<福島の原発事故に関して、サイバー攻撃だったのではないかという陰謀論がネット上には存在する。現実に世界の重要インフラに対するサイバー攻撃の可能性は高まっている>
東日本大震災と同時に発生した福島第一原発の事故から間もなく6年を迎える。
この6年間、著者は何度となく被災地を訪れた。昨年末には、原発事故以来ずっと仮設住宅に暮らし、その間に夫と愛犬を亡くした初老の女性が、やっと仮設住宅を出て新たな生活をスタートしたと聞いたばかりだ。震災前から営んでいた酪農を昨年廃業して、新たな仕事を始めた家族もいる。
被災地はゆっくりだが、確実に前に進んでいると感じている。
そんな現実をよそに、福島の原発事故について、いまだに驚くような陰謀論を主張している人たちがいる。インターネットで少し調べれば、すぐに様々な陰謀論を見つけることができる。その中には、福島第一原発は実はサイバー攻撃による事故だった、というものまである。
【参考記事】<震災から5年・被災者は今(2)> 原発作業で浴びた放射線への不安
最近、アメリカ人映画監督オリバー・ストーンが映画『スノーデン』の宣伝で来日した際にも、元CIAの内部告発者エドワード・スノーデンがストーンに直接、横田基地で働いていた時に日本の民間インフラに監視プログラムを埋め込んだと語っていた、と述べたことが話題となった。そしてこのストーンの発言を福島の原発事故と繋げる論調もネット上にはある。
こうした陰謀論には、どこまで信憑性があるのか。
最近上梓した『ゼロデイ 米中露サイバー戦争が世界を破壊する』(文藝春秋刊)の取材で、著者は多くの米政府関係や軍関係者などに話を聞いた。その経験から言えるのは、ストーンが語ったように、米政府が日本のインフラに不正プログラムを埋め込んでいる可能性は十分にあるということだ。なぜなら、米政府は同様の攻撃を世界各地でやっているからだ。
米NSA(国家安全保障局)は2013年末の段階で、世界89カ国で8万5000台ほどのコンピューターまたはシステムに、監視プログラムなどを埋め込んで支配下に置いていたことが判明している。そうした作戦を担当しているのが、NSAの先鋭部隊で、米サイバー作戦の最前線にいるTAO(テイラード・アクセス・オペレーションズ)と呼ばれるチームだ。またTAOの中にはさらに能力の高い凄腕たちがいて、彼らはROC(リモート・オペレーションズ・センター)と呼ばれている。こうしたチームの詳細は著書に当たってもらいたい。
つまり、日本のインフラにアメリカによって監視などのプログラムが埋め込まれるのは、十分にあり得る話だ。ただし、日本だけが特別ではない。そもそもNSAはスノーデンがリークした機密情報によって、世界中の首脳などを監視していたことが明らかになっているし、世界中で電子メールなどを監視できる大規模な監視プログラムの存在も明らかになっている。
もちろん、だからと言って福島の原発事故とサイバー攻撃を関連付けるのは無理がある。原発事故へのサイバー攻撃が陰謀論として語られる際には、アメリカとイスラエルが共同でイランの核燃料施設をサイバー攻撃で破壊した通称「スタックスネット」が引き合いに出される。
スタックスネットは2009年にイランのナタンズ核燃料施設で遠心分離機を破壊(一部、爆破も起きたとされる)したマルウェア(悪意ある不正なプログラム)だ。このマルウェアは確かに、イランだけでなく世界中に感染が広がった事実がある。実際に、日本でも感染は確認された。
【参考記事】サイバー戦争で暗躍する「サイバー武器商人」とは何者か
今回の著書『ゼロデイ 米中露サイバー戦争が世界を破壊する』の取材で、著名なドイツ人セキュリティ専門家にインタビューしたが、その中では日本の原発についても話を聞いている。このドイツ人、ラルフ・ラングナーは、スタックスネットをいち早く解読し、その存在を世界に暴露した専門家の一人として知られる。
ラングナーは以前、「TED」の講演会に登場してスタックスネットについて解説したことがある。その動画は今もネット上で視聴することが可能だが、そのコメント欄には、福島の原発事故とスタックスネットの関連を疑う趣旨のコメントが書き込まれていた。
著者がそのことをラングナーにぶつけると、ラングナーは「(そういうコメントは)笑えるし、奇妙だよ」と、一笑に付した。そして、福島の事故とスタックスネットは全く無関係だと断言した。そして、スタックスネットはそもそも「ナタンズにある特定の2つの装置を狙ってプログラムされていたために、それ以外に何か悪さをすることはない」と話していた。
ただラングナーは、原子力や核施設をサイバー攻撃で破壊することは実際に実行可能だとも指摘した。原発でも、「(中央制御室などにある)内部の制御装置と非常用電源にマルウェアを仕込んで、外部電源をプラスチック爆弾か何かで破壊すれば、大事故になる可能性があるだろう」と話している。
ネット上の陰謀論は飛躍しすぎているが、サイバー攻撃が現実の脅威であることに疑いの余地はない。2009年の時点でイランの核燃料施設をマルウェアで破壊する技術が存在していたことを考えれば、現在はさらに高度な攻撃が可能になっていると考えられる。
その上で、ラングナーはこう述べている。「実在する重要インフラにマルウェアを送り込んで攻撃するというコンセプトは、他の産業に対しても応用されかねない」
福島の原発事故から6年、そろそろ原子力関連施設へのサイバー攻撃に対して現実的、本格的な対策を協議すべき時期なのかもしれない。
