<カンボジアの貧困地域では、違法な出稼ぎでタイに向かう両親に連れて行かれ、学校に行かれなかった子どもたちが大勢いる。支援NGOの活動を取材した筆者による現地レポート>
世界中から観光客が集まるカンボジアのシェムリアップ。アンコール・ワットなど一連の世界遺産群を目指して欧米だけでなく、中国や韓国からの観光客も近年急増している。街中には一杯3ドル50セントと日本のスターバックスよりも高いコーヒーを出すカフェや、アジアの高級リゾートを思わせるレストランもある。国家公務員の平均月収が約5万円のこの国で、これらの場所に一生足を踏み入れることがない地元の人も多いだろう。
プラン・インターナショナル(以下、プラン)というイギリスに本部を置く国際NGOの活動を取材するために、カンボジアのこの地を訪れたのは先月下旬。プランは「子どもの権利を推進し、貧困や差別のない社会を実現する」ことを目指すNGOだ。筆者がこのNGOの活動に興味を持ったのは「Because I am a Girl」というキャンペーン広告だった。「13歳で結婚。14歳で出産。恋はまだ知らない」というコピーと、写っていた10代前半であろう少女の写真。「女の子だから」というだけで教育も受けられず不当な扱いを受ける少女たちが世界には、特に途上国にはまだまだいる。
シェムリアップから車で約2時間。途中舗装された道路が終わると、あとは大きな穴だらけの土の道が延々続く。洪水にあって道路が削られても補修の予算すらない。タイ国境まで約70~80キロというアンコールチュム郡では、約8割の住民がタイに出稼ぎに向かう。
この地域では、崩れそうなバラックのような家の間に突然二階建ての瀟洒な家が現れる。出稼ぎに行って帰ってきた人たちが建てた家だという。家だけでない。バイクや家電製品、スマートフォンなどで歴然とした「収入格差」を目の当たりにした村の人々も、また後を追いかけるようにタイに出稼ぎに出て行く。
【参考記事】メコン川を襲う世界最悪の水危機
アンコールチュム郡では多い時は8割もの住民がタイへ出稼ぎに行く Kimlong Meng/Plan International
出稼ぎ先で学校に行かれない
こうした村で問題になっているのが、出稼ぎ家族の子どもたちの教育だ。プランのカンボジア統括事務所の広報担当モン・チャンタラ・ソレイユは、こう話している。
「カンボジアに仕事がないために政府も出稼ぎを奨励しているが、違法なブローカーに法外な手数料を取られている場合も多い。出稼ぎ先のタイでは子どもが学校に通えず、読み書きすらできないまま育つ。こうした出稼ぎ家族の子どものリスクを政府は理解していない」
プランでは地元の協力団体と連携しながら、こうした家族に対してまずパスポートを取得し、正規ルートでの出稼ぎを働きかけると同時に、子どもをカンボジアに残していくよう説得する。地元スタッフは祖父母に預けられた子どもたちが学校にきちんと通えるように村のリーダーに働きかけ、一緒に見守っていく。
プランの協力団体の一つ「カンボジア飢えと暴力から子どもたちを守る会(CCASVA)」のフォ・ソフォーンはこうした活動を13のコミュニティで展開している。
ソフォーンが支援しているスレイ・ニア(16)の家族も、1年のうち農作業がある時期以外の8カ月はタイに出稼ぎに行く。当初、彼女も兄(24)や姉(22)とともに一緒にタイに連れて行かれていた。だが、10年ほど前にソフォーンらが「子どもをカンボジアに残し、教育を受けさせるよう」に両親を説得。叔母の家に預けられたニアは、現在高校生だ。
「学校にいる先輩たちを見て、出稼ぎに行かなくてもいろいろな職業に就けることを知り、刺激を受けた。私は将来、保健センターで働き、予防医療に携わる看護師になりたいと思っている」
ニアの姉は12歳までは両親に同行してタイにいたが、プランの説得でカンボジアに残り、一時は学校にも行くようになった。だが、学校に戻った年齢が高すぎたためか、学校になじめず行けなくなってしまった。今は家事と残された家畜の世話や農作業に従事している。
姉妹でありながら、たまたまカンボジアに残った年齢の差で姉と妹の進路はくっきりと分かれてしまった。筆者の目を正面から見据えて一言一言しっかり自分の考えを話す妹に対して、姉は幼く見えた。自信がないからか視線が定まらず、消え入りそうな声で話す。「できればタイの両親のもとに戻りたい」。彼女の未来には出稼ぎ中の両親のもとで暮らす、ということがささやかな希望なのだ。
