<チェチェン共和国でテロ攻撃が増加している。ISISに参加していた戦闘員が、ISISの劣勢を受けてロシアに帰国しているからだ。ISISを壊滅させれば、その数はさらに増え、チェチェンの分離独立運動も激しさを増すだろう>
ロシアが独立運動を警戒するチェチェン共和国で、過激派による銃撃事件や、暴力による死傷者の数が、15年から16年の間に急増した。今年に入り、チェチェン内務省とロシア大統領直属の国家親衛隊は大規模な対テロ作戦を実施し、テロ攻撃を企てた疑いのある地下組織を摘発した。
こうした動きは、チェチェンの若者が一層過激化する傾向を反映している。過激派の台頭は、領土を持った疑似国家としてのテロ組織ISIS(自称イスラム国)の弱体化がもたらした副産物だ。シリアやイラクの支配地域での国家樹立を狙うISISは、近年までチェチェンから大量の戦闘員を動員した。ロシア政府はシリア介入の大義にISISの壊滅を掲げたが、ISISの掃討作戦が上手くいけばいくほど、かえってISISの戦闘員が逆流し、チェチェンの不安定な情勢に拍車をかける恐れがある。果たしてロシアはそんなリスクを冒しても、ISISを本気で壊滅させるつもりだろうか。
【参考記事】ISISが中国にテロ予告
16年は前年に比べ、チェチェンの武装独立闘争に巻き込まれた負傷者が43%、死亡者は93%増加し、銃撃事件も倍増した。今年1月9日~16日にかけて、チェチェンで近年最大規模の対テロ作戦が実施されたのも、そうした背景がある。作戦ではISISと関連した60人の戦闘員を逮捕し、4人を殺害した。ロシア国家親衛隊も2人の犠牲者を出した。チェチェンのラムザン・カディロフ首長は、同国南部シャリ地区出身でシリアに潜伏する男がチェチェンの地下組織を操り、ISIS戦闘員の勧誘も行っていると述べた。
最大の戦闘員供給国
チェチェンから国外に渡航した戦闘員の数は、16年に大きく減少した。チェチェン内務省の情報では、同年にシリアのテロ組織に加わった戦闘員が19人まで落ち込んだ。年間で数百人が渡航したとされる13~15年に比べると、大幅な減少だ。戦闘員の勧誘が下火になった要因について、当局は予防措置や摘発が成功した証だと主張する。だが実際は、シリアとイラクでISISの支配地域や勢力が縮小したからだ。
【参考記事】モスル西部奪回作戦、イラク軍は地獄の市街戦へ
ロシアのプーチン大統領は2月23日、シリアで戦闘に参加するロシア人は約4000人いると述べた。ロシアは世界で3番目に多くの戦闘員をシリアやイラクの過激派組織に送り出し(1番と2番はシリアとイラクだ)、ロシア連邦の中ではチェチェンがISISへの最大の外国人戦闘員の補充に最も貢献した。
ロシア政府は過去に「チェチェンのテロは敗北した」など疑わしい見解を示したが、テロが収まったように見えたのは、チェチェンからの戦闘員流出を抜きにしては語れない。、シリア内戦が始まって以降、カフカス地方の地下組織の活動は半減した。治安当局や専門家、人権活動家、地域の住民もその事実を認める。つまり、チェチェンの武装勢力が国外のテロ活動に従事してくれれば、ロシア国内の治安問題が解消するわけだ。
【参考記事】アレッポに蘇るチェチェンの悲劇
ISISが支配領域や戦力を失い続ければ、ロシアが戦闘員の流出という外的な力で国内の治安問題を解消するのが困難になる。ISISが弱体化したからといって、必ずしもチェチェン国内の過激派や戦闘員の勧誘がなくなるわけではない。恐らく地下組織は若者への働きかけを続けるだろう。それにより、今後ロシアには2通りのシナリオが考えられる。
1つは、シリアで経験を積んだ戦闘員が帰国してチェチェンの武装勢力と結託し、ロシアの治安上の脅威が増大するシナリオだ。ただしロシアはすでに予防措置となる法律を制定したから、可能性は低そうだ。
