<ドナルド・トランプを筆頭に、世界で右派のポピュリスト政治家が台頭している背景には、自由主義経済と格差拡大に置き去りにされ、自分の人生の決定権さえ奪われた人々がいる。つまり、経済面の民主主義を奪われた人々だ。筆者はOECD中の32カ国の雇用環境や社会保障など労働者の自己決定権がどこまで保障されているかを「経済民主主義指数」として数値化した>
昨年、世界はブレグジットやドナルド・トランプに翻弄され、コスモポリタンな社会やグローバル化の実現が一気に後退した。今年大きな脅威になりそうなのが、オランダのヘルト・ウィルダースやフランスのマリーヌ・ルペンに代表される右派のポピュリストたちの台頭だ。すでに不寛容や外国人排斥(ゼノフォビア)、経済の保護主義が育ちつつある。
世の中には、「労働時間の定めがない」雇用契約が氾濫している。米タクシー配車サービスのウーバーやイギリスの出前サービスDeliveroo、「ギグ・エコノミー(単発あるいは日雇いの仕事をベースとした経済)」などがいい例だ。そんな経済環境のなかで、割が良く、家計を安定して支えられる仕事にありつけるかどうかが、グローバル化による勝者と敗者の分かれ道になる。ブレグジットやトランプの勝利を後押しした有権者のデータを掘り下げると、イギリス南部のサウス・ウェールズや同北東部のタインサイド、フランス北部のノールパドカレー、米オハイオ州やミシガン州にまで、衰退したかつての工業地帯で経済的に置き去りにされた人々と重なるのが分かる。
工場の閉鎖や、移民の雇用、海外への雇用流出など、多くの人が経済面の不安を抱えている。しかし自由を奉じるリベラルなエリートはそんなことにはお構いなしに自由貿易を支持し、企業を利するフレキシブルな雇用体系や規制緩和を支持するなど、困っている人々を嘲笑うかのように振る舞う。有権者はそんなエリートに愛想を尽かし、政治的経済的に欠陥だらけだが単純明快な主張を打ち出す「アウトサイダー」のポピュリストに票を託した。
自由を重視するリベラルな民主主義が直面するこうした政治的危機については既に様々な意見が出ているが、それは「経済民主主義」と密接につながっている。経済活動に関する決定権を社会で広く分散し、人々が自らの人生に主導権を持って金銭的な安定を確保できるかを測る指標だ。筆者はこれまで、国による経済民主主義の度合いを比較分析するプロジェクトに携わってきた。そこから浮かび上がった結果は、世界の現状を反映すると同時に、今後の方向性を占うのに大きなヒントになる。
経済民主主義指数
我々は、OECD(経済協力開発機構)加盟国のうちトルコやメキシコを除く32カ国を対象に、独自に開発した「経済民主主義指数」を算出した。
重視した調査項目は3つある。1つは「職場および労働者の権利」。2つ目は「経済に関する決定権の分配」。これには金融セクターの強さや徴税権の中央集権化の度合いまで様々な項目が含まれる。3つ目は「マクロ経済政策における決定権の透明性と民主化度」。腐敗、説明責任、中央銀行の透明性、政策決定の過程に社会の多様な構成員(ステークホルダー)が関与しているかどうかも、調査の対象だ。
目を見張るのは、同じ資本主義でもより社会主義的な色合いが濃い北欧の国々と、自由な市場を重視するアングロ・アメリカン(英米系)の国々との間にみられる違いだ。上位にいる北欧の国々では総じてセーフティーネットが手厚く、労働者の権利が守られ、経済活動に関する決定に人々が民主的に参加する仕組みが整っている。それに対して英語圏の国では規制緩和が進み、富が一部に集中して経済の民主化の程度が劣っている。アメリカの順位は特に低く、最下位のスロバキアに続くワースト2。イギリスも32カ国中25位と振るわない(編集部注:日本は最下位から4番目だ)。
興味深いのは、フランスが8位と比較的上位に食い込んだ点だ。労働者の保護が手厚く、従業員が経営判断に参加できる度合いが高いなど社会主義的な側面が強いということだ。経済的な民主化度は高いので、長年フランスで極右が一定の勢力を保っているのは経済より人種問題が原因だろう。
とはいえ、仏大統領選の主流派候補であるフランソワ・フィヨン元首相とエマニュエル・マクロン前経財相は2人とも、労働者保護の規制緩和に取り組む構えだ。規制はしばしば、フランスの雇用創出のブレーキになっていると批判されてきた。オランダも同じだ。もし両国が今後、新自由主義的な労働市場改革を推進し続ければ、労働者階級の有権者をルペンやウィルダースに追いやる恐れがある。
