<アカデミー賞授賞式で、作品賞受賞作が一旦『ラ・ラ・ランド』と発表されてから『ムーンライト』に訂正される前代未聞の事態が発生。生中継された、両映画関係者の人間ドラマはなかなかの見物だった>
前代未聞の珍事が起きてしまいました。一部では「作品賞受賞作を取り違え」という報道がありますが、そんなレベルの話ではありません。アメリカで最もメジャーなテレビイベントのクライマックスが、メチャクチャになってしまったのです。
このシーンですが、最初は厳粛に始まりました。オスカーという大イベントの最後のプレゼンターは、ウォーレン・ベイティとフェイ・ダナウェイのコンビでした。この2人は、1967年に公開された映画史に残る作品『俺達に明日はない』(アーサー・ペン監督、原題は、"Bonnie and Clyde")で、破滅的な男女を好演しています。この映画の公開50周年ということで選ばれたのでした。
もちろん、ベイティは『レッズ』(1981年)で監督賞を、ダナウェイは『ネットワーク』(1976年、シドニー・ルメット監督)で主演女優賞を獲得していますが、それぞれに膨大な作品を残している超一流の役者さんです。
【参考記事】『ラ・ラ・ランド』の色鮮やかな魔法にかけられて
ベイティは、発表にあたって「ハリウッドは多様性という価値を大事にしなくてはなりません」と、この晩の「念押し」のようなメッセージを述べて喝采を浴びていました。そして、いよいよ「オスカー授賞は......」となった瞬間に、ベイティがおかしな顔をして、発表を躊躇したのです。
そこで「何やってんのよアンタ」という感じで、ダナウェイは赤い封筒を奪って自分で受賞作を発表したのです。その躊躇というのもいかにも「力のない色男」の役を得意にしてきたベイティらしいものでしたし、そこで自分が封筒を取り上げて発表してしまったというのも「勝気な女性の美しさ」を生涯かけて表現してきたダナウェイらしいものでした。
ダナウェイの口からは『ラ・ラ・ランド』というタイトルが呼ばれ、会場では、即座にピットにいたオーケストラが『ラ・ラ・ランド』の音楽を演奏する中、スタッフとキャストは歓喜の表情を浮かべて壇上に上ったのです。この時点では、何の異変も感じられませんでした。
作品賞というのはプロデューサーに授与されることになっています。2人の大物俳優からオスカー像を渡されて、まずジョーダン・ホロウィッツというプロデューサーが、喜びとともに謝辞を述べました。チャゼル監督、そして主演のゴスリングとストーンも、感極まった表情でその後ろに立っていました。
続いて、もう一人のプロデューサーのフレッド・バーガーが、同じようにオスカー像を手にして挨拶を始めたのですが、このあたりから、舞台の上が妙な雰囲気になっていったのです。スタッフが走り回る中、『ラ・ラ・ランド』のスタッフの中から「Lost!(賞が取れなかった)」という叫びが聞こえたと思うと、少し前に歓喜の挨拶をしたプロデューサーのホロウィッツがバーガーの挨拶を止めさせたのです。
【参考記事】アカデミー賞を取り損ねた名優、名子役、名監督......
