<頼りなげなEUが秘める意外な潜在力を、日本外交が利用しない手はない>
今年の世界は、実業家感覚で世界を再編しようとするトランプ次期米政権次第だ。その犠牲にならぬよう、アメリカから一歩離れて日本が連携を強化する場合、EUはどれだけ重要なパートナーとなり得るだろうか。
確かにこの頃のEUは波乱の種が尽きない。国民投票や選挙、移民問題やテロだけでない。ロシアはフランスやハンガリーなどの反EU勢力に手を伸ばしており、昨年11月のブルガリア大統領選挙では社会党(旧共産党)候補が勝利した。トランプ当選の原動力となったアメリカの右翼メディアサイト・ブライトバートはイギリスに続き、今月にはフランスとドイツに進出を計画。極右化の波はEUにも押し寄せる。
日本では、EUというと国家の上にそびえ、不要な戦争を阻止する、新世紀の国家の在り方を形作るものと仰ぎ見る人がいる。ただEUの実態はそれには及ばない脆弱なものだ。EUに「国家の上にそびえる」統治者など存在しない。EUを統治する欧州委員会、理事会、中央銀行、議会を全部かき集めても、軍、警察、財政の権限は加盟各国に握られている。欧州委員会が権限を持つ域内の経済政策にしても、新たな法・規則を作る場合には、加盟各国の関連省庁間調整から始まり、ブリュッセルでの各国代表間の延々とした会議の末、ようやく決まるのだ。
【参考記事】欧州の命運を握る重大選挙がめじろ押し
民主主義、自由、平等
それでもEUというメカニズムがあることで、各国の政治家や官僚は顔見知り。問題が起きるとすぐ電話で相手をファーストネームで呼び合い、収拾策を決めてしまう。あるときはEUの名で、またあるときはドイツやフランスといった国の立場から世界に影響力を行使する、変幻自在の一大勢力と思えばいい。
EU全体のGDPは16兆ドル強 (世界全体の22%)。国連では英仏の2カ国が安全保障理事会の常任理事国の座を占め、米中ロ間のキャスチングボートを握る。G7では実に4カ国がEU加盟国だ。EUと日本の間では、いくつかのテーマについて擦り合わせが有用だ。
1つはトランプが安全保障面で同盟国により大きな負担を求めている点だ。例えばドイツのメルケル首相は、現在GDP比1・2%の国防費を20年には2%と大幅に引き上げる構えを示す。
もう1つは、トランプの保護主義的傾向への対応だ。EUはこれまで、アメリカとも日本ともFTA締結を渋ってきた。ここにきて、日本とFTAを早期に結ぶことで、アメリカの保護主義を抑えようとする機運も現れた。
昨今、グーグルなど米巨大IT企業が、無人運転車やロボットのような製造業の世界に参入。モノづくり立国ドイツなどは警戒心を強め、「インダストリー4・0」(工場設備等をセンサーや人工知能で効率的に稼働させるもの)の掛け声で対抗しようとしている。ここにも日欧協力の種は転がっている。
日本とEUは、中ロ両国に対する姿勢を異にしてきたが、最近はこの点も修正されてきた。EU諸国は中国市場において、これまで日本の競争相手だった。だが中国が最近外資を締め出す一方で、EU諸国の最先端企業を買いあさっていることに怒りを募らせている。日本とEUは中国をめぐって互いに出し抜くだけでなく、共同して中国に物申すべき時期にある。
【参考記事】トランプごときの指示は受けない──EU首脳が誇り高く反論
さらにEUはロシアに対して、ウクライナ問題で制裁措置を取るなどこわもてに対応してきたが、腐敗したウクライナの支援に本腰を入れる気は元からない。トランプがロシアと仲直りする構えを見せる今、EUは対ロ協力に舵を切りたくて仕方ない。日本とEUは共同歩調を取れる。
昨年11月、ドイツのメルケル首相は、当選直後のトランプに電話でこう言った。「民主主義、自由、人権の尊重という共通の価値観に依拠するのであれば、緊密に協力する用意がある」
民主主義、自由、平等。この価値観はヨーロッパが本家だが、日本が戦後築き上げた社会を貫く原則でもある。自由を守る日独枢軸――これも悪くない。
[2017.1.17号掲載]
