<20年間投資を怠った末の格差、インフラ不足、低い生産性──追いつめられたイギリスは市場原理主義から「大きめの政府」に宗旨替え>
イギリス政府は23日、待望の新産業戦略を発表した。もっとも目を引いたのは、国際競争力を向上させるためには政府がこれまでよりもっと積極的な役割を果たす必要があると認めた点。
【参考記事】メイ英首相が選んだ「EU単一市場」脱退──ハードブレグジットといういばらの道
国内のインフラや製造業に対する投資が少なすぎるという不満は、一部では長年くすぶっていた。だが「産業戦略」という言葉には、基幹産業の国有化で国が衰退した1960~1970年代に経験した混乱のイメージがいまだにつきまとう。福祉バラまきとゾンビ企業の救済に象徴される「英国病」の時代だ。
イギリス政府は、そうした後ろ向きの産業戦略のイメージを、民間の産業の繁栄を政府が後押しする正常なイメージに転換した。英国病を退治した1980年代以来の市場原理主義から「大きめの政府」へ、イデオロギー転換をしたともいえる。このことは、個々の政策よりはるかに重要だ。イギリスの現在のエスタブリッシュメント(既得権層)も、政府が経済への関与を強めるこうした産業戦略は時代の要請だと思っている。2008年の世界金融危機から生まれた嬉しい副産物だ。
【参考記事】ブレグジット後も、イギリスは核で大国の地位を守る
自由放任から政府介入へ
与党の保守党は、減税や規制緩和を万能薬とするこれまでの立場から、さらに一歩遠ざかることになる。新戦略は、イノベーションを起こすうえで政府が果たすべき役割について、シンクタンクや大学の専門家の注目が爆発的に高まる現状を反映したものだ。その原点ともいえる一冊は、2011年に出版されたマリアナ・マッツカートによる『起業家としての国家(英題:The Entrepreneurial State)』だ。
テリーザ・メイ首相の発表は、イギリスが直面する課題に対し驚くほど率直に明示した。だが問題の深刻さと比べると、その取り組みはまだ不十分だ。
まず、70年代の産業衰退をきっかけに、OECD加盟国中で最大になった地域間格差を解決しなければならない。ロンドンは労働者のスキルや利便性の高い金融サービスなどで世界をリードしているが、イングランド北部の地方都市はチェコ、ハンガリーなどの中欧諸国にに近い。過去20年、政府が労働者のスキルやインフラへの投資を怠ってきた結果だ。
【参考記事】不安なイギリスを導く似て非なる女性リーダー
労働生産性も低い。アメリカとフランスの労働者が4日で済ませる仕事がイギリスでは5日かかる。それに加えてブレグジット(イギリスのEU離脱)の衝撃でイギリスの通貨ポンドが下落し、輸入品の価格が急騰。EUの関税同盟と単一市場から撤退することで、EUとイギリスの間で関税が復活する可能性も出てきた。いわば「新・英国病」だ。産業政策を求める声はいよいよ切実なものになった。
インフラへの投資計画もまだまだ控えめだ。1960年代、補助金がまだ経営が傾いた企業に対するバラまきの手段になる前の産業戦略は、イギリスの高速道路や電気・ガスのインフラ網の整備に貢献した。
それが今、ロンドンと北部の都市間を時速225キロで走行する高速鉄道計画「HS2」を、予定通り2026年の開業までに完成させることもできない。その間に中国は、全長3万キロの高速鉄道を開通させる予定だ。イギリスで地下鉄が走っているのはロンドンとグラスゴーだけだから、今後10年間で国内の20都市に地下鉄を建設するぐらいの目標が、より妥当だろう。
英政府の分析は的を得ている。シンクタンクや大学の専門家の意見によく耳を傾け、イギリスの国際競争力が見劣りする原因がよくわかる。だが、もし本気でイギリスを変えるつもりなら、もっと高い目標を掲げるべきだ。
