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止まらないプーチンの暗殺指令

ニューズウィーク日本版 2017年3月8日 11時0分

<トランプは「殺人者」プーチンを擁護するが、ロシア政府の関与が疑われる暗殺の犠牲者30人以上のリストがアメリカで発表された>

ロシア大統領ウラジーミル・プーチンの関与が疑われる暗殺(未遂を含む)事件はたくさんある。整理すれば、かなり長いリストになるはずだ。

2月初め、ドナルド・トランプ米大統領がFOXニュースのインタビュー番組に出演した。司会者のビル・オライリーが、プーチンとその仲間は「殺人者だ」と言うと、すぐ反撃に出た。いわく「殺人者はいっぱいいる。われわれの国にだっていっぱいいる」。あのときトランプに、長い暗殺リストを突き付けられなかったのは実に残念だ。

しかしつい最近、元情報機関職員協会(AFIO)の季刊誌インテリジェンサーで、まさにそれが発表された。AFIOはCIA、FBI、軍の諜報関係機関に在籍した4500人の会員を擁する協会。リストには、ロシア政府の命令で殺害されたに違いない30人以上の犠牲者の名が並ぶ。作成者は米国防総省情報局(DIA)の元補佐官ピーター・オールソンだ。

リストの完成後も、不審な死は続いている。昨年12月にはモスクワで、旧ソ連の情報機関KGBの幹部だったオレグ・エロビンキンの遺体が自家用車の後部座席で発見された。

エロビンキンはMI6(英国情報部国外部門)の元職員クリストファー・スティールの情報源と考えられている。スティールは、トランプ陣営とプーチンの癒着の原因とされるトランプと売春婦のスキャンダラスな情報をリークした人物だ(現在、彼は地下に潜っている)。

【参考記事】米世論はトランプ政権とロシア関与疑惑に特別検察官の任命望む

さらに今年2月、ロシアの反体制派ウラジーミル・カラムルザが昏睡状態になり、モスクワの病院に 運び込まれた。

プーチン政権下で不審な死に方をした反体制派や亡命者、ジャーナリスト、離反した元側近や政敵の数を考えれば、疑惑が生じるのは当然だとオールソンは言う。「1人や2人、3人の死ならなんとでも説明がつく。しかし何十人となると?」

ロシア政府の敵には毒物が使われることが多い。2月2日に病院に搬送されたカラムルザは35歳。以前はテレビ局のワシントン駐在特派員だったが、ロシアに戻り、リベラル派として活動してきた。妻によると、病院では「特定不能な物質による急性中毒」と診断されたそうだ。

カラムルザが原因不明の重体に陥ったのは2度目だ。この事件はアレクサンドル・リトビネンコの悲劇を思い出させる。ロシア連邦保安局(FSB)の職員だったリトビネンコは06年、ロンドンで放射性物質ポロニウムを使って暗殺された。

ロンドン警視庁は、「証拠から唯一説明できるのは、いずれにせよ、リトビネンコ殺害にロシアが関与していることだ」と発表した。イギリス政府はロシアに容疑者アンドレイ・ルゴボイの身柄引き渡しを要求したが、ロシア側は拒否した。



2度目の暗殺未遂に遭ったカラムルザ(左)と15年に殺害された野党指導者ボリス・ネムツォフ(14年) Alex Wong / GETTY IMAGES

ルゴボイは自分にかけられた嫌疑を「でっち上げ、推測、噂」にすぎないと一蹴。今は下院議員なので、ルゴボイには免責特権がある。

00年にイギリスに亡命したリトビネンコは、英情報機関から援助を受けていた。彼はロシアマフィアとスペインのつながりを調査していたという。ルゴボイはKGBの元職員で、リトビネンコのお茶にポロニウムを混入したと考えられている。

イギリス人ジャーナリスト、ルーク・ハーディングはこの事件をたどる『ひどく高価な毒物』を出版。「リトビネンコはジェームズ・ボンドではなかった」と、ガーディアン紙の元モスクワ特派員のハーディングは書いている。

「しかし英情報機関に、ヨーロッパで暗躍するロシアマフィアと、プーチンを含むロシアの権力層の関係についての貴重な情報を渡していた」

リトビネンコなら、きっと言ったに違いない。プーチンと閣僚とその仲間が「マフィア国家」としか呼びようのないものをつくり上げている、と。あるいはオライリーがトランプに言ったように、プーチンを「殺人者」と呼んだかもしれない。

しかしトランプは「殺人者はこの国にもいっぱいいる」と、プーチン擁護とも取れる発言をして大きな非難を浴びた。

【参考記事】プーチンがひそかに狙う米シェール産業の破壊

「米ロは道徳的に異なる」

AFIOのオールソンが作成したリストに載っているどの件についても、プーチンや側近が関与した疑いこそあれ、それを証明するのは不可能だ。

それでも謎めいた死に方をしたロシアの反体制派やジャーナリストはあまりに多い。そのためオールソンは、いくつか誤りがあったとしても、すべてをリストに入れることにした。

その1人がプーチンの元側近で、15年11月にワシントンのホテルの部屋で変死したミハイル・レシンだ。「自分を汚職容疑で告発しないようFBIに掛け合っていた」との話もあったと、オールソンは書いている。警察は最終的に、急性アルコール中毒のために転倒して生じた外傷が死因だと結論付けた。

一方、2月に倒れたカラムルザは15年に飲まされた毒物による症状から回復しておらず、杖を使って歩いていた。前の事件と同じく、今回も毒物を特定できないという。妻は原因を突き止めるため、彼の血液サンプル、毛髪、爪をイスラエルの研究所に送った。

プーチン政権の被害者と思われる多くの人々と違って、カラムルザには有力なアメリカ人の友人がいる。その1人が共和党のジョン・マケイン上院議員。彼は議会で、トランプが曖昧な表現ながらもロシアとアメリカは似た者同士だと言ったことを激しく非難した。

カラムルザは「プーチンのロシアとアメリカに道徳上の等価性がないことを理解していた」。マケインはそう言った。「繰り返す。あの殺し屋でならず者のKGB(のプーチン)と、この国に道徳上の等価性はない。あると主張するのは勘違いも甚だしいか、あるいは偏見に凝り固まった考えだ」

さあ、オールソンのリストの出番だ。オライリーは次の機会にリストをトランプに見せ、こう質問すればいい。「これまでアメリカ大統領を批判して、その大統領の指示で殺害された者はいるか?」

[2017年3月7日号掲載]

ジェフ・スタイン

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