<ファイナンスとは何か。なぜ重要なのか。そしてM&Aの本質とは。『ビジネスの世界で戦うのならファイナンスから始めなさい。』シリーズ最終回>
今はさながら「ファイナンス」のプチ・ブーム。しかし、「実際にビジネスで『使える』ファイナンスの技術をもっているのはごく一部の人だけ。いま、ビジネスの世界では事業家(=ファイナンス人材)が圧倒的に不足している」と、正田圭氏は言う。
1986年に生まれ、15歳で起業。現在、M&Aの最前線で活躍する若き実務家である正田氏は、新刊『ビジネスの世界で戦うのならファイナンスから始めなさい。』(CCCメディアハウス)でまずファイナンスを定義づけし、その後、実際のM&A事案を紹介しながら、ファイナンスに関する考え方や技術をわかりやすく解説。数式を使わずに、ファイナンスの本質を明かしていく。
なぜファイナンスが重要なのか。それは、現代において企業の成長にはM&Aが不可欠であり、そのM&Aを支えているのがファイナンスの技術だからだと、正田氏は説明する。
ここでは本書から一部を抜粋し、4回に分けて掲載する。第4回は「第5章 M&Aとは何か」より。果たしてM&Aの本質とは?
『ビジネスの世界で戦うのならファイナンスから始めなさい。』
正田 圭 著
CCCメディアハウス
※第1回:「使えるファイナンス」をもつ人材が日本に足りない
※第2回:ファイナンスは教養、「物の値段」を考えること
※第3回:英語やプログラミングより「ファイナンス」を始めなさい
◇ ◇ ◇
企業のトップはなぜM&Aを行うのか
ここまでの話をまとめてみましょう。
・ファイナンスとはものの考え方(フレームワーク)である
・ファイナンスの醍醐味はM&A(会社に値段をつけること)にある
・ファイナンスの技術が発展したのは意外と最近である
・企業のトップが求めているのはファイナンス(M&A)を活用できる人材だ
では、企業のトップはなぜM&Aを行うのでしょうか。
先に、企業がM&Aを行うのは、競争優位性を維持するポジション争いのためだと説明しました。
でも、この説明だけだと、企業のトップがM&Aを行う理由の半分しか回答したことになりません。
なぜなら、ポジション争いをする理由とは、それを行わなければほかの企業に負けてしまうからという消極的なものだけで、企業のトップが積極的にM&Aを行う理由にはなっていないからです。
では、企業のトップがM&Aを行う最大の理由は何なのでしょうか?
一言で言うと、企業のトップがM&Aを行う理由は、自分の経営能力を証明するためです。
M&Aは、企業を丸ごと買ってくる行為です。これは、いわゆる国債や社債のように、金融商品を購入して満期を待つというようなものではありません。
M&Aをした翌日から、その会社を先陣切って経営していかなければなりません。M&Aをしたら買いっ放しというわけにはいかないのです。M&Aを行ったら、経営統合を行い、統合の相乗効果を狙い、企業を発展させていかなければならないのです。
リバーサイドというプライベートエクイティ・ファンドのCo-CEO(共同最高経営責任者)であるスチュワート・コール氏は、「M&Aは誰でもできる。しかし、M&Aの成功は誰にでもできるわけではない」と述べています。
そもそも、上場企業と上場企業のM&Aは、買い手側に不利な取引です。買い手は売り手に対し、コントロールプレミアムというフィーを本来の会社の値段に3割ほど(時には5割以上も)プラスして支払います。これは、本来の会社の株の値段に対して、余分な値段を支払って経営権の取得をしているということです。
これは実際、買い手側は買った瞬間に損をしていることになります。買う時点で、本来の株価の3割増しで買っているわけなので、変な言い方をすれば、M&Aはコントロールプレミアム分のマイナスから始まるゲームになるわけです。
しかし、それでも上場企業同士のM&Aは年々増加しています。
これは、買い手側が、3割高い値段で企業を購入しても元が取れると考えているからなのです。言い換えれば、3割マイナスから始めても、経営状態を前のオーナーよりも良くさせることができる、という話なのです。
このように、M&Aというものは、より経営を上手に行うことができる自信のある経営者が、他の経営者から会社を譲り受ける行為なのです。
M&Aは「社会悪」か
これを聞いて、何か嫌な感じを受けた方もいらっしゃるかもしれません。M&Aや金融の世界には、「乗っ取り」とか「マネーゲーム」といったネガティブなイメージが付いて回ります。