教育を受ける効果は単に読み書きができるようになり、知識を得ることだけではない。学校に行かなければ自分の両親の生き方しか知り得ない。選び取れない。出稼ぎ先で待っているのは、稲作や果樹園での下働きや建設労働などだ。それでも故郷で農業に就くよりは収入が高いため、子の世代もまた出稼ぎに行く。その循環を断ち切ることができるのは、唯一、教育だけなのだ。
【参考記事】歯磨きから女性性器切除まで、世界の貧困解決のカギは「女性の自立」にある
子ども支援だけでなく家庭内暴力の防止活動にも携わる村のリーダー、ペム・ライ Kimlong Meng/Plan International
出稼ぎで不在の親に代わって子どもたちたちをサポートするのが村のリーダーたちだ。前述のCCASVAのような団体はリーダーたちの育成も担っている。そうした一人、1993年からスレ・プラン村のリーダーを務めるペム・ライを訪ねた。この村では146世帯のうち67世帯が子どもを残して出稼ぎ中だという。
「出生届や結婚届の受理やインフラの整備など従来の仕事に加え、今では祖父母に預けられた子どもたちを学校に通わせ、病気のときは病院に連れて行く。長く続いた内戦のせいで祖父母世代は十分な教育を受けていない。その世代に教育の重要性を説くことも仕事のひとつだ」
親族から少女がレイプされる
出稼ぎに関しては教育以外にも深刻な問題がある。出稼ぎ先や残されたふるさとで、性被害に遭うケースが多いのだ。ライの村では3年ほど前こんな事件があった。未明の午前4時、一本の電話がかかってきた。出稼ぎ中の親から預かっていた姪(当時7歳)が自分の夫にレイプされた、という女性からのものだった。ライは警察やCCASVAに通報し、その少女を病院に連れて行った。叔父にあたる男性は逃亡したが、時々村に戻ってくるため、少女と母親は報復を恐れて住居を転々としている。
「本当はその少女にも学校を続けてあげさせたい。シェルターに入ることも提案した。だが、娘がそういう被害にあったことを恥じている母親は学校を辞めさせた。今は時々村に戻って来るが、継続的な支援は難しい状況だ」
残された少女たちが性被害に遭うだけでなく、出稼ぎ中に家族からレイプされたり暴力を振るわれたりするケースもあるという。貧困のひずみで苦しむのは子どもたちだ。
子どもの問題も暴力も背景には貧困問題がある。ハン・シロは村の経済発展のために農業改革や起業支援なども行っている Kimlong Meng/Plan International
別の村のリーダー、ハン・シロはこうした貧困の連鎖を断ち切る活動をしている。出稼ぎで得た収入で贅沢をするのでなく、その収入を元手に地元で商売を始めることなどを推奨している。シロは村で奨学金をつくり、学力のある子どもたちに大学進学の道筋もつけている。
「その子どもたちが大学卒業後、村のために働いてくれることを願っています」
プランが支援している途上国の少女たちの経済状況や教育環境は日本の人々が想像できないほど過酷だ。だが、相対的な貧困状態にある子どもが6人に1人という状況になった日本では、「遠い国の話」ではない。カンボジアの場合、「おせっかい」と感じられるほどに地元のNGOや村のリーダーが家庭に介入していた。親だけに任せず、地元の人々など「第三者の大人」が関わらなければ、子どもたちの未来は開けないことを今回の取材であらためて感じた。
【執筆者】
浜田敬子(AERA前編集長)
1989年朝日新聞社入社。99年からAERA編集部。女性の生き方や雇用問題、国際ニュースを中心に取材。2014年から編集長。16年5月から朝日新聞社総合プロデュース室プロデューサーとして「働くと子育てを考えるWOKRO!」「Change Working Style」などのプロジェクトを立ち上げる。テレビ朝日「羽鳥慎一モーニングショー」の水曜コメンテーター。
◇プラン・インターナショナル◇
子どもの権利を推進し、貧困や差別のない社会を実現するために世界70カ国以上で活動する国際NGO。「Because I am a Girl」キャンペーンを通じて、女性というだけで様々な困難に直面する途上国の女の子たちの問題を訴え、生きていく力を身につけさせ、途上国の貧困が軽減されることを目指している。(www.plan-international.jp)
