<旧暦大晦日に放送され、ニコニコ生放送でも中継された「中国版紅白歌合戦」こと「春晩」だが、今や中国の若者には人気がない。それでも、筆者を含む中国ウォッチャーには必見。今年の春晩にも中国政治を理解するヒントが......>
「春晩」をご存じだろうか。
正式名称は「春節聯歓晩会」、中国の旧暦大晦日に放送される特別番組だ。中国版紅白歌合戦と紹介されることも多い。現在では地方局も特番を放送しているが、通常は中国中央電子台(CCTV)の番組を指す。
5時間にわたり歌やコント、漫才が繰り広げられ、再放送を合わせると視聴者数は10億人を超えるとされる。日本でも昨年から動画サイト「ニコニコ生放送」で中継されるようになったので、ごらんになった方もいるのではないか。
私は仕事の関係でここ数年、長丁場の番組をほぼすべて見ている。それどころか、事前に出演者とプログラムをチェックしたり、関連ニュースを収集したりと面倒くさい作業が待っているのだが、事前情報を集めているとちょっと面白いことがわかる。なんと、放送ぎりぎりまで演目や出演者が変わり続けるのだ。
たとえば今年、韓流アイドルグループ・EXOの元メンバー、ルハンは、冒頭の少年少女のダンスで出演する予定だったが、後半の出演に変更された。春晩は本番の1週間以上前からリハーサルを繰り返しているが、偉い人が見ては「あーでもないこーでもない」と口をはさんでひっくり返していくのだという。何度もリハーサルをしているのに本番台本が完成するのは当日になってから。放送スタッフの苦労がしのばれる。
などなど春晩の話をしていると、驚くのが若い中国の知人だ。「あんなくだらない番組を見ているの?」「おれなんか物心ついてから見たことないぜ」と言いたい放題。そのくせ、「今年の紅白は白組がすばらしかったですね」などと言ってくるからたちが悪い。見ていないというと「国民的番組なのに?」とおおげさに驚いてみせる。
【参考記事】大みそかの長寿番組が映し出す日本の両極
日本の紅白も中国の春晩も状況はよく似ていて、大晦日の一家団欒中にだらだら流し見するもの。一昔前なら大晦日は家族親戚が集まってえんえん飲み食いしていたので番組を目にする機会も多かったが、最近では年越しまで宴会を続けるような家庭も減り、自然と見ない人が増えてきたというわけだ。
日本でも中国でも、宴会どころか、旅行にでかけて実家にいないというパターンも今では少なくない。今年の旧正月はのべ600万人もの中国人が出国したと推計されている。「年越しの瞬間に家族が集まらないなんて! 最近の若人は心を失ってしまった」と嘆く記事が出るところまで毎年の恒例行事だが、あと数年もするとあまりに当たり前になりすぎてこうした嘆き記事も消失してしまうかもしれない。
かつては春晩のコントから流行語が生まれることもしばしばだったが、最近ではそういうこともなくなった。影響力が失われている証拠だ。
プロパガンダがぎっしり詰まっている
そうした中で、今でも必死になって春晩を見ている人もいる。それが私を含むチャイナウォッチャーたちだ。というのも、春晩にはプロパガンダがぎっしり詰まっている。これを見れば中国政治を理解するヒントになるのではないかと、頑張って見ている人が少なくない。
たとえば中国人風刺漫画家のラージャオは1983年から始まった春晩をすべて見返したという。その成果は『マンガで読む嘘つき中国共産党』(新潮社)で「春晩政治学」としてまとめられている。
さて、最近の春晩はどのように読み解かれているのだろうか。2015年、2016年は習近平礼賛が度を超しているとちょっとした話題となった。子供たちが「習主席に私の心を捧げます」と歌ったかと思えば、楽曲の背景に歴代指導者の映像が挿入されるシーンでは毛沢東や鄧小平、江沢民、胡錦濤といった歴代指導者の2倍もの数のカットが流された。
「鄧小平が禁じた、指導者の個人崇拝を復活させた。習近平は毛沢東以来となる皇帝の座を目指しているのだ」という政治ゴシップを盛り上げる根拠として広まっている。
では2017年の春晩はどうかというと、これが昨年から一転、習近平礼賛が消滅していたのだ。G20サミットの成功、宇宙事業の発展という自慢、今年5月に予定されている一帯一路国際フォーラムを盛り上げようという呼びかけ、中国人同士信頼し合いましょう・漢民族と少数民族は団結しましょうという道徳ネタは盛り込まれていたが、習近平の出番はゼロだった。
【参考記事】米中、日中、人民元、習体制――2017年の中国4つの予測
あれだけ個人崇拝路線を邁進していたのに、なぜ今さら路線転換したのか、第2期習近平政権が始まる今秋の党大会を控えて中国共産党内に動きがあるのではないか。習近平が出れば出たで騒ぎとなるが、まったく画面に映らなくともさまざまな憶測を呼んで、中国政治ゴシップ好きの間ではちょっとした話題となっている。
若者の春晩離れが問題となっているが、中国政治ウォッチャーの中では人気は衰えを知らないようだ。
*2017年2月28日、『マンガで読む嘘つき中国共産党』刊行記念トークショー、辣椒×阿古智子×高口康太「中国共産党の〈ウソ〉と〈真実〉」が東京都新宿区矢来町で開催されます。
[筆者]
高口康太
ジャーナリスト、翻訳家。1976年生まれ。千葉大学人文社会科学研究科(博士課程)単位取得退学。独自の切り口から中国・新興国を論じるニュースサイト「KINBRICKS NOW」を運営。著書に『なぜ、習近平は激怒したのか――人気漫画家が亡命した理由』(祥伝社)。
