<マティス米国防長官のアジア歴訪はトランプ外交に対してクギを刺したい米外交界主流派の意向の表れだ>
今月、マティス米国防長官が日本と韓国を訪問した。前大統領と異なる政党の新大統領が就任すれば、早々に高官が同盟国を訪ねるのは珍しいことではない。新政権としても、同盟国の高官と早く会っておきたい。
これが普通の政権交代なら、マティスの日韓歴訪は地味なニュースとして扱われたかもしれない。普天間問題などはあるにせよ、オバマ前政権下でアジアの同盟国との関係はおおむね良好な状態にあったからだ。
しかし、今回の新政権発足は普通の政権交代ではない。トランプ大統領は就任わずか半月ほどの間に、イギリス、メキシコ、オーストラリアといった緊密なパートナーとの関係をとげとげしいものにしてしまった。こうした文化的に近い国々に怒りをぶつけているトランプが、日本と韓国のように文化の違いが大きい同盟国との摩擦や意見対立にどう対応するかは大きな不安材料だ。
日本と韓国がマティスに最も尋ねたかった問いは、中国や北朝鮮についてではなく、新大統領自身についてだったに違いない。トランプは本気であんな発言を繰り返しているのか? 同盟関係に基づく防衛をこれまでどおり当てにしていいのか?
マティスはこの点をよく理解していたようだ。訪問時に、日本と韓国を安心させる力強い言葉を述べている。
【参考記事】マティス米国防相がまともでもトランプにはまだ要注意
米中戦争に備えた動き?
これまでの同盟関係から言えば当たり前の内容だが、マティスの一連の発言にはもう1つの目的もあったのかもしれない。それは、トランプの手足を縛ることだ。マティスのように尊敬されている高官が公の場で発言した後、トランプがツイッターや電話で日韓にかみつくようなことがあれば、アメリカの信頼が大きく傷つきかねない。
マティスの発言は日韓との固い絆を維持し、トランプが口を挟んできても譲らないという意思表示にも思える。東京では、日本と「100%肩を並べて、歩みを共にする」と表明。韓国でも、もし北朝鮮が核兵器を用いれば「効力のある圧倒的な」報復で応じると明言している。
トランプが就任後ほかの同盟国を厳しく批判しているなかで、新国防長官が日韓との連携を大切にする姿勢を示している背景には、ほかの要因もあるのかもしれない。それは対中関係だ。
トランプの側近たちは、歴代政権ではなかったくらい中国に関して攻撃的な発言をしている。バノン首席戦略官・上級顧問も昨年3月、「5~10年以内に南シナ海で」米中戦争が起きることは「間違いない」と述べていた。そればかりか、トランプは昨年12月に台湾の蔡英文(ツァイ・インウェン)総統と電話会談するなど、中国政府の神経を逆なでする行動を取っている。
もし、トランプとバノンが中国との対決を本気で想定、あるいは意図しているなら、日韓の力が不可欠だ。だから、ほかの同盟国のようには両国にかみつくことはしないかもしれない。
トランプ新政権の外交戦略は、過去何十年ものアメリカの基本戦略に反する。アメリカ外交界の主流派の多くは、同盟国を罵り、ロシアと接近し、わざわざ中国を挑発することには反対している。
それに、トランプはアメリカ独特の選挙制度のおかげで当選できたにすぎず、大統領選の得票数自体は対立候補のヒラリー・クリントンのほうが多かった。有権者の過半数がトランプの外交革命を支持しているとは言い切れない。
【参考記事】トランプに電話を切られた豪首相の求心力弱まる
こうした点を考えると、トランプの外交路線は官僚機構の激しい抵抗に遭うだろう。中国にけんかを売ったり、NATO無用論を唱えたりすることには、軍が反対する可能性が高い。
マティスの日韓での言動には、アジア情勢の安定を望む米外交界主流派の考え方がはっきり見て取れる。同盟国にとっては、安心感を持てる人物だろう。
問題は、マティスがどのくらいトランプの考えを代弁していて、どのくらい影響を及ぼせるのかということだ。
[2017.2.14号掲載]
