<親イスラエルとみられているトランプ大統領のもと、イスラエル・パレスチナ紛争はイスラエルに有利な方向に向けて、本当に動き出すのか。これまでの流れを踏まえ、考える>
「二国家でも一国家でも、当事者同士が満足であれば私はどちらでもいい」――2月15日の共同記者会見で発表されたネタニヤフ首相の初訪米でのトランプ発言は、予想外の展開として大きな注目を集めた。これまでの歴代アメリカ政権が支持してきた、パレスチナとイスラエルの二国家共存、すなわち二国家解決が、今後は交渉の前提とはされないとの立場が示されたからだ。
他の政策におけるトランプ大統領自身の強硬姿勢とあいまって、この発言はオバマ政権時代からの転換姿勢を示し、中東和平の後退につながるのでは、との懸念が示されている。親イスラエルとみられているトランプ大統領のもと、イスラエル・パレスチナ紛争はイスラエルに有利な方向に向けて、本当に動き出すのか。これまでの流れを踏まえ、考えてみたい。
規定路線としての「二国家解決」
アメリカのみならず、国際社会もまた二国家解決を中東和平交渉の原則とみなしてきた。会見の後、国連のグテーレス事務総長は、訪問先のカイロで会見し「パレスチナ人とイスラエル人の状況には二国家解決しかなく、他に代替案はない」と述べた。エジプトのスィースィー大統領とヨルダンのアブドゥッラー国王もまた、二国家解決が望ましいとの立場を改めて表明している。これらは外交の規定路線が、今後は踏襲されない可能性に対する懸念とみることができるだろう。
だがその心配は、まだ杞憂ともいえるかもしれない。トランプ大統領の発言をよく確認すると、二国家解決を支持するとも支持しないとも、どちらの立場も明確には示されていないからだ。積極的に二国家解決を否定したとはいえず、入植地問題[前回の記事を参照]と同様、判断は留保されたとみるのが妥当だろう。アメリカの中東政策が大きく変化した、とはまだ判断できない。
そもそも二国家解決案はいつから規定路線となったのか。イスラエル建国直後、パレスチナ側を代表する抵抗運動組織のパレスチナ解放機構(PLO)は、占領されたパレスチナ全土の解放を目指していた。それが断念され、PLOがイスラエル国家の存在を認めるに至ったのは、建国から40年を経た1988年のことだった。これを受けて初めて、アメリカはPLOとの外交交渉を開始した。
そして1993年にオスロ合意が結ばれると、PLOとイスラエルは相互承認を果たし、二国家解決を枠組みとした和平交渉が始まることになる。予定された交渉期限内に合意ができず、交渉は一度中断するものの、2003年にはアメリカ、ロシア、国連、EUから成る中東和平カルテットにより「ロードマップ」が発表された。二国家解決はその中でも規定路線と確認され、その後のアメリカを仲介とする交渉の前提となった。
重要なのは、この二国家解決を前提とした枠組み自体が、パレスチナ政治の中でファタハ政権の正統性の裏づけとなっているという点だ。二国家という前提は、イスラエルに対する和平交渉の相手方をパレスチナ側に必要とした。任期がとうに切れ、ファタハ内部でも支持を失っているアッバース大統領がまだその地位を維持できるのは、オスロ合意でその役割を引き受けたファタハの代表として、国際社会とイスラエルが彼をまだ必要としているからに他ならない。イスラエルとの対話を拒否するハマースでは、交渉の相手方とならないからだ。
「二国家解決」を否定する動き
しかし現実は、理想とされた二国家解決とは別の方向にすでに進行してしまっている。パレスチナ自治区の一部を構成するヨルダン川西岸地区内には131箇所の入植地、97箇所の非合法アウトポストが存在し、入植者人口は38万人を超える。これに係争地である東エルサレムの入植者人口を合わせると60万人近いユダヤ人が、イスラエル国家の領土と称してパレスチナ自治区内に住んでいることになる。イスラエル側が行政権、警察権をともに握る自治区内のC地区は、ヨルダン川西岸地区の59%を占める。出稼ぎや物流を含め、パレスチナ自治区の経済はイスラエル経済に完全に依存した状態にある。