河東哲夫(本誌コラムニスト)
今年の世界は、実業家感覚で世界を再編しようとするトランプ次期米政権次第だ。その犠牲にならぬよう、アメリカから一歩離れて日本が連携を強化する場合、EUはどれだけ重要なパートナーとなり得るだろうか。
確かにこの頃のEUは波乱の種が尽きない。国民投票や選挙、移民問題やテロだけでない。ロシアはフランスやハンガリーなどの反EU勢力に手を伸ばしており、昨年11月のブルガリア大統領選挙では社会党(旧共産党)候補が勝利した。トランプ当選の原動力となったアメリカの右翼メディアサイト・ブライトバートはイギリスに続き、今月にはフランスとドイツに進出を計画。極右化の波はEUにも押し寄せる。
日本では、EUというと国家の上にそびえ、不要な戦争を阻止する、新世紀の国家の在り方を形作るものと仰ぎ見る人がいる。ただEUの実態はそれには及ばない脆弱なものだ。EUに「国家の上にそびえる」統治者など存在しない。EUを統治する欧州委員会、理事会、中央銀行、議会を全部かき集めても、軍、警察、財政の権限は加盟各国に握られている。欧州委員会が権限を持つ域内の経済政策にしても、新たな法・規則を作る場合には、加盟各国の関連省庁間調整から始まり、ブリュッセルでの各国代表間の延々とした会議の末、ようやく決まるのだ。
【参考記事】欧州の命運を握る重大選挙がめじろ押し
民主主義、自由、平等
それでもEUというメカニズムがあることで、各国の政治家や官僚は顔見知り。問題が起きるとすぐ電話で相手をファーストネームで呼び合い、収拾策を決めてしまう。あるときはEUの名で、またあるときはドイツやフランスといった国の立場から世界に影響力を行使する、変幻自在の一大勢力と思えばいい。
EU全体のGDPは16兆ドル強 (世界全体の22%)。国連では英仏の2カ国が安全保障理事会の常任理事国の座を占め、米中ロ間のキャスチングボートを握る。G7では実に4カ国がEU加盟国だ。EUと日本の間では、いくつかのテーマについて擦り合わせが有用だ。
1つはトランプが安全保障面で同盟国により大きな負担を求めている点だ。例えばドイツのメルケル首相は、現在GDP比1・2%の国防費を20年には2%と大幅に引き上げる構えを示す。
もう1つは、トランプの保護主義的傾向への対応だ。EUはこれまで、アメリカとも日本ともFTA締結を渋ってきた。ここにきて、日本とFTAを早期に結ぶことで、アメリカの保護主義を抑えようとする機運も現れた。
昨今、グーグルなど米巨大IT企業が、無人運転車やロボットのような製造業の世界に参入。モノづくり立国ドイツなどは警戒心を強め、「インダストリー4・0」(工場設備等をセンサーや人工知能で効率的に稼働させるもの)の掛け声で対抗しようとしている。ここにも日欧協力の種は転がっている。
日本とEUは、中ロ両国に対する姿勢を異にしてきたが、最近はこの点も修正されてきた。EU諸国は中国市場において、これまで日本の競争相手だった。だが中国が最近外資を締め出す一方で、EU諸国の最先端企業を買いあさっていることに怒りを募らせている。日本とEUは中国をめぐって互いに出し抜くだけでなく、共同して中国に物申すべき時期にある。
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さらにEUはロシアに対して、ウクライナ問題で制裁措置を取るなどこわもてに対応してきたが、腐敗したウクライナの支援に本腰を入れる気は元からない。トランプがロシアと仲直りする構えを見せる今、EUは対ロ協力に舵を切りたくて仕方ない。日本とEUは共同歩調を取れる。
昨年11月、ドイツのメルケル首相は、当選直後のトランプに電話でこう言った。「民主主義、自由、人権の尊重という共通の価値観に依拠するのであれば、緊密に協力する用意がある」
民主主義、自由、平等。この価値観はヨーロッパが本家だが、日本が戦後築き上げた社会を貫く原則でもある。自由を守る日独枢軸――これも悪くない。
[2017.1.17号掲載]
河東哲夫(本誌コラムニスト)