そしてホロウィッツは「違う。『ムーンライト』だ。勝ったのは皆さんの方だ。これはジョークじゃない、本当だ」と言って、「作品賞授賞『ムーンライト』」とハッキリ表記してある「赤い封筒の中のカード」を掲げたのです。中継のカメラが、そのカードを大写しにすると、確かに「作品賞『ムーンライト』」と書かれていました。
場内が騒然となる中、『ラ・ラ・ランド』のスタッフとキャストは整然と降壇していくのと交代に、今度は「まだ何が起きたのかよく分かっていない」という表情で、バリー・ジェンキンス監督以下、『ムーンライト』のチームが登壇していったのです。
ジェンキンス監督以下の関係者はオスカー像を手にしつつ、それぞれに感動的なスピーチを行い、会場もその結果に惜しみない拍手を送り、セレモニーは最終的には大団円ということになりました。ちなみに、その中でベイティは「自分の受け取ったカードには実は『主演女優賞 エマ・ストーン ラ・ラ・ランド』と書いてあったんです。おかしいと思ったので何度も見返してしまいました」と弁解しており、とりあえず番組内で、辻褄の合う説明がされた格好になっています。
司会をしていたコメディアンのジミー・キンメルは、「これはスティーブ・ハーベイのせいだ」というジョークを言っていましたが、これは同業のハーベイが2016年のミス・ユニバースを司会していた際に優勝者のアナウンスを間違ったことを指しています。ハーベイの場合は「次点1位、次点2位が上に書いてあり、チャンピオンは右下」という変則的な書き方をしたカードを手にしたために「つい『1位』とあった別の国の女性を指名してしまった」というミスでした。
では、今回の「真相」はどうなのでしょう? 色々な報道がされていますが、「発表直後のベイティの手の中にあったカードを超望遠で撮った写真には、『演技賞』という文字が見えるので、ベイティの説明はウソではない」らしいということが一つあります。その一方で、主演女優賞のエマ・ストーンからは「自分は受賞後ずっと赤封筒の中のカードを持っていたので、主演女優賞のカードと作品賞のカードの取り違えということはないと断言できます」という証言が出ています。
アカデミー賞事務局は、各賞の封筒を、予備を含めて2通づつ用意していたようです。土壇場で『ラ・ラ・ランド』のプロデューサー、ホロウィッツが掲げて見せた「ホンモノ」の「作品賞告知カード」は、大混乱の中でスタッフが差し入れたのかもしれません。
いずれにしても、今回の大ハプニングの中で、このジョーダン・ホロウィッツという人の機敏で紳士的な行動が大変な話題になっています。「ウソの横行する世の中で、久しぶりに真実を堂々と口にする人を見た」などという具合です。
同時に、このハプニングが起きたことで、「ライバル視」されていた『ラ・ラ・ランド』のチームと、『ムーンライト』のチームに不思議な友情のようなものが醸し出されたこと、またこの騒動のおかげで、最初から最後まで「逃げも隠れもしない反トランプのイベント」に終始した今回のオスカーが「そのことを少し忘れさせる」格好で終わったということも言えそうです。
日本なら混乱の瞬間にすぐカメラが切り替わって「放送事故」扱いになるところですが、そこは「土壇場の機転」が大好きなアメリカです。この最高に人間臭いヒューマン・ドラマがノーカットで中継されたのは、なかなかの見物でした。
前代未聞の珍事が起きてしまいました。一部では「作品賞受賞作を取り違え」という報道がありますが、そんなレベルの話ではありません。アメリカで最もメジャーなテレビイベントのクライマックスが、メチャクチャになってしまったのです。
このシーンですが、最初は厳粛に始まりました。オスカーという大イベントの最後のプレゼンターは、ウォーレン・ベイティとフェイ・ダナウェイのコンビでした。この2人は、1967年に公開された映画史に残る作品『俺達に明日はない』(アーサー・ペン監督、原題は、"Bonnie and Clyde")で、破滅的な男女を好演しています。この映画の公開50周年ということで選ばれたのでした。
もちろん、ベイティは『レッズ』(1981年)で監督賞を、ダナウェイは『ネットワーク』(1976年、シドニー・ルメット監督)で主演女優賞を獲得していますが、それぞれに膨大な作品を残している超一流の役者さんです。
【参考記事】『ラ・ラ・ランド』の色鮮やかな魔法にかけられて
ベイティは、発表にあたって「ハリウッドは多様性という価値を大事にしなくてはなりません」と、この晩の「念押し」のようなメッセージを述べて喝采を浴びていました。そして、いよいよ「オスカー授賞は......」となった瞬間に、ベイティがおかしな顔をして、発表を躊躇したのです。
そこで「何やってんのよアンタ」という感じで、ダナウェイは赤い封筒を奪って自分で受賞作を発表したのです。その躊躇というのもいかにも「力のない色男」の役を得意にしてきたベイティらしいものでしたし、そこで自分が封筒を取り上げて発表してしまったというのも「勝気な女性の美しさ」を生涯かけて表現してきたダナウェイらしいものでした。
ダナウェイの口からは『ラ・ラ・ランド』というタイトルが呼ばれ、会場では、即座にピットにいたオーケストラが『ラ・ラ・ランド』の音楽を演奏する中、スタッフとキャストは歓喜の表情を浮かべて壇上に上ったのです。この時点では、何の異変も感じられませんでした。
作品賞というのはプロデューサーに授与されることになっています。2人の大物俳優からオスカー像を渡されて、まずジョーダン・ホロウィッツというプロデューサーが、喜びとともに謝辞を述べました。チャゼル監督、そして主演のゴスリングとストーンも、感極まった表情でその後ろに立っていました。
続いて、もう一人のプロデューサーのフレッド・バーガーが、同じようにオスカー像を手にして挨拶を始めたのですが、このあたりから、舞台の上が妙な雰囲気になっていったのです。スタッフが走り回る中、『ラ・ラ・ランド』のスタッフの中から「Lost!(賞が取れなかった)」という叫びが聞こえたと思うと、少し前に歓喜の挨拶をしたプロデューサーのホロウィッツがバーガーの挨拶を止めさせたのです。
【参考記事】アカデミー賞を取り損ねた名優、名子役、名監督......
