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難民入国一時禁止のトランプ大統領令──難民の受け入れより難民を生まない社会づくりを

ニューズウィーク日本版 2017年2月6日 16時0分

<難民の入国を一時禁止するドナルド・トランプ米大統領の大統領令が波紋を広げている。アメリカ各地の国際空港では「アメリカは難民を歓迎する」というボードを掲げた人々がトランプに抗議する姿が見られたが、すべてを禁ずるのも来る者すべてを受け入れるのも、現実的な解決策ではないのではないか>

難民入国一時禁止に関するトランプ大統領令が世界中を混乱させていることは、既に読者もご承知の通りである。さまざまな国家元首やオピニオン・メーカーなどがそれを批判しただけでなく、アメリカ政府に常に配慮している国連事務総長までが、「すぐに撤回されるべきだ」と述べたほどだ(2月5日現時点で、ワシントン州連邦地裁は全米で大統領令の即時停止を命じる仮処分の決定を出した)。

私は入国一時禁止に同意はしないものの、アメリカ各地の空港などで「難民を歓迎する。彼らを入国させよ」といったサインボードを掲げた多くのアメリカ人やカナダのトルドー首相の「難民歓迎」の態度に対しても100%同感できず、複雑な思いを抱いている。

確かに紛争や迫害の犠牲者である難民を、アメリカなどの国々が受け入れ、助けることは人道的で善い行為であろう。しかしこの機会に、下記の点について振り返ってみたい。そもそも難民は誰の責任によって発生しているのか。また今回の難民入国(一時)禁止のような政策は過去にあったのか。そして難民にとって、アメリカなどの国々における定住は持続的な解決策なのか。

難民発生の裏の多くにアメリカの介入

難民の背景に関しては、2月6日出版の拙著の『あやつられる難民ー政府、国連とNGOのはざまで』(ちくま新書)をご一読していただければ幸いだが、ISやアルシャバブなどのいわゆる「テロ集団」や反政府勢力だけではなく、国民保護という責任を持つ政府も難民を発生させていることは広く認識されていないようだ。しかも、いわゆる脆弱・失敗国家だけではなく、アメリカ政府をはじめとする「民主主義国家」でさえ、難民発生に直接的、あるいは間接的に関与している。

例えば、アメリカがシリア、アフガニスタン、イラク、スーダンを爆撃したことによっても難民が発生している。それは、アメリカのネットメディアのデモクラシー・ナウ!でも報道している(11分から14分まで)。



言い換えると、アメリカ政府は戦争を仕掛けている一方で、その犠牲者を手助けしているという矛盾した政策をとっているのだ。例えば、アメリカ政府のために働いているイラク人(例:在イラク米軍の通訳)が危険を冒しているために、アメリカ政府は彼らに特別な移民ビザを提供するという優遇措置を取ってきた。つまり「戦争協力と難民定住」がセットになっている。仕事と定住が交換条件であったかは不明だが、これらのイラク人は母国で戦争を仕掛けられ、かつアメリカ定住の「夢」も破れたという二重の意味でアメリカ政府から裏切られたことになる。

そもそもこのような戦争が仕掛けられなければ、難民が生まれることもない。しかし、あるアメリカ人のジャーナリストが嘆いていたように、そのような議論さえ一般的にアメリカ社会内外でされていないのが現状だ。その理由の一つに、近年、軍事産業が発展するにつれて、武器が、戦闘地に送られるタンクから、遠距離から操作できるドローンへと変わり、戦争の実態がますます不可視化していることが挙げられる。そのため、上記の「難民を入国させよ」デモの参加者の中には、「戦争反対」のデモに参加した人は少ないことだろう。

アメリカなどが過去に難民入国禁止と追放に関与

ドイツのメルケル首相が述べたように、ジュネーブ条約により、「国際社会」は人道的な理由から難民を受け入れる義務がある。しかしアメリカは1980年代以降、犯罪人や「テロリスト」でないにもかかわらず、近隣国のハイチ難民に入国を禁止してきた歴史がある(西アフリカの国々はアメリカに追随し、同様な政策をとった)。

ちなみにトランプ大統領は「私たちの政策は、オバマ大統領が2011年にイラク難民に対するビザを6か月にわたって停止した政策と似ている」と述べたが、正確には停止ではなく、ビザ発行が「減速」しただけである。

難民の受け入れ以外に、「国際社会」はもう一つ重要な義務がある。それは難民条約第33条「追放及び送還の禁止」(「ノン・ルフールマン(non-refoulement)」の原則)で、難民は彼らが迫害の危険に直面する国(母国を含む)への強制送還や恣意的な逮捕から難民を守ることを意味する。最も重要な難民保護の礎石なのだ。



