<トランプ米政権誕生は中国外交に不利か、習近平の夢「超長期政権」は実現するか、政府は難題「人民元流出」を止められるか、日中関係は"低め安定"を歓迎するべきか――2017年の中国を占う> (写真は習近平総書記、2013年撮影)
米大統領選でまさかのトランプ氏が勝利、英国のEU離脱決議など2016年は多くの海外ニュースが話題となった。中国でも南シナ海問題における国際仲裁裁判所の判決、台湾に蔡英文政権が誕生、THAADミサイル(高高度防衛ミサイル)配備決定に伴う中韓関係の悪化、例年以上の深刻な大気汚染など多くのトピックが生まれている。
新たな1年を迎えた今、2017年の中国は何が焦点となるのか、4つの観点から占ってみたい。
(1)トランプ米政権誕生は中国外交に不利か
中国外交にとっても最大の注目点、そして最大の不安要因となるのがトランプ米大統領の誕生だ。選挙戦時の公約通り、中国製品に関税をかけるのか、為替操作国と認定するのかなど不安要因は多い。またトランプ大統領が当選後に蔡英文総統と電話会談を行ったことも中国に大きな衝撃を与えた。
為替操作国の認定にせよ、「一つの中国」原則にせよ、中国にとっては譲歩は難しい。とりわけ今年は5年に1度の中国共産党党大会が開催される年ということもあり、習近平総書記は弱腰批判を避けたいところ。メンツの張り合いとなれば、最悪の場合は貿易戦争にまでなりかねない。現時点では中国政府は強い反発は見せていないが、まずは様子見といったところだろうか。
【参考記事】トランプ政権誕生で2017年は貿易摩擦再来の年になる?
一方でトランプ政権の誕生は中国にとって追い風との見方もある。米国は長年にわたり人権問題で中国を批判してきたが、実利優先のトランプ政権下ではその追及は弱まる可能性が高い。米国と並び批判の急先鋒だった欧州でも、中国の人権問題に対する批判は力を失っている。国際的な批判が弱まれば、言論統制や少数民族問題で中国政府は行動の自由度が高まり、統治にとってはプラスになるという分析だ。
中国に対する圧力の低下はすでに香港にも波紋を広げている。昨年末には香港議会で就任宣誓時に暴言を吐き正しい手順を踏襲しなかったとされる新任議員2人が罷免された。その引き金を引いたのは中国の全国人民代表大会での香港基本法解釈の決議だ。中国での決議によって香港の議員が罷免される、一国二制度の根幹を揺るがす大事件だが、国際社会の反応は鈍い。内政面に関して国際社会の圧力が弱まった今、中国はかつてないフリーハンドの力を有している。
【参考記事】中国人はトランプ米大統領誕生の意味をまだわかっていない
(2)習近平の夢「超長期政権」は実現するか
国内政治に目を向けると、なんといっても注目は秋に開催される5年に1度の中国共産党党大会、「十九大」(中国共産党第19回全国代表大会)だ。2期目となる習近平体制の最高指導陣、中国共産党中央政治局常務委員のメンバーが発表される場所となる。
中国政治ウォッチャーのブロガー、水彩画氏は「王岐山が留任するかどうか、これが焦点です」と断言する。習近平の右腕として知られる王岐山・中国共産党中央紀律検査委員会書記は現在69歳。党大会時点で68歳以上の者は引退するという「七上八下」の慣行に従えば、留任はありえない。しかし、「七上八下」はあくまで慣行、暗黙のルールであり、明文化された規定ではない。今の習近平総書記の権力ならばルールを変更させることは十分に可能だという。
「もし王が留任すれば、それは習近平体制の3期目にゴーサインが出たと理解するべきでしょう。2022年の党大会時点で習近平総書記の年齢は69歳。今の王氏と同じです」と水彩画氏。
日本への亡命状態にある中国人風刺漫画家の辣椒(ラージャオ)氏も「習近平は反汚職運動で多くの政敵を追い落としました。もしトップの地位を手放せば今度は自分が標的になるかもしれませんし、その時は死刑すらありうるかもしれません。その恐怖から権力の座を手放さないでしょう。長期政権を築くのは確実だと考えています」と指摘する。
毛沢東以来の権威を得たとされる習近平総書記が長期政権を築くのかどうか、今秋明らかになる。
(3)政府は難題「人民元流出」を止められるか