山田敏弘(ジャーナリスト)
東日本大震災と同時に発生した福島第一原発の事故から間もなく6年を迎える。
この6年間、著者は何度となく被災地を訪れた。昨年末には、原発事故以来ずっと仮設住宅に暮らし、その間に夫と愛犬を亡くした初老の女性が、やっと仮設住宅を出て新たな生活をスタートしたと聞いたばかりだ。震災前から営んでいた酪農を昨年廃業して、新たな仕事を始めた家族もいる。
被災地はゆっくりだが、確実に前に進んでいると感じている。
そんな現実をよそに、福島の原発事故について、いまだに驚くような陰謀論を主張している人たちがいる。インターネットで少し調べれば、すぐに様々な陰謀論を見つけることができる。その中には、福島第一原発は実はサイバー攻撃による事故だった、というものまである。
【参考記事】<震災から5年・被災者は今(2)> 原発作業で浴びた放射線への不安
最近、アメリカ人映画監督オリバー・ストーンが映画『スノーデン』の宣伝で来日した際にも、元CIAの内部告発者エドワード・スノーデンがストーンに直接、横田基地で働いていた時に日本の民間インフラに監視プログラムを埋め込んだと語っていた、と述べたことが話題となった。そしてこのストーンの発言を福島の原発事故と繋げる論調もネット上にはある。
こうした陰謀論には、どこまで信憑性があるのか。
最近上梓した『ゼロデイ 米中露サイバー戦争が世界を破壊する』(文藝春秋刊)の取材で、著者は多くの米政府関係や軍関係者などに話を聞いた。その経験から言えるのは、ストーンが語ったように、米政府が日本のインフラに不正プログラムを埋め込んでいる可能性は十分にあるということだ。なぜなら、米政府は同様の攻撃を世界各地でやっているからだ。
米NSA(国家安全保障局)は2013年末の段階で、世界89カ国で8万5000台ほどのコンピューターまたはシステムに、監視プログラムなどを埋め込んで支配下に置いていたことが判明している。そうした作戦を担当しているのが、NSAの先鋭部隊で、米サイバー作戦の最前線にいるTAO(テイラード・アクセス・オペレーションズ)と呼ばれるチームだ。またTAOの中にはさらに能力の高い凄腕たちがいて、彼らはROC(リモート・オペレーションズ・センター)と呼ばれている。こうしたチームの詳細は著書に当たってもらいたい。
つまり、日本のインフラにアメリカによって監視などのプログラムが埋め込まれるのは、十分にあり得る話だ。ただし、日本だけが特別ではない。そもそもNSAはスノーデンがリークした機密情報によって、世界中の首脳などを監視していたことが明らかになっているし、世界中で電子メールなどを監視できる大規模な監視プログラムの存在も明らかになっている。
もちろん、だからと言って福島の原発事故とサイバー攻撃を関連付けるのは無理がある。原発事故へのサイバー攻撃が陰謀論として語られる際には、アメリカとイスラエルが共同でイランの核燃料施設をサイバー攻撃で破壊した通称「スタックスネット」が引き合いに出される。
スタックスネットは2009年にイランのナタンズ核燃料施設で遠心分離機を破壊(一部、爆破も起きたとされる)したマルウェア(悪意ある不正なプログラム)だ。このマルウェアは確かに、イランだけでなく世界中に感染が広がった事実がある。実際に、日本でも感染は確認された。
【参考記事】サイバー戦争で暗躍する「サイバー武器商人」とは何者か
今回の著書『ゼロデイ 米中露サイバー戦争が世界を破壊する』の取材で、著名なドイツ人セキュリティ専門家にインタビューしたが、その中では日本の原発についても話を聞いている。このドイツ人、ラルフ・ラングナーは、スタックスネットをいち早く解読し、その存在を世界に暴露した専門家の一人として知られる。
ラングナーは以前、「TED」の講演会に登場してスタックスネットについて解説したことがある。その動画は今もネット上で視聴することが可能だが、そのコメント欄には、福島の原発事故とスタックスネットの関連を疑う趣旨のコメントが書き込まれていた。
著者がそのことをラングナーにぶつけると、ラングナーは「(そういうコメントは)笑えるし、奇妙だよ」と、一笑に付した。そして、福島の事故とスタックスネットは全く無関係だと断言した。そして、スタックスネットはそもそも「ナタンズにある特定の2つの装置を狙ってプログラムされていたために、それ以外に何か悪さをすることはない」と話していた。
ただラングナーは、原子力や核施設をサイバー攻撃で破壊することは実際に実行可能だとも指摘した。原発でも、「(中央制御室などにある)内部の制御装置と非常用電源にマルウェアを仕込んで、外部電源をプラスチック爆弾か何かで破壊すれば、大事故になる可能性があるだろう」と話している。
ネット上の陰謀論は飛躍しすぎているが、サイバー攻撃が現実の脅威であることに疑いの余地はない。2009年の時点でイランの核燃料施設をマルウェアで破壊する技術が存在していたことを考えれば、現在はさらに高度な攻撃が可能になっていると考えられる。
その上で、ラングナーはこう述べている。「実在する重要インフラにマルウェアを送り込んで攻撃するというコンセプトは、他の産業に対しても応用されかねない」
福島の原発事故から6年、そろそろ原子力関連施設へのサイバー攻撃に対して現実的、本格的な対策を協議すべき時期なのかもしれない。
山田敏弘(ジャーナリスト)