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米中戦争の可能性は低くない──攻撃に強く守りに弱い軍が先制攻撃を招く

ニューズウィーク日本版 2017年3月17日 19時30分

<米中間にはすぐに戦争を始めるほどの動機はないが、攻撃能力の向上で先手を打つ衝動が生まれやすい。平時の抑止より戦闘が始まってからの抑止が問われる>

南シナ海のほとんどで領有権を主張する中国は、着々と基地を建設するなど既成事実づくりに余念がない。一方アメリカのトランプ政権は、当然ながら中国による同海域の軍事拠点化に真っ向から反対しており、米中間で偶発的な事件や軍事衝突が起きる危険性が高まっている。

実際に米中戦争が起きるなど、あり得ないように思える。いずれの政府にも直ちに戦争を始めるほどの動機がなく、激しく互いの主張を戦わせているわけでもない。

だからといって、米中戦争のリスクはみくびれない。米中両国の軍事技術の進化が、「危機の不安定化」を招く恐れがある。

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長距離センサーや命中精度の改善により、米中両軍とも狙った敵を確実に仕留める攻撃能力を向上させた。いざ危機になれば、攻撃される前に先手を打つ衝動が生まれ、抑止が働かない恐れがある。今後試されるのは、平時にいかに強力な抑止力を保つかより、危機に陥ったときに抑止力をいかに効かせるかだ。

米中両政府が介入して武力衝突を止めることも不可能ではない。だが安心はできない。米中の部隊は攻撃力を強化する一方、防御力は弱くなっているため、いったん戦闘が始まれば互いに「武力を行使するか、敵にやられるか」という心理が働く。そうなれば衝突はエスカレートして、止めるのが一層難しくなる。

米シンクタンク、ランド研究所が最近発表した研究によると、武力衝突が急速に悪化する初期の段階で、アメリカ側は航空母艦など海軍の陸上部隊がかなりの割合で破壊され、中国側はさらに多くの戦力を失う可能性があるという。

西太平洋地域における軍事バランスではいまだにアメリカが優位に立つが、その傾向にも変化がみられる。中国は増大する軍事費の大部分を、同海域の駐留米軍を攻撃するための対艦ミサイルの配備など、「接近阻止・領域拒否」戦略に投入しているからだ。

中国はマイナス25%成長に

アメリカの軍事費は中国の3倍でも、中国は西太平洋地域に集中できるのに対し、アメリカはロシアやイラン、ISIS(自称イスラム国)など、あらゆる地域の脅威に対抗しなければならない。

【参考記事】来日したティラーソン米国務長官、同行記者1人、影響力なし

軍事力で不利だった中国とアメリカの差は段々と縮まっているが、いざ戦争になれば、中国の方がより甚大な被害に苦しむだろう。2国間貿易の崩壊は米中双方の経済にダメージを与えるが、西太平洋が戦場になることで、海上輸送に依存する中国のあらゆる貿易が妨害されるからだ。

米中戦争の開始から1年で、アメリカのGDP(国内総生産)が5~10%縮小するのに対し、中国は25%以上のマイナス成長になる見込みだ。中国では政権の正統性が自国経済の強さに左右されるため、政治も不安定になる。



この問題について、米政府はどのような政策をとるべきだろうか。中国による南シナ海の実効支配を許すことはあり得ない。同海域は世界の貿易量の40%が通過するなど、アメリカにとっても不可欠な海上輸送ルートだ。またもし中国に立ち向かわなければ、アメリカは同盟国や周辺諸国の信頼を失ってしまう。

【参考記事】南シナ海、米中戦争を起こさず中国を封じ込める法

危険を和らげる手段はある。国防総省は、潜水艦や無人航空機といった敵の攻撃を受けにくい戦力の開発や生産、配備を進められる。もちろん、西太平洋地域の米軍を一変させるには何年もかかるだろう。

米中の危機がどれほど危険な結果を招くかを考えれば、アメリカは中国との対話に励むこともできる。ただし中国が南シナ海の大部分は自国の領土だと主張していることから、対話は難しく時間がかかるうえ、必ずしも成功するとは限らない。

今できることは、米中両国の国防相が直接的かつ積極的な対話のチャンネルを確保し、先手必勝の理論が実行される前に危機を回避することだ。危機の時だけでなく、万一戦闘が勃発したときに事態がエスカレートするのを避けるためにも、対話のチャンネルは常に開いておくべきだ。






デービッド・C・ゴムパート(米ランド研究所研究員)

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