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対テロ軍事作戦に積極的なトランプが抱える血のリスク

ニューズウィーク日本版 2017年3月10日 19時30分

<トランプ政権はオバマ政権にくらべて軍事行動を命じることをためらわない。「イスラム過激派」掃討のためには積極的に軍を使う。だが政策的な熟慮を伴わない軍事行動には、想定外のリスクが伴う>

米軍は今月初め、イエメンのアルカイダ系組織「アラビア半島のアルカイダ(AQAP)」に対して一週間に渡る夜間の空爆を実施し、AQAPの兵員や装備など40の標的が爆撃の炎に包まれた。ここ2日間程は、米軍のパイロットは爆撃の土埃がおさまるのを待ちながら、一息ついているところだ。

今回の空爆回数は、オバマ政権下で実施された年間の空爆回数をすでに上回っている。オバマ政権では、軍事行動には高官の署名が必要とされ、攻撃の承認は時間をかけた政策議論の末に出されるものだった。これに対してトランプ政権では、攻撃のゴーサインが迅速に出る。

もっと大きな視点で見れば、イエメン空爆の拡大は、シリアからアフガニスタンにかけてのイスラム武装勢力に対して、トランプがより積極的に軍事力を行使する気であることを示している。ホワイトハウスはこれまでに、シリアに米海兵隊と特殊作戦部隊を派遣し、イエメンでは海軍特殊部隊(SEALs)の大規模な攻撃を実施している。今週、米中央軍司令官は、アフガニスタンの駐留米軍を増派する考えを示した。

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作戦スピードが加速

軍事行動を命じることに前向きなトランプ政権の姿勢は、前オバマ政権とは対照的だ。オバマ政権時代、スーザン・ライス安全保障担当大統領補佐官(当時)が政策決定を握っていた時には、「国家安全保障会議(NSC)の動きは緩慢で、米中央軍の軍事作戦担当者を大いに苛立たせた」と、匿名を条件に取材に応じた国防総省の元幹部職員は話している。組織間の議論に時間がかかるために、作戦は何週間も棚上げされ、その間、いつどのような軍事行動を実施するか議論は空回りした。

昨年2016年の一年を通じて、AQAPがイエメンの拠点で勢力を拡大するなか、国防総省はホワイトハウスに対して継続的に攻撃を強めるべきだと説明していた。しかし結局、空爆は実施されなかった。「オバマの任期が終わってしまった」と、前述の職員は言う。

政権が交代した今年1月、オバマ政権は軍事行動の強化案をトランプ新政権に引き継いだ。すぐに作戦のスピードは加速した。新政権では、明らかに政策的な熟慮よりも迅速な軍事作戦が優先されるようになり、意志決定において軍部の役割が支配的になっている。

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現在、ホワイトハウスや国務省、国防総省のスタッフに欠員が出ていることも、原因の一つだ。多くの重要ポストが、空席のままだったり、役職の低い職員が暫定的に代行したりしている。こうした「空席のデスク」にために、イエメンでの軍事行動に関して軍司令部に即座にゴーサインが出ている。

「オバマ政権時代より、すべてがデフォルトでスピードアップしている」と、別の国防総省の元職員も話している。

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しかし明確な外交プランのない大胆な軍事行動は、想定外の結果をもたらすこともある。膠着状態に陥ったイエメン内戦の解決策を持たないまま(そしてサウジアラビアとイランの内戦介入への対応策もないまま)、テロ対策として軍事目標の攻撃だけに焦点を絞ってもイエメンを安定化することはまずできない。またAQAPの勢力拡大を許したイエメンの根本的な宗派対立を解決することもできない、と専門家は言う。

テロ組織ISIS(自称イスラム国)の活動が国際的な関心を独占するなかで、この2年間続くイエメンの内戦の混乱と宗派対立に乗じて、AQAPはイエメンで勢力と支配地域を拡大してきた。内戦では、サウジアラビア主導の軍事同盟の後ろ盾があるハディ大統領の勢力と、イランが支援する武装勢力ホーシー派の間で対立が続いている。

今回米軍がAQAPへの攻撃を急いだことは、軍部や情報機関の上層部が、AQAPが欧米でテロを実行する脅威を懸念していることをはっきりと示している。

シンクタンク「国際危機グループ」が先月まとめた報告書によると、イエメンのAQAPは「これまでで最も強大」になっている。内戦下で横行する密輸や拡大する治安空白、ハディ大統領を支持するスンニ派とホーシー派を支持するシーア派の宗派対立に乗じて、勢力を拡大している。

