<トランプがロシア関与疑惑で守勢に立たされたタイミングでの機密暴露は、偶然とは思えない。CIAを悪者にしてトランプを救ったのではないか>
ドナルド・トランプ米大統領は選挙戦中、「私はウィキリークスが大好きだ!」と公言していた。レイプの嫌疑をかけられて亡命中のジュリアン・アサンジが運営する内部告発サイトにトランプがおおっぴらに好感を示したのは訳があった。ウィキリークスは2016年の大統領選でトランプが有利になるよう、民主党全国委員会(DNC)のサーバーと民主党候補ヒラリー・クリントンの選対本部長だったジョン・ポデスタのアカウントから盗んだメールを大量に公開したからだ。
ウィキリークスは今週、再びCIAの機密を大量暴露したが、大統領としてのトランプはだんまりを決め込んでいる。今回暴露された情報は「宝の山」といわれ、既に一部の専門家はエドワード・スノーデン以上に情報機関にダメージを与える可能性があると警告している。だが、自分が指揮する情報機関の最重要機密が盗まれ、安全保障上も深刻な影響が懸念されるというのに、トランプからはコメントもツイートもない。大統領が事の重大性に気づいていないとしたら困った話だが、それ以上に厄介な可能性もある。ウィキリークスの今回の暴露が自分にとって好都合だから、静観を決め込んでいるのかもしれないのだ。
証拠もなく「オバマ盗聴」主張
思い出して欲しい。トランプは先週末、オバマが情報機関に自分の電話を盗聴するよう命じたと騒ぎだし、ツイートを連発した。以下はその一つだ。「神聖な選挙戦の最中に、私の電話を盗聴するとは、オバマ大統領も見下げたものだ。これはウォーターゲート事件と一緒だ。病的だ!」
ホワイトハウスはこの無責任な告発を裏付ける証拠を出していない。ジェームズ・コミーFBI長官も、ジェームズ・クラッパー前国家情報長官も、事実無根と断言している。それでもトランプはこの主張を取り下げる気はない。トランプ選挙対策本部とロシア政府が共謀して大統領選に介入した可能性があるという、はるかに重大な告発から国民の目をそらすことに役立つからだ。
【参考記事】「オバマが盗聴」というトランプのオルタナ・ファクトに振り回されるアメリカ政治
トランプが盗聴疑惑を騒ぎ立てた3日後に、ウィキリークスがCIAのハッキング法と通信傍受に関する情報を大量にリークしたのは、ただの偶然だろうか。
その可能性も否定できない。だが、そうではないと考えられる理由もある。
まず第1に、ウィキリークスは大概、政治的なインパクトが最も大きい時期を見計らって告発を行うことだ。例えば昨年7月25日に開幕した民主党全国大会の直前には、民主党全国委員会(DNC)から盗んだ2万通近いメールを公開。DNCが予備選中に民主党左派のバーニー・サンダース候補を妨害しようとしていたことが明るみに出た。おかげでサンダース支持者の票を取り込もうというクリントン陣営の目論見は潰れた。DNCの委員長を務めていたデビー・ワッサーマンシュルツは大会閉幕時に辞任し、クリントンのイメージには深刻な傷がついた。
【参考記事】ヒラリー「肩入れ」メール流出、サンダース支持者はどう動く?
第2に、ウィキリークスはアメリカの機密をしばしばリークするが、ロシアの機密を漏らしたことは一度もなく、米情報機関はウィキリークスをロシアの情報機関の手先とみなしてきた。国家情報長官室が1月に公開した機密指定を解除された報告書は、「かなり確度が高い」情報として、「ロシア軍の情報機関がウィキリークスに情報を流していた」と述べている。報告書によれば、その目的は明らかだ。「プーチンとロシア政府はトランプ次期大統領を選挙で勝たせようとして、ことあるごとにクリントン国務長官の信頼性を傷つけ、トランプと比べて好ましくないイメージを広めようとした」
トランプは大統領選中のロシアのサイバー攻撃をなかなか認めようとしなかったが、情報機関の報告を受け入れざるを得なくなると、今度はロシアの介入は選挙結果に全く影響を与えていないと言いだした(今回の大統領選が際どい勝負だったことを考えると、何が結果を左右し、何が無関係だったかなど誰にも分かるわけがないのだが)。
【参考記事】ロシアのサイバー攻撃をようやく認めたトランプ
「悪者はCIA」
プーチンが米大統領選で自分の勝利に貢献したとする情報機関の分析は、トランプの復讐心に拍車をかけた。例えば1月に米ニュースサイトのバズフィードが英情報機関の元工作員の主張として、ロシアがトランプの不名誉な情報を握っているとする文書を公表すると、CIAのスパイの仕業だと批判。ツイッターでこう怒りをぶちまけた。「情報機関は決して偽の情報をリークするべきじゃなかった。これは私に対する最新の攻撃だ。われわれはナチスドイツで暮らしているのか」。つい最近も、情報機関はオバマによる自分の盗聴に加担したとやり玉にあげるなど、敵意は募る一方だ。自分はロシアと一切関係がなく、これはオバマを支えたエスタブリッシュメント、邪悪な陰謀を持つ「ディープステート(影の政府)」の犠牲者なのだと、トランプは一貫して主張する。
【参考記事】「トランプはロシアに弱みを握られている」は誤報なのか