しかし難民を入国させる前、あるいはさせた後に、難民を国外追放した国々はいくつかある。難民が何の罪も犯していないにもかかわらずだ。

例えばオーストラリア政府は、ボートで漂流した難民や移民を自国に定住させず、ナウル島とマヌス島の難民収容所に送り込んだ。そこで難民は拷問にあい、幼い子どもまでが自殺未遂を考えているぐらい苦しんでいるという(アムネスティ・インターナショナル、2016年)。

またイスラエル政府は2013年以降、自国にいたスーダンとエリトリア難民申請者約一万人を、ルワンダとウガンダに強制追放した。ネタニヤフ首相は「これらの人々が来たことで、イスラエルのユダヤ人のアイデンティティーが脅かされた。この問題を止めなければ、6万人の侵入者が60万人にと膨れ上がり、ユダヤ人、そして民主主義国家としてのイスラエルが否定されてしまう。シリアやアフリカ難民の悲劇に無関心ではないが、イスラエルは小国なので、不法移民とテロに対して国境を支配しなくてはならない」と述べた。

これらの難民政策は強硬的であるにもかかわらず、ほとんど無視された。それに比べると、オーストラリアとイスラエル同様に人権侵害である今回のトランプ大統領令は、世界中で大変注目を浴びている。なぜなのか。それは、選挙キャンペーン中から不人気のトランプ大統領が就任8日目という早い時期に、7カ国と国を限定し、人種・宗教差別とも言える大統領令を発令したからだ。それに加えて、本大統領令が発令されたのが、たまたま国際ホロコースト記念日という第二次大戦で殺害された何百万人もの人々を敬う日であった。当時は多くのユダヤ人がアメリカへの避難を試みたが、入国を阻止された。その苦い歴史をトランプ大統領が繰り返そうとしているという懸念と怒りが、さらに世界の人々を掻き立てるのであろう。

難民の持続的解決策とは?

最後に、難民にとってアメリカなどでの定住は果たして持続的解決策なのかを考えてみよう。

現在、私はある難民研究のために北米に出張中で、2015年以降、アメリカに定住しているコンゴ難民に会った。彼がアフリカ某国での難民キャンプで20年近く生活していた時に、2度会ったことがある。彼は、難民キャンプという安全も自由もない「刑務所」から脱出できたことを感謝し、また難民ではなく一人の人間としてアメリカで生活ができることを大変喜びつつ、こう言った。



「アメリカで一生生活したいとは思わない。ここは自分の国ではない。いつかはコンゴに帰りたい」
自分の父親が殺害されたせいで、故郷への帰国に恐怖を抱きながらも、そしてコンゴの現政権に不満を持ちながらも、やはりhome(故郷)はhomeなのだ。彼にとってアメリカでの定住は、あくまでも一時的なもう一つの解決策(alternative solution)にしかすぎない。

これはあくまでもこのコンゴ難民個人の意見であり、当然、難民全員の意見を代表していない。しかし私がこれまで会ってきた難民の多くは、母国がどんなに混乱状態にあってもノスタルジーを抱き、母国に帰りたいと嘆いていた。

そう、母国が安定すれば、帰還が最善の解決策なのだ。

                ***

以上のことから、我々は上記の「難民の受け入れ」ではなく、「難民発生の予防」にもっと努力を尽くさなければならない。難民はそもそも政治的な理由からつくられた人工的な存在である。なので、各政府をはじめ、我々市民一人一人に難民問題に関する理解を十分に持ち、強い政治的意思さえあれば、難民数を減らしたり、難民を無くすことはできるはずだ。

そして留意しなければならないのは、この難民の受け入れや入国禁止は単にアメリカの問題だけではないことだ。日本はアメリカに「戦争協力」ができることによって、今後、難民発生に直接加担し、その「補償」としての「難民受け入れ」も求められる可能性が高くなるからである。それを回避するために我々は何をすべきなのか、議論を深めなければならい。

*筆者のこれまでの記事はこちら

[執[筆者]
米川正子
立教大学特任准教授、コンゴの性暴力と紛争を考える会の代表。
国連ボランティアで活動後、UNHCR(国連難民高等弁務官事務所)では、ルワンダ、ケニア、コンゴ民主共和国、スーダン、コンゴ共和国、ジュネーブ本部などで勤務。コンゴ民主共和国のゴマ事務所長を歴任。宇都宮大学特任准教授を経て、2012 年11 月から現職。専門分野は紛争と平和、人道支援、難民。著書に『あやつられる難民: 政府、国連、NGOのはざまで』 (ちくま新書 、2017年)、 『世界最悪の紛争「コンゴ」~平和以外に何でもある国』(創成社、2010 年)など。



米川正子(立教大学特任准教授、元UNHCR職員)

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