浜田敬子(AERA前編集長)
世界中から観光客が集まるカンボジアのシェムリアップ。アンコール・ワットなど一連の世界遺産群を目指して欧米だけでなく、中国や韓国からの観光客も近年急増している。街中には一杯3ドル50セントと日本のスターバックスよりも高いコーヒーを出すカフェや、アジアの高級リゾートを思わせるレストランもある。国家公務員の平均月収が約5万円のこの国で、これらの場所に一生足を踏み入れることがない地元の人も多いだろう。
プラン・インターナショナル(以下、プラン)というイギリスに本部を置く国際NGOの活動を取材するために、カンボジアのこの地を訪れたのは先月下旬。プランは「子どもの権利を推進し、貧困や差別のない社会を実現する」ことを目指すNGOだ。筆者がこのNGOの活動に興味を持ったのは「Because I am a Girl」というキャンペーン広告だった。「13歳で結婚。14歳で出産。恋はまだ知らない」というコピーと、写っていた10代前半であろう少女の写真。「女の子だから」というだけで教育も受けられず不当な扱いを受ける少女たちが世界には、特に途上国にはまだまだいる。
シェムリアップから車で約2時間。途中舗装された道路が終わると、あとは大きな穴だらけの土の道が延々続く。洪水にあって道路が削られても補修の予算すらない。タイ国境まで約70~80キロというアンコールチュム郡では、約8割の住民がタイに出稼ぎに向かう。
この地域では、崩れそうなバラックのような家の間に突然二階建ての瀟洒な家が現れる。出稼ぎに行って帰ってきた人たちが建てた家だという。家だけでない。バイクや家電製品、スマートフォンなどで歴然とした「収入格差」を目の当たりにした村の人々も、また後を追いかけるようにタイに出稼ぎに出て行く。
【参考記事】メコン川を襲う世界最悪の水危機
アンコールチュム郡では多い時は8割もの住民がタイへ出稼ぎに行く Kimlong Meng/Plan International
出稼ぎ先で学校に行かれない
こうした村で問題になっているのが、出稼ぎ家族の子どもたちの教育だ。プランのカンボジア統括事務所の広報担当モン・チャンタラ・ソレイユは、こう話している。
「カンボジアに仕事がないために政府も出稼ぎを奨励しているが、違法なブローカーに法外な手数料を取られている場合も多い。出稼ぎ先のタイでは子どもが学校に通えず、読み書きすらできないまま育つ。こうした出稼ぎ家族の子どものリスクを政府は理解していない」
プランでは地元の協力団体と連携しながら、こうした家族に対してまずパスポートを取得し、正規ルートでの出稼ぎを働きかけると同時に、子どもをカンボジアに残していくよう説得する。地元スタッフは祖父母に預けられた子どもたちが学校にきちんと通えるように村のリーダーに働きかけ、一緒に見守っていく。
プランの協力団体の一つ「カンボジア飢えと暴力から子どもたちを守る会(CCASVA)」のフォ・ソフォーンはこうした活動を13のコミュニティで展開している。
ソフォーンが支援しているスレイ・ニア(16)の家族も、1年のうち農作業がある時期以外の8カ月はタイに出稼ぎに行く。当初、彼女も兄(24)や姉(22)とともに一緒にタイに連れて行かれていた。だが、10年ほど前にソフォーンらが「子どもをカンボジアに残し、教育を受けさせるよう」に両親を説得。叔母の家に預けられたニアは、現在高校生だ。
「学校にいる先輩たちを見て、出稼ぎに行かなくてもいろいろな職業に就けることを知り、刺激を受けた。私は将来、保健センターで働き、予防医療に携わる看護師になりたいと思っている」
ニアの姉は12歳までは両親に同行してタイにいたが、プランの説得でカンボジアに残り、一時は学校にも行くようになった。だが、学校に戻った年齢が高すぎたためか、学校になじめず行けなくなってしまった。今は家事と残された家畜の世話や農作業に従事している。
姉妹でありながら、たまたまカンボジアに残った年齢の差で姉と妹の進路はくっきりと分かれてしまった。筆者の目を正面から見据えて一言一言しっかり自分の考えを話す妹に対して、姉は幼く見えた。自信がないからか視線が定まらず、消え入りそうな声で話す。「できればタイの両親のもとに戻りたい」。彼女の未来には出稼ぎ中の両親のもとで暮らす、ということがささやかな希望なのだ。
