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「反逆する団塊」や「ゆとり世代」を生んだ学習指導要領の変遷

ニューズウィーク日本版 2017年3月15日 17時0分

<10年毎に改訂される学習指導要領は、各世代の人間形成にも少なからぬ影響を及ぼしている。学校での選別が団塊世代の反発を生み、能力偏重への反省がゆとり世代を生んだ>

2020年以降に小中高で順次、実施される次期学習指導要領が公示された。学習指導要領とは教育課程の国家基準で、各学校はこれに基づいて教育課程(カリキュラム)を編成することになっている。

その内容は時代によって異なり、おおよそ10年間隔で改訂される。その変遷を見ると、能力主義の考えのもとで教育内容がかなり増やされた時期もあれば、その逆の時期もある。後者の学習指導要領で育った世代は、「ゆとり世代」などと言われたりする。

どの学習指導要領で育ったかが、各世代の人間形成に少なからず影響していると考えられる。学習指導要領を「国民形成の設計書」となぞらえた論者もいるが(水原克敏『学習指導要領は国民形成の設計書』東北大学出版会,2010年)、言い得て妙だろう。

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学習指導要領は、以下のように変遷してきている。年表記は、小学校学習指導要領が改訂された年による(1955年、2003年、2015年の一部改訂は除外した)。

(1)1947年版(小・中は47年、高は48年から実施)
(2)1951年版(小・中・高とも51年から実施)
(3)1958年版(小は61年、中は62年、高は63年から実施)
(4)1968年版(小は71年、中は72年、高は73年から実施)
(5)1977年版(小は80年、中は81年、高は82年から実施)
(6)1989年版(小は92年、中は93年、高は94年から実施)
(7)1998年版(小・中は02年、高は03年から実施)
(8)2008年版(小は11年、中は12年、高は13年から学年進行で実施)
(9)2017年版(小は20年、中は21年、高は22年から学年進行で実施)

筆者の世代(1976年生まれ)は、(5)の77年版学習指導要領で育ったことになる。この春に大学4年になり就職活動に臨む学生(95年生まれ)は、(7)の98年版の世代だ。



(1)~(9)の学習指導要領の実施期間で塗り分けた図の上に、それぞれの世代の軌跡線を引いてみる。筆者の世代の軌跡は、(83年、小1)と(94年、高3)を結んだ直線(緑)で表される。そのほか、1940年生まれ(赤)、48年生まれ(黄)、68年生まれ(紫)、84年生まれ(青)、95年生まれ(ピンク)、2010年生まれ(茶色)の軌跡線を書き込んだ。



今年の大学4年生は、学校生活のほとんどを(7)のもとで過ごしてきた世代。ゆとり教育を掲げ、教育内容を3割削減した学習指導要領だが、その洗礼をもろに受けた「ゆとり世代」ということになる。

この世代の会社選びの基準は、企業規模や給与よりも、育児休業の取りやすさや残業の少なさといった「働きやすさ」にあるという(日本経済新聞、2017年3月15日)。最近、長時間労働が社会問題化していることもあるかもしれないが、ゆとりを重視した学習指導要領の影響も幾分かはあるだろう。

そういう筆者も「ゆとり世代」の1人だ。(5)の指導要領は、高度経済成長期の能力主義を反省し、「ゆとり」「精選」の方針のもと、授業時数を削減したものだった。社会奉仕や勤労体験学習が重視されたのも特徴で、その効果があったのか、数でみて非行が最も少なかった世代でもある。

その一世代上の68年生まれは、逆に非行が最も多かった世代(delinquent generation、非行世代)として知られる。80年代初頭の「非行第3ピーク」の担い手はこの世代だ。児童期を(4)の能力主義の指導要領で過ごし、思春期になって「ゆとり」「精選」に方向転換されたのだが、それに伴いタガが外れてしまったのだろうか。教育方針の急転が、多感な思春期の入口と重なったのは不運だったかもしれない。

黄色の48年生まれは、人数的に最も多い団塊の世代。児童期は、法的拘束力がなく授業時間も一律に定められていなかった「ゆるい」指導要領で育ったが、思春期になってから締め付けが厳しくなる。能力主義の方針のもと、高校の職業学科が細分され、差別的な選り分けにも晒された。そうした教育への反発から、学生運動の闘志が生まれたのかもしれない。

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84年生まれは、今世紀初頭の「キレる子ども」と呼ばれる世代だ。一貫して(6)の指導要領で育ったが、10代の時期にインターネットの普及という社会変革を経験した。指導要領の上では「情報化社会への対応」がうたわれたが、当時の脆弱な情報教育では青少年を情報化社会に適応させるのは難しかったようだ。高校で情報科という必修教科が設けられたのは、その後の(7)の指導要領からだ。

一番下の2010年生まれは、これから小学校に上がり、次期学習指導要領に基づいた教育を受けることになる。プログラミング教育、小3からの英語教育、アクティブ・ラーニング(AL)......。まさに21世紀型の人間形成が試みられる。

教育は時代や社会によって異なる。教育社会学の基本テーゼだが、学習指導要領の歴史的変遷は、それを教えてくれる興味深い題材だ。

舞田敏彦(教育社会学者)

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