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トランプのメキシコいじめで不法移民はかえって増える

ニューズウィーク日本版 2017年2月22日 21時0分

<ホワイトハウスの勝手な思い込みに反し、メキシコは大量の不法移民をアメリカに入る前に拘束し、本国に強制送還してくれている。その相手を侮辱し、信頼を損ない、トランプ流の強硬策を通そうとしても、メキシコは受け入れないだろう>

中米グアテマラの国境近く、メキシコ南部タパチュラの通りを走るトラックの後ろに彼はぶら下がっていた。メキシコの国境警備隊員だ。片手に半自動ライフルAR-15を握り、ライフルも防弾チョッキも、自分が受けた訓練のほとんども「メイド・イン・アメリカ」だと言った。

彼の装備を見れば、メキシコの国境警備がどれほどアメリカと密接に連携し、直接的な支援を受けているかが一目瞭然だ。メキシコは近年、麻薬の取り締まりや国境を越えた犯罪や不法移民に対処するため、アメリカとかつてない緊密な協力関係を育んできた。

水曜からメキシコを訪問するアメリカのジョン・ケリー国土安全保障長官とレックス・ティラーソン国務長官に立ちはだかるのは、まさにそうした現実だ。両長官はドナルド・トランプ米大統領による新たな不法移民の取り締まり強化策(悪名高い壁も含む)について、反発するメキシコからなんとかして合意を取り付けるため、エンリケ・ペニャニエト大統領や他の政府高官と会合する。

【参考記事】ペニャニエトが「国境の壁」建設を阻止するための7つの切り札

メキシコ実は優等生

火曜に国土安全保障省が公表した指針は、バラク・オバマ前米大統領が出した移民に関する大統領令や指針をほぼ全て撤廃し、国内に滞在する不法移民の取り締まりを格段に強化する内容だ。不法入国したという事実だけで、米当局は大量の移民を容易に送還できるようになる。オバマ前政権からの大きな変化は、「簡易送還」の対象者を拡大した点だ。従来は入国から2週間以内、国境から160キロ以内で拘束された不法移民が対象だったが、今後は入国から2年以上経っていることを証明できない限り全米のどこにいても拘束の対象になる。さらに出身国以外の国へ強制送還することもあるという。

【参考記事】まるで鎖国、トランプ移民政策のすべて──専門職やグリーンカードも制限、アメリカの人口も減る!

「アメリカはメキシコより巨大で強力な国だから、メキシコ側に交渉力はないと思うのは間違いだ」と指摘するのは、米ウッドロー・ウィルソン国際学術センターでメキシコ研究所副所長を務めるクリス・ウィルソンだ。「現時点でメキシコは、アメリカよりはるかに多くの中米出身者を本国へ強制送還している。メキシコはアメリカが嫌がる仕事を代行しているとも言える。もし2国間の協力関係の枠組みが失われれば、メキシコはアメリカに有利なすべての取組みを打ち切る構えだ」



オバマ前政権は、幼少期に親に連れられて不法入国した「ドリーマー」と呼ばれる移民には、例外措置を適用して強制送還を免除した。トランプ政権が不法移民の取り締まりを強化する中、当局者がドリーマーを拘束したという報道もあったが、ホワイトハウスは今のところ彼らについては例外措置を継続する方針を示した。トランプは先週、一時的に就業許可を与えて合法的な滞在を認める「DACA」という制度の対象になった75万人のドリーマーについて「偉大な心を見せる」と発言していた。

だが不安の払拭には程遠い。ショーン・スパイサー大統領報道官は火曜の会見で、強制送還はアメリカの治安に脅威となる移民を優先して行うとしたが、こうも言った。「不法滞在者なら誰でも、いつでも摘発の対象になり得る」

国土安全保障省は、アメリカにいる1100万人いるといわれる不法移民の「大量の強制送還」が取り締まり強化の目的ではないと主張する。新指針の経緯を説明した同省の高官は「必ずしも不法移民がパニックに陥る必要はない」と述べた。

トランプは大統領就任前から、アメリカとメキシコの2国間関係をひどく傷つけてきた。これから貿易戦争になると脅し、国境に壁を築くと言い、「悪い連中」に立ち向かうため国境沿いに米軍を派遣するとまで言った(ペニャニエトは先月末、ワシントンで予定されていたトランプとの首脳会談を中止した)。駐米メキシコ大使は、トランプのメキシコに対する扱いは「受け入れられない」と言った。

【参考記事】トランプのメキシコ系判事差別で共和党ドン引き

メキシコ人移民は減っている

ケリーに託されるのは、乱暴なトランプの指示をきちんとした政策の指針に置き換えて、現場の最前線に立つ国境警備隊や管轄する関係省庁のトップが政策を実行できるようにするという困難な役割だ。

そこで大事になるのは、メキシコの協力だ。過去40年間でメキシコからアメリカに渡る不法移民は最低水準に落ち込んだ。メキシコ人に限ると、2009年以降にアメリカに移住した人は、アメリカからメキシコに戻ってきた人より少なかった。むしろ治安が悪化するグアテマラ、ホンジュラス、エルサルバドルという中米3カ国こそが、メキシコ経由でアメリカに不法入国する移民の主な出身国だ。近年増加している1人で越境する子どももそこに含まれる。

これまで米政府は様々な制度の下、アメリカへの移民流入を阻止するため、メキシコや中米諸国に対して数十億ドルの資金を提供してきた。メキシコはそれに応じ、不法移民の拘束や強制送還の措置を見事に強化し、2013~16年の間は中米諸国を中心に強制送還する人数を倍増させた。再度アメリカへ入国を試みるより、メキシコに移住すると決めて難民申請する人々も増えている。だがトランプによる最新の指針は「米連邦予算からメキシコに拠出する直接間接のあらゆる助成金」を見直すよう求めており、削減もちらつかせている。



つまり、トランプ政権の新指針がかえってメキシコとの関係を悪化させ、移民の北上を後押ししてしまう可能性があるのだ。

トランプ政権はまた、不法移民は出身国に強制送還するのではなく、移民が国境を越えた国に送還してもいいという新しい条項を設けた。つまり、メキシコとの国境を越えてきた移民は、メキシコ人であろうとなかろうとメキシコに送り返すということだ。移民や難民の申請を審査する間、メキシコ側に留め置けばかなりの費用と資源の節約になる。

ただし、あくまでメキシコの同意が必要だ。「もちろんメキシコは受け入れる必要はない」と、ウィルソンは言う。「メキシコにも入国を許可する相手を選ぶ権利がある」

ケリーは先月、上院の指名承認公聴会で証言した。「本当に麻薬や犯罪者がアメリカにくるのを防ぎたいなら、『壁』ははるか南に建設しなければならない。本当の国境警備は、リオ・グランデ川の2400キロ南で始まる。中南米のジャングルだ」

だとすれば尚のこと、今アメリカに必要なのはメキシコの協力であって国境の壁ではない。

From Foreign Policy Magazine

モリー・オトゥール

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