だからこそウィキリークスによる最新の暴露で、CIAが暗号を複製するプログラムを利用して国外のコンピューターを操作し、ハッキングが外国から行われたように装ったとする情報は重要だ。DNCへのハッキングに使われた暗号がCIAのデータベースに残っていた証拠はないが、右派のメディアはお構いなしに今回の暴露を吹聴している。極右ニュースサイトのブライトバートには、こんな見出しが躍った。「ウィキリークス:CIAは『盗んだマルウェア』を使い、サイバー攻撃をロシアのせいにした」。ロシア政府系のインターネットボットも、同様の主張を拡散している。
つまり、トランプはCIAの「なりすまし」作戦の犠牲者だったというのだ。2001年の9.11(アメリカ同時多発テロ)は米政府の犯行だったとか、2012年のサンディフック小学校銃乱射事件はあらかじめ仕組まれたヤラセだったなど、トランプが絶賛するラジオ司会者アレックス・ジョーンズが垂れ流す陰謀説を信じがちな聴衆なら、この手の話も極めて信ぴょう性が高いと信じてしまう。CIAは韓国サムスン製のスマートテレビを使って会話を傍受できるなど、今回ウィキリークスが暴露した他の情報も、オバマに盗聴されたというトランプの主張に真実味を与えるものだ。
先日はジェフ・セッションズ司法長官が上院の公聴会で「ロシアの代表者と接触したことはない」と証言したのが嘘だったとばれて、今後ロシア疑惑の調査には関与しないと表明させられるなど、トランプにとっては不運な日が続いていた。そんな中、話題を変えてくれたのがウィキリークスだ。先週は、守勢に立たされていたのはトランプだった。今や形勢が逆転し、ウィキリークスに機密情報が漏れた原因やその内容をめぐり、不名誉な質問攻めにあっているのは情報機関のほうだ。
今回の暴露があったのは、まったくの偶然かもしれない。だがこれまでウィキリークスが、米大統領選でトランプを勝たせるためにロシアの情報機関に利用されてきた経緯を考えると、リーク元の特定だけでなく、なぜ今のタイミングで公開されたのか、ますます疑問が深まる。たとえホワイトハウスとロシア政府が現時点で共謀していないとしても、双方のビジョンはあまりに密接に重なる。プーチンもトランプも、自分たちの政権の邪魔になる米情報機関の威信を落としたいのだ。
From Foreign Policy Magazine
マックス・ブート
ドナルド・トランプ米大統領は選挙戦中、「私はウィキリークスが大好きだ!」と公言していた。レイプの嫌疑をかけられて亡命中のジュリアン・アサンジが運営する内部告発サイトにトランプがおおっぴらに好感を示したのは訳があった。ウィキリークスは2016年の大統領選でトランプが有利になるよう、民主党全国委員会(DNC)のサーバーと民主党候補ヒラリー・クリントンの選対本部長だったジョン・ポデスタのアカウントから盗んだメールを大量に公開したからだ。
ウィキリークスは今週、再びCIAの機密を大量暴露したが、大統領としてのトランプはだんまりを決め込んでいる。今回暴露された情報は「宝の山」といわれ、既に一部の専門家はエドワード・スノーデン以上に情報機関にダメージを与える可能性があると警告している。だが、自分が指揮する情報機関の最重要機密が盗まれ、安全保障上も深刻な影響が懸念されるというのに、トランプからはコメントもツイートもない。大統領が事の重大性に気づいていないとしたら困った話だが、それ以上に厄介な可能性もある。ウィキリークスの今回の暴露が自分にとって好都合だから、静観を決め込んでいるのかもしれないのだ。
証拠もなく「オバマ盗聴」主張
思い出して欲しい。トランプは先週末、オバマが情報機関に自分の電話を盗聴するよう命じたと騒ぎだし、ツイートを連発した。以下はその一つだ。「神聖な選挙戦の最中に、私の電話を盗聴するとは、オバマ大統領も見下げたものだ。これはウォーターゲート事件と一緒だ。病的だ!」
ホワイトハウスはこの無責任な告発を裏付ける証拠を出していない。ジェームズ・コミーFBI長官も、ジェームズ・クラッパー前国家情報長官も、事実無根と断言している。それでもトランプはこの主張を取り下げる気はない。トランプ選挙対策本部とロシア政府が共謀して大統領選に介入した可能性があるという、はるかに重大な告発から国民の目をそらすことに役立つからだ。
【参考記事】「オバマが盗聴」というトランプのオルタナ・ファクトに振り回されるアメリカ政治
トランプが盗聴疑惑を騒ぎ立てた3日後に、ウィキリークスがCIAのハッキング法と通信傍受に関する情報を大量にリークしたのは、ただの偶然だろうか。
その可能性も否定できない。だが、そうではないと考えられる理由もある。
まず第1に、ウィキリークスは大概、政治的なインパクトが最も大きい時期を見計らって告発を行うことだ。例えば昨年7月25日に開幕した民主党全国大会の直前には、民主党全国委員会(DNC)から盗んだ2万通近いメールを公開。DNCが予備選中に民主党左派のバーニー・サンダース候補を妨害しようとしていたことが明るみに出た。おかげでサンダース支持者の票を取り込もうというクリントン陣営の目論見は潰れた。DNCの委員長を務めていたデビー・ワッサーマンシュルツは大会閉幕時に辞任し、クリントンのイメージには深刻な傷がついた。
【参考記事】ヒラリー「肩入れ」メール流出、サンダース支持者はどう動く?