2012年秋の習近平体制発足後、中国経済は毎年のように大事件に見舞われてきた。2013年にはシャドーバンキング問題、2014年には過剰生産能力、2015年には株価急落、2016年には人民元流出......。毎年の難題をさばいてきた経済運営の手腕を讃えるべきか、モグラ叩きのように一つの問題を押さえ込んでも次の問題へとつながる中国経済の不安定さを懸念するべきなのかは悩ましい。
それでも経済成長率は高水準をキープし、2016年も6.5%の目標を達成している。今年も難題を抱えつつも、一定レベルの成長を実現するだろう。
さて、今年の難題はなんなのかが気になるところ。現時点では昨年から続く人民元流出が熱い。
中国の中央銀行である中国人民銀行が1月7日に発表した統計では、2016年末の外貨準備高は前年比3198億ドル減の3兆105億ドルと発表された。2015年も5126億ドルのマイナスだっただけに、2年累計で8000億ドルを超える大幅減となった。3兆ドルという大台割り込みも近い。
もう一つの大台が人民元レートだ。9日時点のレートは1ドル=6.9375元。2013年には1ドル=5元台が見えるところにまで迫ったが、その後は下落が続きもはや7元台突入が秒読みとなっている。
外貨準備の減少は中国当局による為替介入が要因だ。当局はさらに予想外の介入手段も持ち出している。
第一に香港のオフショア人民元市場への介入だ。5日のHIBOR(香港銀行間取引金利)は中国国有銀行による人民元供給がしぼられたために前日の16.9%から38.3%に急上昇。これに伴い元の対ドルレートも反騰した。元売りを続ける投機筋への牽制との見方が有力だ。
第二に中国国民に対する牽制球だ。3日、外国為替管理局が発表した通達は一般国民による「ありの引っ越し式外貨流出」を狙い撃ちする内容となった。
中国では外貨への交換はいまだに自由化されておらず、1人当たり年5万ドルまでという規定がある。通達は「不動産購入や金融商品購入を目的とした両替は認められていない。違反者はブラックリストに載せて以後の両替を禁止することもありうる」という内容。せっせとえさを運ぶありのように、ちまちまと個人で両替して資産防衛を図っていた一般国民の動きを封じようというわけだ。
ちなみに5日夜に電子通貨ビットコインの価格が急落したが、これは人民元反騰の影響を受けたもの。中国では資産防衛策としてビットコインを買う動きが広がっていたが、人民元の反騰を受け、ビットコインを売って人民元を買い戻そうとする動きが広がった。
現在、ビットコインの取引は90%が中国人によって占められているという。中国政府は貪欲に先端技術の取り込みを図っているため、ビットコインにはほとんど規制をかけていなかった。そのため手軽な外貨投資としてビットコインの人気が高まったというのだ。
しかし、11日に中国人民銀行はビットコインの大手取引所に対する捜査を開始したことを発表した。全面的な取引禁止にはいたらないとみられるが、高頻度の取引やレバレッジなどの投機的行為が禁止される可能性が高い。この措置がビットコインの価格にどう影響するのかが注目だ。
(4)日中関係は"低め安定"を歓迎するべきか
最後に日中関係について考えてみたい。習近平政権と安倍政権は同じく2012年に誕生した。その後の日中関係はというと、2013年末の安倍首相による靖国神社参拝で最悪の状況となったが、その後は"低め安定"を続けている。
「日中国交正常化45周年を迎えた2017年こそ大々的な日中関係改善を実現するべき」との声もあるが、「変なことにならなければ今のままでいい」という意見も少なくない。
先日、中国に駐在する日本人ビジネスマンを取材したが、「チャイナリスクと言いますが、実は日本政府リスクです。日本側が何もしなければ、とりあえず今の環境でのビジネスは続けられるので」と話していた。
確かに韓国を見ても、2015年には朴槿惠大統領が中国の閲兵式で天安門の上に立つという大サービスを見せるほど蜜月の中韓関係だったが、2016年にはTHAADミサイル配備という決定ひとつで一気に関係が悪化してしまった。
トランプ新政権が誕生する米国という変数もあり、低め安定の日中関係が続けられるか、安倍政権の手腕が問われそうだ。
[筆者]
高口康太
ジャーナリスト、翻訳家。1976年生まれ。千葉大学人文社会科学研究科(博士課程)単位取得退学。独自の切り口から中国・新興国を論じるニュースサイト「KINBRICKS NOW」を運営。著書に『なぜ、習近平は激怒したのか――人気漫画家が亡命した理由』(祥伝社)。