こうした状態を指してPLO事務局長のサーエブ・エリーカートは、1月末のCNNのインタビューで、占領によりパレスチナでは既に「一国家の現実」が存在していると指摘していた。これはパレスチナ側にすでに広く流布した共通認識といえるだろう。昨年12月にパレスチナ政策研究所(PSR)らが実施した合同世論調査で、二国家解決を支持するパレスチナ人の割合は44%と、既に半数を切っている。
イスラエル側でも、二国家解決を否定する声が強まっている。こちらはむしろ、政策的に積極的な意味で、パレスチナ国家の樹立を拒否する立場からだ。渡米前、ネタニヤフ首相は直前まで、トランプ大統領との会談での協議内容について閣内での議論を続けた。
なかでも右派政党「ユダヤの家」党首ナフタリ・ベネットは強固に「二国家」に反対し、会談で「パレスチナ国家」に言及しないことを求めた。彼は同じ党のアイェレト・シャケッド法相とともに、トランプ当選後は二国家解決路線を終わらせる好機だと捉え、ネタニヤフ首相に対パレスチナ政策の再考を求めてきた。それまで強硬派とみられてきたアヴィグドール・リーバーマン国防相ですら条件付で二国家解決の受入を表明し始めていたのとは対照的な動きだ。
今回のトランプ・ネタニヤフ会談は、こうしたベネットをはじめとするイスラエル国内右派にとっては意味の大きな展開だったといえよう。
だが今後の具体的な方向性は、まだ示されてはいない。二国家解決というタガが外され、今後の交渉の道筋がオープンエンドになったと捉えるとしても、その将来像は不透明なままだ。その不安が、今回のトランプ発言に対して敏感な反応を、諸方面で巻き起こしたとみることもできるだろう。
錦田愛子(東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所准教授)
「二国家でも一国家でも、当事者同士が満足であれば私はどちらでもいい」――2月15日の共同記者会見で発表されたネタニヤフ首相の初訪米でのトランプ発言は、予想外の展開として大きな注目を集めた。これまでの歴代アメリカ政権が支持してきた、パレスチナとイスラエルの二国家共存、すなわち二国家解決が、今後は交渉の前提とはされないとの立場が示されたからだ。
他の政策におけるトランプ大統領自身の強硬姿勢とあいまって、この発言はオバマ政権時代からの転換姿勢を示し、中東和平の後退につながるのでは、との懸念が示されている。親イスラエルとみられているトランプ大統領のもと、イスラエル・パレスチナ紛争はイスラエルに有利な方向に向けて、本当に動き出すのか。これまでの流れを踏まえ、考えてみたい。
規定路線としての「二国家解決」
アメリカのみならず、国際社会もまた二国家解決を中東和平交渉の原則とみなしてきた。会見の後、国連のグテーレス事務総長は、訪問先のカイロで会見し「パレスチナ人とイスラエル人の状況には二国家解決しかなく、他に代替案はない」と述べた。エジプトのスィースィー大統領とヨルダンのアブドゥッラー国王もまた、二国家解決が望ましいとの立場を改めて表明している。これらは外交の規定路線が、今後は踏襲されない可能性に対する懸念とみることができるだろう。
だがその心配は、まだ杞憂ともいえるかもしれない。トランプ大統領の発言をよく確認すると、二国家解決を支持するとも支持しないとも、どちらの立場も明確には示されていないからだ。積極的に二国家解決を否定したとはいえず、入植地問題[前回の記事を参照]と同様、判断は留保されたとみるのが妥当だろう。アメリカの中東政策が大きく変化した、とはまだ判断できない。
