<過去3代のトップが犯罪行為に関与したIMFへの信頼が揺れている。ヨーロッパから専務理事を選任するというIMFの「紳士協定」には時代遅れという指摘が>
今月23日、スペインの裁判所は国際通貨基金(IMF)の元専務理事だったロドリゴ・ラト元スペイン経済相に対して横領罪で実刑判決を下した。
ラトは大手銀行バンキアの代表を務めていた2010〜13年の間に同行の法人クレジットカードを使って銀行資金を私的流用。ラトや経営陣60人以上が関与して、1200万ユーロ(約14億円)が横領された。ラト自身は、高級バッグを購入したり、高級ホテルの宿泊、酒などに約10万ドルを使ったりしていた。
しかもバンキアは、2012年に経営難に陥り、政府やEU(欧州連合)から多額の公的資本が投入されていることから、スペイン国内では繰り返しデモも起きている。
ラトは2004年から3年間にわたりIMFのトップを務めた人物だが、実はIMFのトップ経験者が、逮捕または有罪判決を受けるケースは、彼が初めてではない。実際には、過去3代の専務理事がそれぞれ何らかの事件に関与しており、IMFにとっては恥ずべき事態になっている。もしかしたら、この判決によってIMFが変わるきっかけになるかもしれないとの声もある。
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現在、IMFを率いるのは、フランスのクリスティーヌ・ラガルドだが、彼女もその1人だ。2011年からトップの職にあるラガルドはもともと、フランスの閣僚だったが、当時の公務に関連して、2016年12月19日に有罪判決を受けた。
当時、この有罪判決を報じた英フィナンシャルタイムズの記事は興味深いものだった。「ラガルドはどこを訪れようと、国家元首並みの扱いを受けている。だが母国の首都パリで今週、フランス革命でマリー・アントワネットがギロチンによる死刑の判決を受けた議場で、ラガルドは彼女の"訪問"に無感動な判事たちや、妥協を見せない元仲間たちに対峙したのだ」
ラガルドは、ニコラ・サルコジ前大統領の時代に財務相を務めていたが、2008年に旧国営銀行との間で起きた株式の売買をめぐる訴訟で、国が4億2000万ドルを支払うよう便宜を図ったとされる。そして国に損害を与えたとして、職務怠慢の罪に問われた。
ただ裁判所は、職務怠慢の容疑は有罪としたが、便宜を図った事実は認められないとして刑は科さないという異例の判決を言い渡した。
ラガルドは、2011年に前任者が任期途中に辞任をしたことで、IMFトップの座を引き継いでいる。前任者であるドミニク・ストロスカーンは、犯罪行為が疑われて逮捕されたことで、辞任を余儀なくされた。フランスでは将来的には大統領になると見られていたほどの人物だったために、フランス国内でも大きな動揺が広がった。
ストロスカーンの容疑は性的暴行だった。2011年に滞在先のニューヨーク市内のホテルで、IMFトップの職にありながら、従業員に性的暴行を加えたとして逮捕されている。実際に被害者とされる従業員の服からはストロスカーンの体液が発見されたが、ストロスカーンは性的な接触を認め、合意があったと主張した。最終的には、示談で不起訴となっているのだが、彼はニューヨーク市内にあるライカーズ刑務所の塀の中でIMFトップを辞任する意向を手紙にしたためたという。
ラガルドもストロスカーンもフランス人だが、IMFと言えば、これまでの11人の専務理事のうち6人はフランス人だ。その他は、スペイン人のリトや、ドイツ人やオランダ人、ベルギー人、スウェーデン人など。
そもそもなぜIMFのトップは、いつもヨーロッパ諸国の出身者なのか。そのわけは、IMFの専務理事はヨーロッパから選ぶという「紳士協定」が存在するからだ。この紳士協定によれば、IMFの専務理事はヨーロッパから、そして世界銀行の総裁はアメリカから選ばれることになっている。IMFの規約には、専務理事は理事会で指名されるという決まりがあるが国籍についての記述はない。
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ただ、さすがにこの協定も時代に合わなくなってきていると指摘されており、ストラスカーンの後任選びの際は、経済規模が大きくなっているブラジルや南アフリカの高官らが、次の専務理事は途上国から選ぶべきだと要求していた。そしてラガルドやリトの有罪判決といった度重なる不祥事で、今後またその要求が再燃する可能性がある。
IMFに関してはヨーロッパの債務危機への見通しと対応について賛否が起きている。また最近特に台頭している、世界的な国際的機関に懐疑的なポピュリストからの批判が高まる可能性もある。特にラガルドに刑を科さないという異例の判決は、なぜ支配層やエリート層は罰せられないのかというポピュリズム(大衆迎合主義)的な批判が強まるきっかけにもなりかねない。
ちなみにIMFの財源はほとんどがクオータ(出資割当額)で賄われている。最も多く支払っているのはアメリカで、次いで日本、中国、ドイツと続く。そう考えれば、透明性が求められる時代に、どんな歴史があろうが、ヨーロッパから専務理事を出すのはもはや無理があるというものだろう。
有罪判決を受ける前に、他に候補者がいなかったために不戦勝で専務理事として2期目を任されることになったラガルドは、よほどのことがない限り今後約4年はトップの座に君臨する。だがその後、IMFが「紳士協定」を捨て、組織として変わることになるかどうかが注目されている。
