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中国潜水艦マレーシアに初寄港──対米戦略に楔(くさび)、日本にも影響

ニューズウィーク日本版 2017年1月12日 13時0分

 中国海軍の潜水艦「長城」が潜水艦救難艦「長興島」を伴って1月3日、マレーシアのボルネオ島サバ州コタキナバルに入港したことが明らかになった。「長城」は通常型潜水艦だが中国の潜水艦がマレーシアに寄港するのは初めて。6日間の寄港目的は「補給と乗組員の休養」だとしている。

 このニュースを最初に報じた米ウォール・ストリート・ジャーナル電子版は「今回の潜水艦寄港はこの地域のパワーバランスの変化を示すものだ」と位置づけた。完全な隠密行動が鉄則の潜水艦の行動が明らかになる場合は「なんらかの理由・意図が必ずある」(海上自衛隊関係者)ことから、中国海軍ひいては中国政府が特定の意図をもってマレーシアに寄港し、それが報道されることも想定していた、と考えるのが自然だ。

 では、中国は今回の寄港で国際社会に何を伝えたかったのか。

米大統領就任直前の行動

 中国国防省は7日、共産党機関紙「人民日報」系の新聞「環球時報」に対し「長城」は「アフリカ東部ソマリア沖や中東アデン湾での護衛任務を終えて帰国途中にマレーシアに寄港した」と事実関係を認めた。

 ソマリア沖の護衛活動には日本も海上自衛隊の艦艇や哨戒機を派遣しているが、目的は民間船舶を海賊やテロ組織の攻撃から守ることである。海賊やテロ組織は大型武装船舶ではなく、小型の改造漁船やゴムボートクラスの高速小型舟艇で大型タンカーや商船を狙ってくるのが常で、中国が主張するように潜水艦で対処できる相手ではない。

 インド海軍も「海賊対策に潜水艦は不適当」と中国側の説明に不信感を募らせており、「長城」はアフリカ沖でインド洋の調査・偵察活動を行うことを任務にしていたとの疑念を深めている。

 さらに今回寄港したボルネオ島は中国が一方的に「九段線」なる境界を設定して自国の権益を主張している海域に接続している。さらにオランダ・ハーグの仲裁裁判所の裁定で「中国の主張に法的根拠はない」と断定されながらも領有権を周辺国と争っている南沙諸島(スプラトリー諸島)を擁する「南シナ海の南端」に近いという地理的要所でもある。

 つまり、中国はインド洋から南シナ海まで広大な海域を「潜水艦が活動する範囲」であり、公海上とはいえ同海域を通過する外国の民間船舶さらに海軍艦艇、そして潜水艦もすべて「我々は監視していますよ」ということを言いたかったようだ。

【参考記事】中国空母が太平洋に──トランプ大統領の誕生と中国海軍の行動の活発化

 海自の潜水艦専門家によれば、「南シナ海には米海軍の潜水艦をはじめ海軍艦艇が「航行の自由作戦」と称して遊弋(ゆうよく)している。その現状に楔(くさび)を打ち込むのが目的ではないか」と、この専門家は言う。特にドナルド・トランプの米大統領就任を直前にしたアメリカの、権力の間隙を狙った可能性を指摘する。



米海軍への挑発と警告

 さらに12月25日からは中国海軍初の空母「遼寧」が九州南端から沖縄、南西諸島、フィリピンを結ぶ第一列島線を越えて太平洋に進出、その後南シナ海を航行、海南島を経由しながら艦載機の離発着訓練を繰り返し、年明けの1月11日には台湾海峡を通過するなどの「示威行動」を続けていた。

【参考記事】トランプは「台湾カード」を使うのか?

 空母「遼寧」と潜水艦「長城」の動きは「当然深くリンクしている」(中国ウォッチャー)。通常空母が行動する場合は対空、対潜戦闘能力が不十分なことから、周囲を警戒する駆逐艦や潜水艦を同伴するのが通常だからだ。

 こうしてみると、今回の潜水艦「長城」の行動と寄港は「インド洋」「南シナ海」という二つの海域でインド海軍、米海軍に対する「挑発と警告」という意味が込められていたとみるのが妥当だという。

米・ASEAN関係は日本にも影響

 さらにもう一つ見逃せないのが、寄港したのがマレーシアの港湾であるという点だ。マレーシアは南シナ海で中国と領有権争いを抱えるフィリピン、ベトナムとともに東南アジア諸国連合(ASEAN)の加盟国である。しかし、マレーシアのナジブ首相は自らの不正蓄財問題で米政府から厳しい対応を求められている。このため昨年10月末に訪中して習近平国家主席と首脳会談に臨み、多額の経済援助を受けて南シナ海問題では中国の側につくなど急速な親中国化の道を歩んでいる。

【参考記事】中国、次は第二列島線!――遼寧の台湾一周もその一環
【参考記事】マレーシア、南シナ海めぐり対中国戦略を見直しへ

 今回の寄港は安全保障面、軍事面でもマレーシアがさらに中国寄りになったことを内外に印象付ける結果となった。ASEANはもともと親中国であるカンボジアやラオスに加え、昨年来の中国による「経済援助攻勢」が功を奏してベトナム、マレーシア、フィリピンまでが親中国あるいは「中国の理解国」へと舵を切っている。

 空母、潜水艦による示威行動やASEAN加盟国の個別切り崩しの背景には、トランプ次期大統領の外交、安全保障政策の不透明さをにらんだ中国の戦略がある。

 日本はこうした流れに遅れまいと安倍晋三首相が12日からフィリピン、オーストラリア、インドネシア、ベトナムを訪問する。しかし、訪問先の各国で米政府の立場を代弁するような言動に終始すれば、「アジア太平洋地域の連携強化」という所期の目的は果たせず、ASEANの米国離れに伴う日本離れを促進し、その結果としての親中国化に歯止めをかけることは難しくなるだろう。
 
[執筆者]
大塚智彦(インドネシア在住ジャーナリスト)
PanAsiaNews所属 1957年東京生まれ。国学院大学文学部史学科卒、米ジョージワシントン大学大学院宗教学科中退。1984年毎日新聞社入社、長野支局、東京外信部防衛庁担当などを経てジャカルタ支局長。2000年産経新聞社入社、シンガポール支局長、社会部防衛省担当などを歴任。2014年からPan Asia News所属のフリーランス記者として東南アジアをフィールドに取材活動を続ける。著書に「アジアの中の自衛隊」(東洋経済新報社)、「民主国家への道、ジャカルタ報道2000日」(小学館)など

大塚智彦(PanAsiaNews)

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