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トランプ新政権で方向転換を迫られるアベノミクス - 冷泉彰彦 プリンストン発 日本/アメリカ 新時代

ニューズウィーク日本版 2017年1月17日 17時40分

<国内産業の空洞化阻止と保護貿易の主張を明確にしているトランプ新政権が、今後「円高ドル安」を促す可能性は高い。成長戦略の成果が出せないアベノミクスは方向転換を迫られている>

 第2次安倍政権の経済政策「アベノミクス」が始まってから、ほぼ丸4年という年月が経過しました。この間、黒田総裁率いる日銀は目標インフレ率2%を達成するために流動性供給を継続してきました。また、その結果としての円安が実現し、株価も上昇しました。しかし肝心のインフレ目標は達成できていません。

 そんな中、アベノミクスの評価をきちんと見定める時期に来ていると思います。どうしてインフレ率が目標に届かないのか、どうして景況感が好転しないのか、これらの理由について考察するということです。私はこの間、日本株が上昇することで、国内消費にプラスになる面はあるだろうし、少なくとも株が下がるよりは「まし」という考えから、アベノミクスを否定をする必要は感じていませんでした。

 ですが、ここまで続けても「景気が戻らない」となれば、ちょっと「おかしい」ということになります。円安で輸出企業には有利な条件が続き、株高も続いているのに「どうして?」なのか、と考えざるを得ません。例えば、少子高齢化という厳しい事実がある以上は、日本の市場収縮は不可避であり、従って国内経済も収縮不可避、だから個々人は生活防衛のために消費を躊躇するという「解説」もありますが、現在の状況は、それだけでは説明がつかないように思います。

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 一つの鍵は、「円安と株高」がどうして連動しているのかという問題です。70年代に国際的に為替の固定相場制が崩壊して以来、円高は輸出立国をしている日本には不利であり、反対に円安は有利だという条件反射的な反応があります。ですが、現在の円安と株高の関係はこれと異なります。もっとダイレクトに円安イコール株高、円高イコール株安になっているのです。

 また、これだけ円安が続いているのに、国内の輸出産業がよみがえったという話はあまり聞きません。さらに言えば、80年代以降「円高を嫌って」多くの日本企業が海外現地生産を進めてきましたが、これだけ円安が続いてもそれが戻ってくる気配はありません。

 その根底にあるのは、日本の企業が進めている「特殊な空洞化」です。例えば、自動車産業が良い例です。今回の「就任前のトランプ次期大統領による批判」に対して、トヨタが「1兆円をアメリカに投資する」と発表しましたが、これは単にアメリカでの生産を増強するという意味ではありません。



 例えばカローラのような廉価な製品はメキシコで安く作る方針なので、アメリカでは「R&D(研究開発)」やデザイン開発などの機能、それからレクサス・ブランドで売るような高付加価値製品の製造を拡大するということです。レクサスに関して言えば、従来はすべて愛知の田原工場を中心とした日本での製造だったのが、近年は主力車種のES(旧日本名ウィンダム)なども米国製へと切り替わっています。

 ホンダにいたっては、もっと現地生産を徹底させていて、国内生産の輸出比率はパーセントで1ケタというのが現状です。何が特殊なのかというと、アメリカなどがやっているように付加価値の低い大量生産部門を空洞化させるだけではなく、日本の場合は高付加価値部門や頭脳労働の部分を先進国に出してしまうという、いわば「上方へ抜けていく空洞化」が起きているのです。

 では、どうして円安と株高が連動するのかというと、トヨタ株というのはNY市場では超一流の証明である「TM」という2文字のシンボルで取引されています。基本的にNY市場で価格が決定されますが、世界中で24時間取引されています。その株価は円安になれば円で見れば膨張するし、円高になれば円で見れば下がる、それだけのことです。そして、北米市場という巨大なマーケットで稼いだカネは、今回の「1兆円投資」に見られるように、北米に再投資されるのです。

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 問題は、円安がこの「上への空洞化」を後押ししているという点です。自動車などの多国籍企業の場合は、日本の国内本社というのは、いわば持株会社になっています。そして生産も研究開発も「稼ぐ」機能は流出してしまっています。結果として、円安になれば海外で稼いだ利益は「円で見れば大きく」なるのです。反対に国内にある本社の機能がどんどん細って、海外中心の経営、つまりドルを基軸通貨にした経営にシフトした場合も、非効率な国内事務部門のコストは円安になれば小さくなります。

 また、現在トヨタがウーバー社との協業を模索しているように、自動車産業にとっては自動運転などAI技術の導入が大きなテーマになっています。ですが、こうした種類の人材のコストは国際市場で決定するので、円安になって国際水準より安く抑えられた日本の賃金体系には馴染みません。ですから、そうした最先端の人材は国外に置いておいた方が「何かとうまくいく」ということもあるでしょう。

 つまり、過度の円安は「稼ぐ部門」や「高度な研究開発部門」を国外に流出させる「日本特有のの上への空洞化」を後押ししているのだと言えます。ここにアベノミクスの「第一の矢(金融緩和)」だけが機能して「第三の矢(成長戦略)」すなわち国内の構造改革が動かない問題の原因があります。第三の矢に時間がかかるので、第一の矢を頑張っている、という説明は誤りであり、第一の矢だけやっていたら、いつまでも第三の矢は放たれないということになります。そして、第三の矢、つまり国内が高付加価値創造型の社会に転換するという改革ができなければ、いつまでも景況感は好転しないでしょう。

 この構図にこそ「目標インフレ率」が未達成になる原因があると考えられます。円安政策はそろそろ見直す時期なのです。



 さて、今週20日にアメリカではトランプ政権が発足します。この新政権とアベノミクスの相性はどうかというと、これは良くないと考えられます。まず、当選以来ずっと「トランプ相場」が続く中で、「強いドルと安い円」が続いてきたわけです。共和党政権でしかもビジネス・フレンドリーな政権ならば「強いドル志向」だという市場の思惑の結果ですが、これは本来のトランプ政権の性格とは違います。

 トランプ氏は徹底して空洞化に反対し、保護貿易を主張し、そして「中国や日本の為替操作を許さない」という発言をしてきています。ということは、どこかの時点で円高ドル安への転換を促すメッセージを出す可能性は高いだろうと考えられます。

 同時にトランプ氏は、「分厚い製造業の雇用を回復するが、同時に高度な研究開発でも世界の最先端を走り続ける。両者がアメリカ経済を牽引する」という主張もしています。アメリカのリーダーとしては、理解できる発言ですが、例えば日本の自動車産業ということで言えば、トランプ氏の政策に迎合すれば、何もかもが北米に吸い寄せられて日本国内には軽自動車の工場以外は何も残らないということになりかねません。

 過度の円安は方向転換をして、「上への空洞化」をストップする、その上で国益をむき出しにしてくるトランプ政権に対して、何が自分たちの本当の国益なのかを考えて、是々非々で臨むということが必要でしょう。そのためにも、丸4年を迎えるアベノミクスは方向転換の必要があると思います。第一の矢を少し引っ込めて、第三の矢に真剣に取り組む時期に来ています。

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