高口康太(ジャーナリスト、翻訳家)
米大統領選でまさかのトランプ氏が勝利、英国のEU離脱決議など2016年は多くの海外ニュースが話題となった。中国でも南シナ海問題における国際仲裁裁判所の判決、台湾に蔡英文政権が誕生、THAADミサイル(高高度防衛ミサイル)配備決定に伴う中韓関係の悪化、例年以上の深刻な大気汚染など多くのトピックが生まれている。
新たな1年を迎えた今、2017年の中国は何が焦点となるのか、4つの観点から占ってみたい。
(1)トランプ米政権誕生は中国外交に不利か
中国外交にとっても最大の注目点、そして最大の不安要因となるのがトランプ米大統領の誕生だ。選挙戦時の公約通り、中国製品に関税をかけるのか、為替操作国と認定するのかなど不安要因は多い。またトランプ大統領が当選後に蔡英文総統と電話会談を行ったことも中国に大きな衝撃を与えた。
為替操作国の認定にせよ、「一つの中国」原則にせよ、中国にとっては譲歩は難しい。とりわけ今年は5年に1度の中国共産党党大会が開催される年ということもあり、習近平総書記は弱腰批判を避けたいところ。メンツの張り合いとなれば、最悪の場合は貿易戦争にまでなりかねない。現時点では中国政府は強い反発は見せていないが、まずは様子見といったところだろうか。
【参考記事】トランプ政権誕生で2017年は貿易摩擦再来の年になる?
一方でトランプ政権の誕生は中国にとって追い風との見方もある。米国は長年にわたり人権問題で中国を批判してきたが、実利優先のトランプ政権下ではその追及は弱まる可能性が高い。米国と並び批判の急先鋒だった欧州でも、中国の人権問題に対する批判は力を失っている。国際的な批判が弱まれば、言論統制や少数民族問題で中国政府は行動の自由度が高まり、統治にとってはプラスになるという分析だ。
中国に対する圧力の低下はすでに香港にも波紋を広げている。昨年末には香港議会で就任宣誓時に暴言を吐き正しい手順を踏襲しなかったとされる新任議員2人が罷免された。その引き金を引いたのは中国の全国人民代表大会での香港基本法解釈の決議だ。中国での決議によって香港の議員が罷免される、一国二制度の根幹を揺るがす大事件だが、国際社会の反応は鈍い。内政面に関して国際社会の圧力が弱まった今、中国はかつてないフリーハンドの力を有している。
【参考記事】中国人はトランプ米大統領誕生の意味をまだわかっていない
(2)習近平の夢「超長期政権」は実現するか
国内政治に目を向けると、なんといっても注目は秋に開催される5年に1度の中国共産党党大会、「十九大」(中国共産党第19回全国代表大会)だ。2期目となる習近平体制の最高指導陣、中国共産党中央政治局常務委員のメンバーが発表される場所となる。
中国政治ウォッチャーのブロガー、水彩画氏は「王岐山が留任するかどうか、これが焦点です」と断言する。習近平の右腕として知られる王岐山・中国共産党中央紀律検査委員会書記は現在69歳。党大会時点で68歳以上の者は引退するという「七上八下」の慣行に従えば、留任はありえない。しかし、「七上八下」はあくまで慣行、暗黙のルールであり、明文化された規定ではない。今の習近平総書記の権力ならばルールを変更させることは十分に可能だという。
「もし王が留任すれば、それは習近平体制の3期目にゴーサインが出たと理解するべきでしょう。2022年の党大会時点で習近平総書記の年齢は69歳。今の王氏と同じです」と水彩画氏。
日本への亡命状態にある中国人風刺漫画家の辣椒(ラージャオ)氏も「習近平は反汚職運動で多くの政敵を追い落としました。もしトップの地位を手放せば今度は自分が標的になるかもしれませんし、その時は死刑すらありうるかもしれません。その恐怖から権力の座を手放さないでしょう。長期政権を築くのは確実だと考えています」と指摘する。
毛沢東以来の権威を得たとされる習近平総書記が長期政権を築くのかどうか、今秋明らかになる。
(3)政府は難題「人民元流出」を止められるか
2012年秋の習近平体制発足後、中国経済は毎年のように大事件に見舞われてきた。2013年にはシャドーバンキング問題、2014年には過剰生産能力、2015年には株価急落、2016年には人民元流出......。毎年の難題をさばいてきた経済運営の手腕を讃えるべきか、モグラ叩きのように一つの問題を押さえ込んでも次の問題へとつながる中国経済の不安定さを懸念するべきなのかは悩ましい。
