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サウジ国王が訪問を中止したモルディブが今注目される理由

ニューズウィーク日本版 2017年3月22日 17時40分

<サルマン国王がモルディブ訪問を急遽中止したのは、テロの懸念があったから――インド洋の島国モルディブは今、大国同士のせめぎ合いの渦中にある>

サウジアラビアのサルマン国王一行が、1カ月近くに及んだアジア歴訪を終えた。

サルマン国王は4日間の日程で日本にも立ち寄り、安倍晋三首相と会談するなど、サウジアラビアへの積極的な投資を求める旅になった。その後、一行は中国に立ち寄って関係強化を演出し、順調に外交行脚を続けたが、最後の動向が憶測を呼んでいる。

帰国前に予定されていたモルディブへの訪問を急遽キャンセルしたのだ。

モルディブ政府によれば、キャンセルの理由は国内で流行している豚インフルエンザを警戒してのことだった。だが専門家に言わせれば、それはあくまで表向きの理由で、本当の理由は別のところにあった。

サルマン国王一行に対するテロの懸念が指摘されたからだという。

なぜ、サルマン国王がモルディブで命を狙われなければならないのか。その背景には、モルディブが地政学的に重要な国として注目度が高まっているために、サウジアラビアが強引に影響力を強めようとしていることがある。ただモルディブを取り込みたいのはサウジアラビアだけではない。中国もモルディブを取り込み、インドやアメリカをけん制するという構図がある。今モルディブはどんな状況に置かれているのか。

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モルディブは、インド洋に浮かぶ1192の島々からなる島国で、国土の総面積は東京23区の約半分ほど。国内の島々はインドの南西に連なるように並んでおり、中東やアフリカからアジア、オーストラリアへと抜ける重要なシーレーンに近い。島々のリゾート地による観光業に依存しており、食料の9割を輸入に頼っている。40万人の人口のほとんどは、イスラム教スンニ派だ。

そんなモルディブを、同じイスラム教スンニ派が多数を占めるサウジアラビアは、インド洋の戦略的に非常に重要な国と位置付けている。そしてモルディブに対する影響力を確保するため、惜しみなくオイルマネーを使ってきた。

例えば2013年には経済の停滞に苦しむ同国に3億ドルを用立てし、2015年には予算の足しにと2000億ドルを提供。また軍事施設の建設に5000万ドルを支払う約束をしたり、北部の環状サンゴ礁を港として使えるかどうかの研究費用に100万ドルをポンと提供したりしている。こうした投資以外にも、モスクやアラブ文化の施設を建設している。とにかく、金をばら撒いている印象だ。

こうした取り組みのおかげもあってか、モルディブは2015年にサウジアラビアのライバル国でシーア派国家のイランと国交を断絶した。



ただサウジアラビアの投資をめぐっては最近、大きな論争が起きている。きっかけは、サウジアラビアが100億ドルを投資して、モルディブの首都マレから120キロほど離れた19の島々からなるファーフ環礁を「リース」する契約を交渉していることが明らかになったことだ。計画ではこの環礁を経済特区にし、港やホテルなどを建設するという。ちなみに100億ドルといえば、モルディブのGDPの3倍にもなる金額だ。

だがこの契約については、以前から別の島にからんで収賄などの疑惑が指摘されているアブドッラ・ヤーミン大統領が、サウジアラビアからの金銭の見返りに、国土を事実上売り払おうとしているという批判が国民から噴出している。抗議デモが起きるまで事態は悪化している。

今回サルマン国王一行がモルディブを訪問しなかった理由の一つには、この抗議デモとそれに伴う国民の反サウジ感情が背景にあったとされる。デモなどで混乱するなか、サルマン国王に危険が及ぶ懸念もあった。またサウジアラビアを標的とするISによる攻撃を避けたという説もある。

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中国も触手を伸ばす

そもそも、モルディブでは現在の大統領と前大統領が、モルディブを取り囲む国々を後ろ盾として対立している。構図としては、アメリカをはじめとする欧米諸国やインドに近いモハメド・ナシード元大統領に対して、現職のヤーミン大統領はサウジアラビアに近い。またヤーミン大統領は、もうひとつ別の国とも親しい関係を強調している。中国だ。

中国はモルディブに触手を伸ばしている大国の一つになっている。中国政府は、中国西部から中央アジアを通り、欧州を結ぶ「シルクロード経済帯」の構想とともに、2013年には、エネルギー輸送や貿易を視野に中国沿岸部から東南アジアを通り、インドやアフリカ、中東や欧州へとつながる「21世紀海上シルクロード」の構想を発表している。

その構想にモルディブの存在は欠かせない。またそれ以前から、中国は「真珠の首飾り」というインド洋の各地に港湾施設を建設する戦略も計画していて、これにもモルディブは含まれている。中国がインド洋で影響力を行使するのに、モルディブの存在価値は大きい。

また中国は、モルディブを、ライバル関係にあるインドやアメリカをけん制するための要所と見ている。モルディブは2001年から、マレの南40キロに位置するマラオ島を中国にリースしている。インド諜報機関によると、中国軍はこの島から大西洋の米海軍とインド海軍の動きを監視しているという。また将来的には、中国がこの島を潜水艦の拠点にする計画もあるという。

さらに最近でも、首都マレからほど近い無人島が、50年400万ドルの契約で中国政府系企業にすでにリースされている。ここは中国が「真珠の首飾り」戦略で港湾施設を建築することになる可能性があると報じられている。



そんなライバルの動きにインドが警戒を強めていることは言うまでもない。ただインドにとって、モルディブには中国の存在以上に不安な要素がある。

実は、華やかなリゾート地として世界的に名高いモルディブでは、近年、イスラム過激派思想が高まりを見せており、多くの若者がシリアなどでIS(いわゆる「イスラム国」)の戦闘に参加している。その数は2300人以上と言われ、人数だけを見ると少なく感じるが、モルディブの人口が40万人しかいないことを考えれば深刻な数だということがわかる。またモルディブは最近、IS戦闘員のリクルート場所にもなっている。

この問題については、これまで自らもISのテロの標的になっているサウジアラビアも対策に乗り出し、サウジアラビアが主導的に進める34カ国による対テロ組織の軍事同盟に、モルディブも参加している。

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モルディブから位置的にそう遠くないインドも、モルディブがイスラム過激派の巣窟になるのを恐れている。ヒンズー教徒が8割を占めるインドは、国内のイスラム教徒を軽視していると長く指摘されていて、イスラム過激派は基本的にインドを敵視している。

モルディブがイスラム過激派の温床になれば、テロリストが南部から海を通ってインドに上陸する可能性も考えられる。インドは過去に何度も、歴史的にライバル関係にあるイスラム教国の隣国パキスタンからテロ工作の被害を受けている。そこにモルディブのイスラム過激派勢力が加勢したり、協力したりすれば、インドにとっては死活問題になりかねない。

このようにモルディブは、サウジアラビアや中国などとの関係、そしてISの台頭により改めて注目されている。

そんなモルディブだが、実際にはこうした他国の思惑に巻き込まれている場合ではない事情もある。地球温暖化の影響で、今後100年以内に多くの島が消滅すると言われているのだ。まず何よりも、自国の存続に向けた対策を最優先にするべきだろう。

山田敏弘(ジャーナリスト)

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