一時期、堀江貴文氏がライブドアの社長在任中、メディアで「金で買えないものなどない」という発言をして非常に非難されたことがあります。当時M&Aにガンガン力を入れていた堀江氏がこのような発言をしたのを、メディアがはやし立てたため、金融イコール悪みたいな印象がついてしまったのかもしれません。
M&Aという概念にも、本当は売りたくもない社長から、金を積んで会社を取り上げてしまうもの、というようなイメージがあるかもしれません。
より能力の高い経営者が企業を譲り受けるというと、なんだか、能力が高い経営者が低い経営者から会社を取り上げ、追い出してしまうかのようなイメージができてしまうと思います。でも、現実はそんなことはありません。
M&Aで会社を売却するとき、売り手のオーナーはちゃんと金銭的対価を受け取っているのです。
企業を相応に成長させた対価をきちんと受け取ったうえで、納得して買い手にバトンタッチするのです。買い手と売り手の合意がなければ、M&Aというものは成立しません。
敵対的買収などという言葉がありますが、これも言葉のあやです。売り手側の株主が合意しているからこそ、買収が成り立つのです。スクイーズアウト、売渡請求等という言葉もM&Aには出てきますが、それ相応の対価も払わずに、勝手に乗っ取ったり、追剥をしたりするような真似は、法律上不可能です。メディアが自分たちで理解できない金融というものを、さぞ悪者のように書き立ててしまっただけでしょう。
先ほどの堀江氏の発言に戻りますが、実は堀江氏はこうも言っています。「金で買えないものは差別につながる。血筋、家柄、毛並み。金だけが無色透明で、フェアな基準ではないか」
先ほどの「金で買えないものなどない」は、堀江氏の発言の一部をメディアが悪意的に取り上げ、おもしろおかしく書こうとしたために、悪い印象になってしまっただけなのです。
M&Aもそうですが、買ったから偉いわけでもなければ、売ってしまったから魂を売り渡したわけでもありません。
売却した売り手は、その功績にふさわしい対価を得て、売り手自身がより自分の能力を発揮できるような事業へと歩を進めることができるのです。
M&Aの仕組みとは、買い手側は自分の能力をより発揮する機会をその会社を買ってくることによって増やし、売り手は売り手で、売却して得た資金を使って自分がより能力を発揮できる他の事業を始められる、ということなのです。
『ビジネスの世界で戦うのならファイナンスから始めなさい。』
正田 圭 著
CCCメディアハウス
ニューズウィーク日本版ウェブ編集部
今はさながら「ファイナンス」のプチ・ブーム。しかし、「実際にビジネスで『使える』ファイナンスの技術をもっているのはごく一部の人だけ。いま、ビジネスの世界では事業家(=ファイナンス人材)が圧倒的に不足している」と、正田圭氏は言う。
1986年に生まれ、15歳で起業。現在、M&Aの最前線で活躍する若き実務家である正田氏は、新刊『ビジネスの世界で戦うのならファイナンスから始めなさい。』(CCCメディアハウス)でまずファイナンスを定義づけし、その後、実際のM&A事案を紹介しながら、ファイナンスに関する考え方や技術をわかりやすく解説。数式を使わずに、ファイナンスの本質を明かしていく。
なぜファイナンスが重要なのか。それは、現代において企業の成長にはM&Aが不可欠であり、そのM&Aを支えているのがファイナンスの技術だからだと、正田氏は説明する。
ここでは本書から一部を抜粋し、4回に分けて掲載する。第4回は「第5章 M&Aとは何か」より。果たしてM&Aの本質とは?
『ビジネスの世界で戦うのならファイナンスから始めなさい。』
正田 圭 著
CCCメディアハウス
※第1回:「使えるファイナンス」をもつ人材が日本に足りない
※第2回:ファイナンスは教養、「物の値段」を考えること
※第3回:英語やプログラミングより「ファイナンス」を始めなさい
◇ ◇ ◇
企業のトップはなぜM&Aを行うのか
ここまでの話をまとめてみましょう。
・ファイナンスとはものの考え方(フレームワーク)である
・ファイナンスの醍醐味はM&A(会社に値段をつけること)にある
・ファイナンスの技術が発展したのは意外と最近である
・企業のトップが求めているのはファイナンス(M&A)を活用できる人材だ
では、企業のトップはなぜM&Aを行うのでしょうか。
先に、企業がM&Aを行うのは、競争優位性を維持するポジション争いのためだと説明しました。
でも、この説明だけだと、企業のトップがM&Aを行う理由の半分しか回答したことになりません。
なぜなら、ポジション争いをする理由とは、それを行わなければほかの企業に負けてしまうからという消極的なものだけで、企業のトップが積極的にM&Aを行う理由にはなっていないからです。
では、企業のトップがM&Aを行う最大の理由は何なのでしょうか?