民間人の犠牲をどう避けるのか

匿名で取材に応じたアメリカの情報機関の職員は、AQAPは「強力で危険な敵」と語っている。「イエメン国内の混乱が拡大しても、欧米を攻撃するというAQAPの長期的な関心には変化はない」

トランプ政権は、複雑な対立が絡んで泥沼化し人道危機の深刻さが増すイエメン内戦の最中に、AQAPの掃討に取り組むという難題を抱えている。

オバマ政権はイエメンの和平協議の仲介を試みたが、両陣営がたびたび停戦合意を破って戦闘を再開する状態が続いたため、何の成果も上げられなかった。オバマ政権が行ったイエメンに関する議論の中身はもっぱら人道支援の問題に終始していたと、元政府関係者は語った。

一部の軍関係者は、まずはテロ対策で一定の成果を上げるべきで、より本格的な人道支援に着手するのはそれからだと感じており、人道支援を優先するオバマ政権の議論の進め方に苛立った。だが、AQAPを標的にした空爆作戦の規模を拡大させることにもリスクは伴う。

多数の民間人が巻き添えになる空爆を増やせば、便宜上AQAPや他の武装組織と手を結んだ地元の武装勢力を激昂させ、暴力の増長につながった彼らの不満を更に強める可能性がある。



そこでトランプ政権は、サウジアラビア主導の連合軍の軍事作戦に対する支援を強化する構えだ。米政府関係者の話によると、米国務省はサウジアラビア政府への精密誘導兵器の販売を許可した。ただしホワイトハウスはまだ最終決定を下していない。米紙ワシントン・ポストが最初に報じた今回の提案は、連合軍の空爆による民間人の犠牲拡大を懸念してサウジアラビアに対する武器販売の一部を禁止したオバマ政権の方針を、大転換するものだ。

もしトランプ政権がイエメンで米軍の役割をもっと拡大させ、民間人を標的にしていると国際社会が批判する連合軍への支援を増やせば、アメリカが泥沼に引きずり込まれかねないと、軍事アナリストや元政府関係者は指摘する。

「イエメンは、アメリカが輝かしい局地戦を展開できる場所ではない。イエメンで戦争をすれば、ひどく危険で血なまぐさい結果が待っている」と国防総省の元職員は言った。

今月初めに米軍が空爆を決行したのには伏線があった。1月29日にSEALsは、アラブ首長国連合(UAE)の兵士の援護を受けてAQAPの急襲作戦を実施した。敵の激しい反撃でSEALs隊員1人が死亡、複数の負傷者を出し、民間人も多数巻き添えになった。国防総省は民間人の被害状況を調査中としている。同省の高官は、作戦でAQAPに関する重要な情報を入手したと成果を強調する一方、情報はまだ精査中としており、作戦の詳細も明かしていない。

最大の標的AQAP

それに対して先日の空爆は命中精度が高く、グアンタナモ米軍基地の元収容者で2009年にイエメンに送還されたヤシール・アル・シルミをはじめ、AQAPの有力な指導層を複数殺害した。掃討作戦のペースが加速していることから、米軍が一定の時間をかけて作戦の準備を進めていたことが分かる。国防総省のジェフ・デービス報道官は先週、報道陣にこう言った。「今回の作戦は、計画や構想に何か月もの時間を費やした。陸軍の指揮官たちが立案を開始したのは昨年までさかのぼる」

アメリカには地上戦でも助っ人がいる。昨年4月にはUAEとサウジアラビアの軍特殊部隊がAQAPの最大拠点だった南部の港湾都市ムカラを奪還。港湾の管理と市民への課税などで数百万ドルを調達していたAQAPに打撃を与えた。

以後、イエメンの対テロ作戦はUAEの特殊部隊が主導権を握るようになった。UAEを後ろ盾とする軍は内陸から沿岸にかけて進攻し、バルハフ地区にある天然ガスのプラントも掌握した。最終的には北へ進軍し、AQAPを支配領域から追い出そうとする可能性があると、専門家は指摘する。

そうなれば、イエメンの内戦開始以来サウジアラビアの介入に乗じて勢力を挽回したAQAPも、いくらか後退させられるだろう。米NGO国際危機グル―プの報告書は、AQAPが息を吹き返した要因について、サウジアラビア主導の連合軍がフーシ派の武装組織を倒すことだけを「ほぼ一心不乱に」目指したからだと指摘。その間にAQAPは連合軍が供給する武器を手に入れ、銀行強盗などで資金を調達したという。

From Foreign Policy Magazine


ダン・デルース

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