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どうなるポスト朴槿恵の韓国

ニューズウィーク日本版 2017年3月11日 11時30分

<朴槿恵大統領の失職に伴い、60日以内に大統領選挙が実施される。候補者は国民が望む「公正な社会」をいかに実現するかのビジョンが問われることになる。大統領選とその後の韓国を占うポイントは>

朴槿恵大統領の弾劾を審理していた憲法裁判所は、全員一致で大統領罷免の決定を下した。昨年12月9日の韓国国会における弾劾訴追案可決を受けて、これまで憲法裁がいつ、どのような決定をするのか注目されてきたが、今後は60日以内に実施される大統領選挙(5月9日が有力視)で誰が当選するのかに関心が向かうことになる。

朴大統領の弾劾がなければ今年12月20日に予定されていた大統領選挙が約7か月前倒しされることで、過去の選挙では半年以上が費やされた各党候補選出のための予備選挙や選挙公約作成、そして本選挙戦といった一連の過程が僅か2カ月間に圧縮されることになる。

僅か2カ月、とはいっても、これまでの選挙などから明らかなように、2カ月あればあらゆることが起こりうるのが韓国政治である。予断を排して選挙戦の行方を見ていくべきであることは言うまでもない。そのことを前提としつつ、大統領選挙の動向を見る際には、「争点、候補者、選挙構図」の3つがポイントとなることを指摘しておきたい。

第1に、選挙の争点である。憲法裁の弾劾審理が続く中、弾劾賛成のろうそくデモに対抗して、太極旗を手にした弾劾反対デモが行われるなど、韓国では国論の分裂が深刻化しつつあった。この分裂状況が収束するのかどうかは、選挙戦の行方を左右することになる。

憲法改正の可能性も

一方、韓国民の80%が弾劾に賛成し、憲法裁が全員一致で罷免を決定した状況を踏まえれば、朴槿恵政権の国政運営が間違っていたという点自体が選挙の主要争点となることはない。それでは、選挙戦で各候補は何を訴えることになるのか。

おそらくすべての候補が、朴槿恵政権の独善、独断的統治と密室政治を繰り返さないようにするための政治改革を主張するはずである。大統領の権限をさらに制限し、国会等によるチェック機能を高めるという観点から、次期政権での憲法改正の可能性が高まってきている。

国会には憲法改正を議論するための特別委員会が設置された。奇しくも、今年が現行の民主化憲法制定から30年の節目にあたる。但し、改正の是非やどのような改正にすべきかについて有力候補ごとに主張が異なっており、それが選挙戦で問われる争点のひとつになるだろう。

また、崔順実氏が大統領との関係を利用して私的利益を得ていたことに対する国民の怒りを踏まえ、次期政権は国民が求める「公正な社会」実現のための一層の努力を迫られる。どのような手段、政策でそれを目指すのかもまた選挙戦の争点となる。



弾劾訴追案の可決から今日までの韓国内の雰囲気(韓国で言うところの「時代精神」)は、「政権交代への熱望」にあふれていた。したがって、選挙戦は野党陣営有利で進むことになるが、大統領罷免を受けて理念対立のさらなる深刻化など国内状況に変化が起これば、それは選挙戦の動向にも影響を与えることになる。

第2の候補者についても、各種世論調査結果から現状では野党優勢が明らかである。3月10日発表の韓国ギャラップ調査によれば、最大野党「共に民主党」の文在寅(ムン・ジェイン)元代表が32%の支持を得てトップを走り、同じ党の安煕正(アン・ヒジョン)忠清南道知事と李在明(イ・ジェミョン)城南市長がそれぞれ17%、8%の支持を得ている。

今後約ひと月かけて行われる党内予備選挙では、文・元代表優勢が予測されるが、安知事がどこまで支持を伸ばせるかが注目されている。第2野党「国民の党」の安哲秀(アン・チョルス)氏の支持が9%にとどまる中、共に民主党の候補になった者が本選挙でも有利な戦いを進めることは間違いない。

国論分裂の中いかに戦うか

一方、与党陣営には有力候補が不在であり、そのためもあって現在大統領権限代行を務める黄教安(ファ・ギョアン)首相が9%の支持を集めている。しかし、朴槿恵政権の首相である黄氏が出馬を表明すれば、政権交代を望む国民から大きな反発を招くのは必至である。

以上を踏まえると、野党候補の有利は揺るぎないかに見える。しかし、第3のポイントである選挙構図がどうなるのかによって、選挙結果は大きく変わりうる。つまり、保守対進歩(与党系対野党系)候補の一騎打ち、つまり2大対決になるのか、あるいは有力候補が複数出馬して3者対決、4者対決になるのかは、有権者の投票行動に大きな影響を及ぼしうる。

現在のところ可能性は高くないが、かりに2大対決となれば保守勢力の結集が起こり、保守系候補がかなりの票を獲得するかもしれない。これから約2カ月のあいだに、各党、各勢力がどう連携するのか、さらには候補者一本化の動きがあるのかどうか、から目が離せない。

最後に、次期韓国大統領は、誰が就任しても、国政運営にあたり大きな困難に直面することになる。朴槿恵政権下で先鋭化した保守対進歩の理念対立、弾劾政局が続く中で深まった国論分裂の中で、新政権をスタートさせなければならないからである。

歴代大統領選挙と異なり、選挙直後から新政権の発足となるため、過去の政権交代では約2カ月間あった政権移行期間は存在しない。そのため、歴代政権が当選から政権発足までの間に行ってきた、選挙公約を踏まえた国政課題の決定や次期政権人事の選定のための時間がない。



加えて、国務総理はじめ閣僚や重要人事の任命に際して行われる国会人事聴聞会を上手く乗り切ることができるかも不透明である。李明博、朴槿恵政権の発足時でさえ、聴聞会で少なからぬ人事が頓挫したことに鑑みれば、政権発足準備期間のない次期政権はより厳しい状況に直面するかもしれない。

しかも、現在の国会勢力分布を見れば、どの党も過半数を持っておらず、誰が大統領になっても、人事聴聞会に限らず、円滑な国政運営のためには他党との協力や連携が不可欠な状況である(共に民主党121、自由韓国党94、国民の党39、正しい政党32、正義党6、無所属7)。

果たして、新大統領は、前大統領の弾劾、罷免という事態によって傷ついた国民の心を癒し、分裂した国論をまとめることができるのか。次期韓国政権は、あまりにも重い課題を背負ってスタートすることになる。

【参考記事】
朴槿恵大統領、韓国憲法裁が罷免を決定 疑惑発覚から半年で
韓国特検サムスンのトップを逮捕 朴大統領の疑惑追及は来週山場へ
韓国政治の未熟な実態を物語る、朴槿恵「弾劾案可決」


[執筆者]
西野純也
慶應義塾大学法学部政治学科教授、同大学現代韓国研究センター長。
専門は東アジア国際政治、朝鮮半島の政治と外交。慶應義塾大学、同大学院で学び、韓国・延世大学大学院で政治学博士号を取得。在韓日本大使館専門調査員、外務省専門分析員、ハーバード・エンチン研究所研究員、ジョージ・ワシントン大学シグールセンター訪問研究員、ウッドロー・ウィルソンセンターのジャパン・スカラーを歴任。著書に『朝鮮半島と東アジア』(共著、岩波書店)、『戦後アジアの形成と日本』(共著、中央公論新社)、『朝鮮半島の秩序再編』(共編、慶應義塾大学出版会)など。


西野純也(慶應義塾大学法学部政治学科教授)

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