ロバート・E・ケリー(本誌コラムニスト)
今月、マティス米国防長官が日本と韓国を訪問した。前大統領と異なる政党の新大統領が就任すれば、早々に高官が同盟国を訪ねるのは珍しいことではない。新政権としても、同盟国の高官と早く会っておきたい。
これが普通の政権交代なら、マティスの日韓歴訪は地味なニュースとして扱われたかもしれない。普天間問題などはあるにせよ、オバマ前政権下でアジアの同盟国との関係はおおむね良好な状態にあったからだ。
しかし、今回の新政権発足は普通の政権交代ではない。トランプ大統領は就任わずか半月ほどの間に、イギリス、メキシコ、オーストラリアといった緊密なパートナーとの関係をとげとげしいものにしてしまった。こうした文化的に近い国々に怒りをぶつけているトランプが、日本と韓国のように文化の違いが大きい同盟国との摩擦や意見対立にどう対応するかは大きな不安材料だ。
日本と韓国がマティスに最も尋ねたかった問いは、中国や北朝鮮についてではなく、新大統領自身についてだったに違いない。トランプは本気であんな発言を繰り返しているのか? 同盟関係に基づく防衛をこれまでどおり当てにしていいのか?
マティスはこの点をよく理解していたようだ。訪問時に、日本と韓国を安心させる力強い言葉を述べている。
【参考記事】マティス米国防相がまともでもトランプにはまだ要注意
米中戦争に備えた動き?
これまでの同盟関係から言えば当たり前の内容だが、マティスの一連の発言にはもう1つの目的もあったのかもしれない。それは、トランプの手足を縛ることだ。マティスのように尊敬されている高官が公の場で発言した後、トランプがツイッターや電話で日韓にかみつくようなことがあれば、アメリカの信頼が大きく傷つきかねない。
マティスの発言は日韓との固い絆を維持し、トランプが口を挟んできても譲らないという意思表示にも思える。東京では、日本と「100%肩を並べて、歩みを共にする」と表明。韓国でも、もし北朝鮮が核兵器を用いれば「効力のある圧倒的な」報復で応じると明言している。
トランプが就任後ほかの同盟国を厳しく批判しているなかで、新国防長官が日韓との連携を大切にする姿勢を示している背景には、ほかの要因もあるのかもしれない。それは対中関係だ。
トランプの側近たちは、歴代政権ではなかったくらい中国に関して攻撃的な発言をしている。バノン首席戦略官・上級顧問も昨年3月、「5~10年以内に南シナ海で」米中戦争が起きることは「間違いない」と述べていた。そればかりか、トランプは昨年12月に台湾の蔡英文(ツァイ・インウェン)総統と電話会談するなど、中国政府の神経を逆なでする行動を取っている。
もし、トランプとバノンが中国との対決を本気で想定、あるいは意図しているなら、日韓の力が不可欠だ。だから、ほかの同盟国のようには両国にかみつくことはしないかもしれない。
トランプ新政権の外交戦略は、過去何十年ものアメリカの基本戦略に反する。アメリカ外交界の主流派の多くは、同盟国を罵り、ロシアと接近し、わざわざ中国を挑発することには反対している。
それに、トランプはアメリカ独特の選挙制度のおかげで当選できたにすぎず、大統領選の得票数自体は対立候補のヒラリー・クリントンのほうが多かった。有権者の過半数がトランプの外交革命を支持しているとは言い切れない。
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こうした点を考えると、トランプの外交路線は官僚機構の激しい抵抗に遭うだろう。中国にけんかを売ったり、NATO無用論を唱えたりすることには、軍が反対する可能性が高い。
マティスの日韓での言動には、アジア情勢の安定を望む米外交界主流派の考え方がはっきり見て取れる。同盟国にとっては、安心感を持てる人物だろう。
問題は、マティスがどのくらいトランプの考えを代弁していて、どのくらい影響を及ぼせるのかということだ。
[2017.2.14号掲載]
ロバート・E・ケリー(本誌コラムニスト)