<エクソンモービルのCEOから次期米国務長官に転じる対中強硬派のティラーソンは、中国には南シナ海の人工島へのアクセスを認めるべきではないと米議会で証言した。本気なら米軍が中国海軍と対峙することになりかねないが、真意は?>
トランプ次期政権の国務長官になるレックス・ティラーソンは、南シナ海のために中国と戦争でもする気なのだろうか。もちろん、中国に甘い顔を見せるような軟弱な人間だったら、世界最大の石油メジャー、エクソンモービルのCEOにはなれなかっただろう。2008年、エクソンがベトナム沖で行っていたガス田開発を中国政府が中止させようとしたときも、エクソンは従わなかった。BPやシェブロン、コノコフィリップスなど他の石油大手は中国の圧力に屈したのに、エクソンは今でも、中国が領有権を主張している海域で、ベトナム政府の認可を盾に操業を続けている。
ティラーソンは米国務長官としても、アメリカのために同じことをしてくれるのだろうか? 先週水曜のティラーソンはまさにそう考えているように見えた。南シナ海南部のスプラトリー諸島(南沙諸島)で中国が建設した7つの人工島に中国のアクセスさせない人工島封鎖案を示したのだ。
【参考記事】中国空母が太平洋に──トランプ大統領の誕生と中国海軍の行動の活発化
米中衝突のリスクも辞さず
米上院の指名承認公聴会で、より強硬な対中政策をとるつもりかと聞かれて、ティラーソンはアメリカは中国にはっきりと意思表示すべきだと言った。第一に、人工島の建設継続は認められないこと、第二に、それらの島に近付くことも許さないということだ。驚いてあんぐり口を開いた対アジア政策専門家たちの顎が床に届きそうだった。
アメリカが南シナ海の島々への中国のアクセスを阻止する唯一の方法は、米軍艦を派遣して力の行使に備えることだ。7つの小さな人工島のために、ティラーソンは本当に米中の武力衝突に発展しかねない賭けに出るつもりなのか。
専門家の大半は、ティラーソンの失言を疑う。強硬発言が出たときには、証言は5時間も続いていた。数分前には、南シナ海経由の貿易額は一日に5兆ドルだと言い違えた。正しくは、「年間」5兆ドルだ。誰にでも間違いはあるものだ。だが、もし失言でなかったらどうなるのか。
【参考記事】ロシア通の石油メジャーCEOがトランプの国務長官になったら外交止まる?
米CSIS(戦略国際問題研究所)のアジア海洋透明性イニシアチブが公開した衛星写真によると、中国のほか台湾、ベトナム、フィリピン、マレーシア、マレーシア、ブルネイが領有権を主張する南沙諸島では、中国の人工島建設は既に止まっている。
だが、最終的には中国は南沙諸島の北西に位置するスカボロー礁にもう一つの巨大な基地を作るつもりではないかと疑う専門家もいる。スカボロー礁は、フィリピンに米軍基地があった1990年代前半までフィリピンの管理下にあったが、2012年4月からは中国船が睨みをきかせている。ジョン・マケイン米上院議員(共和党)は、中国が南シナ海トライアングルの第3の拠点としてスカボロー礁を実効支配し埋め立てるつもりだと確信している。南沙諸島とパラセル諸島(西沙諸島)に作った前哨基地と3角形を構成するスカボロー礁を手に入れれば、南シナ海という戦略的に重要な海域を容易に支配することができる。
【参考記事】中国、次は第二列島線!――遼寧の台湾一周もその一環
米政府は昨年前半、中国に、スカボロー礁の埋め立ては武力を使ってでも阻止する用意があるとはっきり伝えたらしいといわれる。米艦船や航空機を南シナ海に派遣するとともにフィリピンの軍事基地にも待機させて本気度を示したという。だとすれば、ティラーソンはその政策を継続し、スカボロー礁へのアクセスを禁じることで基地建設を止ようとしたのかもしれない。
だがおそらくティラーソンは、既にある7つの人工島すべてを指していた可能性が強い。アメリカ海軍大学校のジェームズ・クラスカ教授(国際法)の米下院軍事委員会での証言によると、封鎖に法的な問題ないという。彼の意見では、人工島を軍事拠点化する中国に対しアメリカは法的な対抗措置をとることができるし、むしろやるべきだという。中国に海洋法条約と国際慣習法を守らせるためだ。
「力による平和」必要