プーチンは2015年4月にISISはロシアの直接的な脅威ではないと述べたものの、ロシア政府はロシアからISISに参加した戦闘員が大挙して帰国する事態を懸念していた。そのため早くも2013年10月には刑法を改正し、国外のテロ活動への参加を厳罰化。戦闘員の帰国を事前に阻止した。さらに抜け穴を塞ぐため、2016年にテロ厳罰化法とテロ対策強化法を合わせた「ヤロバヤ法」と呼ばれる法律を制定し、裏から帰国するルートも塞いだ。
シリアでISの戦い続くほうが好都合
2つ目のシナリオは、チェチェンで過激化する若者が増え続けることで、国内の過激派が更に勢いづくことだ。実際にチェチェンでは、2016年に過激派による銃撃や被害者が急増する一方で、シリアの過激派組織に加わる戦闘
員が激減したのは、それが現実に起きているのを示す兆候だ。チェチェンとロシアの当局が今年1月に対テロ作戦を実施したのも、過激派の更なる台頭を阻止すべく先手を打つためだった。
「地下組織は自分たちが信じる偏狭な思想のために死ぬ覚悟がある若者を説き伏せ、多数勧誘してきた」とカディロフ首長は言う。つい最近まで、そうした若者はシリアやイラクに拠点を置くISISに取り込まれていた。だが今やISISは相当な支配地域を失い、戦況も劣勢で、首都と称するイラク北部のモスルではイラク軍などによる奪還作戦が進む。あらゆる状況が、ISISの終焉を予感させる。支配地域をなくせば、ISISはチェチェンの若者を魅了し戦闘員を確保する能力を失う。ロシア国内の戦闘員の卵は、ISISに参加を目指して渡航する希望をなくし、意欲も萎むだろう。
その結果ロシア国内で過激化する若者が増えてチェチェンの過激派が増大するなら、ロシアにとってまさに悪夢のシナリオだ。むしろシリアや周辺地域でISISの戦闘が続くいたほうが、ロシアは自国の領土から過激化した若者を排除でき、最悪のシナリオを回避できる。
果たしてそんな国内事情を抱えるロシアが、シリアやイラクなど国境を越えて本気でISISと戦うつもりかどうか、予断を許さない。
This article first appeared on the Russia file, a blog of the Kennan Institute.
ラヒーム・ラヒモフ(米ジェームズタウン財団「ユーラシア・デイリー・モニター」政治アナリスト)
ロシアが独立運動を警戒するチェチェン共和国で、過激派による銃撃事件や、暴力による死傷者の数が、15年から16年の間に急増した。今年に入り、チェチェン内務省とロシア大統領直属の国家親衛隊は大規模な対テロ作戦を実施し、テロ攻撃を企てた疑いのある地下組織を摘発した。
こうした動きは、チェチェンの若者が一層過激化する傾向を反映している。過激派の台頭は、領土を持った疑似国家としてのテロ組織ISIS(自称イスラム国)の弱体化がもたらした副産物だ。シリアやイラクの支配地域での国家樹立を狙うISISは、近年までチェチェンから大量の戦闘員を動員した。ロシア政府はシリア介入の大義にISISの壊滅を掲げたが、ISISの掃討作戦が上手くいけばいくほど、かえってISISの戦闘員が逆流し、チェチェンの不安定な情勢に拍車をかける恐れがある。果たしてロシアはそんなリスクを冒しても、ISISを本気で壊滅させるつもりだろうか。
【参考記事】ISISが中国にテロ予告
16年は前年に比べ、チェチェンの武装独立闘争に巻き込まれた負傷者が43%、死亡者は93%増加し、銃撃事件も倍増した。今年1月9日~16日にかけて、チェチェンで近年最大規模の対テロ作戦が実施されたのも、そうした背景がある。作戦ではISISと関連した60人の戦闘員を逮捕し、4人を殺害した。ロシア国家親衛隊も2人の犠牲者を出した。チェチェンのラムザン・カディロフ首長は、同国南部シャリ地区出身でシリアに潜伏する男がチェチェンの地下組織を操り、ISIS戦闘員の勧誘も行っていると述べた。
最大の戦闘員供給国
チェチェンから国外に渡航した戦闘員の数は、16年に大きく減少した。チェチェン内務省の情報では、同年にシリアのテロ組織に加わった戦闘員が19人まで落ち込んだ。年間で数百人が渡航したとされる13~15年に比べると、大幅な減少だ。戦闘員の勧誘が下火になった要因について、当局は予防措置や摘発が成功した証だと主張する。だが実際は、シリアとイラクでISISの支配地域や勢力が縮小したからだ。