そもそも二国家解決案はいつから規定路線となったのか。イスラエル建国直後、パレスチナ側を代表する抵抗運動組織のパレスチナ解放機構(PLO)は、占領されたパレスチナ全土の解放を目指していた。それが断念され、PLOがイスラエル国家の存在を認めるに至ったのは、建国から40年を経た1988年のことだった。これを受けて初めて、アメリカはPLOとの外交交渉を開始した。
そして1993年にオスロ合意が結ばれると、PLOとイスラエルは相互承認を果たし、二国家解決を枠組みとした和平交渉が始まることになる。予定された交渉期限内に合意ができず、交渉は一度中断するものの、2003年にはアメリカ、ロシア、国連、EUから成る中東和平カルテットにより「ロードマップ」が発表された。二国家解決はその中でも規定路線と確認され、その後のアメリカを仲介とする交渉の前提となった。
重要なのは、この二国家解決を前提とした枠組み自体が、パレスチナ政治の中でファタハ政権の正統性の裏づけとなっているという点だ。二国家という前提は、イスラエルに対する和平交渉の相手方をパレスチナ側に必要とした。任期がとうに切れ、ファタハ内部でも支持を失っているアッバース大統領がまだその地位を維持できるのは、オスロ合意でその役割を引き受けたファタハの代表として、国際社会とイスラエルが彼をまだ必要としているからに他ならない。イスラエルとの対話を拒否するハマースでは、交渉の相手方とならないからだ。
「二国家解決」を否定する動き
しかし現実は、理想とされた二国家解決とは別の方向にすでに進行してしまっている。パレスチナ自治区の一部を構成するヨルダン川西岸地区内には131箇所の入植地、97箇所の非合法アウトポストが存在し、入植者人口は38万人を超える。これに係争地である東エルサレムの入植者人口を合わせると60万人近いユダヤ人が、イスラエル国家の領土と称してパレスチナ自治区内に住んでいることになる。イスラエル側が行政権、警察権をともに握る自治区内のC地区は、ヨルダン川西岸地区の59%を占める。出稼ぎや物流を含め、パレスチナ自治区の経済はイスラエル経済に完全に依存した状態にある。
こうした状態を指してPLO事務局長のサーエブ・エリーカートは、1月末のCNNのインタビューで、占領によりパレスチナでは既に「一国家の現実」が存在していると指摘していた。これはパレスチナ側にすでに広く流布した共通認識といえるだろう。昨年12月にパレスチナ政策研究所(PSR)らが実施した合同世論調査で、二国家解決を支持するパレスチナ人の割合は44%と、既に半数を切っている。
イスラエル側でも、二国家解決を否定する声が強まっている。こちらはむしろ、政策的に積極的な意味で、パレスチナ国家の樹立を拒否する立場からだ。渡米前、ネタニヤフ首相は直前まで、トランプ大統領との会談での協議内容について閣内での議論を続けた。
なかでも右派政党「ユダヤの家」党首ナフタリ・ベネットは強固に「二国家」に反対し、会談で「パレスチナ国家」に言及しないことを求めた。彼は同じ党のアイェレト・シャケッド法相とともに、トランプ当選後は二国家解決路線を終わらせる好機だと捉え、ネタニヤフ首相に対パレスチナ政策の再考を求めてきた。それまで強硬派とみられてきたアヴィグドール・リーバーマン国防相ですら条件付で二国家解決の受入を表明し始めていたのとは対照的な動きだ。
今回のトランプ・ネタニヤフ会談は、こうしたベネットをはじめとするイスラエル国内右派にとっては意味の大きな展開だったといえよう。
だが今後の具体的な方向性は、まだ示されてはいない。二国家解決というタガが外され、今後の交渉の道筋がオープンエンドになったと捉えるとしても、その将来像は不透明なままだ。その不安が、今回のトランプ発言に対して敏感な反応を、諸方面で巻き起こしたとみることもできるだろう。
錦田愛子(東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所准教授)