国際法を守るということは即ち、昨年6月に出た仲裁裁判所の判決に従わせるということだ。判決では、中国が南シナ海に主張する領有権に根拠はないとした。だとすれば中国は南シナ海で船の往来を管理したり、水産資源や鉱物資源を支配することはできなくなる。中国の大きな基地がある南沙諸島のリード堆から遠くない地点でフィリピンが資源を採取することにも同意しなければならないし、インドネシアのナツナ諸島近くで暴れている中国漁船も取り締まらなければならなくなる。何より、南シナ海での米海軍艦の航行の自由や情報収集を妨げることはできなくなる。
人工島封鎖作戦は、これまでトランプ陣営が明らかにしてきた対中戦略ともつじつまが合う。昨年11月、トランプの政策アドバイザーを務めたアレキサンダー・グレイ(海軍の専門家)とピーター・ナバロ(トランプの国家通商会議トップに就任予定)が連名で米紙「フォーリン・ポリシー」に寄稿し、アジア外交には「力による平和」が必要だと訴えた。トランプの上級顧問(安全保障担当)を務めるジェームズ・ウールジー元CIA長官は、「アジアの現状を力ずくでは変えようとしないと中国が約束すれば、アメリカは中国の政治・社会システムを受け入れ、それを妨害するようなまねは一切しないと保証する」用意があると示唆した。ここでいう「現状を尊重する」という考え方には、中国が「新たな岩礁の埋め立てや軍事拠点化を進めようとしない」という意味も含まれるだろう。
長年にわたり、ジョン・マケインやダン・サリバンなど共和党の上院議員は米政府に対し、単に中国の動きに反応するのでなく、もっと南シナ海における主導権を握るよう求めてきた。まさにそうした姿勢で臨む時が来たのだと、ティラーソンは合図したのかもしれない。中国による挑発行動を待つまでもなく、アメリカが南シナ海における中国の増長を止め、同地域の隅々まで国連海洋条約を受け入れさせるよう中国に圧力をかける可能性が出てきた。
ただしアメリカが細心の注意で何が起きているのか説明しない限り、中国はその意図を察してくれないだろう。それは世界の大半の国も同じだ。アメリカが考慮すべきリスクは多い。中国は相手が威嚇してきたと主張し、軍事衝突を挑発するかもしれない。戦艦が撃沈され、犠牲者が出れば、危機が貿易や国際社会のあらゆる政策に波及するだろう。南シナ海の情勢に詳しい米ホフストラ大学法学部のジュリアン・クー教授は、人工島封鎖は合法的かもしれないが、「米中戦争の幕開けになる」と見ている。
アメリカの威信を懸けて
アメリカには別のリスクもある。東南アジアにおけるアメリカの同盟国や友好国からの支持を失いかねないことだ。どの国も軍事衝突を望んでいない。平和の下で発展を遂げるためにも、米中両国には足並みを揃えてもらう必要がある。東南アジア諸国の大半は、中国の海洋進出に対抗できるアメリカの強い軍事プレゼンスを求めているが、だからといってどちらかの味方につくよう強要されたくもない。アメリカが偽善国家に映るリスクもある。アメリカはこれまで「航行の自由」作戦を行ってきたが、封鎖はそれと正反対の作戦になるからだ。
常に消えないリスクもある。海軍力が世界中でまばらに広がり、政治的な理由で各国政府が港や物流拠点へのアクセス許可を渋るなか、アメリカが中国海軍の総力に対抗する軍事行動を決行するのは難しい。いったん封鎖を宣言して失敗すれば、超大国としてのアメリカの威信に取り返しのつかない傷がつく。米海軍司令官は最近、中国海軍を「濡れた紙袋を破れないほど弱小」だと示唆した。だが、中国海洋研究所のライル・ゴールドスタインなど他の専門家は、中国の対艦弾道ミサイルの攻撃能力が増強していると長年警告し続けている。もし米中とも相手に「勝てる」と思い込めば、軍事衝突の危険性が一層高まる。
中国政府は今のところ、ティラーソンの公聴会での発言を静観している。中国外務省の報道官は記者会見で、「見解の不一致を認めるだけでなく、互いの利益と合意にも触れた」ティラーソンの主張には一部で賛同できると述べた。トランプ政権が発足してしばらくの間、中国は「様子見」の立場を貫く模様だ。中国共産党機関紙「人民日報」の国際版である「環球時報」は13日、論説記事でこう警告した。「南シナ海の人工島を封鎖するならアメリカは大規模な戦争も覚悟すべきだ」
中国は2008年、エクソンモービルがベトナムとの間で結んだ南シナ海での採掘作業を進めれば「今後の中国での活動に悪影響をもたらす」と警告した。だがエクソンは、中国が狙っていたロシアのサハリン沖のガス開発事業まで力づくで奪い取った。ティラーソンは図太い神経で中国の脅しを「はったり」と切り捨て、勝利をもぎとった。彼はあれを再びやってのけるつもりだろうか?