【参考記事】モスル西部奪回作戦、イラク軍は地獄の市街戦へ
ロシアのプーチン大統領は2月23日、シリアで戦闘に参加するロシア人は約4000人いると述べた。ロシアは世界で3番目に多くの戦闘員をシリアやイラクの過激派組織に送り出し(1番と2番はシリアとイラクだ)、ロシア連邦の中ではチェチェンがISISへの最大の外国人戦闘員の補充に最も貢献した。
ロシア政府は過去に「チェチェンのテロは敗北した」など疑わしい見解を示したが、テロが収まったように見えたのは、チェチェンからの戦闘員流出を抜きにしては語れない。、シリア内戦が始まって以降、カフカス地方の地下組織の活動は半減した。治安当局や専門家、人権活動家、地域の住民もその事実を認める。つまり、チェチェンの武装勢力が国外のテロ活動に従事してくれれば、ロシア国内の治安問題が解消するわけだ。
【参考記事】アレッポに蘇るチェチェンの悲劇
ISISが支配領域や戦力を失い続ければ、ロシアが戦闘員の流出という外的な力で国内の治安問題を解消するのが困難になる。ISISが弱体化したからといって、必ずしもチェチェン国内の過激派や戦闘員の勧誘がなくなるわけではない。恐らく地下組織は若者への働きかけを続けるだろう。それにより、今後ロシアには2通りのシナリオが考えられる。
1つは、シリアで経験を積んだ戦闘員が帰国してチェチェンの武装勢力と結託し、ロシアの治安上の脅威が増大するシナリオだ。ただしロシアはすでに予防措置となる法律を制定したから、可能性は低そうだ。
プーチンは2015年4月にISISはロシアの直接的な脅威ではないと述べたものの、ロシア政府はロシアからISISに参加した戦闘員が大挙して帰国する事態を懸念していた。そのため早くも2013年10月には刑法を改正し、国外のテロ活動への参加を厳罰化。戦闘員の帰国を事前に阻止した。さらに抜け穴を塞ぐため、2016年にテロ厳罰化法とテロ対策強化法を合わせた「ヤロバヤ法」と呼ばれる法律を制定し、裏から帰国するルートも塞いだ。
シリアでISの戦い続くほうが好都合
2つ目のシナリオは、チェチェンで過激化する若者が増え続けることで、国内の過激派が更に勢いづくことだ。実際にチェチェンでは、2016年に過激派による銃撃や被害者が急増する一方で、シリアの過激派組織に加わる戦闘
員が激減したのは、それが現実に起きているのを示す兆候だ。チェチェンとロシアの当局が今年1月に対テロ作戦を実施したのも、過激派の更なる台頭を阻止すべく先手を打つためだった。
「地下組織は自分たちが信じる偏狭な思想のために死ぬ覚悟がある若者を説き伏せ、多数勧誘してきた」とカディロフ首長は言う。つい最近まで、そうした若者はシリアやイラクに拠点を置くISISに取り込まれていた。だが今やISISは相当な支配地域を失い、戦況も劣勢で、首都と称するイラク北部のモスルではイラク軍などによる奪還作戦が進む。あらゆる状況が、ISISの終焉を予感させる。支配地域をなくせば、ISISはチェチェンの若者を魅了し戦闘員を確保する能力を失う。ロシア国内の戦闘員の卵は、ISISに参加を目指して渡航する希望をなくし、意欲も萎むだろう。
その結果ロシア国内で過激化する若者が増えてチェチェンの過激派が増大するなら、ロシアにとってまさに悪夢のシナリオだ。むしろシリアや周辺地域でISISの戦闘が続くいたほうが、ロシアは自国の領土から過激化した若者を排除でき、最悪のシナリオを回避できる。
果たしてそんな国内事情を抱えるロシアが、シリアやイラクなど国境を越えて本気でISISと戦うつもりかどうか、予断を許さない。
This article first appeared on the Russia file, a blog of the Kennan Institute.
ラヒーム・ラヒモフ(米ジェームズタウン財団「ユーラシア・デイリー・モニター」政治アナリスト)