もう1つ、経済民主主義指数で目を引くのは、同じような経済統治を行っているオーストリア(3位)とドイツ(16位)に大きな差が生じた点だ。ドイツの順位が低いのは、労働市場が不安定になり、社会保障の水準が低くなったからだ。とりわけ1990年代に始まった改革の流れを受けて失業者の失業給付金や給付期間を大幅に削減する2005年の労働市場改革(ハルツ改革)が施行されてからは、非正規労働者に対する保障が悪化した。
社会主義からの移行期にある東欧の経済は、やはり民主化度が低い。例外はスロベニアだ。共産主義や旧ユーゴスラビア解体後の紛争から比較的影響を受けず民主主義体制に移行できたのに加え、労働組合や協同組合が活発に続いている点も高得点につながったようだ。
貧困と格差
外国人排斥を掲げる政策と、市民による経済活動への参加やエンパワーメントの水準には相関関係がありそうだ。フランスのような例外はあるにせよ、そう裏付ける証拠をこの指数は示している。調査では、国内の貧困や格差が大きいほど、経済民主主義指数が低下することが明らかになった。
アングロ・アメリカンの社会を見ればわかる。「労働組合叩き」や「フレキシブルな雇用形態を支持する政策」を推し進めた結果、社会保障が削減され雇用不安が増大、貧困層の増加と格差の拡大を招き、移民排斥などの動機を作る。ノルウェーやデンマーク、アイスランドのような経済の民主化で上位につける国々の方が、アメリカとイギリスと比べて格段に貧困率が低い。
もちろん極右のポピュリズムは、北欧を含め至る所で勢いづいているが、極右台頭の大きな背景は、ここに陥るまでの過程で、安定した収入や労働者の権利は削られ、労働組合や協同組合は骨抜きにされ、経済に関する決定は金融・政治・企業のエリートたちが牛耳ってきたことだ。ブレグジットやトランプ現象、東欧で見られる極右勢力への大衆の傾倒ぶりは、そうした流れを汲んでいる。
今後の時間軸で何が起きるか予測するため、我々はこれからも国ごとの指数を監視していく予定だ。なかでも注目は、経済民主主義や貧困率と人々の投票パターンの相関関係が、今後数年でどう変化するかだ。リベラルな経済民主主義が直面する危機をめぐり、打開策を探し求めている人にとっても、この指数は有効な指標になるだろう。
Andrew Cumbers, Professor of Regional Political Economy, University of Glasgow
This article was originally published on The Conversation. Read the original article.
アンドリュー・カンバース(英グラスゴー大学教授)
昨年、世界はブレグジットやドナルド・トランプに翻弄され、コスモポリタンな社会やグローバル化の実現が一気に後退した。今年大きな脅威になりそうなのが、オランダのヘルト・ウィルダースやフランスのマリーヌ・ルペンに代表される右派のポピュリストたちの台頭だ。すでに不寛容や外国人排斥(ゼノフォビア)、経済の保護主義が育ちつつある。
世の中には、「労働時間の定めがない」雇用契約が氾濫している。米タクシー配車サービスのウーバーやイギリスの出前サービスDeliveroo、「ギグ・エコノミー(単発あるいは日雇いの仕事をベースとした経済)」などがいい例だ。そんな経済環境のなかで、割が良く、家計を安定して支えられる仕事にありつけるかどうかが、グローバル化による勝者と敗者の分かれ道になる。ブレグジットやトランプの勝利を後押しした有権者のデータを掘り下げると、イギリス南部のサウス・ウェールズや同北東部のタインサイド、フランス北部のノールパドカレー、米オハイオ州やミシガン州にまで、衰退したかつての工業地帯で経済的に置き去りにされた人々と重なるのが分かる。
工場の閉鎖や、移民の雇用、海外への雇用流出など、多くの人が経済面の不安を抱えている。しかし自由を奉じるリベラルなエリートはそんなことにはお構いなしに自由貿易を支持し、企業を利するフレキシブルな雇用体系や規制緩和を支持するなど、困っている人々を嘲笑うかのように振る舞う。有権者はそんなエリートに愛想を尽かし、政治的経済的に欠陥だらけだが単純明快な主張を打ち出す「アウトサイダー」のポピュリストに票を託した。
自由を重視するリベラルな民主主義が直面するこうした政治的危機については既に様々な意見が出ているが、それは「経済民主主義」と密接につながっている。経済活動に関する決定権を社会で広く分散し、人々が自らの人生に主導権を持って金銭的な安定を確保できるかを測る指標だ。筆者はこれまで、国による経済民主主義の度合いを比較分析するプロジェクトに携わってきた。そこから浮かび上がった結果は、世界の現状を反映すると同時に、今後の方向性を占うのに大きなヒントになる。
経済民主主義指数