From Foreign Policy Magazine
ビル・ヘイトン
トランプ次期政権の国務長官になるレックス・ティラーソンは、南シナ海のために中国と戦争でもする気なのだろうか。もちろん、中国に甘い顔を見せるような軟弱な人間だったら、世界最大の石油メジャー、エクソンモービルのCEOにはなれなかっただろう。2008年、エクソンがベトナム沖で行っていたガス田開発を中国政府が中止させようとしたときも、エクソンは従わなかった。BPやシェブロン、コノコフィリップスなど他の石油大手は中国の圧力に屈したのに、エクソンは今でも、中国が領有権を主張している海域で、ベトナム政府の認可を盾に操業を続けている。
ティラーソンは米国務長官としても、アメリカのために同じことをしてくれるのだろうか? 先週水曜のティラーソンはまさにそう考えているように見えた。南シナ海南部のスプラトリー諸島(南沙諸島)で中国が建設した7つの人工島に中国のアクセスさせない人工島封鎖案を示したのだ。
【参考記事】中国空母が太平洋に──トランプ大統領の誕生と中国海軍の行動の活発化
米中衝突のリスクも辞さず
米上院の指名承認公聴会で、より強硬な対中政策をとるつもりかと聞かれて、ティラーソンはアメリカは中国にはっきりと意思表示すべきだと言った。第一に、人工島の建設継続は認められないこと、第二に、それらの島に近付くことも許さないということだ。驚いてあんぐり口を開いた対アジア政策専門家たちの顎が床に届きそうだった。
アメリカが南シナ海の島々への中国のアクセスを阻止する唯一の方法は、米軍艦を派遣して力の行使に備えることだ。7つの小さな人工島のために、ティラーソンは本当に米中の武力衝突に発展しかねない賭けに出るつもりなのか。
専門家の大半は、ティラーソンの失言を疑う。強硬発言が出たときには、証言は5時間も続いていた。数分前には、南シナ海経由の貿易額は一日に5兆ドルだと言い違えた。正しくは、「年間」5兆ドルだ。誰にでも間違いはあるものだ。だが、もし失言でなかったらどうなるのか。
【参考記事】ロシア通の石油メジャーCEOがトランプの国務長官になったら外交止まる?
米CSIS(戦略国際問題研究所)のアジア海洋透明性イニシアチブが公開した衛星写真によると、中国のほか台湾、ベトナム、フィリピン、マレーシア、マレーシア、ブルネイが領有権を主張する南沙諸島では、中国の人工島建設は既に止まっている。
だが、最終的には中国は南沙諸島の北西に位置するスカボロー礁にもう一つの巨大な基地を作るつもりではないかと疑う専門家もいる。スカボロー礁は、フィリピンに米軍基地があった1990年代前半までフィリピンの管理下にあったが、2012年4月からは中国船が睨みをきかせている。ジョン・マケイン米上院議員(共和党)は、中国が南シナ海トライアングルの第3の拠点としてスカボロー礁を実効支配し埋め立てるつもりだと確信している。南沙諸島とパラセル諸島(西沙諸島)に作った前哨基地と3角形を構成するスカボロー礁を手に入れれば、南シナ海という戦略的に重要な海域を容易に支配することができる。
【参考記事】中国、次は第二列島線!――遼寧の台湾一周もその一環
米政府は昨年前半、中国に、スカボロー礁の埋め立ては武力を使ってでも阻止する用意があるとはっきり伝えたらしいといわれる。米艦船や航空機を南シナ海に派遣するとともにフィリピンの軍事基地にも待機させて本気度を示したという。だとすれば、ティラーソンはその政策を継続し、スカボロー礁へのアクセスを禁じることで基地建設を止ようとしたのかもしれない。
だがおそらくティラーソンは、既にある7つの人工島すべてを指していた可能性が強い。アメリカ海軍大学校のジェームズ・クラスカ教授(国際法)の米下院軍事委員会での証言によると、封鎖に法的な問題ないという。彼の意見では、人工島を軍事拠点化する中国に対しアメリカは法的な対抗措置をとることができるし、むしろやるべきだという。中国に海洋法条約と国際慣習法を守らせるためだ。
「力による平和」必要
国際法を守るということは即ち、昨年6月に出た仲裁裁判所の判決に従わせるということだ。判決では、中国が南シナ海に主張する領有権に根拠はないとした。だとすれば中国は南シナ海で船の往来を管理したり、水産資源や鉱物資源を支配することはできなくなる。中国の大きな基地がある南沙諸島のリード堆から遠くない地点でフィリピンが資源を採取することにも同意しなければならないし、インドネシアのナツナ諸島近くで暴れている中国漁船も取り締まらなければならなくなる。何より、南シナ海での米海軍艦の航行の自由や情報収集を妨げることはできなくなる。