高口康太(ジャーナリスト、翻訳家)
「春晩」をご存じだろうか。
正式名称は「春節聯歓晩会」、中国の旧暦大晦日に放送される特別番組だ。中国版紅白歌合戦と紹介されることも多い。現在では地方局も特番を放送しているが、通常は中国中央電子台(CCTV)の番組を指す。
5時間にわたり歌やコント、漫才が繰り広げられ、再放送を合わせると視聴者数は10億人を超えるとされる。日本でも昨年から動画サイト「ニコニコ生放送」で中継されるようになったので、ごらんになった方もいるのではないか。
私は仕事の関係でここ数年、長丁場の番組をほぼすべて見ている。それどころか、事前に出演者とプログラムをチェックしたり、関連ニュースを収集したりと面倒くさい作業が待っているのだが、事前情報を集めているとちょっと面白いことがわかる。なんと、放送ぎりぎりまで演目や出演者が変わり続けるのだ。
たとえば今年、韓流アイドルグループ・EXOの元メンバー、ルハンは、冒頭の少年少女のダンスで出演する予定だったが、後半の出演に変更された。春晩は本番の1週間以上前からリハーサルを繰り返しているが、偉い人が見ては「あーでもないこーでもない」と口をはさんでひっくり返していくのだという。何度もリハーサルをしているのに本番台本が完成するのは当日になってから。放送スタッフの苦労がしのばれる。
などなど春晩の話をしていると、驚くのが若い中国の知人だ。「あんなくだらない番組を見ているの?」「おれなんか物心ついてから見たことないぜ」と言いたい放題。そのくせ、「今年の紅白は白組がすばらしかったですね」などと言ってくるからたちが悪い。見ていないというと「国民的番組なのに?」とおおげさに驚いてみせる。
【参考記事】大みそかの長寿番組が映し出す日本の両極
日本の紅白も中国の春晩も状況はよく似ていて、大晦日の一家団欒中にだらだら流し見するもの。一昔前なら大晦日は家族親戚が集まってえんえん飲み食いしていたので番組を目にする機会も多かったが、最近では年越しまで宴会を続けるような家庭も減り、自然と見ない人が増えてきたというわけだ。
日本でも中国でも、宴会どころか、旅行にでかけて実家にいないというパターンも今では少なくない。今年の旧正月はのべ600万人もの中国人が出国したと推計されている。「年越しの瞬間に家族が集まらないなんて! 最近の若人は心を失ってしまった」と嘆く記事が出るところまで毎年の恒例行事だが、あと数年もするとあまりに当たり前になりすぎてこうした嘆き記事も消失してしまうかもしれない。
かつては春晩のコントから流行語が生まれることもしばしばだったが、最近ではそういうこともなくなった。影響力が失われている証拠だ。
プロパガンダがぎっしり詰まっている
そうした中で、今でも必死になって春晩を見ている人もいる。それが私を含むチャイナウォッチャーたちだ。というのも、春晩にはプロパガンダがぎっしり詰まっている。これを見れば中国政治を理解するヒントになるのではないかと、頑張って見ている人が少なくない。
たとえば中国人風刺漫画家のラージャオは1983年から始まった春晩をすべて見返したという。その成果は『マンガで読む嘘つき中国共産党』(新潮社)で「春晩政治学」としてまとめられている。
さて、最近の春晩はどのように読み解かれているのだろうか。2015年、2016年は習近平礼賛が度を超しているとちょっとした話題となった。子供たちが「習主席に私の心を捧げます」と歌ったかと思えば、楽曲の背景に歴代指導者の映像が挿入されるシーンでは毛沢東や鄧小平、江沢民、胡錦濤といった歴代指導者の2倍もの数のカットが流された。
「鄧小平が禁じた、指導者の個人崇拝を復活させた。習近平は毛沢東以来となる皇帝の座を目指しているのだ」という政治ゴシップを盛り上げる根拠として広まっている。
では2017年の春晩はどうかというと、これが昨年から一転、習近平礼賛が消滅していたのだ。G20サミットの成功、宇宙事業の発展という自慢、今年5月に予定されている一帯一路国際フォーラムを盛り上げようという呼びかけ、中国人同士信頼し合いましょう・漢民族と少数民族は団結しましょうという道徳ネタは盛り込まれていたが、習近平の出番はゼロだった。
【参考記事】米中、日中、人民元、習体制――2017年の中国4つの予測
あれだけ個人崇拝路線を邁進していたのに、なぜ今さら路線転換したのか、第2期習近平政権が始まる今秋の党大会を控えて中国共産党内に動きがあるのではないか。習近平が出れば出たで騒ぎとなるが、まったく画面に映らなくともさまざまな憶測を呼んで、中国政治ゴシップ好きの間ではちょっとした話題となっている。
若者の春晩離れが問題となっているが、中国政治ウォッチャーの中では人気は衰えを知らないようだ。
*2017年2月28日、『マンガで読む嘘つき中国共産党』刊行記念トークショー、辣椒×阿古智子×高口康太「中国共産党の〈ウソ〉と〈真実〉」が東京都新宿区矢来町で開催されます。
[筆者]
高口康太
ジャーナリスト、翻訳家。1976年生まれ。千葉大学人文社会科学研究科(博士課程)単位取得退学。独自の切り口から中国・新興国を論じるニュースサイト「KINBRICKS NOW」を運営。著書に『なぜ、習近平は激怒したのか――人気漫画家が亡命した理由』(祥伝社)。
高口康太(ジャーナリスト、翻訳家)