山田敏弘(ジャーナリスト)
今月23日、スペインの裁判所は国際通貨基金(IMF)の元専務理事だったロドリゴ・ラト元スペイン経済相に対して横領罪で実刑判決を下した。
ラトは大手銀行バンキアの代表を務めていた2010〜13年の間に同行の法人クレジットカードを使って銀行資金を私的流用。ラトや経営陣60人以上が関与して、1200万ユーロ(約14億円)が横領された。ラト自身は、高級バッグを購入したり、高級ホテルの宿泊、酒などに約10万ドルを使ったりしていた。
しかもバンキアは、2012年に経営難に陥り、政府やEU(欧州連合)から多額の公的資本が投入されていることから、スペイン国内では繰り返しデモも起きている。
ラトは2004年から3年間にわたりIMFのトップを務めた人物だが、実はIMFのトップ経験者が、逮捕または有罪判決を受けるケースは、彼が初めてではない。実際には、過去3代の専務理事がそれぞれ何らかの事件に関与しており、IMFにとっては恥ずべき事態になっている。もしかしたら、この判決によってIMFが変わるきっかけになるかもしれないとの声もある。
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現在、IMFを率いるのは、フランスのクリスティーヌ・ラガルドだが、彼女もその1人だ。2011年からトップの職にあるラガルドはもともと、フランスの閣僚だったが、当時の公務に関連して、2016年12月19日に有罪判決を受けた。
当時、この有罪判決を報じた英フィナンシャルタイムズの記事は興味深いものだった。「ラガルドはどこを訪れようと、国家元首並みの扱いを受けている。だが母国の首都パリで今週、フランス革命でマリー・アントワネットがギロチンによる死刑の判決を受けた議場で、ラガルドは彼女の"訪問"に無感動な判事たちや、妥協を見せない元仲間たちに対峙したのだ」
ラガルドは、ニコラ・サルコジ前大統領の時代に財務相を務めていたが、2008年に旧国営銀行との間で起きた株式の売買をめぐる訴訟で、国が4億2000万ドルを支払うよう便宜を図ったとされる。そして国に損害を与えたとして、職務怠慢の罪に問われた。
ただ裁判所は、職務怠慢の容疑は有罪としたが、便宜を図った事実は認められないとして刑は科さないという異例の判決を言い渡した。
ラガルドは、2011年に前任者が任期途中に辞任をしたことで、IMFトップの座を引き継いでいる。前任者であるドミニク・ストロスカーンは、犯罪行為が疑われて逮捕されたことで、辞任を余儀なくされた。フランスでは将来的には大統領になると見られていたほどの人物だったために、フランス国内でも大きな動揺が広がった。
ストロスカーンの容疑は性的暴行だった。2011年に滞在先のニューヨーク市内のホテルで、IMFトップの職にありながら、従業員に性的暴行を加えたとして逮捕されている。実際に被害者とされる従業員の服からはストロスカーンの体液が発見されたが、ストロスカーンは性的な接触を認め、合意があったと主張した。最終的には、示談で不起訴となっているのだが、彼はニューヨーク市内にあるライカーズ刑務所の塀の中でIMFトップを辞任する意向を手紙にしたためたという。
ラガルドもストロスカーンもフランス人だが、IMFと言えば、これまでの11人の専務理事のうち6人はフランス人だ。その他は、スペイン人のリトや、ドイツ人やオランダ人、ベルギー人、スウェーデン人など。
そもそもなぜIMFのトップは、いつもヨーロッパ諸国の出身者なのか。そのわけは、IMFの専務理事はヨーロッパから選ぶという「紳士協定」が存在するからだ。この紳士協定によれば、IMFの専務理事はヨーロッパから、そして世界銀行の総裁はアメリカから選ばれることになっている。IMFの規約には、専務理事は理事会で指名されるという決まりがあるが国籍についての記述はない。
【参考記事】貿易戦争より怖い「一帯一路」の未来
ただ、さすがにこの協定も時代に合わなくなってきていると指摘されており、ストラスカーンの後任選びの際は、経済規模が大きくなっているブラジルや南アフリカの高官らが、次の専務理事は途上国から選ぶべきだと要求していた。そしてラガルドやリトの有罪判決といった度重なる不祥事で、今後またその要求が再燃する可能性がある。
IMFに関してはヨーロッパの債務危機への見通しと対応について賛否が起きている。また最近特に台頭している、世界的な国際的機関に懐疑的なポピュリストからの批判が高まる可能性もある。特にラガルドに刑を科さないという異例の判決は、なぜ支配層やエリート層は罰せられないのかというポピュリズム(大衆迎合主義)的な批判が強まるきっかけにもなりかねない。
ちなみにIMFの財源はほとんどがクオータ(出資割当額)で賄われている。最も多く支払っているのはアメリカで、次いで日本、中国、ドイツと続く。そう考えれば、透明性が求められる時代に、どんな歴史があろうが、ヨーロッパから専務理事を出すのはもはや無理があるというものだろう。
有罪判決を受ける前に、他に候補者がいなかったために不戦勝で専務理事として2期目を任されることになったラガルドは、よほどのことがない限り今後約4年はトップの座に君臨する。だがその後、IMFが「紳士協定」を捨て、組織として変わることになるかどうかが注目されている。
山田敏弘(ジャーナリスト)