そしてホロウィッツは「違う。『ムーンライト』だ。勝ったのは皆さんの方だ。これはジョークじゃない、本当だ」と言って、「作品賞授賞『ムーンライト』」とハッキリ表記してある「赤い封筒の中のカード」を掲げたのです。中継のカメラが、そのカードを大写しにすると、確かに「作品賞『ムーンライト』」と書かれていました。
場内が騒然となる中、『ラ・ラ・ランド』のスタッフとキャストは整然と降壇していくのと交代に、今度は「まだ何が起きたのかよく分かっていない」という表情で、バリー・ジェンキンス監督以下、『ムーンライト』のチームが登壇していったのです。
ジェンキンス監督以下の関係者はオスカー像を手にしつつ、それぞれに感動的なスピーチを行い、会場もその結果に惜しみない拍手を送り、セレモニーは最終的には大団円ということになりました。ちなみに、その中でベイティは「自分の受け取ったカードには実は『主演女優賞 エマ・ストーン ラ・ラ・ランド』と書いてあったんです。おかしいと思ったので何度も見返してしまいました」と弁解しており、とりあえず番組内で、辻褄の合う説明がされた格好になっています。
司会をしていたコメディアンのジミー・キンメルは、「これはスティーブ・ハーベイのせいだ」というジョークを言っていましたが、これは同業のハーベイが2016年のミス・ユニバースを司会していた際に優勝者のアナウンスを間違ったことを指しています。ハーベイの場合は「次点1位、次点2位が上に書いてあり、チャンピオンは右下」という変則的な書き方をしたカードを手にしたために「つい『1位』とあった別の国の女性を指名してしまった」というミスでした。
では、今回の「真相」はどうなのでしょう? 色々な報道がされていますが、「発表直後のベイティの手の中にあったカードを超望遠で撮った写真には、『演技賞』という文字が見えるので、ベイティの説明はウソではない」らしいということが一つあります。その一方で、主演女優賞のエマ・ストーンからは「自分は受賞後ずっと赤封筒の中のカードを持っていたので、主演女優賞のカードと作品賞のカードの取り違えということはないと断言できます」という証言が出ています。
アカデミー賞事務局は、各賞の封筒を、予備を含めて2通づつ用意していたようです。土壇場で『ラ・ラ・ランド』のプロデューサー、ホロウィッツが掲げて見せた「ホンモノ」の「作品賞告知カード」は、大混乱の中でスタッフが差し入れたのかもしれません。
いずれにしても、今回の大ハプニングの中で、このジョーダン・ホロウィッツという人の機敏で紳士的な行動が大変な話題になっています。「ウソの横行する世の中で、久しぶりに真実を堂々と口にする人を見た」などという具合です。
同時に、このハプニングが起きたことで、「ライバル視」されていた『ラ・ラ・ランド』のチームと、『ムーンライト』のチームに不思議な友情のようなものが醸し出されたこと、またこの騒動のおかげで、最初から最後まで「逃げも隠れもしない反トランプのイベント」に終始した今回のオスカーが「そのことを少し忘れさせる」格好で終わったということも言えそうです。
日本なら混乱の瞬間にすぐカメラが切り替わって「放送事故」扱いになるところですが、そこは「土壇場の機転」が大好きなアメリカです。この最高に人間臭いヒューマン・ドラマがノーカットで中継されたのは、なかなかの見物でした。