我々は、OECD(経済協力開発機構)加盟国のうちトルコやメキシコを除く32カ国を対象に、独自に開発した「経済民主主義指数」を算出した。
重視した調査項目は3つある。1つは「職場および労働者の権利」。2つ目は「経済に関する決定権の分配」。これには金融セクターの強さや徴税権の中央集権化の度合いまで様々な項目が含まれる。3つ目は「マクロ経済政策における決定権の透明性と民主化度」。腐敗、説明責任、中央銀行の透明性、政策決定の過程に社会の多様な構成員(ステークホルダー)が関与しているかどうかも、調査の対象だ。
目を見張るのは、同じ資本主義でもより社会主義的な色合いが濃い北欧の国々と、自由な市場を重視するアングロ・アメリカン(英米系)の国々との間にみられる違いだ。上位にいる北欧の国々では総じてセーフティーネットが手厚く、労働者の権利が守られ、経済活動に関する決定に人々が民主的に参加する仕組みが整っている。それに対して英語圏の国では規制緩和が進み、富が一部に集中して経済の民主化の程度が劣っている。アメリカの順位は特に低く、最下位のスロバキアに続くワースト2。イギリスも32カ国中25位と振るわない(編集部注:日本は最下位から4番目だ)。
興味深いのは、フランスが8位と比較的上位に食い込んだ点だ。労働者の保護が手厚く、従業員が経営判断に参加できる度合いが高いなど社会主義的な側面が強いということだ。経済的な民主化度は高いので、長年フランスで極右が一定の勢力を保っているのは経済より人種問題が原因だろう。
とはいえ、仏大統領選の主流派候補であるフランソワ・フィヨン元首相とエマニュエル・マクロン前経財相は2人とも、労働者保護の規制緩和に取り組む構えだ。規制はしばしば、フランスの雇用創出のブレーキになっていると批判されてきた。オランダも同じだ。もし両国が今後、新自由主義的な労働市場改革を推進し続ければ、労働者階級の有権者をルペンやウィルダースに追いやる恐れがある。
もう1つ、経済民主主義指数で目を引くのは、同じような経済統治を行っているオーストリア(3位)とドイツ(16位)に大きな差が生じた点だ。ドイツの順位が低いのは、労働市場が不安定になり、社会保障の水準が低くなったからだ。とりわけ1990年代に始まった改革の流れを受けて失業者の失業給付金や給付期間を大幅に削減する2005年の労働市場改革(ハルツ改革)が施行されてからは、非正規労働者に対する保障が悪化した。
社会主義からの移行期にある東欧の経済は、やはり民主化度が低い。例外はスロベニアだ。共産主義や旧ユーゴスラビア解体後の紛争から比較的影響を受けず民主主義体制に移行できたのに加え、労働組合や協同組合が活発に続いている点も高得点につながったようだ。
貧困と格差
外国人排斥を掲げる政策と、市民による経済活動への参加やエンパワーメントの水準には相関関係がありそうだ。フランスのような例外はあるにせよ、そう裏付ける証拠をこの指数は示している。調査では、国内の貧困や格差が大きいほど、経済民主主義指数が低下することが明らかになった。
アングロ・アメリカンの社会を見ればわかる。「労働組合叩き」や「フレキシブルな雇用形態を支持する政策」を推し進めた結果、社会保障が削減され雇用不安が増大、貧困層の増加と格差の拡大を招き、移民排斥などの動機を作る。ノルウェーやデンマーク、アイスランドのような経済の民主化で上位につける国々の方が、アメリカとイギリスと比べて格段に貧困率が低い。
もちろん極右のポピュリズムは、北欧を含め至る所で勢いづいているが、極右台頭の大きな背景は、ここに陥るまでの過程で、安定した収入や労働者の権利は削られ、労働組合や協同組合は骨抜きにされ、経済に関する決定は金融・政治・企業のエリートたちが牛耳ってきたことだ。ブレグジットやトランプ現象、東欧で見られる極右勢力への大衆の傾倒ぶりは、そうした流れを汲んでいる。
今後の時間軸で何が起きるか予測するため、我々はこれからも国ごとの指数を監視していく予定だ。なかでも注目は、経済民主主義や貧困率と人々の投票パターンの相関関係が、今後数年でどう変化するかだ。リベラルな経済民主主義が直面する危機をめぐり、打開策を探し求めている人にとっても、この指数は有効な指標になるだろう。
Andrew Cumbers, Professor of Regional Political Economy, University of Glasgow
This article was originally published on The Conversation. Read the original article.
アンドリュー・カンバース(英グラスゴー大学教授)