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中国の若者のナショナリズムは高まっていない──論文

ニューズウィーク日本版 2017年2月8日 19時50分

<中国の若者は言われるほどナショナリズムには傾いておらず、むしろ好ましい方向に変化している>

中国指導部は国民のナショナリズムが自らに向くのを防ぐため、強硬な対外姿勢を取る傾向がある。南シナ海で領有権を主張したり、日本の歴史問題を執拗に追及したりするのもそのせいだというのが、欧米メディアの通説になっている。

実際、高齢化する「毛沢東主義者」もいれば「怒れる若者」(中国語で「憤青」)もいる。中国政府の「防火長城(グレート・ファイヤーウォール)」をすり抜けて、フェイスブックやツイッターに国家主義的な投稿をする「ピンク色の若者」(中国語で「小粉紅」)と呼ばれる若い女性たちもいる。

だが月初に安全保障研究の専門誌「インターナショナル・セキュリティ」に掲載された米ハーバード大学のアラステア・イアン・ジョンストン教授(政治学)による最新の論文は、中国で国家主義的傾向が強まっているという報道は、いくつかの重要な点で的外れの可能性があると指摘した。

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ジョンストンは1998年から北京の名門国立大学である北京大学の研究者と共同で、外交政策を含めた様々なテーマに関して、北京の住民を対象にした意識調査を行ってきた。その結果集まった「北京エリア調査」と称する珍しいデータを頼りに、ジョンストンと共同研究者らは北京市民の意識の変遷をたどり、回答者の年齢など多数の異なるカテゴリーに基づく分析を実現した。

高齢層とは正反対の意識

2002年以降の調査では、回答者の国家主義的傾向を探るための質問も加わった。そのなかで、次の意見に同意するか否か、また同意する度合いも尋ねた。

1)たとえ世界中のどの国を選べたとしても、自分は中国人でありたい
2)一般に、中国はほとんどの国より良い国だ
3)たとえ政府が間違っていても、国民の誰もが政府を支持するべきだ

論文は結論として、北京市民の間に国家主義的傾向の高まりはみられないとした。むしろ1)と3)の質問に対し「大いにそう思う」と回答した割合が2002年から15年にかけて激減した。しかし中国のほうが「他の国より良い」かどうか尋ねた2)の質問に対しては、「大いにそう思う」と答えた割合が微増した。調査開始以来、北京では個人所得もインフラも著しく改善したのだから、それは理解できる。

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この結果からは、単に国家主義的な感情が下火になっただけでなく、中国の少なくとも都市部の若者たちは上の世代よりも国家主義的ではないことがはっきりした。1978年以降に生まれた世代では、2002年以降のどの調査でも、国家主義色の強い意見に同意すると答えた割合が上の世代より圧倒的に少なかった。最も目を見張るのは、2015年の時点で、「政府が間違っていても国民は政府を支持すべき」という意見に強く賛同した若年層の割合は、高齢層の半分になっていたことだ。



時の経過とともに若者が一層国家主義的になったということもなかった。少なくとも北京の若年層にはその傾向が認められなかった。より自由な風土で、遠く離れた南方の沿岸部にある広州などの巨大都市圏と比べるとかなり政府寄りと見なされてきた首都にとっては、驚くべき発見だ。

確かに、北京五輪が開催された2009年の調査では、国家主義的な傾向が一気に上昇し、若者の70%以上がどの国よりも中国籍を保持したいと回答(2007年は約50%)、若者の60%以上が中国は他のほとんどの国より良いと答えた(2007年は30%強)。だが五輪効果は一時的な現象に過ぎなかったようだ。2015年時点で、国家主義的な意見に強く同意する若者はせいぜい4人に1人と、2009年から一気に降下し、2007年の水準よりも低くなった。

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北京市民の対日感情と対米感情の変化についても追跡した。中国では、長年の敵である日本はいまだに広く悪者扱いされ、アメリカは地政学的なライバルの位置づけだ。調査で日本とアメリカを肯定や否定する感情の強さを探ったうえで、日米両国の国民と中国人の間にどれほど大きな違いがあると感じているかを数値化した。

調査期間中、2001年には米軍の偵察機と中国軍の戦闘機が空中接触して中国軍機が墜落し、2012年には中国が領有権を主張する尖閣諸島を日本が国有化するなど、反米や反日感情を煽る政治的な衝突が起きた。それにも関わらず、質問への回答は概ね安定していた。日米両国に対して強く否定的な見方をし、中国との相違点が極めて大きいとした回答者の割合は、2000年からほとんど変わらなかった。

強硬なのは政治エリートか

中国事情に詳しい読者なら、比較的教育水準が高く豊かな生活を送る北京市民の感情は、あれほど巨大で多様な中国全体の国民感情を反映し得ないと気が付くだろう。ジョンストンの論文はその限界を認める一方、2008年に非常に似た方法を用いて別の学術機関が行った中国全土を対象にした調査でも、今回発表した北京とほぼ一致する結果が出たと指摘する。

これらの調査結果は、重要な政治的意味を持つ。中国が習近平国家主席の指導の下でより強硬な外交政策に舵を切ったのは、国内で高まる国家主義に呼応したからではないのかもしれない。論文は、中国の政治エリート層における国家主義的傾向のレベルなどが外交方針の転換の要因になった可能性を、より体系的に研究するよう促した。

アメリカにすれば、執拗に反米を掲げる中国人の若者が増えるのを懸念する必要はないという話かもしれない。いずれにせよ、未来の中国の指導者は、習やその後継者よりも明らかに国家主義的傾向が弱い世代から生まれる可能性がある。

From Foreign Policy Magazine


マット・シュレーダー

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