第2に、ウィキリークスはアメリカの機密をしばしばリークするが、ロシアの機密を漏らしたことは一度もなく、米情報機関はウィキリークスをロシアの情報機関の手先とみなしてきた。国家情報長官室が1月に公開した機密指定を解除された報告書は、「かなり確度が高い」情報として、「ロシア軍の情報機関がウィキリークスに情報を流していた」と述べている。報告書によれば、その目的は明らかだ。「プーチンとロシア政府はトランプ次期大統領を選挙で勝たせようとして、ことあるごとにクリントン国務長官の信頼性を傷つけ、トランプと比べて好ましくないイメージを広めようとした」
トランプは大統領選中のロシアのサイバー攻撃をなかなか認めようとしなかったが、情報機関の報告を受け入れざるを得なくなると、今度はロシアの介入は選挙結果に全く影響を与えていないと言いだした(今回の大統領選が際どい勝負だったことを考えると、何が結果を左右し、何が無関係だったかなど誰にも分かるわけがないのだが)。
【参考記事】ロシアのサイバー攻撃をようやく認めたトランプ
「悪者はCIA」
プーチンが米大統領選で自分の勝利に貢献したとする情報機関の分析は、トランプの復讐心に拍車をかけた。例えば1月に米ニュースサイトのバズフィードが英情報機関の元工作員の主張として、ロシアがトランプの不名誉な情報を握っているとする文書を公表すると、CIAのスパイの仕業だと批判。ツイッターでこう怒りをぶちまけた。「情報機関は決して偽の情報をリークするべきじゃなかった。これは私に対する最新の攻撃だ。われわれはナチスドイツで暮らしているのか」。つい最近も、情報機関はオバマによる自分の盗聴に加担したとやり玉にあげるなど、敵意は募る一方だ。自分はロシアと一切関係がなく、これはオバマを支えたエスタブリッシュメント、邪悪な陰謀を持つ「ディープステート(影の政府)」の犠牲者なのだと、トランプは一貫して主張する。
【参考記事】「トランプはロシアに弱みを握られている」は誤報なのか
だからこそウィキリークスによる最新の暴露で、CIAが暗号を複製するプログラムを利用して国外のコンピューターを操作し、ハッキングが外国から行われたように装ったとする情報は重要だ。DNCへのハッキングに使われた暗号がCIAのデータベースに残っていた証拠はないが、右派のメディアはお構いなしに今回の暴露を吹聴している。極右ニュースサイトのブライトバートには、こんな見出しが躍った。「ウィキリークス:CIAは『盗んだマルウェア』を使い、サイバー攻撃をロシアのせいにした」。ロシア政府系のインターネットボットも、同様の主張を拡散している。
つまり、トランプはCIAの「なりすまし」作戦の犠牲者だったというのだ。2001年の9.11(アメリカ同時多発テロ)は米政府の犯行だったとか、2012年のサンディフック小学校銃乱射事件はあらかじめ仕組まれたヤラセだったなど、トランプが絶賛するラジオ司会者アレックス・ジョーンズが垂れ流す陰謀説を信じがちな聴衆なら、この手の話も極めて信ぴょう性が高いと信じてしまう。CIAは韓国サムスン製のスマートテレビを使って会話を傍受できるなど、今回ウィキリークスが暴露した他の情報も、オバマに盗聴されたというトランプの主張に真実味を与えるものだ。
先日はジェフ・セッションズ司法長官が上院の公聴会で「ロシアの代表者と接触したことはない」と証言したのが嘘だったとばれて、今後ロシア疑惑の調査には関与しないと表明させられるなど、トランプにとっては不運な日が続いていた。そんな中、話題を変えてくれたのがウィキリークスだ。先週は、守勢に立たされていたのはトランプだった。今や形勢が逆転し、ウィキリークスに機密情報が漏れた原因やその内容をめぐり、不名誉な質問攻めにあっているのは情報機関のほうだ。
今回の暴露があったのは、まったくの偶然かもしれない。だがこれまでウィキリークスが、米大統領選でトランプを勝たせるためにロシアの情報機関に利用されてきた経緯を考えると、リーク元の特定だけでなく、なぜ今のタイミングで公開されたのか、ますます疑問が深まる。たとえホワイトハウスとロシア政府が現時点で共謀していないとしても、双方のビジョンはあまりに密接に重なる。プーチンもトランプも、自分たちの政権の邪魔になる米情報機関の威信を落としたいのだ。
From Foreign Policy Magazine
マックス・ブート