人工島封鎖作戦は、これまでトランプ陣営が明らかにしてきた対中戦略ともつじつまが合う。昨年11月、トランプの政策アドバイザーを務めたアレキサンダー・グレイ(海軍の専門家)とピーター・ナバロ(トランプの国家通商会議トップに就任予定)が連名で米紙「フォーリン・ポリシー」に寄稿し、アジア外交には「力による平和」が必要だと訴えた。トランプの上級顧問(安全保障担当)を務めるジェームズ・ウールジー元CIA長官は、「アジアの現状を力ずくでは変えようとしないと中国が約束すれば、アメリカは中国の政治・社会システムを受け入れ、それを妨害するようなまねは一切しないと保証する」用意があると示唆した。ここでいう「現状を尊重する」という考え方には、中国が「新たな岩礁の埋め立てや軍事拠点化を進めようとしない」という意味も含まれるだろう。
長年にわたり、ジョン・マケインやダン・サリバンなど共和党の上院議員は米政府に対し、単に中国の動きに反応するのでなく、もっと南シナ海における主導権を握るよう求めてきた。まさにそうした姿勢で臨む時が来たのだと、ティラーソンは合図したのかもしれない。中国による挑発行動を待つまでもなく、アメリカが南シナ海における中国の増長を止め、同地域の隅々まで国連海洋条約を受け入れさせるよう中国に圧力をかける可能性が出てきた。
ただしアメリカが細心の注意で何が起きているのか説明しない限り、中国はその意図を察してくれないだろう。それは世界の大半の国も同じだ。アメリカが考慮すべきリスクは多い。中国は相手が威嚇してきたと主張し、軍事衝突を挑発するかもしれない。戦艦が撃沈され、犠牲者が出れば、危機が貿易や国際社会のあらゆる政策に波及するだろう。南シナ海の情勢に詳しい米ホフストラ大学法学部のジュリアン・クー教授は、人工島封鎖は合法的かもしれないが、「米中戦争の幕開けになる」と見ている。
アメリカの威信を懸けて
アメリカには別のリスクもある。東南アジアにおけるアメリカの同盟国や友好国からの支持を失いかねないことだ。どの国も軍事衝突を望んでいない。平和の下で発展を遂げるためにも、米中両国には足並みを揃えてもらう必要がある。東南アジア諸国の大半は、中国の海洋進出に対抗できるアメリカの強い軍事プレゼンスを求めているが、だからといってどちらかの味方につくよう強要されたくもない。アメリカが偽善国家に映るリスクもある。アメリカはこれまで「航行の自由」作戦を行ってきたが、封鎖はそれと正反対の作戦になるからだ。
常に消えないリスクもある。海軍力が世界中でまばらに広がり、政治的な理由で各国政府が港や物流拠点へのアクセス許可を渋るなか、アメリカが中国海軍の総力に対抗する軍事行動を決行するのは難しい。いったん封鎖を宣言して失敗すれば、超大国としてのアメリカの威信に取り返しのつかない傷がつく。米海軍司令官は最近、中国海軍を「濡れた紙袋を破れないほど弱小」だと示唆した。だが、中国海洋研究所のライル・ゴールドスタインなど他の専門家は、中国の対艦弾道ミサイルの攻撃能力が増強していると長年警告し続けている。もし米中とも相手に「勝てる」と思い込めば、軍事衝突の危険性が一層高まる。
中国政府は今のところ、ティラーソンの公聴会での発言を静観している。中国外務省の報道官は記者会見で、「見解の不一致を認めるだけでなく、互いの利益と合意にも触れた」ティラーソンの主張には一部で賛同できると述べた。トランプ政権が発足してしばらくの間、中国は「様子見」の立場を貫く模様だ。中国共産党機関紙「人民日報」の国際版である「環球時報」は13日、論説記事でこう警告した。「南シナ海の人工島を封鎖するならアメリカは大規模な戦争も覚悟すべきだ」
中国は2008年、エクソンモービルがベトナムとの間で結んだ南シナ海での採掘作業を進めれば「今後の中国での活動に悪影響をもたらす」と警告した。だがエクソンは、中国が狙っていたロシアのサハリン沖のガス開発事業まで力づくで奪い取った。ティラーソンは図太い神経で中国の脅しを「はったり」と切り捨て、勝利をもぎとった。彼はあれを再びやってのけるつもりだろうか?
From Foreign Policy Magazine
ビル・ヘイトン