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極右政治家ウィルダースはオランダをどう変えるか

ニューズウィーク日本版 2017年3月14日 18時43分

<欧州はどこまで右傾化したのか──それを占う今年最初の試金石、オランダ下院選が15日に迫った。ウィルダース党首率いる極右・自由党は、反イスラム、反EU、反移民の波に乗って最多得票を目指す。他党はすべて連立を拒否しているが、ウィルダースにはそのほうが好都合な理由とは>

2016年7月、ちょうどドナルド・トランプが米共和党大会で大統領候補の指名を獲得したころ、ヨーロッパでは髪を完璧にセットして晴れやかな笑顔を浮かべたある政治家が破局を予測する演説を行った。「ヨーロッパは実のところ、崩壊しつつある。内側からも外側からも爆発寸前だ」と、その政治家は言った。「言うまでもなく、原因はすべて、数十年にわたって国境を開放し、文化に優劣はないという多文化主義の政策をとってきたところにある。それが、現代ヨーロッパが抱える最大の病だ」

この演説を行ったのは、反イスラムを掲げるオランダの極右政党、自由党(PVV)のヘールト・ウィルダース党首。国際舞台における彼の名声は、ドナルド・トランプの台頭でますます高まるところとなった。ポピュリズムに訴えるトランプの選挙公約は、ウィルダースの主張とイデオロギー的に類似している。

【参考記事】欧米で過激な政党が台頭する本当の理由

ウィルダースはアメリカでは好奇の対象でありアウトサイダーだと思われているが、祖国オランダでは極右派政治家として徐々に支持者を増やしており、ヨーロッパで最も定評あるポピュリスト政治家の1人になろうとしている。

過去最多28政党が乱立

PVVは今、オランダ下院(定数:150)に12議席を持つ。3月15日の下院選挙では、反難民と反EUの潮流に乗って勢力を拡大し、最大議席数の獲得を目指している。ウィルダースにはどのくらい勝算があるのだろうか? 選挙で勝利をおさめたら、いったい何をするつもりなのだろうか?

ウィルダースは2004年、中道右派の自由民主国民党(VVD)を離党してPVVを結党した。その土台となったのは、ポピュリストのピム・フォルタインが反イスラムを掲げて立ち上げたフォルタイン党だ。フォルタインは、2002年に動物愛護運動家に暗殺されるまで、オランダ政界の極右派内に新たな政治空間を生み出そうとしていた。

【参考記事】オランダよお前もか!イスラム差別

ウィルダースの兄で評論家のパウル・ウィルダースは本誌のインタビューに応え、ヘルトの極端さについてこう述べている。「彼はたいそう人好きがして機知に富み、魅力的でユーモアがある......ただし、政治の話をせず、意見が対立しなければの話だ」

オランダの政党制は非常に複雑で細分化している。3月15日の選挙では、過去最高の28政党が下院の150議席をめぐって争う。過半数を超える議席を獲得する政党はなさそうだが、それはオランダにとってはいつものことであり、複数政党が連立を形成することになる。かつては規模が大きかった政党の得票率が徐々に下がっているため、連立政権には4~5党が参加する可能性がある。



ウィルダースの立場は複雑だ。今年に入ってから公表された世論調査では、PVVが支持率の首位に立つことが多いが、他の主要政党はPVVとは連立を組まないと宣言している。イデオロギーの面で意見が合わない上、これまでの経緯からウィルダースを信用できない理由がある。ウィルダース率いるPVVは、2010年から2012年にかけて、当時のルッテ政権に閣外協力という形で参加したが、ウィルダースが財政支出削減に反対したため政権が崩壊した。他の政党が前言を撤回しない限り、PVVは最大政党でも政権からは締め出されることになる。

だがこれはある意味で、ウィルダースにとって理想的なシナリオかもしれない、とケンブリッジ大学で極右政党を研究するレオニー・デヨングは指摘する。PVVが最大政党になっても連立を立ち上げられないという事態になれば、ウィルダースは裏取引を通じて政権に影響力を行使する。そのほうが、反エスタブリッシュメントというイメージは保たれる。

「ウィルダースは首相になるつもりはない、というのが大方の見方だ」とデヨングは述べる。「部外者でいた方がもっと多くのことができる。ウィルダースは、負け犬のアウトサイダーという役割を演じるのがとてもうまいのだ」

偏狭になった心

「オランダの脱イスラム化」を前面に掲げるウィルダースは、イスラム教の礼拝所モスクの閉鎖や聖典コーランの発禁、政府による難民受け入れ政策の根本的な見直しなどを主張。EU離脱を問う国民投票の実施も求めている。

兄のポールは、ウィルダースが政権を獲る代わりに自分の信念を手放す可能性は低いとみる。「ここ数年の弟は、単に政治的影響力や権力を手に入れたがっていただけだった」。だが差別的な言葉で多くの人々の怒りを買い、極端に厳しい警備がまとわりつくようになった現在の「孤立した」生活のせいで、ウィルダースは偏狭になり、自分の主張が正しいと信じ切ってしまったとポールは指摘する。

「誰が連立に参加しようと、向こう4年間、弟は厄介な野党勢力になる。まさにそれが彼の目的だと確信している。短命になるのが目に見えるから、そもそも政権入りを狙っていない」

EU懐疑論や移民政策で、ウィルダースが数の力を利用して連立与党を右方向に引きずり込む光景は、容易に想像できる。現にデンマークの右派ポピュリスト政党、デンマーク国民党は、与党ではないが閣外協力することで強い影響力を発揮し、中道右派の連立政権の移民政策を一段と強硬なものにさせている。



すでにオランダでも、ポピュリズムの圧力に対抗する一部の主流派の政党が、率先して右寄りの政策を掲げ始めた。最近は現政権で第1党の中道右派政党、自由民主党(VVD)が、ウィルダースと同じような主張を展開した。もともとはリベラルな指導者だったマルク・ルッテ首相は1月、「普通に振る舞え、さもなければ出ていけ」と移民に警告する選挙用広告を出した。ヨーロッパ諸国の政党の政策的立場を分析する「マニフェスト・プロジェクト」によれば、政治思想の左右度を測る独自のスケールで、2000年以降に自由民主党は約10ポイントも右寄りになった。

【参考記事】トランプが止めた中絶助成を肩代わりするオランダの「神対応」

ウィルダースが総選挙で目標の最多得票を獲得できるかどうかはまだわからない。支持率はトップでもリードが縮小しているうえ、自由党は実際の選挙になると得票数が伸び悩む傾向がある。2012年の総選挙と2014年の欧州議会選挙でも、世論調査の予想より悪い結果だった。

だがいずれにしても、ウィルダースは影響力を強める公算が高いと、英ケンブリッジ大学のレオニー・デヨングは指摘する。ウィルダースの前の世代のポピュリストで、2002年に暗殺された右派政治家ピム・フォルタインが台頭できたのは、当時の右派と左派が入り混じる「紫色の連立政権」が、政権内の意見対立で何も決められず無能だったから。左派から中道右派まで4、5つの政党を寄せ集めて誕生する新政権も、当時と同様何もできないごた混ぜになる可能性がある。

「ウィルダースが主流派からのけ者にされれば、エリート政治家は国民の意思を無視しているという彼の主張を勢いづけるだけだ」とデヨングは言った。「そうなれば、彼は負けない」


ジョシュ・ロウ

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