それでも経済成長率は高水準をキープし、2016年も6.5%の目標を達成している。今年も難題を抱えつつも、一定レベルの成長を実現するだろう。
さて、今年の難題はなんなのかが気になるところ。現時点では昨年から続く人民元流出が熱い。
中国の中央銀行である中国人民銀行が1月7日に発表した統計では、2016年末の外貨準備高は前年比3198億ドル減の3兆105億ドルと発表された。2015年も5126億ドルのマイナスだっただけに、2年累計で8000億ドルを超える大幅減となった。3兆ドルという大台割り込みも近い。
もう一つの大台が人民元レートだ。9日時点のレートは1ドル=6.9375元。2013年には1ドル=5元台が見えるところにまで迫ったが、その後は下落が続きもはや7元台突入が秒読みとなっている。
外貨準備の減少は中国当局による為替介入が要因だ。当局はさらに予想外の介入手段も持ち出している。
第一に香港のオフショア人民元市場への介入だ。5日のHIBOR(香港銀行間取引金利)は中国国有銀行による人民元供給がしぼられたために前日の16.9%から38.3%に急上昇。これに伴い元の対ドルレートも反騰した。元売りを続ける投機筋への牽制との見方が有力だ。
第二に中国国民に対する牽制球だ。3日、外国為替管理局が発表した通達は一般国民による「ありの引っ越し式外貨流出」を狙い撃ちする内容となった。
中国では外貨への交換はいまだに自由化されておらず、1人当たり年5万ドルまでという規定がある。通達は「不動産購入や金融商品購入を目的とした両替は認められていない。違反者はブラックリストに載せて以後の両替を禁止することもありうる」という内容。せっせとえさを運ぶありのように、ちまちまと個人で両替して資産防衛を図っていた一般国民の動きを封じようというわけだ。
ちなみに5日夜に電子通貨ビットコインの価格が急落したが、これは人民元反騰の影響を受けたもの。中国では資産防衛策としてビットコインを買う動きが広がっていたが、人民元の反騰を受け、ビットコインを売って人民元を買い戻そうとする動きが広がった。
現在、ビットコインの取引は90%が中国人によって占められているという。中国政府は貪欲に先端技術の取り込みを図っているため、ビットコインにはほとんど規制をかけていなかった。そのため手軽な外貨投資としてビットコインの人気が高まったというのだ。
しかし、11日に中国人民銀行はビットコインの大手取引所に対する捜査を開始したことを発表した。全面的な取引禁止にはいたらないとみられるが、高頻度の取引やレバレッジなどの投機的行為が禁止される可能性が高い。この措置がビットコインの価格にどう影響するのかが注目だ。
(4)日中関係は"低め安定"を歓迎するべきか
最後に日中関係について考えてみたい。習近平政権と安倍政権は同じく2012年に誕生した。その後の日中関係はというと、2013年末の安倍首相による靖国神社参拝で最悪の状況となったが、その後は"低め安定"を続けている。
「日中国交正常化45周年を迎えた2017年こそ大々的な日中関係改善を実現するべき」との声もあるが、「変なことにならなければ今のままでいい」という意見も少なくない。
先日、中国に駐在する日本人ビジネスマンを取材したが、「チャイナリスクと言いますが、実は日本政府リスクです。日本側が何もしなければ、とりあえず今の環境でのビジネスは続けられるので」と話していた。
確かに韓国を見ても、2015年には朴槿惠大統領が中国の閲兵式で天安門の上に立つという大サービスを見せるほど蜜月の中韓関係だったが、2016年にはTHAADミサイル配備という決定ひとつで一気に関係が悪化してしまった。
トランプ新政権が誕生する米国という変数もあり、低め安定の日中関係が続けられるか、安倍政権の手腕が問われそうだ。
[筆者]
高口康太
ジャーナリスト、翻訳家。1976年生まれ。千葉大学人文社会科学研究科(博士課程)単位取得退学。独自の切り口から中国・新興国を論じるニュースサイト「KINBRICKS NOW」を運営。著書に『なぜ、習近平は激怒したのか――人気漫画家が亡命した理由』(祥伝社)。
高口康太(ジャーナリスト、翻訳家)