トム・フォレット(英シンクタンク「レス・プブリカ」の上級コンサルタント)
イギリス政府は23日、待望の新産業戦略を発表した。もっとも目を引いたのは、国際競争力を向上させるためには政府がこれまでよりもっと積極的な役割を果たす必要があると認めた点。
【参考記事】メイ英首相が選んだ「EU単一市場」脱退──ハードブレグジットといういばらの道
国内のインフラや製造業に対する投資が少なすぎるという不満は、一部では長年くすぶっていた。だが「産業戦略」という言葉には、基幹産業の国有化で国が衰退した1960~1970年代に経験した混乱のイメージがいまだにつきまとう。福祉バラまきとゾンビ企業の救済に象徴される「英国病」の時代だ。
イギリス政府は、そうした後ろ向きの産業戦略のイメージを、民間の産業の繁栄を政府が後押しする正常なイメージに転換した。英国病を退治した1980年代以来の市場原理主義から「大きめの政府」へ、イデオロギー転換をしたともいえる。このことは、個々の政策よりはるかに重要だ。イギリスの現在のエスタブリッシュメント(既得権層)も、政府が経済への関与を強めるこうした産業戦略は時代の要請だと思っている。2008年の世界金融危機から生まれた嬉しい副産物だ。
【参考記事】ブレグジット後も、イギリスは核で大国の地位を守る
自由放任から政府介入へ
与党の保守党は、減税や規制緩和を万能薬とするこれまでの立場から、さらに一歩遠ざかることになる。新戦略は、イノベーションを起こすうえで政府が果たすべき役割について、シンクタンクや大学の専門家の注目が爆発的に高まる現状を反映したものだ。その原点ともいえる一冊は、2011年に出版されたマリアナ・マッツカートによる『起業家としての国家(英題:The Entrepreneurial State)』だ。
テリーザ・メイ首相の発表は、イギリスが直面する課題に対し驚くほど率直に明示した。だが問題の深刻さと比べると、その取り組みはまだ不十分だ。
まず、70年代の産業衰退をきっかけに、OECD加盟国中で最大になった地域間格差を解決しなければならない。ロンドンは労働者のスキルや利便性の高い金融サービスなどで世界をリードしているが、イングランド北部の地方都市はチェコ、ハンガリーなどの中欧諸国にに近い。過去20年、政府が労働者のスキルやインフラへの投資を怠ってきた結果だ。
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労働生産性も低い。アメリカとフランスの労働者が4日で済ませる仕事がイギリスでは5日かかる。それに加えてブレグジット(イギリスのEU離脱)の衝撃でイギリスの通貨ポンドが下落し、輸入品の価格が急騰。EUの関税同盟と単一市場から撤退することで、EUとイギリスの間で関税が復活する可能性も出てきた。いわば「新・英国病」だ。産業政策を求める声はいよいよ切実なものになった。
インフラへの投資計画もまだまだ控えめだ。1960年代、補助金がまだ経営が傾いた企業に対するバラまきの手段になる前の産業戦略は、イギリスの高速道路や電気・ガスのインフラ網の整備に貢献した。
それが今、ロンドンと北部の都市間を時速225キロで走行する高速鉄道計画「HS2」を、予定通り2026年の開業までに完成させることもできない。その間に中国は、全長3万キロの高速鉄道を開通させる予定だ。イギリスで地下鉄が走っているのはロンドンとグラスゴーだけだから、今後10年間で国内の20都市に地下鉄を建設するぐらいの目標が、より妥当だろう。
英政府の分析は的を得ている。シンクタンクや大学の専門家の意見によく耳を傾け、イギリスの国際競争力が見劣りする原因がよくわかる。だが、もし本気でイギリスを変えるつもりなら、もっと高い目標を掲げるべきだ。
トム・フォレット(英シンクタンク「レス・プブリカ」の上級コンサルタント)