教育を受ける効果は単に読み書きができるようになり、知識を得ることだけではない。学校に行かなければ自分の両親の生き方しか知り得ない。選び取れない。出稼ぎ先で待っているのは、稲作や果樹園での下働きや建設労働などだ。それでも故郷で農業に就くよりは収入が高いため、子の世代もまた出稼ぎに行く。その循環を断ち切ることができるのは、唯一、教育だけなのだ。
【参考記事】歯磨きから女性性器切除まで、世界の貧困解決のカギは「女性の自立」にある
子ども支援だけでなく家庭内暴力の防止活動にも携わる村のリーダー、ペム・ライ Kimlong Meng/Plan International
出稼ぎで不在の親に代わって子どもたちたちをサポートするのが村のリーダーたちだ。前述のCCASVAのような団体はリーダーたちの育成も担っている。そうした一人、1993年からスレ・プラン村のリーダーを務めるペム・ライを訪ねた。この村では146世帯のうち67世帯が子どもを残して出稼ぎ中だという。
「出生届や結婚届の受理やインフラの整備など従来の仕事に加え、今では祖父母に預けられた子どもたちを学校に通わせ、病気のときは病院に連れて行く。長く続いた内戦のせいで祖父母世代は十分な教育を受けていない。その世代に教育の重要性を説くことも仕事のひとつだ」
親族から少女がレイプされる
出稼ぎに関しては教育以外にも深刻な問題がある。出稼ぎ先や残されたふるさとで、性被害に遭うケースが多いのだ。ライの村では3年ほど前こんな事件があった。未明の午前4時、一本の電話がかかってきた。出稼ぎ中の親から預かっていた姪(当時7歳)が自分の夫にレイプされた、という女性からのものだった。ライは警察やCCASVAに通報し、その少女を病院に連れて行った。叔父にあたる男性は逃亡したが、時々村に戻ってくるため、少女と母親は報復を恐れて住居を転々としている。
「本当はその少女にも学校を続けてあげさせたい。シェルターに入ることも提案した。だが、娘がそういう被害にあったことを恥じている母親は学校を辞めさせた。今は時々村に戻って来るが、継続的な支援は難しい状況だ」
残された少女たちが性被害に遭うだけでなく、出稼ぎ中に家族からレイプされたり暴力を振るわれたりするケースもあるという。貧困のひずみで苦しむのは子どもたちだ。
子どもの問題も暴力も背景には貧困問題がある。ハン・シロは村の経済発展のために農業改革や起業支援なども行っている Kimlong Meng/Plan International
別の村のリーダー、ハン・シロはこうした貧困の連鎖を断ち切る活動をしている。出稼ぎで得た収入で贅沢をするのでなく、その収入を元手に地元で商売を始めることなどを推奨している。シロは村で奨学金をつくり、学力のある子どもたちに大学進学の道筋もつけている。
「その子どもたちが大学卒業後、村のために働いてくれることを願っています」
プランが支援している途上国の少女たちの経済状況や教育環境は日本の人々が想像できないほど過酷だ。だが、相対的な貧困状態にある子どもが6人に1人という状況になった日本では、「遠い国の話」ではない。カンボジアの場合、「おせっかい」と感じられるほどに地元のNGOや村のリーダーが家庭に介入していた。親だけに任せず、地元の人々など「第三者の大人」が関わらなければ、子どもたちの未来は開けないことを今回の取材であらためて感じた。
【執筆者】
浜田敬子(AERA前編集長)
1989年朝日新聞社入社。99年からAERA編集部。女性の生き方や雇用問題、国際ニュースを中心に取材。2014年から編集長。16年5月から朝日新聞社総合プロデュース室プロデューサーとして「働くと子育てを考えるWOKRO!」「Change Working Style」などのプロジェクトを立ち上げる。テレビ朝日「羽鳥慎一モーニングショー」の水曜コメンテーター。
◇プラン・インターナショナル◇
子どもの権利を推進し、貧困や差別のない社会を実現するために世界70カ国以上で活動する国際NGO。「Because I am a Girl」キャンペーンを通じて、女性というだけで様々な困難に直面する途上国の女の子たちの問題を訴え、生きていく力を身につけさせ、途上国の貧困が軽減されることを目指している。(www.plan-international.jp)
浜田敬子(AERA前編集長)