<米議会に提出されたオバマケアの代替案は、現行制度のマイナー・チェンジに過ぎない。民主党だけでなく共和党の一部が反対するこの代替案が、現状の方向性のまま可決される可能性は極めて低い>
今週7日、トランプ大統領は、2011年に制定された医療保険改革、通称「オバマケア」を廃止するとともに、制度の代替案を発表しました。形式的には下院の共和党が提案したことになっていますが、これは明らかにホワイトハウスが描いた案です。政権発足以来、初めての「本格的な法案」の提出で、さっそく議会との駆け引きが始まっています。
オバマ大統領が実現した医療保険改革は、従来は極めて高額だった個人加入の医療保険に公費補助を行うことで、各種調査によれば全米で2000万人近い人が「無保険状態から脱した」とされています。では今回の案は、それを根本から作り直すものかというと、全くそうではありません。ハッキリ言って、今回の提案はオバマ政権が創設した現行の制度の「マイナー・チェンジ」に過ぎないのです。
【参考記事】オバマケア廃止・代替案のあからさまな低所得層差別
具体的な変更点については、詳細は未発表(まだ詰めの作業中)ですが、現時点では次のような提案がされています。(主要な点のみ)
(1)政府権限の縮小、減税にあたる措置
オバマケアでは保険に入らないとペナルティがあったが、これを廃止して保険に「入らない自由」を認める。また、保険料を払った分、受けられる税額控除を拡大する。
(2)オバマケアを基本的に継承する部分
オバマケアの最大のメリットである、個人加入の医療保険について、現実的に加入できる金額まで引き下げる措置は基本的に継続。疾病に罹患した人でも新規に保険に加入できる(それ以前はほぼ不可能)措置も継続。またオバマケアでは、26歳以下の子供は親の扶養家族として保険に入れるようになったが、この措置も継続。
(3)共和党的な福祉の簡素化
60歳以上の高齢者が個人で保険加入する場合の保険料は、高額になる(65歳以上は国営の高齢者医療保険「メディケア」の対象になるので、それまでの間)。ただし、高額所得者は(1)で救済される。貧困層向けの医療保険制度「メディケイド」は国から各州に順次移管する。
実は、このように制度の各論を「いじる」ことで、連邦政府の負担スキームと加入している民間の各保険会社の算定が変わり、「個々の加入者の負担額(保険料と診療時の自己負担額)」が大きく変化する可能性があります。ですが現時点では、そうした詳細は全く不明なまま、まずは制度の大枠について政界での議論が始まっています。
その議論は、大まかに言えば、次のようなマトリックスになっています。
まず、トランプ大統領を当選させたコアの支持層としては、(1)はアメリカの保守思想から見れば当然で、これだけでもオバマの「独裁・強権」から解放されると受け止め、イデオロギー的に歓迎されると思います。一方で(2)については、周囲に恩恵を受けている人がいるので支持。(3)については富裕でない高齢者や、貧困層には不利益ですが、実際のトランプ支持者は余裕のある層なので、「知ったことではない」ということになるのでしょう。
一方で共和党の本流の考え方は違います。彼らは、(1)には基本的には賛成ですが、それ以前に(2)を廃止したいのです。とにかく、国民皆保険に近づけるために、部分的であれ公費を投入した「オバマケア」を根本から「廃止(リピール)」したい、それが彼らの「小さな政府論」です。同じ理由で、彼らにとっては(3)は当たり前の話です。
これに対して、オバマ政権と共に制度を創設した民主党としては、(2)は当たり前。(1)は全体的にコスト高になり、富裕層優遇になるので反対。(3)については許しがたい改悪なので絶対反対ということになると思います。
一番の問題は(1)でしょう。医療保険というのは、年齢が若くて健康な人口を多く取り込むことで制度が安定します。そこに「入らない自由」を認めれば、コスト増要因になります。トランプ政権は、(3)の部分でコストカットが可能と見ているようですが、それで相殺できない場合は、制度の全体が「オバマケア」以上の財政圧迫になりかねません。
政治的には、民主党は改悪反対で一本化するでしょうが、共和党は大きく分裂する気配です。(2)の部分の廃止を強く主張しているグループ(例えばランド・ポール上院議員)などは、「廃止という点では党内一致が可能だが、代替案については完全に分裂している」とトランプ案に真っ向から反対しています。
【参考記事】トランプのWTO批判は全くの暴論でもない
そのトランプ案ですが、端的に言えば、(2)を温存したことで「大多数への不利益変更を避ける」一方で、(1)を入れることで保守イデオロギーを取り込み、(3)を入れることで小さな政府論にも配慮しているということで、ホワイトハウスとしては自信満々です。
トランプ大統領は、「この法案を軽視する人間は、2018年の中間選では悲惨な目に遭うだろう」という不気味な脅しの文句を口にしています。言い方としては「廃止・代替法案」を葬り去ったら「オバマケア」が存続するから政治的敗北になるし、有権者からも見放されるということなのでしょう。これは与党・共和党の議員団に対する露骨なまでの脅迫と言えます。
ではこの法案が、現在の方針のままで仮に詳細まで立案できたとして、議会で可決される成算はあるのでしょうか? 常識的に考えれば、民主党は全員反対、共和党も半数が反対するということになれば、可決される可能性は極めて低いと言わざるを得ません。
もしかしたら、ホワイトハウスとしてはこの法案が早期に可決されることは、余り考えていないのかもしれません。審議の停滞は議会のせいにして、「自分は早期に立案して公約上の責任を果たしている」と居直る作戦ということもあり得ます。単に居直るだけでなく、政治的なイニシアティブを取っているという印象を与えることもできる、そんな計算があるのかもしれません。
