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DV大国ロシアで成立した「平手打ち法」の非道

ニューズウィーク日本版 2017年2月10日 15時30分

<ロシアは年間1万4000人の女性が死亡するほどDVが横行しているが、さらにDVの罰則を軽減する改正法をプーチンが成立させた>

ロシアで「平手打ち法」と呼ばれる改正法が成立した。

すでに圧倒的多数の賛成でロシア議会を通過していたこの刑法の改正法案は、今月7日プーチン大統領が署名をして成立させた。このニュースは世界的に報じられ、ロシア政府に対する非難の声が上がっている。

「平手打ち法」とはいったいどんなものなのか。実は、この改正法により、ロシアでは家庭内暴力(DV)の罰則が一部軽減されることになる。つまり、法律で「平手打ち」などのDVが容認されるというのだ。

ロシア刑法第116条が改正され、親族に対する暴行は刑事罰から排除されることになる。また犯行を繰り返す常習犯は刑法で裁かれるものの、初犯ならばDVは刑事事件ではなく行政処分の対象とされる。また妻や子供に痣や出血を伴う怪我を負わせた場合、罰金又は15日の禁固刑が科される場合があるが、改正前は最大で2年の禁固刑だった。

なぜロシアでは、こんな時代錯誤とも言える改正法が成立したのか。ロシアではDVに対して他の先進国とは違った認識をもっている人が少なくないようで、例えば米AP通信はモスクワからの配信記事で、ロシアでも暴行は犯罪だが、妻に平手打ちをするくらいは特に驚くことではないと伝えている。

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事実、世論調査で、ロシア人の約20%は妻や子供を叩くことは問題ない、と公然と答えている。またイタル・タス通信によれば、世論調査の回答者のうち59%が、深刻なけがにならない程度なら、家族内でのちょっとしたいざこざに厳しい処罰をする必要はない、と答えている。

この法案を推進した議員らに言わせれば、これで家庭生活に政府が関与するのを減らすことができるという。なぜなら、ロシアでは伝統的に国家が市民の家庭生活に口を挟むのは好ましくないとされているからだ。

また賛成派は、この法律が体罰などで子供をしつける親の権利を守るものだとも主張している。というのは、ロシアでも最近は子供をしつけで叩くことが許されない風潮があるからだ。



こうした感覚から分かる通り、ロシアのDV事情はかなり深刻な状況にある。そして、この法律によってその状況がさらに悪化するという懸念がある。

ロシア内務省によると、ロシアでは年間1万4000人の女性が夫やパートナーからの暴力で死亡しており、これは1日に約40人が死亡している計算になる。また年間60万人の女性が家庭内で暴力や言葉による虐待を受けている。

さらにこんなデータもある。ロシアで唯一のDVホットラインを運営する「アナ・センター」の集計によれば、ロシア女性の約3分の1がパートナーによる暴力に苦しめられている。また、ロシアで発生するすべての暴力犯罪と殺人事件の40%は、家庭内で起きている。

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ちなみに人口がロシアの2倍のアメリカでは、2001~2012年に合計約1万1000人の女性が夫または恋人の暴力で死亡している。年間1000人ほどが死亡している計算になり、これでも十分に驚くべき数字だが、ロシアとは比較にならない。

もちろん、この「平手打ち法」に反対する人たちもいる。反対派は、この改正法が女性の権利を蹂躙し、家庭内の"暴君"を解放するものだと指摘している。また30万人がこの改正案に反対する嘆願書に署名し、「#Iamnotscaredtospeak(私は声を上げることを恐れない)」というツイッターのハッシュタグを使って自分たちの経験などを発信している。

ただ残念ながら、こうしたロシア女性の叫びが改正法に署名を済ませたプーチンに届くことはないだろう。

【執筆者】
山田敏弘
国際ジャーナリスト。講談社、ロイター通信社、ニューズウィーク日本版などで勤務後、米マサチューセッツ工科大学(MIT)で国際情勢の研究・取材活動に従事。訳書に『黒いワールドカップ』(講談社)など、著書に『モンスター 暗躍する次のアルカイダ』(中央公論新社)、『ハリウッド検視ファイル トーマス野口の遺言』(新潮社)。現在、「クーリエ・ジャポン」や「ITメディア・ビジネスオンライン」などで国際情勢の連載をもち、月刊誌や週刊誌などでも取材・執筆活動を行っている。

山田敏弘(ジャーナリスト)

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