一言で言うと、企業のトップがM&Aを行う理由は、自分の経営能力を証明するためです。
M&Aは、企業を丸ごと買ってくる行為です。これは、いわゆる国債や社債のように、金融商品を購入して満期を待つというようなものではありません。
M&Aをした翌日から、その会社を先陣切って経営していかなければなりません。M&Aをしたら買いっ放しというわけにはいかないのです。M&Aを行ったら、経営統合を行い、統合の相乗効果を狙い、企業を発展させていかなければならないのです。
リバーサイドというプライベートエクイティ・ファンドのCo-CEO(共同最高経営責任者)であるスチュワート・コール氏は、「M&Aは誰でもできる。しかし、M&Aの成功は誰にでもできるわけではない」と述べています。
そもそも、上場企業と上場企業のM&Aは、買い手側に不利な取引です。買い手は売り手に対し、コントロールプレミアムというフィーを本来の会社の値段に3割ほど(時には5割以上も)プラスして支払います。これは、本来の会社の株の値段に対して、余分な値段を支払って経営権の取得をしているということです。
これは実際、買い手側は買った瞬間に損をしていることになります。買う時点で、本来の株価の3割増しで買っているわけなので、変な言い方をすれば、M&Aはコントロールプレミアム分のマイナスから始まるゲームになるわけです。
しかし、それでも上場企業同士のM&Aは年々増加しています。
これは、買い手側が、3割高い値段で企業を購入しても元が取れると考えているからなのです。言い換えれば、3割マイナスから始めても、経営状態を前のオーナーよりも良くさせることができる、という話なのです。
このように、M&Aというものは、より経営を上手に行うことができる自信のある経営者が、他の経営者から会社を譲り受ける行為なのです。
M&Aは「社会悪」か
これを聞いて、何か嫌な感じを受けた方もいらっしゃるかもしれません。M&Aや金融の世界には、「乗っ取り」とか「マネーゲーム」といったネガティブなイメージが付いて回ります。
一時期、堀江貴文氏がライブドアの社長在任中、メディアで「金で買えないものなどない」という発言をして非常に非難されたことがあります。当時M&Aにガンガン力を入れていた堀江氏がこのような発言をしたのを、メディアがはやし立てたため、金融イコール悪みたいな印象がついてしまったのかもしれません。
M&Aという概念にも、本当は売りたくもない社長から、金を積んで会社を取り上げてしまうもの、というようなイメージがあるかもしれません。
より能力の高い経営者が企業を譲り受けるというと、なんだか、能力が高い経営者が低い経営者から会社を取り上げ、追い出してしまうかのようなイメージができてしまうと思います。でも、現実はそんなことはありません。
M&Aで会社を売却するとき、売り手のオーナーはちゃんと金銭的対価を受け取っているのです。
企業を相応に成長させた対価をきちんと受け取ったうえで、納得して買い手にバトンタッチするのです。買い手と売り手の合意がなければ、M&Aというものは成立しません。
敵対的買収などという言葉がありますが、これも言葉のあやです。売り手側の株主が合意しているからこそ、買収が成り立つのです。スクイーズアウト、売渡請求等という言葉もM&Aには出てきますが、それ相応の対価も払わずに、勝手に乗っ取ったり、追剥をしたりするような真似は、法律上不可能です。メディアが自分たちで理解できない金融というものを、さぞ悪者のように書き立ててしまっただけでしょう。
先ほどの堀江氏の発言に戻りますが、実は堀江氏はこうも言っています。「金で買えないものは差別につながる。血筋、家柄、毛並み。金だけが無色透明で、フェアな基準ではないか」
先ほどの「金で買えないものなどない」は、堀江氏の発言の一部をメディアが悪意的に取り上げ、おもしろおかしく書こうとしたために、悪い印象になってしまっただけなのです。
M&Aもそうですが、買ったから偉いわけでもなければ、売ってしまったから魂を売り渡したわけでもありません。
売却した売り手は、その功績にふさわしい対価を得て、売り手自身がより自分の能力を発揮できるような事業へと歩を進めることができるのです。
M&Aの仕組みとは、買い手側は自分の能力をより発揮する機会をその会社を買ってくることによって増やし、売り手は売り手で、売却して得た資金を使って自分がより能力を発揮できる他の事業を始められる、ということなのです。
『ビジネスの世界で戦うのならファイナンスから始めなさい。』
正田 圭 著
CCCメディアハウス
ニューズウィーク日本版ウェブ編集部