今週7日、トランプ大統領は、2011年に制定された医療保険改革、通称「オバマケア」を廃止するとともに、制度の代替案を発表しました。形式的には下院の共和党が提案したことになっていますが、これは明らかにホワイトハウスが描いた案です。政権発足以来、初めての「本格的な法案」の提出で、さっそく議会との駆け引きが始まっています。
オバマ大統領が実現した医療保険改革は、従来は極めて高額だった個人加入の医療保険に公費補助を行うことで、各種調査によれば全米で2000万人近い人が「無保険状態から脱した」とされています。では今回の案は、それを根本から作り直すものかというと、全くそうではありません。ハッキリ言って、今回の提案はオバマ政権が創設した現行の制度の「マイナー・チェンジ」に過ぎないのです。
【参考記事】オバマケア廃止・代替案のあからさまな低所得層差別
具体的な変更点については、詳細は未発表(まだ詰めの作業中)ですが、現時点では次のような提案がされています。(主要な点のみ)
(1)政府権限の縮小、減税にあたる措置
オバマケアでは保険に入らないとペナルティがあったが、これを廃止して保険に「入らない自由」を認める。また、保険料を払った分、受けられる税額控除を拡大する。
(2)オバマケアを基本的に継承する部分
オバマケアの最大のメリットである、個人加入の医療保険について、現実的に加入できる金額まで引き下げる措置は基本的に継続。疾病に罹患した人でも新規に保険に加入できる(それ以前はほぼ不可能)措置も継続。またオバマケアでは、26歳以下の子供は親の扶養家族として保険に入れるようになったが、この措置も継続。
(3)共和党的な福祉の簡素化
60歳以上の高齢者が個人で保険加入する場合の保険料は、高額になる(65歳以上は国営の高齢者医療保険「メディケア」の対象になるので、それまでの間)。ただし、高額所得者は(1)で救済される。貧困層向けの医療保険制度「メディケイド」は国から各州に順次移管する。
実は、このように制度の各論を「いじる」ことで、連邦政府の負担スキームと加入している民間の各保険会社の算定が変わり、「個々の加入者の負担額(保険料と診療時の自己負担額)」が大きく変化する可能性があります。ですが現時点では、そうした詳細は全く不明なまま、まずは制度の大枠について政界での議論が始まっています。
その議論は、大まかに言えば、次のようなマトリックスになっています。
まず、トランプ大統領を当選させたコアの支持層としては、(1)はアメリカの保守思想から見れば当然で、これだけでもオバマの「独裁・強権」から解放されると受け止め、イデオロギー的に歓迎されると思います。一方で(2)については、周囲に恩恵を受けている人がいるので支持。(3)については富裕でない高齢者や、貧困層には不利益ですが、実際のトランプ支持者は余裕のある層なので、「知ったことではない」ということになるのでしょう。
一方で共和党の本流の考え方は違います。彼らは、(1)には基本的には賛成ですが、それ以前に(2)を廃止したいのです。とにかく、国民皆保険に近づけるために、部分的であれ公費を投入した「オバマケア」を根本から「廃止(リピール)」したい、それが彼らの「小さな政府論」です。同じ理由で、彼らにとっては(3)は当たり前の話です。
これに対して、オバマ政権と共に制度を創設した民主党としては、(2)は当たり前。(1)は全体的にコスト高になり、富裕層優遇になるので反対。(3)については許しがたい改悪なので絶対反対ということになると思います。
一番の問題は(1)でしょう。医療保険というのは、年齢が若くて健康な人口を多く取り込むことで制度が安定します。そこに「入らない自由」を認めれば、コスト増要因になります。トランプ政権は、(3)の部分でコストカットが可能と見ているようですが、それで相殺できない場合は、制度の全体が「オバマケア」以上の財政圧迫になりかねません。
政治的には、民主党は改悪反対で一本化するでしょうが、共和党は大きく分裂する気配です。(2)の部分の廃止を強く主張しているグループ(例えばランド・ポール上院議員)などは、「廃止という点では党内一致が可能だが、代替案については完全に分裂している」とトランプ案に真っ向から反対しています。
【参考記事】トランプのWTO批判は全くの暴論でもない
そのトランプ案ですが、端的に言えば、(2)を温存したことで「大多数への不利益変更を避ける」一方で、(1)を入れることで保守イデオロギーを取り込み、(3)を入れることで小さな政府論にも配慮しているということで、ホワイトハウスとしては自信満々です。
トランプ大統領は、「この法案を軽視する人間は、2018年の中間選では悲惨な目に遭うだろう」という不気味な脅しの文句を口にしています。言い方としては「廃止・代替法案」を葬り去ったら「オバマケア」が存続するから政治的敗北になるし、有権者からも見放されるということなのでしょう。これは与党・共和党の議員団に対する露骨なまでの脅迫と言えます。
ではこの法案が、現在の方針のままで仮に詳細まで立案できたとして、議会で可決される成算はあるのでしょうか? 常識的に考えれば、民主党は全員反対、共和党も半数が反対するということになれば、可決される可能性は極めて低いと言わざるを得ません。
もしかしたら、ホワイトハウスとしてはこの法案が早期に可決されることは、余り考えていないのかもしれません。審議の停滞は議会のせいにして、「自分は早期に立案して公約上の責任を果たしている」と居直る作戦ということもあり得ます。単に居直るだけでなく、政治的なイニシアティブを取っているという印象を与えることもできる、そんな計算があるのかもしれません。