンが指名される民主党全国大会の前日に、内部告発サイトのウィキリークスでメールが暴露された。米政府は、このサイバー攻撃が、共和党のドナルド・トランプ候補を勝たせたかったロシア政府の仕業だと主張してきた。
ロシアのこのサイバー攻撃について、年末年始からアメリカで大きな騒動になった。米報道番組などは、かなりの時間を割いてこのニュースを報じているが、何が起きているのか。
まず12月29日、バラク・オバマ米大統領は、ロシア政府が2016年の米大統領選にサイバー攻撃で介入したとして、駐米ロシア外交官35人の国外退去処分にするなどの制裁措置を発表した。2014年に北朝鮮がソニー・ピクチャーズにハッキングした事件から、米政府はアメリカにサイバー攻撃を実施した国などに制裁を科すようになっている。この動きはその流れに沿ったものだ。
【参考記事】ロシアハッキングの恐るべき真相──プーチンは民主派のクリントンを狙った
これに対してロシアでは、プーチン大統領がロシア外務省からオバマに対抗するために35人の在ロシア米外交官を国外退去処分にすべきだとのアドバイスを受けたが、それを拒否。サイバー攻撃についてロシアの関与を否定しているプーチンは、オバマの動きは挑発行為であり餌には食いつかないと述べた、と報じられている。
年が明けると、問題はさらに展開する。先週5日には、国家情報長官のジェームズ・クラッパーや、NSA(米国家安全保障局)の長官で米サイバー軍の司令官でもあるマイケル・ロジャーズなどそうそうたる面々が、米上院軍事委員会の公聴会に姿を見せ、ロシアのハッキング騒動について証言した。
そして翌6日には、クラッパーやロジャーズらがニューヨークのトランプ・タワーを訪れ、これまでロシアの関与を否定する発言を繰り広げてきたトランプに、2時間に渡ってロシアのサイバー攻撃についてブリーフィングを行った。情報機関のトップが就任間際の次期大統領を諭しに行くなど前代未聞のことだ。
この会談後、国家情報長官室はロシアの攻撃について、25ページにわたる報告書を一般に公表した。ただこの報告書は機密情報が含まれないもので、オバマ大統領やトランプに提出された報告書と比べると、半分以上の情報は削除されているという。
公表された報告書には、「われわれはプーチン大統領が米大統領選に影響を与えるべくキャンペーン(作戦)を命じたと判断している」と書かれ、プーチンの関与を断言している。「さらにプーチンとロシア政府がトランプ次期大統領への明確に支持していると判断する。われわれはこの判断に相当な自信をもっている」
するとそれまでロシアの関与を頑なに否定してきたトランプはトーンダウンし、「ロシアや中国、ほかの国々、国外の集団などが政府系機関やビジネス、民主党全国委員会を含めた組織のサイバーインフラを絶えず打ち破ろうとしている」と、ロシアのサイバー攻撃を認める声明を発表した。
公表された報告書では、ロシアがサイバー攻撃を行ったという根拠が多少示されている。例えば、ロシア軍参謀本部情報総局(GRU)は「グーシファー2.0」と名乗るハッカーなどを使って、内部告発サイトのウィキリークスなどで情報を暴露したと書かれている。米情報機関はこの「グーシファー2.0」はロシア人の可能性が高いと見ている。
ただ報告書以外にも、ロシア犯行説の根拠となる情報はある。米ワシントン・ポスト紙は、ロシア政府高官らがトランプ勝利を讃え合うデジタル通信を傍受し、その中で高官らが関与をほのめかしていたと報じている。また「グーシファー2.0」が暴露したファイルのメタデータ(ファイルなどについている通信記録)にロシアの関与を示すものがあったり、民主党全国委員会に送りつけられた不正メールのデータにロシア政府との繋がりが見られたことが、指摘されている。
【参考記事】インターポールでサイバー犯罪を追う、日本屈指のハッカー
ただ今回の大統領選に限らず、ロシアはこれまでにほかにもサイバー作戦を繰り広げてきたことは専門家らの間ではよく知られている。周辺国のエストニアやジョージア、ウクライナなどへも大規模なサイバー攻撃を仕掛けてきており、米大統領選に介入しようとしても何ら不思議ではない。ロシアは、知的財産や軍備情報などを盗もうとする中国とは違い、サイバー攻撃の裏に政治的な動機が見える。国内外で摩擦が生じた際にサイバー攻撃を駆使する手口はいつものことだ。最近でも、トルコのシリア国境付近でロシア戦闘機がトルコ軍に撃墜される事件があったが、その後トルコが大規模なサイバー攻撃に見舞われている。
最近では、「トロール(荒らし、または釣りの意)」作戦も話題になっている。これは、偽の情報をばらまくキャンペーンで、実際に、米化学工場の爆破事件や、感染症の拡大といった偽ニュースを、手の込んだビデオやSNS、ツイッターなどを駆使して拡散し、さも本当であるかのように見せ、混乱を起こそうというものだ。またネットに親ロシアのコメントやポストをアップするキャンペーンも組織的に行っている。
とにかく、今回の大統領選を見るまでもなく、ロシアは十分にサイバー空間で暗躍している。今後もそれが止むことはないだろう。
トランプ大統領の正式な誕生まで2週間ほどだが、トランプがこうしたサイバー問題にどう取り組むのか、世界のサイバーセキュリティ関係者が注視している。
【執筆者】
山田敏弘
国際ジャーナリスト。講談社、ロイター通信社、ニューズウィーク日本版などで勤務後、米マサチューセッツ工科大学(MIT)で国際情勢の研究・取材活動に従事。訳書に『黒いワールドカップ』(講談社)など、著書に『モンスター 暗躍する次のアルカイダ』(中央公論新社)、『ハリウッド検視ファイル トーマス野口の遺言』(新潮社)。現在、「クーリエ・ジャポン」や「ITメディア・ビジネスオンライン」などで国際情勢の連載をもち、月刊誌や週刊誌などでも取材・執筆活動を行っている。フジテレビ「ホウドウキョク」では国際ニュース解説を担当。
山田敏弘(ジャーナリスト)