<山口での「温泉サミット」でも譲歩しなかったロシアのプーチン大統領に、しぶとく接する安倍首相の3つの目的とは?>
先週20日、東京で日本とロシアの外務・防衛閣僚会議(「2プラス2」)が行われた。13年の開催以来、2回目だ。
こうした会議は通常、緊密な戦略的関係がある同盟国間で行われるものだ。なのに安倍政権はロシアのプーチン大統領が訪日した昨年12月、この会議の開催に同意した。「2プラス2」はロシアのクリミア併合、ウクライナ東部への介入によって過去3年、中断されていた。
首をかしげるのは、ロシア側からの見返りがないままに日本が会議再開に同意したことだろう。プーチンは、安倍首相が地元の山口県で準備した「温泉サミット」に3時間近く遅刻した。この幕開けが象徴したように、プーチンが訪日しても北方領土問題は進展しなかった。
いや、進展どころか後退と言えるかもしれない。ロシアは北方四島に軍事施設を建設しつつあり、プーチンがよく口にしていた「引き分け」の状況でさえなくなっている。
安倍の目的は何か。なぜロシアにそこまで譲歩するのか。
安倍は12年、2度目の首相就任以来、ロシアとの関係改善に努力してきた。プーチンとはこれまで首脳会談や国際会議などで、16回も顔を合わせている。ロシアに接近すれば得をするという計算があるのは確かだ。
【参考記事】トランプ豹変でプーチンは鬱に、米ロを結ぶ「スネ夫」日本の存在感
中国への牽制も計算に
ロシアとの関係改善を狙う目的は3つある。それぞれ別個のものだが、相互関係がある。
第1はもちろん、最も重要な北方領土問題の解決だ。先週の「2プラス2」では、両国が観光開発や資源開発の合弁事業を促進しながら、北方領土について議論を進めるという合意に達した。
ここからみえるのは、日本が大きな取引で一気に解決を図る「グランドバーゲン」ではなく、解決に向けて少しずつ前進するほうに焦点を当てていることだ。
ただし、交渉を長引かせて相手から譲歩を引き出そうとするプーチンには都合がいい。しかもプーチンは日ロ関係を利用して、ウクライナ紛争以来ロシアに批判的になった欧米諸国の結束にくさびを打ち込める。
この点は安倍にとって特に問題だ。日本はG7のメンバーであり、アメリカの同盟国でもある。綱渡りの状態でロシアと交渉する一方、ロシアに経済制裁を科すG7と協調しなくてはならない。
日本政府内には、ロシアのクリミア併合は中国にとって先例になるという意見も強い。領有権をめぐって紛糾する東シナ海や南シナ海の現状を、軍事力によって変えたいと野心を抱く中国にとってだ。
もっとも安倍は、プーチンの戦略をよく理解している。その点が残り2つの目的につながっていく。
第2の目的は、プーチン訪日の際に交わした8項目の日ロ経済協力プランが示すように経済上の目的だ。日本はエネルギー分野での経済協力でロシアを北方領土問題の交渉や、平和条約の締結を前提とした関係改善に向かわせようと考えている。
これは、原油供給を中東に依存する日本のためにもなるはずだ。原発を増やせない日本ではエネルギー不足が危惧され、ロシアとの取引が注目されている。もっとも現実的には、多くの日本企業はロシアへの投資に消極的だ。規制が多いことや地政学的なリスクのためだろう。
だが第3の、しかも最重要と思える目的がある。ロシアとの関係改善で中国の動きを牽制できるかもしれないことだ。
【参考記事】止まらないプーチンの暗殺指令
安倍はロシアと関わるリスクを低いとみているらしく、中ロ間の戦略的関係を弱めるものと期待している。日ロの「2プラス2」は、中ロ関係が多少なりと行き詰まったら役に立つかもしれない。
ロシアはいつものように曖昧な態度に終始するだろうから、過大な期待はしないほうがいい。だが日本との関係改善の兆しによって、中国に付き合い南シナ海に軍艦を送り込むコストにロシアが疑念を抱くようになるのなら、安倍のしぶといやり方も悪くないかもしれない。
[2017年4月4日号掲載]
