Infoseek 楽天

厳密にはまだ始まっていないトランプ政権 - 冷泉彰彦 プリンストン発 日本/アメリカ 新時代

ニューズウィーク日本版 2017年1月27日 17時0分

<大統領就任以降もツイートでメッセージの発信を続けて世界を振り回しているトランプだが、閣僚の承認も終わっていない現状では、まだ政府としては何もしていない状態>(写真:メディアやツイッターでメッセージを発信し続けるトランプだが)

 ドナルド・トランプ大統領のメッセージ発信が止まりません。「メキシコで自動車工場は建設するな」問題が一息ついたと思ったら、今度は「国境の壁を作る」とか「テロリストへの水責めを復活したい」など、選挙戦を通じて繰り出してきた「放言」を相変わらず続けています。

 そのたびに、アメリカのメディアだけでなく、世界が振り回されているわけですが、よく考えてみると、現在の状況は選挙期間中や、就任前の「個人の資格」で「ツイートでのメッセージ発信」をしていた状況と、あまり変わらないのです。確かに宣誓して大統領に就任しましたが、現在はまだ「正式に行政府を動かすにはいたっていない」からです。

【参考記事】ペニャニエトが「国境の壁」建設を阻止するための7つの切り札

 まず、閣僚が揃っていません。順に承認されていくとは思いますが、まだ時間がかかります。閣僚が就任していないということは、政権交代に伴って入れ替わる「政治任用」の作業も終わっていないということです。つまり、中央官庁の上級管理職については、まだ人事が固まっていないのです。

 アメリカの連邦政府では、主要なポストはすべて「政治任用」かと言うと、そうでもなく、中級以下の管理職・専門職にはオバマ時代から継続して官庁の中枢を担っている人々がいます。そうした人々と、政治任用された新任の上級管理職との間の情報共有や、方針の確認などもこれから始まると思います。これは、軍や諜報機関もそうです。

 現時点で、大統領が行っているのは「コメント」を発することと「大統領令」を発することだけです。基本的にアメリカの政治というのは、議会がつくる法律で動いていくものです。新しい議会はすでに動き出しており、大統領も就任しているのですが、主要法案について大統領と議会が議論していくという、「通常の政治」はまだ機能していません。

 その一方で、新大統領はメディアとの対立を深めるだけでなく、野党・民主党に対してもすでに「ケンカ腰」です。議会指導者のとの面談に際して「ヒラリー・クリントン氏の選挙不正」について何の証拠もないのに非難し、その後、こともあろうに「捜査開始を指示」するなど、完全に「衝突モード」になっています。この分では、新大統領に対して野党も含めた議会が「100日間は対決姿勢を控える」という「ハネムーン期間」は、今回はなくなりそうです。



 一方で、株式市場に目を転ずると、選挙結果が出た昨年の11月9日未明に「立派な勝利宣言」が行われたことを好感して始まった、トランプ相場が今でも続いています。その後は、いわゆる「ビジネス・フレンドリー政策」も市場から歓迎されているのですが、この「株高」についても、まだ何の洗礼も受けていません。つまり、何らかの理由で株価が大きく調整し、大統領がこれに対処するというような「政治が機能を発揮する」という局面はまだ起きていません。

 さらに言えば、外交や軍事に関して、外部環境が変化して緊急に対応する必要が出てくるような局面もまだありません。トランプ大統領が、様々な発言をして、そのこと自体が世界的には「リスク」や「ショック」になっていますが、そのトランプ大統領自身は「未経験の情勢変化に対応する」というリーダーとしての「現場」はまだ経験していないのです。

 これは、国内問題ということでもまったく同様です。巨大な自然災害が起きているわけでもないし、人種分断を誘発するような深刻な事件が起きているわけでもありません。ここでも、トランプ大統領の言動と、それに対する反発という形で、多くのデモや騒動が起きているのですが、大統領として「想定外」の状況に機敏に対処するとか、国民に対して真剣に呼びかけるような局面はまだありません。

 よく考えれば、現在のアメリカを取り巻く政治も経済も、そして社会も大変に平和なのです。平和というのが言い過ぎであるならば、とにかく、ここ数十年にないぐらい「落ち着いて」います。だからこそ、このような乱暴なメッセージ発信をする、あるいはそれが許される状況があります。

【参考記事】トランプが止めた中絶助成を肩代わりするオランダの「神対応」

 いずれにしても、法案について議会と対話する、外部環境や国内の変化に対処する、あるいは国民に対して直接語りかけて理解を求めるといった「本来の行政府の機能」はまだ発揮する機会はないし、同時にまだ行政府全体としてはその組織としての準備も終わっていないのです。

 もちろん、合衆国大統領の権力は強大で、その言動に関しては真剣に受け止められて当然です。ですが、現時点における大統領の言動に「過度に振り回される」必要はないとも言えます。もっと具体的に言えば、現在のメッセージ発信の多くは、「現実を変革するため」というよりも、「支持者の期待に応えるため」の内向きのパフォーマンスという解釈をまずするべきではないでしょうか。

 例えば、テロリストに対する「水責め」復活の検討というのは、そうすることでテロ容疑者に「テロの計画や仲間の所在など」の自白をさせることが可能になるとか、テロ容疑者が「米国を恐れる」などといった「効果」を期待しているのではないと思います。あくまで「水責めを中止したオバマの偽善に腹が立った」という支持者の感情論に「自分は今後も迎合しますよ」というポーズに過ぎないということです。こうしたトランプのやり方には距離を置いて冷静に見ていくことが必要だと思います。

この記事の関連ニュース