J・バークシャー・ミラー(本誌コラムニスト)
先週20日、東京で日本とロシアの外務・防衛閣僚会議(「2プラス2」)が行われた。13年の開催以来、2回目だ。
こうした会議は通常、緊密な戦略的関係がある同盟国間で行われるものだ。なのに安倍政権はロシアのプーチン大統領が訪日した昨年12月、この会議の開催に同意した。「2プラス2」はロシアのクリミア併合、ウクライナ東部への介入によって過去3年、中断されていた。
首をかしげるのは、ロシア側からの見返りがないままに日本が会議再開に同意したことだろう。プーチンは、安倍首相が地元の山口県で準備した「温泉サミット」に3時間近く遅刻した。この幕開けが象徴したように、プーチンが訪日しても北方領土問題は進展しなかった。
いや、進展どころか後退と言えるかもしれない。ロシアは北方四島に軍事施設を建設しつつあり、プーチンがよく口にしていた「引き分け」の状況でさえなくなっている。
安倍の目的は何か。なぜロシアにそこまで譲歩するのか。
安倍は12年、2度目の首相就任以来、ロシアとの関係改善に努力してきた。プーチンとはこれまで首脳会談や国際会議などで、16回も顔を合わせている。ロシアに接近すれば得をするという計算があるのは確かだ。
【参考記事】トランプ豹変でプーチンは鬱に、米ロを結ぶ「スネ夫」日本の存在感
中国への牽制も計算に
ロシアとの関係改善を狙う目的は3つある。それぞれ別個のものだが、相互関係がある。
第1はもちろん、最も重要な北方領土問題の解決だ。先週の「2プラス2」では、両国が観光開発や資源開発の合弁事業を促進しながら、北方領土について議論を進めるという合意に達した。
ここからみえるのは、日本が大きな取引で一気に解決を図る「グランドバーゲン」ではなく、解決に向けて少しずつ前進するほうに焦点を当てていることだ。
ただし、交渉を長引かせて相手から譲歩を引き出そうとするプーチンには都合がいい。しかもプーチンは日ロ関係を利用して、ウクライナ紛争以来ロシアに批判的になった欧米諸国の結束にくさびを打ち込める。
この点は安倍にとって特に問題だ。日本はG7のメンバーであり、アメリカの同盟国でもある。綱渡りの状態でロシアと交渉する一方、ロシアに経済制裁を科すG7と協調しなくてはならない。
日本政府内には、ロシアのクリミア併合は中国にとって先例になるという意見も強い。領有権をめぐって紛糾する東シナ海や南シナ海の現状を、軍事力によって変えたいと野心を抱く中国にとってだ。
もっとも安倍は、プーチンの戦略をよく理解している。その点が残り2つの目的につながっていく。
第2の目的は、プーチン訪日の際に交わした8項目の日ロ経済協力プランが示すように経済上の目的だ。日本はエネルギー分野での経済協力でロシアを北方領土問題の交渉や、平和条約の締結を前提とした関係改善に向かわせようと考えている。
これは、原油供給を中東に依存する日本のためにもなるはずだ。原発を増やせない日本ではエネルギー不足が危惧され、ロシアとの取引が注目されている。もっとも現実的には、多くの日本企業はロシアへの投資に消極的だ。規制が多いことや地政学的なリスクのためだろう。
だが第3の、しかも最重要と思える目的がある。ロシアとの関係改善で中国の動きを牽制できるかもしれないことだ。
【参考記事】止まらないプーチンの暗殺指令
安倍はロシアと関わるリスクを低いとみているらしく、中ロ間の戦略的関係を弱めるものと期待している。日ロの「2プラス2」は、中ロ関係が多少なりと行き詰まったら役に立つかもしれない。
ロシアはいつものように曖昧な態度に終始するだろうから、過大な期待はしないほうがいい。だが日本との関係改善の兆しによって、中国に付き合い南シナ海に軍艦を送り込むコストにロシアが疑念を抱くようになるのなら、安倍のしぶといやり方も悪くないかもしれない。
[2017年4月4日号掲載]
J・バークシャー・ミラー(本誌コラムニスト)